うーん 松下昇

というわけで、松下昇ですが。

まず彼を紹介しないといけないか。

生年は1936年であるとのこと。

1996年5月6日朝10時ごろ死亡。

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/matut11.htm

同時代生まれは誰か調べてみよう。

http://www.excite.co.jp/book/guide/chrono/?index=1 現代作家ガイド―年代別/生年月日検索

ところが、30年代生まれは

1934生 筒井康隆 ともう一人しか居ない。

流行作家としてもてはやされる年齢はとっくに終わって数十年後に再発見される(かもしれない)のを待つ年齢になっているということか。

1936生 寺山修司 1983死。

      横尾忠則 もかな。

(生年別に著名人をざっと並べたデータベースがありそうなものなのに、みつからなかった。)

とりあえず見つかった3人をみるとかなり個性派ですね。

破壊~ハチャメチャ~前衛 みたいなイメージがうかぶ。

松下もそのような、ポジティヴなハチャメチャ派だった。とここでは紹介してみよう。

われあり、われらあり。

Ich bin. Wir sind. Das ist genug.

Ich bin. Aber ich habe mich nicht. Darum werden wir erst.

(p7『ドイツ語の本』冒頭)

これはあるドイツ語初級教科書の冒頭の例文なのだが*1

、ドイツ語なので全く分からない。Ich bin. Wir sind.とは英語の「I am.We are.」のようだが。

genug=enough(英語)=assez(仏語)のようだ、google翻訳では。十分に、ということか。

I am. We are. That is enough.

I am. But I do not have myself. Therefore we become only.(英語)

Je suis. Nous sommes. C’est assez.

Je suis. Mais je ne m’ai pas. C’est pourquoi nous devenons seulement.(仏語)

「I am.We are.それで十分」ということか。

 Das ist genug.という場合の〈genug〉は、たんにこれ以上は必要ないといい切っているのではなく、むしろいまは、これを最低限の条件として出発するのだ、という一種の覚悟が内包されていると思われる。次の Darum werden wir erst.の〈erst〉は、個々の〈私〉が自らの存在を対象化しえていない不確定さと同じ度合だけ、関係性としての〈私たち〉におしやられつつ、〈はじめて〉相互の構造に気付く、というニュアンスを帯びてもいる。 (たぶん松下昇 p3「正本ドイツ語の本」)

Ich bin. Wir sind. Das ist genug.はエルンスト・ブロッホの『ユートピアの精神』という本の冒頭。われあり、われらあり。とは、どんな場合でもそれだけは言えるというわれわれの表現や行為の土台である。*2ところがブロッホはそれを、果てしない努力の果てになお辿り着けないユートピアの青い鳥、でもあるかのように提示している。*3

「われあり、われらあり。」がユートピアの青い鳥であることは、最近のプチウヨの諸君を見てるとよく分かる。彼らはわれであるためには、是が非でも「日本あり」を成立させなければならず、そのためにはアサヒ、中国をはじめとするあらゆるもの*4に罵詈を投げかけ否定しなければならない。彼らはこっけいで有害だ。しかし、

「われあり」のために「われらあり。」が必要ないとするのはどうか。個人の自立を信奉する進歩派知識人は、憲法9条への愛だけを語り続けることにより、対米従属自衛隊強化沖縄植民地化を黙認し続けただけでなく、自らの幻想である平和国家という「われら」を強固に信じている。わたしたちはどんな既成の「われら」をも拒否するしかない、端的に時間の無駄だからだ。だが何んらかの「われら」を非望のように求めてしまっていることをむしろ認めるべきなのだ。

 とここまできてやっと、 

「Ich bin. Aber ich habe mich nicht. Darum werden wir erst.」から始まる本「Spuren」というのが、菅谷規矩雄訳で本棚にある本だと気づいた。

私は、在る。だが私は私を所有していない。それゆえにまず私たちが成る。

(p2『未知への痕跡』E・ブロッホ 菅谷規矩雄訳 イザラ書房)

この本の方法を菅谷は次のように解説する。

ひとつの神話、ひとつの物語は、それぞれその発生・成立時の支配イデオロギイその他に制約されていて、ほんらいのモティーフを充全に表現しえていない。主体において〈いまだ意識されない〉もの--それゆえ客体において〈いまだ存在していない〉もの--その双方はしかしやがて実現されるための変化のプロセス、つまり主体=意識の前線にあらわれでようとする意向(Intension)、客体の生成過程に未来的に潜在する傾向(Tendenz)の相関関係を、なお不充分なままでおしとどめ、そしてかすかな〈きざし〉のみを私たちに伝えてよこす。

(p296『未知への痕跡』E・ブロッホ への菅谷規矩雄の註と解説 イザラ書房)

Ich bin.とは、ブロッホにとって出発点であると同時に不可能なテロス(目的)であったようだ。

さて、わたしは松下にとって「be」とは何か?を訪ねるためにその周辺を回遊してみたわけである。

六○年代に出現した全ての問いを、その極限まで展開しうる状態の中に存在せしめよ、

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/itbe1.html

存在(Sein)所有(Haben)生成~自己実現(Werden)の相関のうちに、松下のこの問いの群はどのように直立しているのか。

*1:この本については下記に言及有り。http://www.shonan.ne.jp/~kuri/hyouron_6/koumura.html 好村冨士彦追悼

*2:であるがゆえに言及されることはない。

*3:ユートピアの精神とは翻訳もある分厚い本だが私は全然読んでいない。したがってわたしの解釈は間違い。

*4:最近では&query=フクダユウイチ

8:いや、あんましどんな議論かは把握してはいないのですが

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# noharra 『この一文は、どういう意味なのでしょうか?

(1N)アメリカ軍のイラク駐留は不正と災厄を生産し続けている。

それを肯定するのなら、自衛隊の米軍支援は「悪への荷担です」。

違いますか?』 (2006/12/18 19:54)

# 74式 『これはイラク云々、思想云々以前の、一文明人たる資格、あるいは一文明人として他者に認定されるに足りうる資格を備えた者か否か、としての最低限の礼儀(言い換えれば最低限の知性と教養)のお話なのであります。<

やっぱり共産主義者は人に非ず?ですかね?

 こういう思想のかたがたは新聞その他で見聞してきましたけど、上記を証明する発言しか見受けられないのはなぜ?

>悪への荷担を自覚できないばか?

これに関してはかの人は、アメリカを頂点とする西欧キリスト教民主主義(資本主義ともいうが)はすべて巨大なる悪というお考えでいらっしゃるのでしょう。

 それならその恩恵を享受している国(すなわち日本)からおん出て行けばいいのに…。

というのは言いすぎ?』 (2006/12/18 21:35)

# R 『この手の問題は、丁寧な議論を展開すればするほどげんなり感がいや増しに増しますね。まぁ、白燐弾は最終兵器でこそなかったが、休眠期のsettu氏を叩き起こすだけの威力はあったということで、摂津堂ファンとしては喜ぶべきなのかもしれぬ。ヴィヴァ白燐。

あ、がんばって下さい。色々と。』 (2006/12/19 02:37)

# にゃんこ 『>noharra 氏へ

 イラクに跋扈するアル・カイダを筆頭としたテロリストや軍閥、シーア派やスンニ派の民兵、クルド人ゲリラは悪ではないのか?

