レイプしましたで検索した結果

「レイプしました」で跳んで来られた方があったので知りました。

「世界には悲惨がいくらでもあるものですね~~」と無責任に驚く。

レイプマニアではないです、わたしは。といくら言い訳しようと、その振る舞いはレイプマニアだ、と言われればそれを否定することはできない?

いや、そんなことはない。

以下のリンクはみな真面目な、レイプを糾弾するという立場で書かれたものです。(よく読んで確認することはまだしていません。)

レイプしましたで検索した結果  ページ:250件

ページとの一致 (250件中1~20件目)~より

http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%a5%ec%a5%a4%a5%d7%a4%b7%a4%de%a4%b7%a4%bf&fr=top%2c+top&&b=21&h=p&pnum=2

S.O.S.トーチャー

■国連文書をはじめ、国際人権に関する最新の文書、ニュースを紹介。 英語サイトと … に押し倒し、彼女の衣服を破り、殴りながら彼女をレイプしました。 兵士が自分のペニスを口に入れるよう … そして兵士は2度彼女をレイプしました。 彼女は逃げようとし、兵士が追いつきました。 …

http://blhrri.org/kokusai/sos/sos_3287.htm – 21k – キャッシュ  [blhrri.orgから検索]

S.O.S.トーチャー バングラディシュ:2名の女性がレイプされ、財産を略奪されました。

■国連文書をはじめ、国際人権に関する最新の文書、ニュースを紹介。 英語 … 侵入し、彼女と姪のポピー・ラニ・ダスさんをレイプしました。 二人とも少数派のヒンドゥー教徒です … 二人の女性を戸外に連れ出し、何度もレイプしました。 ニル・ラニ・ダスさんはレイプされて …

http://blhrri.org/kokusai/sos/sos_3561.html – 21k – キャッシュ  [blhrri.orgから検索]

彎曲していく日常

彎曲していく日常 1100-12-01 従軍「慰安婦」の証言 ■ トマサ・サリノグ、日本 … 彼らはかわるがわる私をレイプしました。 いったいどうしてこんなふうにレイプされるのに耐えられる … 戻ってくると、私をレイプし、彼の友達も私をレイプしました。 一九四四年から四五年 …

http://d.hatena.ne.jp/noharra/110012 – 23k – 2005年2月17日 – キャッシュ  [d.hatena.ne.jpから検索]

ネソマニア -セブ島生活- – ネソマニア 第168病棟-フィリピンパブが消滅する日 Part-7

海外長期滞在、セブ、セブ島、マクタン、マクタン島、フィリピン、 … の目の前で、親戚の人たちを殺し、母や姉妹をレイプしました。. 私は反乱軍に参加すれば安全だと … 私を捕まえ、むちで打ち、長い間、毎晩私をレイプしました。. 子供が生まれたのは、まだ14 …

http://bridge-cities.com/modules/xfsection/article.php?articleid=9 – 49k – 2005年1月12日 – キャッシュ  [bridge-cities.comから検索]

http://216.71.84.120/j/p/tpj-j20041019-50.html

http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20041019-50.html

オックスファム・ジャパン – カンボジア

オックスファム・ジャパンってなに?歴史や活動内容をくわしく紹介して … この斡旋業者は彼女を宿に連れて行き、レイプしました。. 彼女は逃げようとしましたが、斡旋業者は彼女を縛り、ひどく殴ったのです。 …

http://home.oxfam.jp/what_we_do/projects/project_b.htm – 6k – 2005年2月5日 – キャッシュ  [home.oxfam.jpから検索]

[fem-alerts 91] 緊急行動:グアテマラ元軍人の性暴力と脅迫

Subject: [fem-alerts 91] 緊急行動:グアテマラ元軍人の性暴力と脅迫 From: “坂井 … 7日と12日の両日、こ の男が両親の留守中に家に押し入ってAna Mariaさんをレイプしました。 男は Ana Mariaさんに、抵抗したら彼女も家族も殺すと言い、また通報したら …

http://www.jca.apc.org/fem/news/alerts/91.html – 5k – キャッシュ  [www.jca.apc.orgから検索]

kuensel

国会は、難民の共同の立証について議論. (クエンセル 紙 2002年7月5日号掲載) 仮の翻訳です あまり正確では … それらは私たちの家から略奪し、私たちの女たちをレイプしました。. 我が国への彼らが帰還するという考えは、人々を激怒させました。 …

http://www.ne.jp/asahi/jun/icons/bhutan/kuensel.html – 5k – キャッシュ  [www.ne.jpから検索]

