日韓の請求権協定の解釈について

去年10月に韓国大法院は、強制動員被害者に対する賠償を新日鉄住金に命ずる判決を出した。以後、日本政府によるそれへの反発とその影響は、むちゃくちゃ大きなものになっている。
ところが、この日韓請求権についての問題は、法的にとても煩瑣な議論でありとても難解である。
弁護士山本晴太氏の文章二つを参考に、下記にまとめてみた。不出来ではあるがよかったら読んで下さい。
・・ 日韓請求権協定解釈の変遷と大法院判決
・・ 日韓両国の日韓請求権協定解釈の変遷

日韓請求権協定第2条では、「両締約国およびその国民の財産、権利および利益ならびに請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決されたこととなる」となっています。

1、この問題がトラブルになっている原因は、それとはまったく違う解釈を日本政府が繰り返していたことにあります。
「当事者個人がその本国政府を通じないでこれとは独立して直接に賠償を求める権利は、条約によって直接影響は及ばない」
と1965年の以前から日本政府は主張していた。
広島原爆被爆者、シベリア抑留被害者の日本政府への補償請求において。

2,広島の被爆者は、アメリカ合衆国ないしトルーマン大統領に対して損害賠償請求権を持っていたのに、これをサンフランシスコ平和条約で日本政府が消滅させてしまったとして、アメリカからの賠償にかわる補償を日本国に求めたのです。
これを回避するために、「サンフランシスコ平和条約に書いてある『放棄する』とは個人の権利を消滅させるものではなく国の権利である外交保護権を放棄しただけだ」という説が日本政府によってとなえられた。

3、1965年の日韓請求権協定についても、朝鮮半島に財産を残してきた日本国民から訴えられると困るので、「個人の請求権の消滅ではない」と説明した。

4、ところが1990年代から、韓国、中国の被害者が日本の裁判所で続々と裁判を起こし始めた。
2000年頃になると、「消滅時効を援用すると、「いや、国側が資料を隠しておいて、今さら時効というのは信義則に反する」。それから国家無答責といって、明治憲法のもとでは国家は不法行為責任を負わないと考えられていたのですが、「それは旧憲法下の解釈であって、現憲法下で適用できる解釈ではない」などというように、論点ごとに国に不利な判断が次々に出始めて、ついに国が敗訴する」ことにまでなってきた。

5,この状況下で国は裁判での主張を急に変えてきた。「実は1965年日韓請求権協定で解決済みだ」と。しかし最初それは裁判所も採用しなかった。しかし、2007年4月27日の最高裁判決(西松建設事件)、国の新解釈を受け入れた。「サンフランシスコ平和条約の枠組み」というものがあり、それが平和条約に参加していない中国にも適用されるとする、理解不能の論理によって。

『サンフランシスコ平和条約の枠組み』論とは、平和条約締結後に混乱を生じさせる恐れがあり、条約の目的達成の妨げとなるので、『個人の請求権』について民事裁判上の権利を行使できないとするという。日中共同声明や日韓請求権協定も『枠組み』に入るものとして、『個人の請求権』を裁判で行使できないものとする、というもの。

6,「ここでいう請求権の『放棄』とは,請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではなく,当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能を失わせるにとどまるものと解するのが相当である。」と述べました。つまり、日中共同声明によって被害者個人の請求権が消滅することはないが、その請求権を裁判で行使することができなくなったという。
非常に難解である。

7,「個別具体的請求権について、その内容などにかんがみ、債務者側において任意の自発的な対応をすることは、妨げられない」だけが、唯一の希望として残った。この考えにとって、原告たちは西松建設と和解を成立させた。

8,したがって、同様に強制動員問題当事者たちと、企業また日本政府とが和解を成立させることは、日本政府にその意志があれば容易なことだ、ということになる。

9、90年代から慰安婦問題が大きく取り上げられるようになり、河野談話、アジア女性基金ができたが、日本政府は元「慰安婦」たちとの和解を達成することができなかった。

10.2005年盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が「韓日会談文書公開官民共同委員会」を設置。
「韓日請求権協定は日本の植民支配の賠償を請求するためのものでなく、韓日両国間の財政的、民事的債権・債務関係を解決するためのものであり、したがって日本軍慰安婦問題など日本政府や軍など国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては請求権協定によって解決されたと見ることはできず、日本政府の法的責任が残っている。サハリン同胞問題と原爆被害者問題も請求権協定に含まれていない」と明らかにした。
日本軍慰安婦・サハリン同胞・原爆被害に対する賠償請求権は未解決という点を明確にした。参考

しかし強制動員被害者については、請求権協定資金の5億ドルの計算の中には、強制動員被害者に対するものが総合的に勘案されている、とした。
ただし、山本晴太氏によれば、これは個人の請求権が消滅したという意味ではない、とのこと。

11,2012年5月24日の大法院判決は画期的な判断を示した。
「日韓請求権協定はサンフランシスコ条約を受けた財政的問題を精算するための条約であって、日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権は請求権協定の対象外だというのです。これまでは外交保護権放棄なのか、個人の請求権なのかという話をしていたら、ここで「いや、そもそもこの協定は関係ないんだ」という判断を打ち出したということです。この協定の締結過程で日本は植民地支配の不法性を一切認めなかった。不法性を全く認めず、植民地支配の性格について合意がないまま結んだ協定で、どうして不法行為による損害賠償請求権が解決されるのかという理由です。」

12,この判決は画期的だったが、日本ではほとんど報道されなかった。
この間、日本では河野談話の約束は果たされず、2014年朝日新聞が不必要な「謝罪」をし、日本国民の意識は嫌韓に傾いていた。

13,2018年11月の大法院判決も2012年のものを踏襲したもの。
安倍晋三首相は「国際法に照らしてあり得ない判断」だと批判した。そして、本来被害者と民間企業の間の問題であるにも関わらず、1965年の協定で解決済みを振りかざして韓国政府に圧力を掛けようとした。
そして2019.8.28、輸出手続きで優遇対象とする「ホワイト国」から韓国を除外した。大きな国際紛争になってしまったわけだ。

14,この間日本政府は「1965年の協定で解決済み」が、絶対的な真実であるかのように大宣伝しており、マスコミに出てくる評論家もそれに従っているようだが、そこまでは言えないことは確かだろう。