わたしは、自分に自信を持たなければならない。
できるだけ簡明な文章を、ストレートな文を書くべきだ。
わたしは、自分に自信を持たなければならない。
できるだけ簡明な文章を、ストレートな文を書くべきだ。
高島元洋『山崎闇斎 日本朱子学と垂加神道』isbn:4831505439 は七百頁近い大著だ。図書館から借りてざっと斜めに読んだ。
要点をまとめることもできないが、少しだけノートしておこう。
え、この本は、第一部闇斎学と朱子学 第二部修養論 第三部垂加神道 となっている。第一部では、朱子学の基本概念である「天人合一」「太極」「心」「体用論」が闇斎学では同じ言葉を使っていても違う意味になってしまっていると論じられる。第二部も同じく「居敬」「窮理」を中心にする朱子学に対し、闇斎学では「窮理」が無視されると指摘する。朱子学の根本概念に神道的な発想が入ってきていると言う。
朱子学において、「敬」とは「絶対主体」たる「心」の「主宰」する機能を充然に発揮せしめるための修養概念である。*1
朱子学の場合、「敬内義外」の意昧が、「居敬」「窮理」の概念の枠内で理解されていることはすでに見た。すなわち分殊の理を対象とする「省察」も理一の理を対象とする「存養」も、いずれもつねに「理」に対応してある。「敬内義外」は、要するに「太極」(理)を具体化する「絶対主体」(心)の確立に向けられている。これに対して闇斎学の「敬内義外」は、「敬」にあって「神」(理)を自覚し、「義」においてこの
働きが具体的に現われるということであり、つまり「神」(理)の働きの具体化する過程を示している。ここで「理」とは「神」である。「神」の働きは人の意識の機能を吸収同化すべき方向をもつ。この限りで意識が「理」(神)を対象として捉えるという「窮理」の観念は成立しにくい。つまり、朱子学の「心」(絶対主体)の機能は「理」を対象化するが、聞斎学の「心」(神明之舎)の機能は「理」(神)と同化する。かくて朱子学の「敬内義外」は「窮理」の観念と必然的に結びつくが、闇斎学の「敬内義外」には「窮理」の考え方は入ってこない。(略)
(闇斎の)「窮理」という言葉で考えられていることは、ここでは聖人の教えを知り、これに随順するということである。言いかえると「神」(理)の働きのさまざまな具体を知って、これに同化することである。つまり「窮理」といっても、「心」の「主宰」する機能を独立して捉えるのではなく、この機能を最終的には「神」(理)の働きに委譲することが思われている。(略)
要するに、朱子学の「理」が観念であり、闇斎学のそれが実体としての神であるがために、前者の「心」は「理」を対象としてその「主宰」する機能を発揮するが、後者の「心」はその「理」(神)の働きに、自身の機能を同化せしめる方向にあるということであった。意識のそもそものありようが異なっていた。朱子学は意識を「聖人」にまで高めることを考え、闇斎学は意識が「神」の働きとして顕われることを思った。すなわちこれは「神人一体」の問題である(略)*2
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以上、メモ。
『孝経』というのは儒教の教典(十三経の一つ)ですが、四書五経には入っていないので知らない人が多いでしょう。*1漢の時代の初めには既にあったのは確かという古典です。
敢へて問ふ。父の令*2に從ふのみは、孝と謂ふべけんや、と。子曰く、是れ何の言ぞや。是れ何の言ぞや。言の通ぜざるか。昔者天子爭臣七人有れば。亡(む)道(どう)と雖ども天下を失はず。諸侯爭臣五人有れば。亡道と雖ども其の國を失はず。大夫爭臣三人有れば。亡道と雖も其の家を失はず。士爭友有れば。則ち身令名を離れず。父に爭子あれば。則ち身不誼に陷らず。故に不誼に當っては。則ち子以て父と爭はざるべからず。臣以て君に爭はざるべからず。故に不誼に當っては。則ち之を爭う。父の命に從ふ又安んぞ孝と爲すを得んや。
http://www.keitenaijin.com/keikyo.htm(孝980901)から引用させていただきました。(一部変更しています。)
http://kanbun.info/keibu/kokyo.html *3
孝経というのは、孔子が弟子の曾子と問答する形で<孝>について論じています。<孝>は親孝行の孝には違いないのですがかなり意味が広くなっています。ここでは曾子が質問しています。子供が父の命に從うべきか?当然だ、と肯定するかと思いきや孔子は、「これ何の言ぞ与(や)、これ何の言ぞ与(や)、言(げん)の通ぜず。」と、絶句するほど不本意な様子。