12月18日 レジスタンス・レポート

2004年12月18日 土曜日 Saturday, 18 December 2004. ★バグダッド Baghdad. ●レジスタンスがアブグレイブ捕虜収容所を攻撃. … 彼らはある日、私を9回以上レイプしました。. あなたは理解できますか? あなたの姉妹がレイプされたと想像してください。 …

http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/resistance_report_20041218.html – 11k – 2005年2月8日 – キャッシュ  [www.geocities.jpから検索]

アフガン北部、パシュトゥン人への暴力の証言

HRW(Human Right Watch) 2002年3月6日 アフガニスタン北部、パシュトゥン人への暴力の証言 Anti-Pashtun Violence in … 指揮官が2回、もう一人の兵士が1回彼女をレイプしました。 そして次に中にいた二人と外から入ってきた3人が私に襲いました。 …

http://www.jca.apc.org/afghan-women/Special/HRW020306.html – 15k – キャッシュ  [www.jca.apc.orgから検索]

国境なき医師団日本 スペシャルリポート 特集/性的暴力

特集/スペシャルリポート 特集/性的暴力 もう十分だ戦争の道具としての性的暴力 「一昨日 … そして私をレイプしました。 行為のあとに私が服を着終わると、兵士は私から50リベリア・ドル奪いました。 … そして私をレイプしました。 行為のあとに私が服を着終わると、兵士は私から50 …

http://www.msf.or.jp/special/sexual_violence.php – 25k – 2005年2月24日 – キャッシュ  [www.msf.or.jpから検索]

崇敬・国家・ネイション

spanglemaker 『誰が教育の現場で「日の丸・君が代を崇敬せよ」なんて言ってるんですか?

それから日の丸・君が代はネイション(このコメントの流れからいうと「国」)の象徴です。』(2005/03/31 19:03)

index_home 『式典で国旗を掲げ(校旗は同じ位置に掲げない)、壇上にあがる者はそれに頭を下げて礼をし、国家を歌うときには全員起立し、声を出して歌おうとすることをすすめるのは日の丸君が代に何をするためですか?』(2005/03/31 20:39)

index_home 『それから日本語の「国」という言葉にあたる英単語はnationのみではありません。』(2005/03/31 20:42)

N・B 『>反政府主義者のほとんどは、「国」を愛する故に「国家」に反逆する人々であり、私の認識では、熱心な愛国者となるのですが……。

 歴史的にはみもふたもなくそうなのではないでしょうか。これはバートランド・ラッセルの「ロシア共産主義」に載っている話ですが、ラッセルはレーニンとトロッキーの二人に会って、トロッキーの方がロシアという国に対する傾倒があり、レーニンはむしろ「国際主義的」だったと感想を述べています。現代の発展途上国ではいっそうそうでしょう、例えばマンデラもサハロフもある種同じですね。

>誰が教育の現場で「日の丸・君が代を崇敬せよ」なんて言ってるんですか

 やはりこれは「治安維持法で処刑されたものはいない」という主張に似たミスリーディングです。それにステイトの機能を利用してネーションのへの合一化を図るのは spanglemaker さんの立場からはむしろ忌避すべきことではないでしょうか?ネイションとステイトの分離を強調するがゆえに両者の癒着を警戒しなければならないのが spanglemakerさんの立場だと思うのですが。

>ただ、普遍性とアメリカという特定の国家が用意二度生津氏されてしまう背景としては

 すいません変換間違いがそのままでした。「特定の国家と用意に同一化されてしまう」が正確です、すいません。』(2005/04/01 12:39)

noharra 『「日の丸・君が代はネイションの象徴である」なら何故、「他国の国旗を尊敬することを知らないものは」みたいな理屈の方をむしろ公式には採用しているのですか?』(2005/04/01 20:55)

spanglemaker 『誰も教育の現場で「日の丸・君が代を崇敬せよ」なんて言ってないんですね。ありがとうございます。

>>「日の丸・君が代はネイションの象徴である」なら何故、「他国の国旗を尊敬することを知らないものは」みたいな理屈の方をむしろ公式には採用しているのですか?

