デモに行くことは市民の義務だ。

 というのはもちろん、「投票に行くことは市民の義務だ」のパロディである。

 いままで多くの良心的知識人が投票に行くことを本気で勧めてきた。そこになんらかの真実が有ることは否定しない。しかし投票とはその装置(投票所を設置する者、つまりは国家)への信頼を前提にするものであることをはっきりさせずに、投票の勧めだけを唱えることは国家に包摂されることを自覚的に肯定することにもなりかねない。*1

 デモに行くことは市民の義務だ。というのもおかしいといえばおかしい。義務というのは誰かによって課されるものだから、市民が主権者であるならそれより上位の権威は存在しない。しかし民主主義とは、一たりえない多者が一になれるとする逆説である。その構成要素としの意志は議会に於いてだけではなくて可視化されなくてはならない。そしてわたしの一個の意思がそれに直結することが可能でなければならない。このように書いてみると、デモを支える思想というのはわたしたち普通の市民には共有されていないという情況が明らかになる。わたしたちは制度として与えられた民主主義をもっているがそれはいまや陽炎のように消えてゆこうとしているのだ。

 まとにかく消えてゆくのが市民の意思ならしかたない、私は嫌だが。

 ところでデモとは私一個が参加するものだろうか。そうだと思う。誘い合って参加しましょう、とたとえそうであってもデモとは<意思>表示であり、その意思とは私一個と国家との関係である。我々が堅く手を組んだからといってそこに<我々>なるものが成立したと考えるのは誤りである。たまたま共通のスローガンを叫ぶ群衆としてそこに歩いて行くだけだ。

 デモが忌避されるのはそれが余りに誘惑的だからかもしれない。一瞬であっても我々が成立したかのような思いというのは奇跡であり、それを基準に生きようとする誘惑にさらされる。

 オタクはデモを忌避しなければオタクであり続けられない。彼らはいつでも自己を守るために必死である。たかだか一時的なスローガンの唱和でしかない物に対し、それは同一性への拝跪(はいき)だとヒステリックな批判を差し向ける。彼らの根拠は自己の肯定である。彼らの自己はデモという交通形態にさらされることができないほど弱い。

*1:ちょっとあやういな

口には出さない憎悪

どこぞのブログで炎上してましたが、まあ『表現の自由』とか『民主主義のため』とかいっていらないよって言っているのを無理やり敷地に入ってこられてビラをつっこまれるとかそういうのはやめて欲しい、ってそういうことでしょう。至極当然の話です。

http://d.hatena.ne.jp/keiroku/20051209

けーろく奮闘記 – へっへっへ~

私はkeiroku氏を憎悪する

道義的責任を定義、

中道右派 中道右派 『>道義的責任を定義、提出する主体を、きみたちが一貫して用意できない、かろうじて成立したものを潰してしまうのが問題なのです。かわいそうな日本!

その点は、一部同意します。あまりにも外交が下手すぎる。日本にも、国際的な赦しのコンセンサスを作り上げたヴァイツゼッカーに匹敵する力量の政治家がいなかったことが悔やまれます。

私の考えでは、第三国の研究機関を複数入れて、事実関係及びこの問題の発生から発展までの一部始終を徹底調査し、その結果に基づいた国会決議をすべきと考えます。

調査のための基金が設立されたら、喜んで寄付に応じたいと思います。

>「区別を、まずはよく考えてみることをお勧めします」は議論の放棄ですね。よっぽど自信がないのか。

いいえ。自信はあります。

あなたにも基礎的な知識をもってもらってから、無駄のない有益な議論をさせていただきたいと考えております。』

中道右派 中道右派 『

>「生き延びるための思想」読後メモ

>なかった派と議論するためにはどうしても、吉見さんたちの議論に倣っていくしかないような気がします。

それは、一部正しく、一部誤りです。

上野千鶴子氏は上記著書で、この問題の本質を以下のように一面では正確につかんでいます。引用サイトより抜粋。

『多くの兵士たちは日記や回想録のなかで、「慰安婦」との接触を、少しも恥の意識を持つことなく記述していたからである。パラダイムの変化のおかげで、彼女たちの経験は「軍隊売春」から「性奴隷制」へ、すなわち軍隊によって組織的に継続された強姦へと、見方が変わったからである。』