 彼らは米国軍以上にイラクに不正と災厄を生産し続けていますよ。もしアメリカがここで駐留をやめるとしたら「悪への荷担」です。』 (2006/12/19 12:28)

# ooi 『>noharra 氏へ

 この一文は「人のことをバカ呼ばわりしておられるのはどうしてでしょう、場合によっちゃこっちも扱いを考えます」以外にどう受け取れるというのでしょうか。

 で、それを踏まえた上で、喧嘩を売っておられるようにしか見えないんですが、そのレス。』 (2006/12/19 13:14)

# settu 『>noharraさん

 つまり、貴方は、貴方の記述された文において使用された「ばか」という単語によって、(記事全体、及び文脈を考慮に入れることにより)明確に、かつ容易に推察し得る侮辱が当方に向けられて発せられたものであると認め、明示し、かつ、現在も尚公言している、ということですね。

 そこは、当方が確認しておきたい、とても重要なポイントでした。

 そして、貴方は、貴方ご自身の信ずるもののみに従い、貴方の発せられたような種の用語を用いて、他者を公然と侮辱することに一切の躊躇を覚えない種の存在である、と自ずから公言しておられる、ということで宜しいのですね。

>74式さん

>これはイラク云々、思想云々以前の、一文明人たる資格、あるいは一文明人として

他者に認定されるに足りうる資格を備えた者か否か、としての最低限の礼儀(言い換えれば

最低限の知性と教養)のお話なのであります。<

 そこがポイント、だったのですけれどもね。

 だからこそ、敢えて問い、敢えて弁明を求めた訳ですが。

>やっぱり共産主義者は人に非ず?ですかね?

>こういう思想のかたがたは新聞その他で見聞してきましたけど、上記を証明する発言しか

>見受けられないのはなぜ?

 本当は、思想傾向から文明人か否か、という点まで考慮せざるを得なくなる、というのは当方として望む所ではないのですが、具体的なものにおいて、そういう可能性を否定出来ない事例が私達の目にするものとして見出し得る場合があるというのは、誠に残念であると申し上げざるを得ません。

>>悪への荷担を自覚できないばか?

>これに関してはかの人は、アメリカを頂点とする西欧キリスト教民主主義

>(資本主義ともいうが)はすべて巨大なる悪というお考えでいらっしゃるのでしょう。

 つまり、悪魔の数字を背負った666懲罰大隊ということですね!!!(お前は何を言っているんだ

 しかしながら、そのようなアメリカを頂点として戴くものを「悪」と先方が述べるならば、私はその「悪」の一派に日本が重要な立場として加わり、彼等の信仰する「正義」と対立していることを心から喜ぶ次第です。

>それならその恩恵を享受している国(すなわち日本)からおん出て行けばいいのに…。

>というのは言いすぎ?

 まぁ、人は如何なる思想も、また人格を持つのも自由ですからね。いや、本気で。

 発言者たろうとする場合には、発言者本人に説明その他の義務が生じる場合はある訳ですけれども。

 とかく、どのような思想を持つことも許されることこそ、自由主義国家の素晴らしさの一つの証左でありますから。日本は、本当に素晴らしい国ですね。

>Rさん

>この手の問題は、丁寧な議論を展開すればするほどげんなり感がいや増しに増しますね。

 げんなり感倍増キャンペーン実施中!、という感じでしょうか。

 しかしながら、さればこそ、最低限の丁寧さは維持しておかねばと心するこの頃です。

>まぁ、白燐弾は最終兵器でこそなかったが、休眠期のsettu氏を叩き起こすだけの威力はあったということで、

 ( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

 

 確かに、見事叩き起こされた形になりましたね(苦笑

 しかし、今回のコメント欄における皆様の書き込み、またその経過において、当方にとっては有益なものもありましたので、これはこれで良きかな、と思っている次第です。

>摂津堂ファンとしては喜ぶべきなのかもしれぬ。ヴィヴァ白燐。

 有難う御座います。・゜・(ノД`)・゜・。

 ウチのようなブログにおいて、そのようなお言葉を頂けたこと、本当に嬉しいです。

 とかく、そういったコメントを戴けた、ということでも、今回の騒動にも価値があったとの思いをなお強くする次第です。ヴィヴァ白燐。

>あ、がんばって下さい。色々と。

 有難う御座います。頑張ります。

 

>にゃんこさん

 どうも、初めましてです。

> イラクに跋扈するアル・カイダを筆頭としたテロリストや軍閥、シーア派やスンニ派の民兵、

>クルド人ゲリラは悪ではないのか?

> 彼らは米国軍以上にイラクに不正と災厄を生産し続けていますよ。もしアメリカが

>ここで駐留をやめるとしたら「悪への荷担」です。』

 

 そう言えば、共産圏の核兵器は綺麗な核兵器、というような表現がありましたね。

 そういった表現から類推するに、米国に叛逆する形のテロ行為は綺麗なテロ行為、流血は綺麗な流血、という考え方ではないか、とも思ったりしているのですが、どうでしょうか。

>ooiさん

 どうも、初めましてです。

> この一文は「人のことをバカ呼ばわりしておられるのはどうしてでしょう、場合によっちゃ

>こっちも扱いを考えます」以外にどう受け取れるというのでしょうか。

 ご解説、誠に有難う御座いますw

>で、それを踏まえた上で、喧嘩を売っておられるようにしか見えないんですが、そのレス。

 当方としては、それがnoharra氏の回答である、と受け取っている次第です。』 (2006/12/19 23:59)

# settu 『尚、本記事において述べたように、私自身はイラク問題関連自体の今回のネタに関して、noharra氏をこれ以上追撃するつもりは今の所は全く御座いません。

 

 しかしながら、それは本ブログの各コメントにおいて、そのようなnoharra氏のイラクに関する主張に関連するような議論がなされること自体を拒否することを意味するものではありません。単に、管理人はそこに基本的には関わらない、と述べているに過ぎません。

 

 より具体的に言えば、にゃんこ氏の問い掛けのような、イラク問題に関する問い掛けであっても、その問い掛けに対してnoharra氏が回答することを妨げるものではありません。勿論、それ以外の問題に対する問い掛け、ooi氏の問い掛けのようなものに対しての回答も無論妨げるものではありません。 noharra氏におかれましては、回答から逃げた卑怯者扱いされるのは望む所ではない、というような理由その他により、貴方ご自身の回答をコメント欄に書き込まれることを望まれるのであるならば、どうぞご自由にお書き込み下さい。