自国を尊重することと他国を尊重することは両立できると思いますが。自分の家族を大事にする人が他人の家族をけなしたりしないのと同じです。』(2005/04/02 08:48)

(野原)

「他国の国旗を尊敬することを知らないものは」みたいな理屈、というのは単なるメンバーシップにもとずく儀礼的敬意を要請しているということでしょう。ネーションとは区別される意味でのステートへの敬意ですね。ネーションと言うのなら、私(あなた)のうちにも生きている「兎逐いしかの山」の記憶を呼び覚ませと言うだけですむはずです。

spanglemakerさんの意見とは食い違うと思います。

君が代=国家への盲従

 ひとはいつのまにか自分という物を持っているわけで、自己と他者を分別し、他とされたものに対してはあまり関わらず自動的に生きている。通勤経路の傍らで人がうずくまっていても、そのまま通り過ぎる。生きるということはそう言うことでありそれは悪ではない。だがそのときうずくまった人が苦しそうなうめき声をあげたらどうだ。ひとは声に反応し振り返るべきだ。振り返っても何も出来ないかもしれない、云々といった(立派な/立派でない)理屈をとっさに自分のうちで作り出し振り返らないこと、それは悪だ。

 したがって、入学式で国歌斉唱と言われて着席するかどうかですが、着席しないことは悪ではない。しかし、「着席しないことは悪でない」、と言いつのったり「それが善だ」と主張することは悪である。

というか自分の疑問「なぜ日の丸君が代が嫌いなのか」には誰も答えてもらえなかった…。(風見敬吾)

1.日の丸君が代を推進している勢力(文部省の役人など)には正当性がない。

2.「自然、当然」としての愛国心は、国家への盲従に帰結する。

3.コメントスクラムとかする人々は誰からも強制されずに、国家への盲従への傾向性を示している。

4.日の丸君が代強制に反対する人は、日本人は放っておけば国家への盲従への傾向性を持っていると判断している(そうだったのかもしれない)。それはこの間の“対話の否定としてのコメントスクラム”などの経過により明らかになった。

「第二条 1  国歌は、君が代とする。」

 国家はつねに国民統合を意志し努力する。それは悪いことではない。

われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育(教育基本法)

 教育基本法の理念を高唱する既成左翼に手放しで同調していいのか、疑問もある。

「個人の尊厳を重んじ」の個人とは、ニュートラルな個人を欲望し消費し労働する個人へむりやり強制するベクトルをはらんでいるのではないか。“神のご加護”みたいな語り得ない祈りがなければ、例えば出産の減少はくい止められないのではないか?

 難しい問題だし、こう言うと左翼からは反発を受けるでしょうが野原はそう思わないことはないのです。

 「“神のご加護”みたいな語り得ない祈り」への傾向性はわたしのうちで大切に育てていきたい。だがそれに代わる物としての、「自然、当然としての愛国心」は絶対的に嫌だ。というのが私の意見です。

靖国問題

 小泉首相は靖国に平和を祈りに行くそうだが、冗談ぽい。靖国参拝のおかげで日本は永遠に米国の属国だというのに。イラク占領への加担が大東亜の大義に反さないとでも言うつもりか。

先日(5/15)の朝日新聞に、高橋哲哉『靖国問題』ちくま新書の書評が出ていた、野口武彦氏による。

 野口による論旨要約(の要約)

1)<国民感情>「戦死の悲哀を幸福感に転じていく装置」がヤスクニ。

2)<歴史認識>「A級戦犯合祀をめぐって、アジアの戦争で莫大な被害者を発生させた植民地主義との関係を直視すべし」

3)<宗教>神社非宗教論は間違いだ。

4)<伝統文化>靖国信仰を「死者との共生感」に還元するのはまやかしだ。靖国は死者を選別する装置だ。*1

5)<新追悼施設案>

どんな追悼施設も政治に反戦平和の意志がない限り、いずれ「第二の靖国」に転化するだろう、という予言。

野口は“(国民の間に多様な思いがあるが)それが感情の問題ならどれもが心情としてはもっとも、”みたいな感想をもらす。

明治2年設立以来の靖国の歴史。・・・「神聖な境内に戦場の死者の霊魂が迎えとられて永遠に眠る。この安息感は純粋無垢な宗教感情でなくて何であろうか。ゆえに首相の靖国参拝は政教分離を定めた憲法第20条に違反する」と高橋は言っている(そうだ)。

これに対して野口の立脚点は違う。(野口も靖国参拝には否定的みたいだが)

「招魂社の夜店・見世物は昔の東京名物で、例祭の日、境内にむらがる群衆には怪しげで猥雑な活気が溢れ、アセチレン燈の臭気がせつなく郷愁をかきたてていた。《靖国感情》はこのドロドロした底層から、死者と生者が同一空間で行き交う精霊信仰の水を吸い上げている。この泉に政治が手を突っ込むのは不純だ。民衆みずからがそう感じることが大切なのではないか。」

