現代中国のリベラリズム思潮

「現代中国のリベラリズム思潮」を読んで

現代中国のリベラリズム思潮」という本を読み始めた。

最初の論文が徐友漁という人の「90年代の社会思潮」というもの。
これが思いのほか面白かったので、紹介したい。徐友漁(1947年-、四川成都人)

70年代の終わりに文革が終わり、80年代インテリたちは開放的空気に包まれた。
改革開放、いままで禁じられていた西欧的、資本主義的なもの、サルトル、フロイト、ニーチェなどまで入ってきた。近代的、合理的、普遍的なものが目指された。
89年に六四天安門事件が起こり(そう書いてないのだが明らかに分かる)、時代の空気が変わる。
一つは「国学」ブームなどの文化ナショナリズムである。全般的西欧化が否定され、愛国主義、伝統文化が称揚される。
現在の西側文明は抜け出すことができない危機に陥っており、東洋的文化だけがそれを救うことができる。西欧文明は自然を一方的に収奪してきたが、道教の無為自然思想にもあるように、東洋には人間だけを高いとするのではなく自然と共存していく思想と知恵がある。集団主義、無制限な自由・権利を認めないこと、官僚制度、競争の抑制、などはアジア的近代化を支える価値とされる。
徐氏はこれを文化ナショナリズムとよび、インドや日本の思想家がアジア的文化が世界を救うといった時と同じ言葉使いだが、中身はそれぞれ違うと指摘する。ドイツやロシアの知識人もしばしばそのような「精神文化の優位」といった言説を雄弁に語ったと指摘する。
まさに、日本では30-40年代に、〈近代の超克〉として語られたことであり、それ以後もたびたび繰り返されたものだ。しかし思想はある社会のなかで有機的に切り離しえないものとして切実に存在しており、そう簡単には客観的評価できない。中国である切実さにおいて文化ナショナリズムが存在していたことを知るのは、日本のそれを理解するためにも参考になる。
日本と中国のどちらが東アジアの文化を代表しうるのかといった問いは、異一見愚かに見えるがそうでもなく、言説を支える土俵に影響している。

次に、ポストモダニズム。ポストモダニズムは近代という価値基準を放棄する。
科学、民主、理性といった価値を真正面から取り組むべき価値として追及してきた知識人たちの営為は全否定される。それらは資本主義的概念として否定される。
しかし、と徐は言う。五四新文化運動は確かに西欧啓蒙思想の借用ではあるが、そのままの輸入ではない。五四運動は儒家の礼教、三綱五常という悪しき慣習と闘ったのだ。伝統を切り捨てたのではなく、顧炎武から章炳麟に至る「破壊と継承の闘い」がその根にはある。同じように八十年代の新啓蒙運動も当時の中国の状況、矛盾(文革の暴虐など)に向き合い解決しようとしたものだ。

次に、「新左派」理論というものがある。
冷戦終了後、先進国での資本主義批判はポストモダン思想とも交流しつつ、活発化した。フランクフルト学派などの批判者たち。彼らは、前に進むようなふりをしつつ、古いものを懐かしみ、精神を崇め立て、物質を否定し、大衆を蔑みつつ、大衆の導師として振る舞い、エリート的である、と徐は批判する。(まあ、フランクフルト学派が古いものを懐かしんでるだけと言われると違う気はするが。)
リベラリズムは結局は巨大な集権的国家建設を支持するものだといったマルクーゼの言葉を、かなり強引に引用し、さらに胡適の例を引き、リベラリズムは専制を支持するものだと結論つける(王彬彬氏)。

90年代、市場経済を発展させていくという目的のために人々は経済的リベラリズムを学んだ。
中国ではずっと、個人主義は極端なけなし言葉だった。しかし、多くの西欧の思想家たちを、上記のような様々な論争のなかで受け入れることで、中国人もリベラリズムへの理解を深めていく。
1997年から中国でも法治国家という原則が確立される。「法は人よりも大きく、法はその他のいかなる権力よりも大きい」ということを中国人も徐々に理解していく。それは党が国家に変わって直接権力を行使するという形を変えていくことである。
人が自由に生きていくためにもリベラリズムは必要であろう。
「こうした一つの連合体においては、各人の自由の発展が万人の自由の自由な発展の条件となる。」というマルクスの言葉でこの文章は締められる。

日本の思想史の百年近くを中国では20年で過ごしたみたいな感じもあって、忙しい。しかし中国の方が、ストレートに深く思想を問うているところがある。日本を考える上でも中国を知ろうとするのは必須であろう。

さて、1980年代は文革の反省としての西欧に学べとリベラリズムの時代だったが、その空気は89年六四天安門事件で終わった。90年代は、文化ナショナリズム/ポストモダニズム/「新左派」/リベラリズムと論争ははなやかだった。
2008年、〇八憲章。劉暁波拘束。2010年、劉暁波にノーベル賞。2012年、反日デモ。(2014年、台湾ひまわり運動、香港雨傘運動)。
2017年、劉暁波死去。2022年、習近平3期目総書記、独裁強化。
この間は、言論の自由は逆に狭まっている。

「現代中国のリベラリズム思潮」は2015年に出た本である。その後8年間中国の言論の状況はどう変わったのか。先日、この本の著者の一人秦暉氏の講演が神戸大学であったので聞きに行った。現在の政治などについての意見を言う自由がほとんどないことが彼の雰囲気から分かった。8年前に比べても中国の言論の自由は大幅に狭まっているようだ。
ただし、五四運動以降、あるいはもっと長く三千年前からの思想の流れを考えても、リベラリズムは中国思想と無縁の外来思想ではないので、いつか復活するしかないだろう、とこの分厚い本を読んで思った。