中江藤樹の註釈にしたがって読んでみると、「父の命に従うとは、もっぱら父の命に従順して、不義といえども敢えて諫止しないことをいう。」「可謂孝乎」の「乎」とは疑いの辞である。つまり曾子はすでに父を不義に陥れるの不孝を知っている(のである)。だけども、諫争すると愛敬の和をやぶることがある。確かに、従順は孝子の本来であるとは言えるとしても、この場合は本当の孝には成っていないのではないか。*4藤樹先生、かなり曾子にはきびしい、深読みをされます。
次孔子の発言。「「何言与」とは、なお、なんの心をもってかくのごときの言(コト)をなすやと云うがごとし。けだし「言」というのは心の声なり。*5」孔子は曾子の心を知っているつもりだった。だから、まさかこんなふうな発言はしないはずだと思っていた。だのにそういう発言があった。「ゆえに、何の心をもってしこうしてこの言をなすやと謂う。そしてこれを戒める。「何言与、何言与。」と重ね言うものは、もって深くこれを警戒する(いましめる)ところなり。」
次は実例。社長の回りがイエスマンばかりだとその会社は潰れる。つまり君を諫める者がなければならない、ということを、天子、諸侯、大夫、士、父とその規模にしたがって五回繰り返して強調しております。
結論。「父の令に従うのみなるは、また焉(いずくん)ぞ孝となすを得んや。」形式的な従順は、(大義に反する場合)不孝となるわけです。
ところで一方、儒教には以上に書いたことに反するフレーズもあります。「君君たらずとも臣は臣たらざるべからず。父父たらずとも子は子たらざるべからず。」(6世紀ごろ作られた偽書らしいですが、孔安国の「孝経」序にある言葉です。日本では敗戦まで大いにもてはやされた。君主が絶対であるのは天の秩序の象徴であるからであり(天という言葉を使わないとしても)、生身の天皇自体には誤りもあるのが当然です。国家の命令を一切疑うことなくそれに「従う」ことだけを価値とした文化が敗北したのは当然のことだったわけです。そして戦後、絶対的権威の場に天皇に代わり「民主主義(アメリカ)」が居座ることとなり、その構造は解体されずに継続し続けている。ということなのでしょうか。最近、日の丸、君が代、愛国心といったものへの服従を強調する動きがあるようです。二千年以上前に「孔子」が絶句して嫌がった思想と共通点があるとわたしは思います。*6
追記:父がその社会で犯罪者として指弾される存在であっても、社会的能力のない飲んだくれであっても、子は父を見放さず孝を尽くさなければいけない、これは儒教の原則であり、その意味では「父父たらずとも子は子たらざるべからず。」というのは全く正しいわけです。問題は既成の権力関係における上位の者が、居直りの論理としてこれを持ち出すときですね。それは儒教の原則に全く反しているわけです。
そう考えると、歴史問題について、私たちが、アジア諸国との関係で戦争の加害者であることは疑う余地はないが、問題は直接の加害者ではなくなった私たちと戦争当事者たちとの関係性の問題だ。加害者である当事者たちのこころに思いをはせ、加害者のあゆんだ軌跡を追体験する機会をあまりにも喪失してしまった*2私たちが、先祖との連続性を回復し、先祖をステロタイプな殺人鬼にしないためには、自虐史観排斥みたいな運動傾向にならざるをえないのかもしれず、そうした動きが保守的な運動として、あるいはナショナリズム的な運動として広まるのは、それなりに理由があるように思われる。
http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20041020 はてなダイアリー – + 駝 鳥 +
スワンさんが良心的な方であることはよく分かるのだが、この文章には少し違和感がある。「先祖をステロタイプな殺人鬼にしないため」というが現実にそうだったという事実が存在するのではないかな。
「加害者である当事者たちのこころに思いをはせ、加害者のあゆんだ軌跡を追体験する機会をあまりにも喪失してしまった」というが、当事者=加害者という図式は誰が作ったのだろう。わたしも戦争の直接体験は皆無だが、当事者の体験談などは古本屋に行けばいくらも手に入る。多量にあっても偏向はしている、ことも事実だが。加害性を強調する中国帰還者連絡会系の本を取り入れれば少しはバランスが取れるかしれない。わたしはほんの数冊読んだだけだ。それでも分かることは当事者の持っている多様性である。当事者=加害者なんてものではない。ニューギニアやガダルカナルなど太平洋で死んだあるいは死に瀕した膨大な兵士たちは第一義的には被害者であるといえる。しかし誰のせいで死んだのかといえば敵のせいというよりも日本軍当局の責任である、と言わざるをえない。