「宗教」というのは明治期に西欧から入ってきたカテゴリーにすぎない。それに対して憲法20条は、戦前戦中の国家神道強制に対する直接の反動を強い動機として成立したものである。にもかかわらずその歴史性は20条の文言には書き込まれず、「信教の自由」「宗教」について抽象的に規定されているだけだ。「国民が国家神道強制の被害者であった」という事実はなかった、または記憶から抹消されている。

<死者と生者が同一空間で行き交う精霊信仰>がわたしたちにリアルなものなのであれば。平将門に習合した北一輝を祭り上げることが早急に必要なのかもしれない。

・・・

*1:死者が神になるのなら、東条を入れて、北一輝を入れないのは何故だ。野原

(6/18追加)

# poppo-x 『こんにちは。一方で、裕仁氏と東条英機の間の個人的確執が、東条合祀後靖国へ参拝しない一因との分析もあります。

http://blog.goo.ne.jp/asaikuniomi_graffiti/e/3fede30ef997afc56ba99b7e088382e0

私の視点 靖国問題ー昭和天皇と東条の確執

Weblog / 2005-06-07 11:31:53』 (2005/06/18 06:54)

(野原)

浅井さんの貴重な文章の紹介ありがとうございました。

印象的なので一部をもう一度引いてみます。

敗戦直後から毎年ではないものの数年置きに靖国神社を参拝(正式には「御親拝」というそうな)していた昭和天皇が、A級戦犯合祀が行なわれる1978年の3年前に参拝して以来、靖国に踏み入れていないのだ。

 そこから色々調べてみると、靖国への合祀には天皇への「上奏(天皇への事情説明)」が必要なのに、靖国側はその手順を取っておらず、合祀を巡って天皇と靖国の間に確執があった事が浮かび上がってきた。

http://blog.goo.ne.jp/asaikuniomi_graffiti/e/3fede30ef997afc56ba99b7e088382e0(浅井久仁臣)

そして、14人のA級戦犯が秘密裡に合祀された。

(同上)

この「秘密裡に」は、左翼や左翼的世論に対する秘密というだけでなく、天皇や権力中央の一部に対しても絶対秘密だった、と。ある種のクーデターといえるほどのものですね。陰謀説を採っている野原としては、これを押し進めた分子の中に、米国や北朝鮮の工作員が居たのでは?という疑惑を捨てきれないぞ(笑い)。

気高く死ぬ(7/12訂正)

そういう教育」を受けていなくても、私なら飛び降りて自決するだろう。

「敵に捕まれば、男は殺され、女は辱めを受ける」と言われていたらしい。実際、その通りだっただろう。

敵軍の男に捕まるくらいなら、私は、日本人の女として、気高く死ぬ。

http://d.hatena.ne.jp/ButterflyNamida/20050627 GRAPEFRUITS+CARNIVAL – 絶壁の記憶

 この文章はわたしにとってショックでした。バンザイクリフの死者は私にとって「絶対的被害者」である、国民の(少なくとも辺境の国民が)1万人ほど死のうが生きようが余り気にしない「皇軍」というものが加害者である。したがって「国のために」なんてお題目はちゃんちゃらおかしい。むしろ皇軍の加害者性がどの程度在ったのか、正確に検証し、糾弾しなければいけない。というのがわたしの理解でした。21世紀の現在になって、「私なら飛び降りて自決するだろう。」と言い出す人が出てくるとは思いませんでした。確かに自己責任において自決していったという面もないとは言えない。同じ情況で生き残った人が半数はあるわけですから。そして現在ためらいもなく誇りを持って「気高く死ぬ」と言っている人がいる。自決した人はどんな気持ちで死んでいったのか。自決せざるをえない情況にまで追いつめられた運命を呪い、サイパンを戦場にした皇軍を呪い、降伏という選択肢があるなどと夢にも思わず死んでいったのだろう。そうではなく「 敵軍の男に捕まるくらいなら、私は、日本人の女として、気高く死ぬ。」と思って死んでいった人もいたかもしれない。だが(失礼だが何も知らないこの文の筆者が)考えるほど戦場とはシンプルなものではないだろう。自分の家が壊され、野山を砲弾を避けようとしながらろくな食糧もなく逃げまどう、「日本人の女として」という一つのフレーズがそうしたある女性の生死の総体を支えることが出来ただろうとはとうてい想像できない。