 という訳で、今後も、どなたもご自由にお書き込み頂ければ幸いです。』 (2006/12/20 00:02)

# 井上@Kojii.net 『「ばか」発言のことをいいだすと、実は、私に向けられた「脳髄を犯されている」発言も放置しがたいものがあります、実は。しかも「冒される」じゃなくて「犯される」ですからねぇ。強姦魔か何かかとw』 (2006/12/20 21:08)

# settu 『>井上@Kojii.netさん

 仰る通り、放置しがたきものですね。

 あまりにも、ひどい。

 あまりにも、低俗な言葉です。

 noharra氏におかれましては、ご自身が井上@Kojii.netさんに対し何を発言したのか、それを自ずから認識し、自らが発した侮辱についての、責任を果たすことを期待します。

 ただ、この度の私の問いかけに対するnoharra氏の応答は、その期待に色々と疑念を抱かざるを得ないのが全く持って残念です。

>何かかとw

 noharra氏にとっては、他者の思想とは、侵犯し、論破し、教化すべきものである、というような意識があるのかも知れませんね。』 (2006/12/21 00:26)

# noharra 『>>> ついでに言えば、私は別にnoharra氏に「アポロは月に行ったんですよ?」と説得しようとも思ってもおりませぬ。

挙証責任を全面的に野原に押しつける、上手いレトリックですね!

>>> だから、皆さんが、その論拠は? それを、否定できる、即ち米軍駐留に取って変わることの出来るような対案は? とnoharra氏に、繰り返し、繰り返し、聞いてる訳ですけれどもねぇ……。

何度も言いますが「対案は?」に答える必要があるとは思いません。

>>> 何しろ、対話が初めから成立しなかったのですから。

そうですね。』 (2006/12/21 06:08)

# noharra 『settuさん

>>> つまり、貴方は、貴方の記述された文において使用された「ばか」という単語によって、(記事全体、及び文脈を考慮に入れることにより)明確に、かつ容易に推察し得る侮辱が当方に向けられて発せられたものであると認め、明示し、かつ、現在も尚公言している、ということですね。

違いますよ。

「ばか?」と書いてあるでしょう。この「?」はどういう意味か。

ひとつの文章が、野原からはこう読める。しかるにsettuさんからは別のように読めるはずだ、というパフォーマンスです。』 (2006/12/21 06:14)

# Wafer 『>ひとつの文章が、野原からはこう読める。しかるにsettuさんからは別のように読めるはずだ、というパフォーマンスです

それこそレトリックだと思いますね。

形式的ではあっても、人を直接的に誹謗中傷するおそれのある言葉はお使いにならないことを強くお勧めいたします。せっつさんの友人として不愉快ですし、できれば野原さんの友人にもなりたいと思っている私としては。

それはさておき。

正直なところ、アメリカにしろ日本にしろ、イラクに軍隊を駐留している国々はみんな撤退したがっていることでは同じだと思います。

かといって、とっとと撤退してしまうとえらいことになる、というのはうなずけます。が。

 これまでのイラクの経緯を見ていると、アメリカががんばってイラクの情勢をなんとかしようとしても、ほったらかして逃げたとしても、結果は同じになってしまいそうな感じがするのですが、いかがでしょうか。』 (2006/12/21 07:48)

# にゃんこ 『>noharra氏へ

 では聞き方を変えましょう。まずイラクにおける米軍が「不正と災厄」を生産しているとしてあなたはどうすればいいと考えるのか?

 そしてそうすることによってイラク国民と国際社会がどうなると考えているのか?

>Waferさん

 後段の文章について基本的同意します。ただ多分あなたと私異なる点は、それでもまだアメリカがイラクにいた方がましだろうという風に私自身は思っているところかと思います。

 アメリカがそこそこの兵力を展開していれば、少なくともアフガンにおけるタリバンの台頭のような事態は抑えられるだろうし、ソマリアのような不謹慎な言い方をすれば、お互いが人殺しに飽きるまで殺し合うということも防げるのではないかと考えています。

 そういう意味では結果は同じかも知れないが、settuさんや井上@Kojii.netさんとは若干?異なるだろうな思うところは、私自身は悪意を込めて「基本的にはアメリカが自分で招いた災難なんだから自分で何とかしてね。」という風に思っている点です。アフガンみたいくNATOに「後は任せた。」と言ってアメリカが逃げ出さないよう(別にアフガンを逃げ出してたわけでもないが…)にかつ、イラク国民にはあまり目立たない程度にアメリカへの支援はしたほうが良いと思っているし、そうすることで目先の利益はなくても長期的には利益になるだろうと踏んでいます。

>settuさん

 遅ればせながら、わざわざのコメントどうもありがとうございました。核兵器云々の話はすっかり忘れていましたが、コメントを読んで思い出しました。

 今回も思いついたことを適当につないで書いたので、説明不足と点もあるかと思いますが…。乱筆、乱文失礼いたします。』 (2006/12/21 15:01)

# noharra 『Waferさん

>>形式的ではあっても、人を直接的に誹謗中傷するおそれのある言葉はお使いにならないことを強くお勧めいたします。せっつさんの友人として不愉快ですし、できれば野原さんの友人にもなりたいと思っている私としては。

誠実な忠告ありがとうございます。わたしも同じ事ばかりしていても仕方ないので、今から文体を変えようかとも思って居ります。ただし、今ここにいる話し相手を誹謗中傷することは、私の感覚ではそれほど悪い事とは思えません。今ここにいる話し相手なら直ちに言い返すことができるのですから。それよりも「ここ」から空間的にも文化的心理的にも離れた場所にいる人をテロリストと決めつけることは、それが間違っていた場合決定的な「悪」であると思います。テロリストと呼ばれた人は言い返すことができないのですから。』 (2006/12/21 18:26)

# ooi 『>noharra 氏

 貴方にとっても他の人にとっても、全く持って不幸なことですが、そのパフォーマンスは成功していません、暴言と見なされて然るべきレベルのお話です。

 と言うか、一言ごめんなさいと言えば済む話なのに言い訳するのは戦術上も戦略上も余り利口な話ではありません、今、貴方は既に友人になる可能性があったであろう人に対しても悪印象を与えている事を事実として指摘しておきます、ぶっちゃけ、既に取り返しがつきませんのでその点お忘れ無く。

>settuさん

 些か出しゃばったかと思いましたが、わざわざのコメントありがとうございます。

 少なくとも、あの発言をnoharra氏の意図がどうであったにせよ、遺憾であると考えた人が私、またWaferさんも不愉快であるとの表明があったわけで、客観的に見てもsettuさん込みで3名ほどがあの表現を遺憾と考えた事実は残ります、そこの辺りをどう考えるかはnoharra氏に任せる他無いのですが。』 (2006/12/21 18:39)

# 井上@Kojii.net 『>noharra 氏

あなたはそう書き込みなさっている一方で、御自身の日記では日本人全体に対して「ばかな国民だ」と書いておられますな。後ろに「!?」を付ければ放免されるというものでもないでしょう。日本国民の中には、あなたに言い返すことが出来ない人もいると思いますよ ?