(昭和50年という現在)『失われた兵士たち』を書くにあたって、あらためて戦史をひもといてみると、最前線から部下を見棄てて逃亡した高級軍人の多いことにまず驚かされたからである。最近、刊行された高木俊郎氏の『陸軍特別攻撃隊』上下 文芸春秋刊では、昭和二〇年初頭、フィリピンから台湾へ逃走した富永軍司令官の行状を執拗に追求している。戦争末期、ビルマにおいて敗亡の部下をおいてさっさと後方へ下がった某大将は英軍史家の物笑いとなった。壊滅寸前のレイテから独断でセブ島に渡った師団長もいる。逃走はせずともインパール戦の最中、戦線のはるか後方でぜいたくをしながら部下を叱咤督励してばかりいた牟田口中将の軍司令官としての責任は歴史によって早晩、裁かれるだろう。*1
「私たちと戦争当事者たちとの関係性の問題」を考えたいのなら、まず戦争当事者の多様性を学ぶ必要がある。被害者である当事者、加害者である当事者、人間である当事者、など当事者を一色のものとして語ろうとする言説のすべては、自分のイエオロギー的立場に誘導しようとするものためにそう語るのではないか。学ぼうとすれば自然に多様性は見えてくる。
「私たちが、先祖との連続性を回復し、先祖をステロタイプな殺人鬼にしないためには、自虐史観排斥みたいな運動傾向にならざるをえないのかもしれず」といった理路が存在してしまったというのは事実だろう。「戦争はいけなかった」「戦争は悪だ」という叫びは、実は当事者の現実を封印するという方向にも働いたのだ。加害者は「当事者の現実の封印」に加担した。ある意味では右も左も封印に加担したのだ。そのことにより、特別に学ぶ努力をしない人の場合、非常に薄っぺらな当事者像しか手に入らないことになった。そのような情勢を前提に上記のような理路が成立し得たのだ、ということを知らねばならない。
*1:p62『失われた兵士たち』野呂邦暢 芙蓉書房昭和52年
日時:11月14日 (日) 10時開場 10時半開会 16時半終了予定
場所:国際障害者交流 センター(ビッグ・アイ)
南海高野線、地下鉄御堂筋線中百舌鳥駅乗り換え、泉北高速鉄道泉が丘駅下車すぐ http://www.big-i.jp/access/index_access.html
内容、証言者紹介:
テーマ「ジェノサイドの罪」からみたイラク戦争・占領
今朝なんとなくグーグルしていたら衆議院議事録というのに出会った。
http://kokkai.ndl.go.jp/ 国会会議録検索システム
「現在利用可能な会議録は1回国会(1947年5月開会)以降の本会議、全ての委員会等です。」
「会議終了後どれくらいで利用できますか。--データ作成のため、2、3週間ほど期間を要します。」とのことである。
検索語を複数指定して検索できるので面白い。
例えば「ライブドア アダルト」で一件検索できる。
「2ちゃんねる ひろゆき」ではゼロなので、「2ちゃんねる 名誉毀損」でやると1件。検索速度も速く快適。
○国務大臣(麻生太郎君) 指名権はあちらにあって、あなたにはありませんので。言われて。
今、インターネット上について誹謗中傷が書かれている。2ちゃんねるの話ですか、これは。2ちゃんねるの話ですか。
○森ゆうこ君 ログを検索してみたら、まさか内閣官房に突き当たったなんということはないと思いますが、よくこういう書き込みは、ある一定の考えを持った人たちが意図して世論を誘導するために多く組織的に書き込んでいくというような話もあります。
衆議院、参議院がちょっと高級な掲示板・会議室感覚で楽しめる。政治好きの方はもちろんだが、それ以外の人も広く楽しめるサイトだと思う!!
http://www.asyura2.com/0403/jisin11/msg/931.html
インド洋津波:「遺体で感染症まん延しない」 WHO(毎日新聞) ZUMA
同事務局(WHO)の専門家によると、感染症の原因細菌やウイルスなどの病原体は、生きた人や動物の体内でよく増殖する。仮に風土病などに感染していても、死亡後は体温が急激に下がるため病原体の多くは死滅。遺体の血液などに直接触れない限り感染の恐れは小さく、感染症を広げる恐れは、非衛生的な環境に置かれた生存者の方がはるかに大きいという。
毎日新聞 2005年1月5日 18時40分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050106k0000m030022000c.html
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=3562 電脳補完録 拉致問題解決まで
資料 : 日本と中国の間に人権・人道意識の差はあるのか!