それにしても筆者が今「日本人の女として、気高く死ぬ。」と言うのなら、それは嘘ではない場合、筆者の真実がそこに掛けられているわけだ。愛がなければもちろんわたしは筆者に影響を及ぼすことはできない。

6枚の金貨

(問い)6枚の金貨のうち、1枚が偽貨で重さが違う(重いか軽いかは分からない)。天秤を2度使い、偽貨を当てなさい。

(答・1)

1.6枚の金貨をA1,A2,B1,B2,C1,C2 とする。始めにA1+A2とB1+B2を比べる。

2-1.A=Bの場合。偽貨はC1かC2。

C1と例えばA1(A,Bのうち任意の一枚)を比べる。

2-1-1.C1=A1の場合。偽貨はC2。

2-1-1.C1=A1でない場合。偽貨はC1。

2-2.A<Bの場合。C1C2は正貨。

(A1+B1)と(C1+C2)を比べる。

2-2-1.(A1+B1)<(C1+C2)の場合、偽貨はA1かB1のどちらかだが、2-2より軽いのはA1の方。つまり偽貨はA1。

2-2-2.(A1+B1)>(C1+C2)の場合、偽貨はA1かB1のどちらかだが、2-2より重いのはB1の方。つまり偽貨はB1。

2-2-3.(A1+B1)=(C1+C2)の場合、偽貨はA2かB2どちらか。

この答では、最後の場合に偽貨は確定できない。ほかに正解はないのかな?

(この問題は私がつくったものなので、正解があるのかどうか分からない。)

(えー、どこかで、13枚を天秤3回で、という問題を見た。難しくて分からない。その答えはまだ見ていない。その準備として考えてみた。)

小さな世界の反転

 今日は便秘に苦しんだ。金曜日に呑んだバリウムが腸の中で堅く固まって出てこないのではないかという悪夢に。診療所に電話すると、下剤*1を飲み、1リットルの水を飲めと指示された。指示どうりしても尿が出るだけで便はでない。3時間後くらいにいきむと、やっところんと小さな固まりが出た。ふ~ 良かった。

 便秘の原因は、バリウムを呑んだ翌日、息子のキャンプについていって泊まったこと。教訓:バリウムを飲んだ翌日は旅行に行かない。どうしても行く場合は2リットルほど水を飲む。*2

*1:下剤はバリウムを飲んだとき、念のため4錠渡されており、2錠はその日飲んだので2錠余っていた。

*2:15分に1リットルを2回。

大江、デリダ、幽霊

大江の「あまりにも巨きい罪の巨塊」というフレーズはなんといってもデリダの「幽霊・亡霊」を思わせる。

えーと、id:noharra:20050122#p1 で次のようなデリダ論の一節を引用した。

また、亡霊は現れるだけではなく、つねに何かを語り出すものでもある。

(略)あるいは、ナチの強制収容所というおよそ証言不可能な場所から生き残った人が、長くまもっていた沈黙を破って語り出す言葉のことを考えてもよいだろう。だがこうした言葉は客観的な出来事の証言であるばかりではなく、さまざまに矛盾し、時間的に混乱したものとしても現れてくる。彼らの経験した出来事が、およそ単純に現前するようなものではなかったからである。デリダに言わせれば、こうした発言を受け止めることが亡霊の声に応えることである。亡霊の命令や約束は、つねに自己分裂・自己矛盾しながら容赦なくつきつけられる命令や約束なのである。(廣瀬)

p119『デリダ』林好雄・廣瀬浩司 講談社選書メチエ isbn:4062582597

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050122#p1

「ナチの強制収容所というおよそ証言不可能な場所から生き残った人が、(略)語り出す言葉」というものと、「渡嘉敷島、座間味島、サイパン島その他=およそ証言不可能な場所から生き残った人が、(略)語り出す言葉」の両者。それぞれにおける体験の語り難さとそれでも語り出される言葉たちという<ねじれ>を孕む矛盾の空間に、共通性があると考えてもよいだろう。彼らの体験は決して事実をありのままに報告する(再現前する)ことができるようなものではなかった。言葉と人間が成立しているエピステーメーからの逸脱としてその<体験>はあったのだ。