これは、行為時及びその後しばらくたった回想録記載時においてすら、慰安婦の存在は法規範上は犯罪ではなかったことを認めているのです。

それが、その後の女権伸長に伴って、90年代以降の現代に行われてたら犯罪じゃないの?という法意識になってきたという、むしろ実態に合致した認識を示しているのです。

しかし、この実態に合致した認識を前提とすると、法の不遡及の原則(行為時法適用の原則)により、日本の国家責任は否定されてしまうので、補償請求の場面では負け筋になるのです。

そこで、吉見氏らは補償請求を肯定するために、(無理を承知で?)行為時においても違法であったことを何とか説明しようとして、国際法の少数説を引っ張ってパッチワークを始めたため、法律家から笑われてしまうのです。』

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20070324

3/24[コメント]

神道(forビギナーズ)

 石牟礼道子は与那国島へ行った時のことをこう言っている、「山と名がついているから山かと思って行くと、地上から十五センチばかり高くて木が生えていると、そこはもうほんとうに聖なる山で、そういうところに湧いている泉とか、海岸などの直径1メートルもないくらいな湧き水で、イザイホーの祭事の禊ぎをなさる、そういうのを見てますと、ほんとうに神が宿っている雰囲気がいたしますね。」*1

これは島尾ミホと石牟礼の対談で、ミホは子供の頃からカトリック道子は最近得度して浄土真宗になった(と始めて知った)が、ここで言っている神は<日本>古来のものだろう。

 「土曜日の午後や日曜日には、わたしは島のあちらこちらにあるイシバ(石場)へ出かけた。イシバというのは(略)苔むした玉石で囲まれた空間に、尖った石が立っている一種の磐座である。そうした石の神々をイシバサマと呼ぶが、イシバサマのなかには、イシバを持たない神もいて、草ボウボウの、ちょっと見ただけではまったく何でもない場所に、ポツンと御幣が立つという神もある。」とこれは、菅田正昭氏の本の後書きp172から。*2「日本は島国だから島のことを勉強すれば日本が分かる」と考えた若き著者は、東京の南360キロほどの孤島青ヶ島が村役場職員募集のお知らせを見て勇んで応募し島へ渡った、そしてそこでイシバサマに出会ったわけである。

 ついでに思い出したことを書いておくと、去年ウスリー川のずっと上流映画『デルス・ウザーラ』に出てくる川だというところで地元の猟師(ウデゲ族)と川を遡っていると彼らは途中で止まった。巨岩がありそこにウヲッカをこぼして祀る。なんだ神道と同なじやなと、わたし(野原)は思ったのでした。

 上記の三つには共通点もあるが相違点もあるのだろう。でもウデゲ族はかなり遠いから外すとして、上の二つのような神こそが、日本の固有信仰の原点なんだと、菅野氏の本を読むとそのようにも理解してもいいのだと思える。

 要は「神道」と言ったとき、<神>と<道>からなる。道を言説と考えると、神は目に見えないが言説はそうではないので言説の方にどうしても眼を奪われがちだ。神道の言説的起源は神仏習合からになる。圧倒的言説力を持つ仏教を元とし、その応用として神道を記述していく。後、江戸時代には林羅山、山崎闇斎らの儒家神道の流れも大きな力を持つことになる。すなわち神道を理解するためにはこのようなインテリによる言説の流れを学んでいくことが普通の発想だが、それではかなり外れてしまう。と菅野氏は言いたいようだ。