なお、すでに魚拓はとってあるので、当該発言を削除しても無駄です。』 (2006/12/21 20:39)

# # 井上@Kojii.net 『ちなみに、名誉毀損罪 (刑法 230 条) と侮辱罪 (同 231 条) は親告罪ではありますが、「言い返せるかどうかで罪が成立するかどうかが決まる」なんて規定はないことを付言しておきましょう。』 (2006/12/21 20:44)

# ooi 『 入れ違いになったようなので指摘しておきますが。

>noharra 氏

>ただし、今ここにいる話し相手を誹謗中傷することは、私の感覚ではそれほど悪い事とは思えません。今ここにいる話し相手なら直ちに言い返すことができるのですから。

 ここで問われたのはあなたの感覚ではありません、誹謗中傷と受け取れるような事を覚悟も無しに使用する貴方の脇の甘さと、それが招いた現状を貴方がどう認識しているかでもあります、まあ、それを問わずとも貴方自身「誹謗中傷は悪いこととは思っていない」と、自ら仰っておられますが。

 気の効いた事を仰ったつもりかも知れませんが、どの様な事を喋ったのか、ちょっとは理解した方が宜しいかと思います。

 ご自身の日記のコメントで、有効な反論を考えていると仰っておられましたが、有効な反論を考える前に、何故自分の言う事に人が反発するのかを冷静に検討してみる事をお薦めします、まあ、出来れば、ですけど。』 (2006/12/21 23:23)

# # 井上@Kojii.net 『私への反論がここでのコメントだと仮定すると、「日本人全体を指したつもりはない」とか「放免云々は悪質なレトリックだ」とかいう反論が出そう。

ともあれ、一度ならず二度までも、自身と思想が合わない人のことを「ばか」呼ばわりした事例が揃ったのは事実です。』 (2006/12/22 00:40)

# settu 『>noharraさん

>挙証責任を全面的に野原に押しつける、上手いレトリックですね!

 レトリック? 何をおっしゃいます(苦笑

 いみじくも今貴方ご自身が仰ったように、証を立てる責任は全面的に貴方にあります。

 何度も引用しますが、

『わざわざ、意見を異にする人の日記に乗り込んできて対立意見のコメントを書き込むのなら、相手を説得できるような材料を持ってくるのが筋』(by井上 @Kojii.netさん)なのですよ。まぁ、これもまた、義務というよりは、人としての礼儀に属する面もあるお話ですが。

 貴方はイラクに関して何を主張しようとしたのか? そして、その時、何を材料として対話に臨もうとしたのか? そういうことです。

 そもそも、具体的な話を貴方は何も述べておられない。ついでに述べれば、あなたの仰る「不正と災厄」の定義すら述べられておられませんでしたね。

 ……どちらにしろ、その議論を行う時期は、私にとっては既に過ぎ去ってしまった訳ですが。

 いずれにせよ、貴方が語った内容(あるいは私の抱いた印象)は何も変わらないのです。

>>> だから、皆さんが、その論拠は? それを、否定できる、即ち米軍駐留に取って変わることの出来るような対案は? とnoharra氏に、繰り返し、繰り返し、聞いてる訳ですけれどもねぇ……。

>何度も言いますが「対案は?」に答える必要があるとは思いません。

 必要があることは何度も明示しました。

 また、私以外の多くの方々も、貴方に、何故対案が必要となるのか、誠実に説明してきた筈です。

 貴方がそれを納得できない、もしくは己の信仰と照らし合わせて認めたくない、というのなら、そこにはもはや対話を行う余地(そして利益)は無い、と私自身は判断している、ということです。

 尚、本コメント欄においても、私以外の方々が、イラクに関する話題やその他の話題についての、誠実な質問を貴方に投げかけておられますが、上の方の書き込みで述べたように、私自身が本件に関する対話を貴方と行うことは無いとしても、これらの問いかけに対する回答を貴方が書き込むことを妨げるものでも、議論の継続自体を妨げるものでもありません。よって、noharra氏におかれましては、貴方に投げかけられた問いかけには、どうぞご遠慮無く、存分に回答して頂ければ、と思います。

 それとも、いつものように、即ち、本サイトの各コメント欄や、井上@Kojii.netさんのブログのコメント欄でやっていらっしゃるように、都合の悪い問いかけは無視なさる、あるいはお逃げになる御つもりなのでしょうか。

>違いますよ。

>「ばか?」と書いてあるでしょう。この「?」はどういう意味か。

>ひとつの文章が、野原からはこう読める。しかるにsettuさんからは別のように読めるはずだ、というパフォーマンスです。

 残念ながら、その言い訳はかなり苦しいですね。

 『レトリック』などという、貴方がお好みの、まさにそれこそがレトリックである横文字を持ち出すまでも無い。

 貴方の仰っている内容は、はあまりにも無理のある、みっともない言い訳であると指摘せざるを得ません。

 

 しかも、貴方は、私の弁明を求める問いかけに対し、「違いますか?」という文面を書き込む形で、既に一度回答を行っておられます。ooiさんが、「喧嘩を売っておられるようにしか見えないんですが、そのレス。」と述べられた訳ですが、つまり貴方はそういうレスを既になさっているのです。そして、当方としても、ooiさんへのレスで示したように、その回答を既に受け取った、そういうことです。

 (さらに申せば、Waferさんへのレスでその意図を明確になさいましたね(苦笑)。つまり、当方に対する発言が誹謗中傷であることを認識しつつ、これを非とはなさらない。そういうことですね。重ねて了解致しました。ならば、そう仰れば良いのです。下手な言い訳などなさらない方が良いか、と。)

 

 貴方も、仮にも貴方の信じる正義を貫こうと決意なさっておられるのなら、もう少し、しゃっきりなさったらどうですか。

 ご自身の発言には、責任をお持ちになった方が宜しいかと思います。

>Waferさん

>結果は同じになってしまいそうな感じがするのですが、いかがでしょうか。

 私としては、状況の放棄よりは良い結果を生む、と期待する考えに立っております。

 無論、道徳論その他の一切を無視すれば、状況の放棄は短期的にはアメリカや、日本などの協力している国々への利益にはなるでしょう。ただ、イラクの状況の悪化は、(Waferさんご自身が「えらいこと」と仰ってるように、)長期的には、きっと先進諸国、さらには自由主義世界全体、世界全体へのしっぺ返しという形で帰って来る。