「創造」を支えているもうひとりの中心人物たる高校教師は、なおも直戴に、それを聞く本土の人間の胸のうちに血と泥にまみれた手をつっこんでくるような事実をすなわち一九三五年生れのかれが身をよせていた慶良間列島の渡嘉敷島でおこなわれた集団自殺を語った。本土からの軍人によって強制された、この集団自殺の現場で、祖父と共にひそんでいたひとりの幼児が、隣あった防空壕で、子供の胸を踏みつけ、凶器を、すぐにもかれ自身の自殺のためのそれとなる兇器をふるうひとりの父親を見てしまい、祖父とともに山に逃げこむ。  大江健三郎(「沖縄ノート」168頁)」

大江は本土から来た観察者であるが、彼の文章もわざとのように解読しにくい。「ひとりの幼児が、ひとりの父親を見た」と彼は書いている。この「ひとりの父親」というフレーズは、日本語としてもフランス語としても*1おかしい。父親は「彼の父親」であるならそのようにあるいは形容詞抜きの「父親」と書かれるべきである。「ひとりの父親」と書かれるのは「彼の父親」ではない場合、とふつうは考えられる。だがこの「父親」は「すぐにもかれ自身の自殺のためのそれとなる兇器をふるう」というフレーズにも限定されている。彼自身の父親である可能性も高い。この修辞的混乱の根拠は、「最も愛する者を」「早く楽にしてやる」という条理が持つ、「早く楽にしてやる」=「最も残酷な方法で殺す」という不条理である。ここで大江は悪文家であることで文学者である。

この記事を意見書の中に抜粋している金城証人は18歳の兄と二人で、母と小学校4年生の妹と6歳の弟に手を掛け(途中ではぐれた父も絶命)た体験者として、こう記している。《死の異常性と混乱の中にも、愛する者弱い者の命から先に断っていくといった、一つの筋道みたいなものがあったように思う。従って我先に死に赴く非人情な男性は一人もいなかったのである。非人間性の中のヒューマンなもの、とでも言えるのだろうか。しかし凡ては狂気の沙汰でしかなかったのである。

http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/334.htm

 絶対的な犠牲者、それは抗議することさえできない犠牲者です。人はそれを犠牲者として同定することすらできません。それは、自己をそれとして提示=現前化することさえできないのです。(略)

 全歴史が諸力の抗争の場であり、そこで問題なのは、読みとれなくすること、排除すること、排除しつつ措定すること、排除しつつ支配的な力を押しつけること、つまりただ単に犠牲者たちを周縁に追いやり、のけ者にするだけでなく、犠牲者たちのいかなる痕跡も残らないようにし、彼(女)らが犠牲者であるという事実を人が証言することさえできなくし、あるいは犠牲者たちがそのことをみずから証言することさえできなくすることなのです。

デリダ「パサージュ」*2

「小さな少年が後頭部をV字型にざっくり割られたまま歩いていた。」このような文は確かにありコピー可能だった。でもそれはおよそ信じべからざるものであり、「自己をそれとして提示=現前化すること」に成功することなく消えてゆく。

 わたしたちは忘れている。あるいは少し(かなり)ズレた形のイメージを与えられて犠牲者たちから遠ざけられている。わたしたちの国家は「彼(女)らが犠牲者であるという事実を自身で証言することをできなく」する。他でもない彼らに金を与えることにより。この点で従軍慰安婦問題と強制「自決」問題は同じ形を描いている。犠牲者たちは自らが“ないもの”とされていることに抗議しているのに、それを補償金の問題にすり替え、そして金が欲しかったらやる、その代わり黙れ!といった金の出し方をしようとする。補償金という責任を認めての金の出し方ではなく、責任を認めない形での金の出し方をなんとかして考案する。そしてそれに成功すると次に、犠牲の情景を大きく歪めるために「A=加害者」であるという認定は名誉毀損だという裁判を起こしてくる。デリダが言うように証言の言葉とは「だがこうした言葉は客観的な出来事の証言であるばかりではなく、さまざまに矛盾し、時間的に混乱したものとしても現れてくる。彼らの経験した出来事が、およそ単純に現前するようなものではなかったからである。」というものなので、「A=加害者である」という文章を法的に成立させることに幾分かの困難があることは事実なのだ。60年後の私たちにとって、Aという固有名には意味がない。したがって「犠牲者たちのいかなる痕跡も残らないように」という「死を知らず、死について語られることを欲しない」「絶対悪」が裁判を起こしているといっても言い過ぎではないだろう。

幽霊について、いやそれどころか、幽霊に対して、幽霊とともに、語らなければならないのだ。あらゆる生ける現在を超えて、(デリダ)*3

*1:大江は仏文科卒

*2:p270高橋哲哉『デリダ』より孫引きisbn:406265928X

*3:同書p250