投稿者 trycomp(野口孝行) 投稿日時 2005-1-21 21:32:14 (273 ヒット)
「日本の裁判所で難民ではないという認定が出たので、国内法にのっとって送還せざるを得ない」
「調査の結果、難民としての身分は確認できない。人道主義を掲げるなら当該国の国内法に則り合法的な方法と手段で実施すべきである」
驚くほどの酷似である。冒頭の二つの文を見比べた瞬間、私は言葉を失い自分の目を疑った。最初の声明は、昨日20日、UNHCRよりマンデート難民として認定されていたクルド人の強制送還に抗議を申し入れた福島社民党党首に対する南野法相のものだ(1月20日毎日新聞)。二番目は、昨年中国国内で北朝鮮難民を救援中に拘束された後、中国国内で裁判にかけられた私自身に下された判決の中の一部だ。この二つの見解は、日中両国の難民に対する姿勢を如実に表している。そして何よりも恐ろしいのは、日本が難民問題という普遍的人権の問題で、あの中国とぴったりと寄り添っているということだ。いつから日本は中国のような非人道国家に成り下がってしまったのか。それとも、日本が人権・人道に重きをおく国であるというのはまったくの幻想だったのか。
# mojimoji 『従軍慰安婦とされたおばあさんたちが、裁きぬきの補償にむしろ怒ったこと、それでも現実生活の過酷さゆえに補償を受け取らざるをえない人たちもいたこと、そうした人たちと受け取り拒否の人たちとの間に一時的な断裂が起こったこと、しかし一人一人の生の現実を踏まえてそれぞれの選択を尊重しようという空気の中で再び団結が深められたこと、そうしたことの経緯が、(確か2000年あたりの『世界』の特集の中に)記事としてまとめられていました。「基金がもたらしたもの」だか、そんな感じのタイトル。また調べたらお知らせしますが、一読をオススメします。/裁きが求められていたことを踏まえる限り、法廷という形に拘った理由は僕には納得のいくものです。その中身がどうであったかという議論はできるとしても、むしろ現実の法の権威を疑わしめるmのとして、法の密猟としてでも、僕としてはこの民衆法廷を支持する、と考えますね。』
「女性のためのアジア平和国民基金」の話ですね。この間なんだかどさくさまぎれにひっそりと「閉じた」というニュースがありましたね。慰安婦個人の困窮の問題。支援者側の思惑。自分の範囲から出ることを許そうとしない各国のナショナリズム。色々な問題がからみあって大変だろうな、と推測します。
2000年あたりの『世界』の論文ですか。市民図書館はこのごろ雑誌をすぐ捨てるからなあ。「思想」「世界」くらいは取っておいて欲しいが。入手できたら読んでみます。
「裁きが求められていたことを踏まえる限り、法廷という形に拘った理由は僕には納得のいくものです。」うーん。わたしの問題意識は、民主主義を自称しながら日本人は「わたしが裁く」という意識が皆無なのが奇妙。まず、ガダルカナルなどで死んでいった兵士の視点で裕仁を裁き直せ。それが出来ないのなら小さな市民運動であっても、<新しい主体>を立ち上げるべきだ。というもの(かな)。すぐに大衆の支持は絶対得られない主張です。
したがってこのような国民的問題にはちゃんとした方が、VAWW-NETの側に立って論じまくってもらいたいと思いますね。
非正社員・有期契約ではたらく殆どの労働者にとって、契約切り替え・契約更新・あるいは雇止め(契約終了)の時期を迎えます。
「アルバイト・派遣・パート関西労働組合」の友人から送ってきたパンフの冒頭にそうあった。わたしは幸い有期契約ではないが妻はそうなので他人事ではない。3日間労働相談ホットラインを行うとのこと。わたしは何もできないので、urlを書いておきます。
http://www.ahp-union.or.jp/ アルバイト・派遣・パート関西労働組合