同一化という強迫

人類が「身元確認」同一化(イエンティフカツイオーン)という形で現に自分の身に加えられている強迫を逃れたいと思えば、人類は同時に人類の概念との同一性を獲得しなければならない。(略)

交換原理、あるいは人間的労働の平均的労働時間という抽象的普遍概念への還元は同一化原理と同根である。(略)

さりとて同一化原理を抽象的に否定しても、何物にも還元できない質的なものを大いに尊重して、もう万事を千篇一律に扱わないと宣言してみても、それは古い不法状態に戻るための口実を造り出すだけの話である。

p179 アドルノ『否定弁証法』isbn4-87893-255-4

わたしは最近、普遍とか(「天」とか)良く口にするが、それでいいのかという疑問もある。ただ「現に自分の身に加えられている強迫(=愛国心の強要)を逃れたいと思えば」、とりあえず、それは「普遍」ではないということは口にする方が良いと思われる。

性を、一旦破棄して考える

この日記ではなぜか、西尾幹二、山形浩生との激突というエピソードがあったわけですが、最近「ジェンダーフリー」ないしその使用法について広範な議論が巻き起こっているようです。ジェンダーという言葉がフリーという言葉と結びついて、正確な概念から離れつつ流行語になったこと。その背後には、女/男という概念はすでに〈拘束〉でありそこからの離脱を求める漠然とした気持ちが(フェミニストの想定を越えた広範さで)あった、ということは事実でしょう。上の松下の文章はそうした諸テーマを、早い時期にフェミニズムとは無縁の場所で表現したもの、と言えます。

 上記の松下昇の1991年のテキストを読んでみる。

江戸や明治に出された本に比べると遙かに読みやすい。人間が読みやすいだけでなくスキャナーでOCRにかける時も昔の本などはふりがなや返り点などが多すぎてまず駄目だし、漢字も異字体や正字が多く上手くいかないことが多い。*1松下氏の文章は、〈 〉や~が多いとして形式面でも難解とされたが、字体などという点では私たちの時代の標準に近い。ワープロで打ったものだから当然だが*2

 難解でとっつきにくいという感じを持ってしまった。タイトルにある「非対象」という概念が分かりにくい。とにかく読んでみよう。

 最初、言語における性(ドイツ語やフランス語など)が出てくる。性をジェンダーと言ったときにまず出てくるのがこの「性」であるのは承知の通り。*3「なんで女が中性なんだ!」といった理不尽を呪ったことは誰しもあるだろう。*4わたしたちはすでに言葉ができあがった世界に住んでいて言葉でしか考えられないのだから問えない。だがこの〈理不尽〉の向こう側に、物と言葉が初めて出会った情景の影があると想定してもよいだろう。言葉とは抽象であるわけだが、わたしたちの知っている抽象とは全く別の軸における抽象のあり方がかって存在した。

言葉というものは、人類の(あるいは全自然の)悠久の歴史をその背後に隠し持っている、わたしたちはそれを直接知ることは出来ないが直感によって感じとることは出来なくはない、そういった思想がある。*5松下の文章の背景にもそのような思想があるようだ。

a「言語の発生から血族社会内部での流通過程において、人々があらゆる対象を直接ふれたり評価したりできる〈もの〉として記号化し、かつ〈性〉的に区分する世界観(共同幻想)の中で相当長い期間を過ごした」という長い時間が想定される。しかしそうした時期は原初のユートピアではない。〈もの〉としての直接性であるかのように言葉が意識されていた、ということだ。

b「あらゆる対象を〈性〉に区分して認識する段階を越えても、慣性的な逆作用により、あらゆる対象を区分~交接可能な概念としての〈性〉質に区分~体系化しようとするヨーロッパ系言語の基底にある」志向は残った。社会的諸関係の拡大によりaという段階は終わるが、そのときの〈幻想的拘束〉は〈残像〉を残す。それが名詞における〈性〉である。

cさらに貨幣制度が導入され、社会的関係の拡大により〈もの〉に直接ふれうる度合はどんどん減少し、言語における〈性〉は消える。これは英語の場合にだけ観察しうるが、方向性としてa→b→cというベクトルを想定することは可能だろう、と言っているようだ。このベクトルに対し松下はそれを進歩とも堕落とも価値付けない。(11/20 7時追加)

*1:というか漢字というのはもともと多様性に富んだものだったのを日本の戦後の政策でむりやり簡略化したものである。だから現在の基準に合わせて昔の字を異字体だと評価するのはその評価自体が不当である。

*2:手書きのものは1行がよく2行に分かれて流れていく

*3:この15年間で誰もが知るようになった言葉がこのジェンダーだが、その経過は「失敗」だったとも言う。これについてはまた書こう。例:http://tummygirl.exblog.jp/857963/

*4:私はフランス語教室に何年も通ったが勉強しなかったので知らないが。

*5:吉本隆明『言葉からの触手』ISBN:4309407064 など。

日本軍管理下の従軍慰安婦は存在したか?