 それに比べて、これはhttp://kojii.cocolog- nifty.com/blog/2006/12/post_7f03.htmlコメント欄で井上@Kojii.netさんが仰っている「イラク自身の治安部隊の育成が必要だ」という指摘は、状況改善への有力な回答になりうると思っています。なぜなら、それはゴールが明確化されているからです。

 その育成という明確な目標(ゴール)と、そこに向かう意図の下で、各国が努力を傾けることは、状況の放棄よりも希望の持てる、そして事実上の唯一最善の選択ではないか、と。そして、だからこそ、各国は努力を続けているのでは無いか、と思っています。

 勿論、私は専門家ではありませんから、その見通しについて明確に何かを語れる訳では無いのですが。

 そして、幸いにも、その後者の選択の方が、イラク人民にとっても希望の持てるものではないかと思っております。

>にゃんこさん

>アメリカが逃げ出さないよう

 国際政治においては、こういう観点も重要なものですよね。

>今回も思いついたことを適当につないで書いたので、説明不足と点もあるかと思いますが…。乱筆、乱文失礼いたします。

 いえいえ、ご意見有難う御座います。

 これからも、お望みの場合にはお気軽にお書き込みいただければ幸いです。

 

>ooiさん

>と言うか、一言ごめんなさいと言えば済む話なのに言い訳するのは戦術上も戦略上も余り利口な話ではありません、

 ある意味、今回釈明を求めたのは、それの最後の機会という意味もあったのですけれどもね。

 誠に残念ながら、そのフェイズは既に過ぎ去ってしまった訳ですが。

>気の効いた事を仰ったつもりかも知れませんが、どの様な事を喋ったのか、ちょっとは理解した方が宜しいかと思います。

 私としましては、noharra氏に対してコメント欄ではじめに問い掛けた内容に対するnoharra氏との、結論としての回答がなされたと、さらには、

 『これはイラク云々、思想云々以前の、一文明人たる資格、あるいは一文明人として他者に認定されるに足りうる資格を備えた者か否か、としての最低限の礼儀(言い換えれば最低限の知性と教養)のお話なのであります。』

 に対しての、noharra氏からの明確な回答がなされた、と受け取っている次第です。

>些か出しゃばったかと思いましたが、

 いえいえ、コメント有難う御座います。

 これからも、お望みの場合にはお気軽にお書き込みいただければ幸いです。

>井上@Kojii.netさん

>御自身の日記では日本人全体に対して「ばかな国民だ」と書いておられますな。

 いわゆる、ダブルスタンダード、と解釈され得るものですね。

 もっとも、正義であればそれも許される、とnoharra氏ご自身はお考えなのかも知れませんが。

>親告罪

 即ち、私が行動を起こした段階で、初めて司法の皆さんの出番に、ということですね(苦笑

>ともあれ、一度ならず二度までも、自身と思想が合わない人のことを「ばか」呼ばわりした事例が揃ったのは事実です。

 まさに、そういう事実が揃った、というお話になりますね。』 (2006/12/22 02:03)

# noharra 『>>ところがsettuさんの場合、(1A)と切り離された(1N)をうまく思考できないようですね。(野原)

12/17付けの上記の長い文章には、(1A)と切り離された(1N)を思考している例はないようですね。

>何度も言いますが「対案は?」に答える必要があるとは思いません。

 必要があることは何度も明示しました。

へえーー。

主語も明示できない対案ねえ??』 (2006/12/22 06:01)

# 井上@Kojii.net 『要するに noharra 氏は「破壊された国家、あるいは失敗した国家をいかに建て直すか」という理念をまったく持ち合わせておらず、単にアメリカの悪口、それに協力する日本政府の悪口を言いたいだけなんですよ。だから、そこを突かれると「主語は」とか「主体は」とか「定義は」とかいった言葉尻をつかまえて、グチャグチャいうしかないんです。実際、氏がこれまでに何か「国家再建の理念」「そのための具体的なアプローチ」について語ったことがありましたか ?

ついでにもうひとつ指摘しておくと、noharra 氏は物事を ”all or nothing” というか ”いちぜろ” で考えすぎ。実際の政治や外交ではさまざまな勢力の利害が対立するのが常だから、どちらか一方の言い分だけを 100% 通すなんてことは滅多にないし、そんなことをやっても新しい紛争の火種を撒くだけ。だから、間をとって玉虫色の落としどころを模索したり、ときにはわざと曖昧なままにしておくこともあるわけです。

はっきりいっちゃいますけれど、国家を戦争に導きやすいのは、noharra 氏みたいに硬直化した一面的発想しかできない人なんじゃないでしょうか。』 (2006/12/22 08:52)

# Wafer 『イラクでアメリカ軍が生産する不正と災厄とはいったいなんでしょうか。

アメリカ軍兵士によるイラク国民への暴力や搾取がすぐに思い浮かびます。おそらく、ゼロではないでしょう。捕虜への虐待についても明るみに出ましたし、報道管制をしいて作為的に情報を操作した後が見え隠れするのもよからぬ疑念を生む要因になっています。

それらを憎み、憂う気持ちはよくわかりますが、それがそのままアメリカを憎みアメリカ軍を憎むのでは問題の解決には少しの役にも立ちません。

アメリカ軍とて、兵士の一人一人は人間です。人を憎み、侮辱し、挙句の果てに殺してしまうのであれば、それこそが悪です。利害が対立するから、意見が違うから相手のことを尊敬しなくていい、というのは遠からず戦争につながるのではないかと思うのが私の(あまりリアリティのない)所感です。

せっつさんは、なにもイラクの人々を痛めつけたくて「アメリカとマブでいるべき」と述べたのではありません。

野原さんとて、アメリカ人とアメリカ軍を皆殺しにしたくて「即刻撤退すべき」と説いたわけではないでしょう。

私たちは、憎しみの連鎖、悪循環からどうやって最小限の損害で抜け出すことが出来るかを考えるべきなのです。

そして、その方法として、せっつさんはイラクが安定するまでアメリカ軍が駐留していたほうが、長期的に見て損害は少ないと主張されています。

それに対し、野原さんは即刻撤退することのメリットを説くことなく「それはダメだ!」と主張されつづけています。

せっつさんの「対案を」という要望は、野原さんがイラク駐留をつづけることに反対なのはよくわかっている、即時撤退の具体的な方法とメリットが、せっつさんが提案した方法より有益だと納得できればその意見に賛成してもいい、という意思表示にほかなりません。野原さんを追い詰めているわけではないのです。

野原さんの主張の概要はここにいるみなさんがよく理解していると思いますので、いちどせっつさんの要望に答えて頂く訳にはいかないでしょうか。

さて。

あてつけるようで申し訳ありませんが、私が支持する「イラクから即時撤退」のメリット、そして「イラク駐留継続」することへのデメリットなどをいくつか。

私も専門家ではないので、あまりつっこんだ話はできないのですが、一つ懸念していることがあります。

それは、アラブ諸国における反米意識の強さ、です。

アメリカの支援によりイラクに国内を押さえることができる政府を樹立することが出来たとしても、結局長続きせずにバース党の復権を許したり、裏切り者として格好のテロの標的になったりしないでしょうか。

