軍部悪玉論

 我々はそろそろ軍部だけを悪玉に据える歴史認識から自由になるべきだろう。国を戦争に駆り立てるのは、一部の軍人なんかじゃない。分かりやすい物語と解決を求める、想像力のない国民なのだ。

http://d.hatena.ne.jp/gkmond/20050730/p1

おっしゃるとおりだと思う。

 先日こどもたちが今後使う(かもしれない)教科書の展示会があって(暇でもないのに?)見に行って扶桑社の教科書も見ることは見たが、時間がなくそれほどよく読めなかった。「軍部だけを悪玉に据える歴史認識」を扶桑社とかが攻撃しているということらしい。だけど歴史家の間では、「軍部だけを悪玉に据える歴史認識」が大手を振るったということは今までなかったのではないか。極限的には、沖縄において住民自決を先導した部落の指導部などがそうなるわけだが、一般大衆の中にも多くの戦争体制への協力を強制する積極分子がいた。そうした人たちへの責任追及はあまりなされなかった。狭い地域社会の中で血で血を洗うようなことに成らなかったという言う面ではその方が良かったのかもしれない。しかし実際に追及され、裁かれたのは、軍、政府首脳のごく一部だけである。裁きを免れた岸信介以下の首脳たちの責任は追及されるべきだった。それだけでなく、一般大衆と軍、政府首脳の中間者、マスコミやイデオローグ、官僚、軍需産業首脳といった人たちへの追及も、なされるべきだっただろう。*1

 話がそれた。*2言いたかったことは、「軍部悪玉論」とは便乗派戦争協力者が自らの罪を軍部(結局は東条)になすりつける為のものだったと。そうすると最近の左翼的教科書とかは何の関係もないのでは、ということ。

 ところでまた話を外らすと、天皇の戦争責任論というのも、便乗派とか殺されないためにしかたなかった(左翼の)戦争協力者が自らの罪を天皇制になすりつける為のものだった、と言えないことはない。*3仮にそうだとしても、何度も言うように、“ヒロヒトかそれとも東条”に戦争責任が無ければ誰にも無くなってしまう。小泉の靖国参拝は東条無罪論であり、責任はなかった論である。「罪を憎んで人を憎まず」と言ったが、「罪」とは何か明言されておらず、罪を確定する意志はないと認められる。

「悪玉はAだ」というのは短慮だ、というのは常に一理ある。しかしそれを反復しているうちに、(例えば肉親が無惨に死んでいったそうした戦争を起こし、さっさと止めなかった)責任者に対する憎悪にもとずく責任追及というパトスが薄れてしまい、「悪玉」を存在させなければならないとする当為が希薄になってしまう。

 平和、平和と唱えるだけなら誰も傷つかない。しかもそれで効果がある(平和が得られる)ならそれが最上である。しかしながらそれだけではどうも収まりそうもない。

 真夏の真昼、私たちはカンテラを灯して「悪玉」を探している。

*1:文学者に対する戦争責任追及は為された。しかし追及の主体(転向左翼)が自らの便乗表現には目をつぶって、よりひどい人を追及したというものだったので迫力はなかった。参考:1956年、吉本隆明と武井昭夫の共著『文学者の戦争責任』

*2:どうもわたしの文はそれてばかり。

*3:?

死体を踏んで

『ニューヨーク・タイムズ』のウオーレン・モスコウ記者は45年3月29日付で、「渡嘉敷の集団自決」の見出しで次のように報じた。

(略)

われわれは朝まで待つことにした。その間人間とは思えない声と手榴弾が続いた。ようやく朝方になって、小川に近い狭い谷間に入った。すると「オーマイガッド」何ということだろう。そこは死者と死を急ぐ者たちの修羅場だった。この世で目にした最も痛ましい光景だった。ただ聞こえてくるのは瀕死の子供たちの泣き声だけであった。

 そこには200人ほど(注・Gリポートには250人とある)の人がいた。そのうちおよそ150人が死亡、死亡者の中に6人の日本兵がいた。死体は三つの小川の上に束になって転がっていた。われわれは死体を踏んで歩かざるを得ないほどだった。およそ40人は手榴弾で死んだのであろう。周囲には、不発弾が散乱し、胸に手榴弾を抱えて死んでいる者もいた。木の根元には、首を締められ死んでいる一家族が毛布に包まれ転がっていた。(略)