(ところで、かって中国には「鬼道->神道->信道->聖道」というレベルの区分があり、卑弥呼時代の日本は鬼道レベルだった。仏教伝来時の日本の固有宗教はまあ神道レベルか、といった中国人の感覚で、そもそも神道とは、名付けられたものではないか。とこの本にはある。p75)

*1:p37 isbn:4902116006

*2:現代書館ビギナーズシリーズの『神道』isbn:4768400957

原則(松下昇の)

今後の討論~実践活動において踏まえておくぺき原則として…

自分が自明であると考えている発想を、いったん全て疑いなおしてみる。全社会・全文明の現状を最も抑圧された位置から、最大限に自由な視点で把握しなおしてみる。各人にとってこの作業がどのような差異と共通性をもっているかの確認と、活動への応用。(p3『概念集・10』~1994.3~より)

 デリダの<メシアニズムなきメシア性>あるいは<憑在論>に興味を覚え探求したいと思うと同時に、それは必ずしもわたしがしなければならないことではないと思った。わたしにとってデリダのそれらの概念は、なにより“松下昇の < >”を説明するために有力な助けを与えてくれるものと受け取られた。したがって、そのことを表現するためには、どこでも手に入るでデリダではなく、入手不可能な松下昇をまず説明しなければならない。だいたいからしてわたしがHPを立ち上げたのは、<松下昇への接近>が目的でした。松下昇氏はすでに亡くなっており、かなりの量のパンフレット類を残しています。したがってそれらの一部を電子テキスト化し、HPで紹介することは比較的容易に出来ることです。にもかかわらずその作業は遅々として進んでいません。もちろん原因は私の怠慢にあります。ですがそれだけではない。「松下昇は亡くなった」とは本当なのか。仮に(デリダ風に)松下が亡霊だったとしたら、「亡霊性とは、ここで、最もラディカルな政治化の形態であり、ノイローゼや強迫神経症のような反復の中に閉じこめられているどころか、エネルギッシュなまでに未来志向で能動的なものなのだ。」*1

私にとってもあなたにとっても、松下昇は固定された過去のテキストとしてコピー可能なものではなく、1行コピーすることが、世界大の不安を背負った飛翔であるような現在形~未来形の行為であるのだ。

*1:p29『マルクスと息子たち』より、ジェイムソンの言葉だがデリダもそのとおりといってる。

アンティゴネ的に生きざるを得ない

アンティゴネについては、死んでしまった少女にすぎないのに汗牛充棟しており、読めば読むほどわからなくなる。

「アンティゴネー的行為だって? もうけっこう!」と書かれた、http://d.hatena.ne.jp/gyodaikt/20040329

北田暁大氏の文章を読んでわたしは逆に、アンティゴネっていいじゃん!と思ってしまった。

 周知のようにソフォクレスの戯曲の主人公アンティゴネーは、テバイの王クリオンの命=法に背き、兄であるポリュネーケスを埋葬し、生き埋めにされたまま死を迎えることとなった人物である。(略)重要なのは、彼女が「法」への違背を倫理的「悪」として認めることなく、そして自らの利害を顧みることもなく、あたかも内なる定言命法につき動かされるようにして、兄の埋葬という行為に及んだ、ということである。つまり、アンティゴネーは、(1)自己の利益を時間的に不偏的な観点から考量する小賢しさを持ち合わせておらず(つまり、たんなるエゴイストではない)、また、(2)「自らの善(悪)」と「世界の善(悪)」のズレを認めることのない、超人的存在なのである。

 超人というか英雄ってそういうものでしょ。アンティゴネは法に違反する。法への違反は倫理的悪だ、という一つの規範がある。ただそれは昔も今もそれほど内面化されているわけではない。軽微な法への違反は、あたりを見回し警官がいなければ遂行される、ことも多い。悪ではなく罰によってコントロールされているわけだ。アンティゴネは悪によっても罰によってもコントロールされない。アンティゴネは行為してしまい、それが事後的に罰せられるだけだ。アンティゴネを突き動かしたのは<内なる定言命令>のようなものなのか。そうも言えるがわたしの理解は少し違う。