野原さんのように徹頭徹尾反アメリカという人が、イラクやアラブ諸国にはそれこそ何百万といます。

アメリカとマトモにやっても勝てないと(骨身にしみて)知っている彼らが、その憎悪の標的として親アメリカで、アメリカ軍より弱いことではあきらかな日本の自衛隊を選んだりしないでしょうか?』 (2006/12/23 01:14)

# # 井上@Kojii.net 『それが正しいのであれば、在イラク聯合軍を構成するアメリカ以外の国の部隊が、とうの昔に死屍累々になっていても不思議はないはずですが。

世間的には忘れられていますけれど、イラクに部隊を派遣しているのはアメリカ・イギリス・日本だけではないのです。

それと、アラブ諸国といっても幅が広いです。少なくとも GCC 諸国の政府レベルでは、アメリカに近い立場をとっていると指摘しておきましょう。それなりに微妙な綱渡りをしているのは確かですが。』 (2006/12/23 12:24)

# settu 『>noharraさん

>12/17付けの上記の長い文章には、(1A)と切り離された(1N)を思考している例はないようですね。

 以前も、コメント欄で同じような、いささか上品でない発言を貴方はしていらっしゃいませんでしたか。

 同じようなコメントをただ繰り返すだけでは、反論にすらなっておりませんよ。

 

 既に、井上@Kojii.netさんの所のブログコメント欄で同様の指摘はなされていたとは思いますが。

>へえーー。

>主語も明示できない対案ねえ??

 意味がいまいちよく分かりませんね。

 「対案」は名詞です。名詞の「主語」というのもいささか奇妙なものですね。

 というか、貴方はどういう意味、もしくは意図で、学術的に、日本語においては色々と扱いが難しいとされるらしい「主語」なる単語を気軽にお使いになっておられるのでしょうか。

 些か、気になる所ですね。

 ……まぁ、言葉遊びはこの程度にしまして、最大限好意的に解釈して、所有や所属みたいな意味合いで貴方の仰る「主語」なる言葉を理解することにしましょう。

 で、何はともあれ、結局のところ、なんですが。

 つまり貴方は、noharra氏ご自身は米軍関係者でも自衛隊関係者でも現地人民でも日本国政府関係者でも現地政府関係者でも国連関係者でも無いし、それらに関わる立場でも無いから、それらに関する何らかの政策を述べる権利も義務も無い、よって今後の対案を述べるべきではないし、述べることは出来ない、だから言う必要も無い、という主義だということで宜しいのでしょうか?

 即ち、対案が無いから言えないのではなく、言う権利や義務がないから、言わないべきなのだ、ということでしょうか?

>井上@Kojii.netさん

 議論の要約及び適切な指摘、有難う御座います。

 

>はっきりいっちゃいますけれど、国家を戦争に導きやすいのは、noharra 氏みたいに

>硬直化した一面的発想しかできない人なんじゃないでしょうか。

 戦前の日本政府主戦派、そして主戦派のマスコミや民衆のような空気を、感じないでもありませんね。

 かつて、ハル・ノートをただ最終通告として硬直的に受け取ることしかせず、対米開戦に突き進んだ、という。

>Waferさん

>せっつさんが提案した方法より有益だと納得できればその意見に賛成してもいい、という意思表示にほかなりません。

 賛成できるかどうかは分かりませんが、少なくともそれをまた議論の材料として、話を進めることは出来ますよね。

 それでこそ、議論は有益なものにもなるかと。

>イラク

 私も専門家ではないので、ちょっとだけ、なのですが。

 何となく、wikipediaの「イスラム原理主義」を見てみました。

 

>エジプトなど、多くの国ではいわゆる「イスラム原理主義過激派」が起こすテロは一般のムスリムをも

>巻き込んできたことから国民の大多数には支持されていない。こうしたテロをも辞さない過激派は現地でも

>ムタタッリフィーン(過激主義者)と称され、社会から異端視されることが多い。

 これは一例なんですが、まぁ、過激な人は多数派では無いだろう、と。

 イラクの人々にしたって、過激な連中を迷惑に思っている人は多いと思うんですよ。特にイラクは外国人テロリストの流入がしばしば指摘されています。まぁ、暴れるからその少数が目立つ、と。

 で、現地政府や治安組織がしっかりとしたものとなれば、自浄作用としてそういう動きは抑えられることになるのではないかと。

 普通の人々においては、たとえ、「何となくアメリカ(やその同盟国)が面白くない」という意識を持っている人が居たとしても、すぐ銃を持ち出すような人はそう居ないんじゃないかな、と思うのです。

 国レベルにしましても、井上@Kojii.netさんが「少なくとも GCC 諸国の政府レベルでは、アメリカに近い立場をとっている」と指摘なさっておられますが、そういえば、かつてフセイン時代のイラクが「おいた」をした時にも、アメリカに積極的に協力、さらには「アラブ合同軍」として参加したアラブ諸国があったりしましたね。』 (2006/12/23 19:09)

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中道右派 『>で、「一部の軍人論」に対する反論は下記のとおりだ。

>この事件の重要な点は、「強制連行」の事実が陸軍省まで伝わったにもかかわらず、慰安婦の幽閉処置を解除しただけで、軍としては何等処分を行わなかったことです。日本軍内ではだれも軍法会議にかけられていません。

現在の世界各地での米兵レイプ事件でも、見逃しは多数あるようだが。

行為時の正当な権限がない以上、個人犯罪。

後で処罰されたか否かとは、別問題。

Q1:現在の米兵レイプを批判するより先に、時効という法原則に逆らい過去を告発する歪んだ情熱の生じた原因は?コミンテルンの対日テーゼに洗脳されましたか?