 小さな少年が後頭部をV字型にざっくり割られたまま歩いていた。軍医は「この子は助かる見込みはない。今にもショック死するだろう」と言った。まったく狂気の沙汰だ。

http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/334.htm

確かに原爆はさらに大きな悲惨だったかもしれない。だが、日本軍が日本人を死に追いやり、親が子を殺したことの悲惨は語りようもない。

<憎悪>をとぎすまし持続しなければならない、と私は考える。

詳しく言うと(kamayanさんのコメントを読み追加した)

えーと、小選挙区で自民党が30%も増加した。

その根拠となる得票数を見ると643万票増加している。

しかし民主党も自民党には及ばないが、得票数は299万票増えている。

得票率(得票総数に対する割合)をみると

自民党 : 前回43.85%  今回47.77%  3.92%増加

民主党 : 前回36.66%  今回36.43%  0.23%減少

民主党の得票率は減少したといってもわずか0.23%。

したがって「自民党は4%の得票率の増加で、30%の議席数増を得た」と言ってもよいだろう。

比例代表では、自民党は3.23%増、民主党は6.36%減と小選挙区に比べると差は大きい。しかし比例代表では当選者数にはマイルドに結果し、小選挙区では劇的に結果する。

(昨日書いたときは民主党の得票率もっと大きく減ったと誤解していました。)

オバサンの発見

これに対して、「フェミニストの視点」の理論家たちはオバサン*1としての社会的位置をより優れた「知」の基礎にポジティヴに位置づけます。彼女たちは、現実の社会関係は抽象的で「客観的な」位置からではなく、日常世界の具体的な社会的位置から見渡せるものであると主張します。そうすることによって、オバサン*2たちは同時に社会思想における「人=男(Man)」を脱中心化します。

http://d.hatena.ne.jp/toled/20050924#p1

だとしたら、「人=男」を脱中心化するだけでは不十分でしょう。さらにフェミニズムにおける「白人の、経済的に恵まれた、異性愛者の、西洋の*3フェミニストの関心を脱中心化する」ことが必要になります。(同上)

コリンズは白人家庭の使用人としての黒人女性の位置に注目します。彼女たちは白人世界の「内部に」おり、白人の現実を見ることができました。一方で、黒人女性はアウトサイダーでもありました。というのも、「彼女たちは決して白人の『家族』に属してはいなかった」からです。このように、彼女たちはユニークな位置にありました。コリンズはこれを「内側のアウトサイダー」と名付けます。(同上)

オバサンは主婦である場合、その家庭ではインサイダーであり支配者であると言えなくもない。しかし、家族の中に要介護老人などをかかえると、彼女は労働時間と感情労働を限界なく搾取されることになる。

*1:原文:女性

*2:原文:彼女

*3:「若く知的な」が抜けている

神の死について

近代において、共同体内存在であった個が自由になり個人になった。ここで自立した諸個人による交流の場市民社会が形成されればよいが、実際は上手くいかないことも多い。市民社会から排除された女性や犯罪者からの異議申し立てが起こる。

また市民社会を形成しうるのは教養ある市民であり、教養とは国家と神への信頼である、と考えられる。

しかし<神は死んだ>。

ここで対応法は3つ。

α.一つは神は死んでないとがんばる。

β.一つは神無しで生きる。

γ.一つは「神の代わりを出現させようとして狂う」*1。である。

βは一番スマートのようだが、結局世界にある圧倒的な不正義に目をつむり自分たちだけの権益を守る思想とつながるのではないか。

α、神が死んだとしても、神という名前だけは残る(例えば「皇高皇宗」)その名前とイデアへの尊敬を絶やさないような私個人の思いをなんとか拡げていけばいいのだ。このように考えると否定しなくともよいようにも思える。

神がない以上、わたしたちはいつも狂気の淵にさらされている。そう考えるとαβγは余り違わないところに収束してくかもしれない。しかし、体制派のひとは既成の権力関係をそのまま神の代わりに信仰せよと迫ってきたりするのだ。侮蔑し唾を引っかけてやれ。