については、下記林博史氏の文章を読んでください。

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper02.htm

一部引用する。

元サンケイ新聞社社長鹿内信隆は桜田との対談で、陸軍経理学校時代の話が「慰安所の開設」になったとき、次のように語っている。

「そのときに調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分――といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが『ピー屋設置要綱』というんで、これも経理学校で教わった。」(桜田武・鹿内信隆『いま明かす戦後秘史』)

ロシアとキューバの体制など

2/14のN・Bさん発言。

N・B 『 どうも、私が対比したのはロシアとキューバの体制です。チェチェン戦争はロシアの現体制(93年体制)の犯罪のあくまでひとつです。星野さんがそうしているという論拠は、10月9日の日記の2段落目です、それと映画の紹介はやはりはっきりと違います(どちらも犯罪をしているとしてもということです)。

それから『そんなものはない』『聞こえない』というのはあくまで比喩です、そういわなくても実際には同じ意味のことを主張してしまっているということです。

>ある部分がどういう部分なのか

 具体例としてアレナス=従軍慰安婦という図式を出したのですが余計混乱させてしまったみたいです。

 なんかまた補足ばかりです,すいません。

>非常に遠い言葉を使ってしか、

 この遠さが発言している人と聞く『私』の間の遠さと重なるのが『声』なのかなと思います。逆に遠いからこそひっかりになってしまうとも思います。』

応答が遅れているうちに、ますます論点が遠のいてしまったみたいです、私にとって。すみません。

一度仕切り直して、また質問ご批判などあれば書いてください。

慰安婦問題はもうちょっと書かなければとは思っているのですが・・・まだちょっとまとまりません。

「チェチェン戦争はロシアの現体制(93年体制)の犯罪のあくまでひとつです。」ということなのでしょうね。ロシアは隣国でもあり批判すべきは批判していかなければいけませんね。

>プロパガンダって言葉の使い方はべつに間違ってないんじゃないかな。

(2/20追加)

所得税の確定申告はお早めに

配偶者控除は全廃すべきだと思います。これはフェミニズムというより本来労働運動の問題でしょうが。これがあるためにパート労働者の労働単価が低く抑えられ労働賃金全体に悪影響を及ぼしているのは自明です。この問題についてはどのように思われますか?(ちなみに私は男性です。)(野原燐)

議論は継続する

# hal44 『長くなったので、Swan_Slabさんへの返事此方に書きました。

http://d.hatena.ne.jp/hal44/20050322』 (2005/03/22 19:59)

# index_home 『swan_slabさんの「邪悪な愛国心と正しい愛国心は観念しうるか」について、私のお答えを申せば「観念しえない」と思います。「愛国心」そのものへの疑問を持つべきかと。hal44さんの文章も読ませていただきましたが、同じようなことを書いていらっしゃると解釈しました(違っていたら申し訳ありません)

昔からよくいわれることに「愛国心」にナショナリズムとパトリオティシズムの混同されるといわれますが、「愛国心」を大衆に求める方々は依然聞く耳を持っていないようにも思えますし、逆にそうしなければ「愛国心」を植えつけられない事情がおありなのだと思っています。』 (2005/03/22 21:15)

# swan_slab 『え~と、hal44さんのところに返信を書きながら思ったんですが、公共の福祉という概念は、戦後憲法においては、明治憲法下の外在的制約的ニュアンスを取り除こう、さらには別の言葉で解釈しよう、という動きが憲法学では強かったと思いますが、こと愛国心については、案外使える概念かもしれないと感じました。

つまり、

>「愛国心」を大衆に求める>index_homeさん

というのは、つまるところ、公共の福祉に完全に合致した生き方の強制と言い換えることができるのではないかと。そう考えたとたん、最近私の+駝鳥+ http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20050316についたjuluxさんのコメントの意味が氷解していきました。【合意済みの移転を放置し続けた沖縄県は猛省すべきです。また民主的手続きによって決定された移転に反対・妨害活動を行う運動家は民主主義の敵】と述べた彼/ 彼女の背後にある思想がわかるような気がするのです。』 (2005/03/22 23:33)

# N・B 『 お久しぶりです、野原さん、以前の書き込みではひねくれてかつマイナーな書き込みをしてすいません、いくつか感想を書きます、「愛国心」の位置は国によって違うようですね、イギリスとフランスの違いは決して理論だけには還元できないようですし。ロックやバークのような多元主義はイギリスの社会の安定の実質的確保を保証する装置の存在(ロックの場合はむしろそれを作り上げる過程に関与しましたが)という前提があるのではないかと思います、バークにとってアメリカとインドははっきり違うのではないでしょうか。