少なくとも違法状態を解除した点で、よい関与説の証拠の1つ。

>連合軍のバタビア裁判では、この件で人道上の罪として、死刑1名を含む11名の有罪が宣告されています。組織的犯罪に対する裁判ですから命令されて強制連行に加わっただけの兵士は罪を問われていません。

ヒント:一事不再理。消滅時効。

>日本軍では慰安婦の強制連行を罪悪とする考えが無かったのです。女性や土人(現地人)を蔑視し、命を捨てる覚悟の皇軍は何をしても許されれと思い上がり、略奪をなんとも思わぬ教育がなされていました。戦争中、女性を虐待して慰安婦にした罪で処罰された人はいません。これは、そのような事をした人がいなかったのではなく、白馬事件の例で見るように、いても処罰されなかったのです。

これも単なる仮説なので、実証しないとノーモア氏に妄想と批判されてしまう訳だが。

> で、ここで確認しておきたいのは、上記のような安倍首相のあからさまなチョンボに対して日本のマスコミも大衆も批判の声を挙げていないことである。「中道右派」氏や(日本の前途と歴史教育を考える会)もそうである。

事実誤認あり。私は、一部批判のコメントを貴ブログにて数回している。

>すべての慰安婦たちを、白馬事件とそれ以外と二つに分けるなどという常識は日本人にも誰にも存在しないのだから。

近代法の諸原則を常識として理解している相手に説明すれば、納得はしないまでも、それも1つの説ですね、と朴一氏のように理解はしてもらえる。

> 「狭義の強制連行は存在しない」は安倍首相によって3人に対して言われた。撤回されていない。

> このことは少なくとも上のロジック(全慰安婦を二つに分けてから無罪化を企てるロジック)は通用しないことを明らかにしている。

この誤解の原因を問いたい。

安倍首相の説明の下手さは説明したはず。

正確に説明すれば、近代法を理解していれば通用するロジック。

Q2:野原氏は、近代法の諸原則を理解していないのですか?理解はしていても尊重したくないだけですか?私はよく知らないが社会主義法制ではそれを合理化するロジックがあるのですか?それとも、しばしばふみにじられる不完全なものとはいえ、国際法秩序が更に乱れてカオスが到来し、共産革命が到来することをいまさら夢見ているのでしょうか?最も成功した社会主義国は過去の一時期の日本という説もあるのに。

> 3人の元慰安婦のうちの一人に対し、「君にはすでに謝ったはずだ」と言うことは、残りの二人に対し差別的取り扱いをする根拠を問われることになる。

オランダ人については、日蘭請求権条約と戦犯裁判と一事不再理と消滅時効。

韓国人については、日韓請求権協定とアジア女性基金と一事不再理と消滅時効。

法の下の平等の範囲内の単なる合理的区別。

> しかし1990年代に韓国人から提起されたこの問題に当時の国際法の植民地住民差別的規定でもって応えることは、日本政府が大東亜戦争時と同じく今も植民地住民差別的(レイシズム)であると批判されることになる。

ヒント:行為時法適用の原則、法の不遡及の原則。

>  1990年代以降日本国内に拡がった“なかった派”はレイシストであり、〈戦後〉の国際社会の最低基準をクリアーしておらず、「国境」を一歩も出ることができない!*5

罵倒、嘲笑、印象操作、レッテル張り。ブサヨの特徴の具体例の一つですね。

Q3:正確に、売春婦派と呼んではいかがか?性奴隷派の野原さん。

残念ながら、今まで世界50ヶ国以上を訪れ、ほとんどの国で、リベラルですね、と言われてしまった。日本の中道右派は、国際基準ではリベラルらしい。

Q4:私は、外国人の妻にはそんなに家事しなくていいよと言われるが、奥様から家事労働の利益を全面的に搾取している自覚のある(あった?)野原氏は、アンチフェミニズムで性奴隷制的夫婦制度の支持派なのか?そうでないとしたら、矛盾する言動も人間らしいが、偽善者と呼ばれる危険もある訳で。

>日本の安倍内閣が「従軍慰安婦(性奴隷)の強制連行はなかった」という驚異的な内容の答弁書を作成した件に素早く反応した、オランダの MaximeVerhagen外務大臣は、オランダ駐在の小町恭士・日本大使を呼び、強い不快感と憂慮の念を伝えた。外務大臣は、他の諸国(米国や旧植民地インドネシアなどを指すのか?)と連繋して日本のやりくちに対処していく方針も示唆した。

>☆Dutch government seeks explanation from Japan on coercion of ’comfort women’ (AP通信→インドネシアの英字紙「ジャカルタ・ポスト」)

Q5:白人や他のアジア人の外圧を借りるのは、大アジア主義にシンパシーを寄せる私を含む日本人の多くを脱亜論と自主防衛派に向かわせる危険性があることをご存知か?

>「強制連行が在ったのか」と言って彼らは問題を極小化しようとします。ただ次の定義によれば「強制連行」と言えるものも多かったでしょう。

>◆強制連行とは・・・連行形態云々と共に、目的地での扱い方(強制労働)が基本問題 。

> 本人の自由意志に反した、肉体的・精神的強制による連行をいう。民間業者による詐欺、拉致、甘口、官憲による強要・脅迫などを含む。「この概念は遅くとも19世紀末には国際的に、20世紀初頭には国内的に確立されていた」。(日弁連勧告・報告書)

>そして、強制連行という言葉には、強制連行された土地での強制労働と民族差別が含まれる

>(「朝鮮人戦時強制動員」山田昭次・古庄 正・樋口雄一共著・岩波書店)。

日弁連勧告は広義の強制説。

概念の確立時期については、おそらく独自説。

左翼系が主流派のようなのでやむなしか。

私見では、広義の強制説が出た以降に確立させようと努力しているだけ。

現在でも詐欺や借金から風呂に沈められる可哀相な女性はいる。

山田氏らの説は最広義の強制説とも呼ぶべきか。

ヒント:行為時法適用の原則、法の不遡及の原則。

WWⅡ以後でも、民族差別が違法でない国は多かったし、強制の有無とはそもそも別問題なのにこじつけて説明するから、平均的日本人の反感を買う。

>*5:米国のイラク占領もレイシズムであり弁護できないが、力が強いので一部の奴隷(日本)は支持している。

Q6:あまり中韓ロビーが米国の外圧を利用すると、奴隷もささやかな抵抗として自主防衛派・改憲派が増える危険性をご存知か?』(2007/03/19 14:25)

* 中道右派 『何か別エントリで書き込めなくなってますけど、アク禁しました?こっちのミスかな?』(2007/03/20 03:04)

正義の最後の声

サイードの悲報の直後に行われた、イスラエル軍によるガザ地区への大規模な侵攻は、まるでこの世界から正義の最後の声さえ失われたと宣言するかのごとく、暴虐の限りをつくすものだった。ラファから届くレポートのすべてに、過去にも類を見ないほどの破壊の様相のすさまじさとともに、「世界はなぜ沈黙しているのか?」という痛烈な問いかけが書き込めれていた。(浜邦彦)*1

*1:p118 現代思想サイード特集

戦後日本のゆがみなど

http://d.hatena.ne.jp/indow/20040224 で、犬童知遠さんが応答してくれた。

 注疏書というスタイルが江戸時代には普遍的だった。例えば儒学ではない国学の

『古事記伝』などもそういうスタイルで書かれたのだ、とのこと。なるほど。戦後の学問も内容的には、マルクスとウェーバーなどの原典への註釈に他ならないのに、そういうスタイルは取らなかった。*1いっぺんやってみても面白いかもしれない。