だが、だからといって、アンティゴネー的倫理は、他の実定的道徳の倫理的優位性を判別する規準として機能する、ということにはならない。

それはそうだろう。

アンティゴネーは根源的にあらゆる道徳的ルールの有意味性を破砕するものなのだから。

それは明らかに違う。アンティゴネがただの無法者であったなら拒否されて終わりでしょう。アンティゴネは気高さと強度を持つ。そして気高さと強度を持たない“普通の犯罪者”であっても、それが事後的に<情況の核心を突破した運命としての犯罪>と評価しうる時、<ある>道徳的ルールの有意味性は破砕される。

わたしは下記に書いた“ナターシャさん”を思い出したので書いみました。

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/Tokyo3.html#nata1

もちろん少しはジジェク、北田に近づかないとあの文章を読んだとは言えないことは理解しています。勝手にトンチンカンな引用をして失礼しました>北田さま。

国家の退場

再度確認したいが、今回の解放は、アルジャジーラと被誘拐者の家族、「いわゆるテロリスト」の反米トリオの一方的な成果である。国家というプレイヤーは何も果たせませんでした。彼らに対し税金を使うなという世論もあり、中東に放置してもらってもよいですよ。

http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=26720&range=1

さて、上記に「コリン・コバヤシさんからの声明6と声明7ならびに声明7付記」が転載されている。

下記の2点について共感するので引用したい。

・・・庇護権について

緊急時に、国民は国に保護してもらう権利と、国は国民を保護しなければならない義務があります。その点が欧米でははっきりしているから、欧米の記者たちは拉致された家族がなぜ謝らねばならないのか、理解に苦しむわけです。拉致事件の場合は、どう考えても緊急時です。福田官房長官、川口外相の発言がおかしいのは、この点です。

・・・また、私たちは、ファルージャ周辺で、イラクの罪のない普通の市民たちがハエのように叩きつぶされ殺戮されている最中に、日本人だけ<助けて!>とどうしていえるでしょうか?私たちはその殺戮を犯しているアメリカと肩を組んで歩いているのです。

ファルージャで何が起きたのか?

ブッシュとブッシュ政権にとっては大敗北,政治的にも軍事的にも大敗北。ってことでおめでとう!

原始的な武器しか持ってないイラク人戦士たち数百人が,こんな軍事的大勝利をおさめるなんて,どうやったら考えられた?エイブラムズ(M1戦車)やアパッチヘリが,イラク人の小人数の集団と何週間か戦ったあとに,敗走するなんて,どうやったら想像できた?

何週間も爆撃し殺戮し,アメリカ軍は今日,ファルージャから撤退した。そして地元の人々に,望み通りのものを与え,「バース党」で「サダム信奉者」で「前政権」のリーダーを与えた。ジャシム・モハメド・サレー(Jassim Mohammed Saleh)少将だ。町はイラク人による新しい軍(a new Iraqi force)の統制下に置かれる。その軍を指揮するのが,サダム・フセイン時代の将官のひとり,っていうわけだ。それが彼らの軍事的リーダー。

http://raedinthejapaneselang.blogspot.com/

イラク人ブロガー、Readさんのブログの日本語訳(4/30)から、縮めて引用。この「イラク人の勝利」がどこへ行くのはまだよく分からない、わたしには。(Readさんもとても皮肉に書いているので・・・)

 欧米や日本の市民の一部が急に「ファルージャ」という小さな都市で起きていることに関心を持ち、それに応える情報も提供された(提供しようとして挫折したけれどもそれなりの体験をしてきた安田さんたちを含む)こと。ファルージャが国際的指弾を浴びそうになったこと。こうしたことも事態の推移に影響を与えたことは確かだろう。