 私が思ったのはこの「実質的確保」という問題が現在の「日本」の不安と結びついているのではないかということです。hal44さんはそれにはやや否定的なようですが、私はむしろ、野原さんが3/20に書かれていたように、左翼ですら日本の「自立」を前提にしていた時代と、むしろ従属(ということは私たちには「主体性」が無い)だと考える時代の落差は大きいと思います、つまりバブルの崩壊以降ですが(私は「自立」の感覚はまるでないのです)。

 

 とするとまず、私たちが共有していることといないことを分けることが必要ではないかと思います。spanglmakerさんが「論点そらし」だと最後に書き込みましたが、ブログを見る限りでは彼はネイションの一員としての教育を施すことは自明の前提だと認識しているようです。彼の発言は正直ななものだと思います。ナシオとパトリを区別することは確かに必要ですが、彼のように「自明の前提」の機能をなにがおっているかに注意しないとこの区別は意味を成さないのではないでしょうか。スワンさんが、juluxさんのコメントの意味を理解できなかった(むしろそのことに私は驚きました)のもネイションの一体性が絶対に確保されるべきという前提を強くjuluxさんが持っていることを読み取れなかったのではないでしょうか。

 私は「実質的確保」の確認の機能をなにが担っているからみると、古今のナショナリズムには一定の存在の必然があるし、パトリオティズムは実はそのような「機能」の一側面ではないかと思います。そのような「機能」は私たちにもある程度必要ですから、逆に自らがそのような「機能」を何処に置いているかその危険に対してどうやって自覚するかということが必要だと思います。おそらく「実質的正義」

という視点がここで必要になるのでないかと思います。そうなると、「実質的正義」の内実の検討が必要になります。

 私達の認識や判断を左右する「実質的正義」とそれに結びついた「モラル」のあり方や性質については、ジョージ・レイコフ「比喩によるモラルと政治」が参考になると思います、この本はアメリカを例に大きく二つに分かれる「モラル」(この本では「保守」と「リベラル」)が人々認識や判断を左右し、互いに無理解か論じています。もちろんどちらかのモラルが正しいとは決して断言できないと私は思います。(ちなみにネットにあふれる「ジャイアニズム」の問題はこのような前提の違いが大きいと思います、自らの二重基準に気づかない、もしくはそれを当然と思うのはある程度これでわかるのではと思います、特に不安に圧倒されていればそうだと思います)

 以上延々と述べましたが、現在の私たちと歴史をつなぐあり方としての振舞い方としてと(あえて使いますが)「自虐的」ナショナリストというあり方も可能なのではないでしょうか?「日本」という前提を与えられてしまったものとして自らを見直すことが、唯一の「正しい方法」が存在しない以上必要だと思います、野原さんの立場はそこに近いと思うのはですがいかがでしょう。なお、「自虐的」という位置づけの根拠は先ほど述べた「実質的正義」=「モラル」にあります、この違いが「自虐的」とそうでないものを分けると思います。

また長々と書き込み失礼しました。』 (2005/03/23 06:38)

3/22から23日にも、議論は継続しています。

N・Bさんも書き込みありがとう。

私の方は月曜日から(頭が)不調で論点整理もうまくできません。

東京都からの処分後退?

<転送歓迎>

「都教委包囲首都圏ネットワーク」のW*1(千葉高教組)です。

東京都教育委員会は本日(3月31日)、卒業式の

処分を発表しました。

内訳は、

小学校3名、

中学校1名、

障害児学校4名、

高校44名です。(計52名)

減給10分の1を6ヶ月間が4名(3回目の不起立者ら)、

減給10分の1を1ヶ月間が10名(2回目の不起立者ら)、

他は戒告(1回目の不起立者ら)です。

また、本日、青年法律家協会の弁護士が、竹の台高校でのビラまきの際に荒川警察署が不当な妨害を行ったことに対し、抗議に行きました。

警官20名が弁護士を包囲して、警察署の敷地内に一歩も入れない状態で、約40分くらい対峙してたそうです。その後、記者会見が行われたとのことです。

詳細は追ってお知らせしますが、今回、3回目の不起立者が停職とならなかったのは、やはりこの間の闘いと世論の高まりが大きいと思います。

彼らはそこまでできなかったのです。

起立している教職員もほとんどは強制反対です。また、世論調査でも強制には反対が多いのです。私たちは道理ある多数派なのです。

(略)

*1:野原が匿名化