 それから、「戦後日本の自画像と鏡像」ついて。

大東亜戦争を支えたはずの「近代の超克」の思想は、敗戦によって否定された。論理的に検証していくといった手続きはとられず、そうした発想自体がタブーとされた。*2戦後は<民主主義>とともにゼロから出発し普遍的に世界平和に向かって進んで行くものだとされた。支那事変は、それを指す言葉さえ失われ、なかったものになっていった。1945年以降も戦争や混乱の続く東アジアへの関心は失われた。

 ここでイデオロギー的には右翼であるはずの自民党が、経済発展を至上とするためアメリカべったりとなる<ねじれ>がおこる。この問題も複雑な経過を辿ったはずだが、小泉首相におけるイラク戦争追随において、矛盾は全面的に開花した。アメリカのために死ぬことが愛国心なのか?世論はイエスと答えそうだ。

「近代の超克」については今子安さんの本を読んでいるので次ぎに書きます。ところで宮台氏が北一輝論書いているって?それはいいことだが、やはり全体的右傾化は心配。

*1:ところで、ウェーバーといえば、Ririkaさんのブログhttp://d.hatena.ne.jp/Ririka/20040211で知ったのだが、http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Orihara%20Hiroshi%20Essay%20Mirai%20200401.htm で折原浩さんの文章を読むことができた。お元気そうでなによりだとほんとに思った。ニーチェの言う僧侶的人間の完成体みたいに感じたが悪口ではない。

*2:だいぶ前に本屋で見た石原莞爾が戦後に書いた本今度見つけたら買ってみよう。

1億人の名前のない国

『ダッカへ帰る日--故郷を見失ったベンガル人』という新刊本が図書館にあった。しげしげ見たのは、「ダッカ」「ベンガル人」という言葉がよく分からなかったからです。知らない言葉に惹かれる性癖がある。それで駒村吉重氏著のこの本isbn4-08-781300-2 を読んだのだが、なかなか良い本でした。日本で不法残留していたバングラデシュ人の兄弟が、職場とのトラブルや裁判に巻き込まれたりしつつ母国に帰るまでを書いている。「母国に帰る」といっても、金時鐘さんのようなものすごい思いこみは皆無だ。彼らはすでに日本で10年以上過ごしてきた。なるほどそれは、いつ強制送還されるか分からない不安定な生活であり、またそもそも金のための出稼ぎにすぎなくもあっただろう。だか12年だけ日本で暮らした彼は言うえええ「おれはいまなにか考えるとき、半分日本人の考え方なの。どうしてもそうなる。だから、家の人にどんなに自分の気持ちや考えを話しても分かってもらえない。でも、日本人のあなたならわかるでしょう」と。

 工場労働などと違い、わたしたち都会の消費者のすぐ隣、外食産業で彼らが沢山働いている(いた)ということは知らなかったので驚いた。それと当たり前の事ながら、不法残留の疑いは感じながらなぜ経営者が彼らを雇うのかというと彼らの方が日本人よりよく働くからだ、ということ。決して外国人だからより安い賃金で使いつぶせるから、といった理由ではないということだった。

ファルージャの内側を考える

 4/13日に「世界とは、世界とアウシュヴィッツの内側から成る。アウシュヴィッツの内側をわれわれは覗けない。そこがあると語る者は詐欺師だけだ。それがないと言う者たちを信じてはいけない。」と書いた。タイトルにあるように「ファルージャの内側」を念頭に置いて書いたものです。

 ファルージャに関して、4/15日の「ファルージャの目撃者より:どうか、読んで下さい」でワイルディングさんの文章(邦訳)のurlを示し、一部を引用しました。では「そこがあると語るものは詐欺師だけだ。」とはどういう意味でしょうか? イラクのこととかあるいは南京のことかについてその真実をわたしが知ることができるのか、という問いがあります。この問いに端的に答えることは難しい。ですが報じられてはいるにもかかわらず、ちょっとしたニュアンスを操作することによって、米軍の側だけから見たイメージに近い報道がされていることが多いのが現状です。去年のパレスチナのジェニン、ラファの惨状に対し、世界はもっと目を向けるべきだった。当然為されるべきそうした注目がなかったことが、ファルージャの惨状をもたらしたという因果関係も幾分かは存する(かもしれない)。例えば、アフリカの小さな国のある地域で暴虐があったからといってそれを知らなかったことは、その無知は責められるべきか、といえば必ずしもそんなことはなかったと思う。同様にガザの街角でかわいい女の子が殺されたからといってその事実に対する無知は責められるべきではない。しかしレイチェル・コリー轢殺は、アメリカ国内でもっと大きな反響を起こすに足る事件だったのにそうはなっていない。インターネットでは自分が好む傾向をもった情報を沢山受け取ることができる。それをもって、マスコミを偏向と批判しても批判している側が偏向しているだけだ、ということもいえるかもしれない。だが、現在のところ「ファルージャの目撃者より:どうか、読んで下さい」が事実を伝えている、少なくともそれに近づく最も有力な資料であることは確かだ。日本であれ欧米であれ有名新聞記者とかが現地レポートすれば信頼度が高いかも知れないが、現地にジャーナリストを入れないようにしているのは米軍である。(一部「テロリスト」グループにも責任はあるだろうが)一部の日本人はジャーナリストを日本から出すこと自体に反対している、日本の犯罪でもないのにそんなに真実が怖いのか。

 つまり、「本当の真実」なんてものがあるかどうかは別の問題として、ファルージャの現状の一片を見聞していこうとする努力が支持されるべきだ、と思います。それに対し「そこがあると語るものは詐欺師だけだ」なんて野原は何故書いたのか。ワイルディングさんの誠意を信じる立場にわたしはまず立つ。この場合確認できることは、彼がファルージャに入りそして脱出してきたことによりわたしたちに文章を送付することができたということだ。文中で彼が書いている「産気づいたので助けにいこうとしたがそこまで辿り着くことができなかった一人の産婦」については、わたしたちは何も知り得ない。現場に行くことは、何かを見ることである。だがしかしそれは、見ることができず手をさしのべることができない膨大な人々が存在することを身近に感じることでもあるのだ。マスコミは確かに現場に行く。だが映されたものだけが事実であるかのような分かりやすい物語を伝えてしまうことが多い。自分が何かを目撃していないと語るものだけが、目撃者の名に値する。

からごころ

「がくもんをして道をしらむとならば、まず漢意(からごころ)をきよくのぞきさるべし」*1 「道」には註釈がついていて「人々が人智のさかしらを立てず素直に神の御はからいをを信頼するため、偽善的教えがなくとも自然に天下が治まるという日本古来の道」とある。

 「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し……国の交戦権はこれを認めない。」とする憲法9条のやけっぱちともみえるラディカリズムの底には、自己権力自己責任から秩序を構築していく思想(からごころ)を嫌悪し、からごころの極致である軍隊を潔く捨て去ろうとする宣長風のラディカリズムがあった。ということも言えないわけではない。

*1:p25本居宣長『日本思想体系40』