祇園に行きました

一昨日。四条河原町から観光客用の窓がずっと並んだ道を少し行ってつき当たりに階段があり登ると祇園さんです。最初に蘇民将来の社がある。手を合わせた。*1行灯の沢山灯ったところの向こうにメインの神社がある。ここの祭神は牛頭天王だったな、と思って説明書きを見るとスサノオになっている。あとから考えるに、これはやはり明治の廃仏毀釈期に訳の分からない神を記紀の神に整理し直した影響だろう。その向こうは円山公園。戦争と基地強化のための日米首脳会談反対! 11・15-16京都行動 というのに参加するためわざわざ電車に乗ってきたのだ。誰からも誘われず誰にも言わずに。京都15日(火): 午後6時30分~  場所 円山公園 ラジオ塔前 というメモだけをたよりに。時計を持っていなかったがまだ予定の時刻より1時間近く早いかなと思って行くと灯りのまわりにそれらしき人々が十数人居た。公園が広いので人数少ないなあという印象。自販機の灯りをたよりに本を読みながらそこでじっと待っていたがかなり寒くなってきた。月がとてもきれいだ。…やっと始まる。沖縄や座間、韓国など現地の反基地運動との連帯のアピールが主だった。鳴り物を鳴らしているのが面白い。デモ出発。人数がだいぶ増えている。数が多かったせいか、一列3人とか4人とかの規制はされずいい加減に広がって歩く。わたしは大きな横断幕の端を持つことになった。通行人の反応は余りないが良かった方だろう。デモとは歩くことと怒鳴ることだ。アーンポ フンサイ、トーウソウショウリとシンコペートする二拍子はジグザクデモの時か。まあそれの変形が主流だが単調になりがち。ここは開発の余地が大いにあると思った。

 <反ブッシュ>の意志表示をしました。という報告。

*1:八坂神社の境内摂社である疫神社は、疫病除けの神、蘇民将来を祀っている

結城浩さんて

今読んでいた、「結城浩のWiki入門」isbn:4844319159の作者じゃないか。

今(1/28)に気づいた。日本に数あるWikiクローンの母体となったYukiWikiの作者である。YukiWikiの直系のPukiWikiを私も一週間ほど前から使い始めたばかり。まだどうなるか分からないが、非常に自由で使いやすいことは確かだ。

IT関係者はみなホリエモンのように敬虔さから最も遠い人ばかり、というイメージを持っていました。そうじゃないのですね。(1/28記)

反日

     反日

自己が依拠してきた発想や存在の様式を変換する契機を、日本の戦後過程における社会構造の責任との関連において、極限的に迫求する方向に見えてくるヴィジョン。

 日本国家に抑圧~侵略されてきている人々の反日の感情には十分な歴史的~現実的な根拠があり、私たちが、この根拠を全く不十分にしか止揚しえないままでいる事実をふまえつつ、いま問題にしたいのは、前記の反日の感情がとどきえない領域の反日である。

 別の例から同じ問題に入ってみよう。70年代に日本赤軍がアラブに根拠地をもち、いくつかの大きい成果を上げた時に、なぜ、イスラエルに根拠地をもち、同じような闘争を展開するのが困難であるのか・・・また、イスラエルに生まれ、育った人が同じような闘争への意志をもつまでの困難が最大ではないのか、と考えるのが、この問題への、もう一つの重要な入口である。さらに別の入口は後でいくつか示唆する。

 ところで、70年代に出現した東アジア反日武装戦線の提起したのは、前記の問題の具体化~身体化である。そして、日本赤軍も、東アジア反日武装戦線も、60年代末の大学闘争以降のさまざまな模索過程が生み出した形態の中の二つの極限であるといえる。したがって、この二つ、とりわけ国内における闘争によって、より概念の密度を高めている後者における反日性を把握するためには、60年代末の大学闘争以降のさまざまな模索過程の総体を視野におくことか不可欠であろう。この作業は殆ど開始されていない。(註一)

 大学闘争とよばれる激動の本質は、機構の変革のみならず、変革しようとする主体の変革を同時に展開することを不可避とする世界史的情況にあり、この情況係数を前提として視る者の眼には、人間や社会が存続する条件よりも、存続のために他を犠牲にしてきた条件の追求に比重をおかねばならないのは自明であった。

 この自明さは、反日の概念を把握するための原点であるが、同時に、反日の概念とは無関係にみえる多くの概念(例えば〈甲山〉ー註二)を把握するための原点であることも強調しておく。反日の具体的展開には大きい振幅があり、対立する場合も少なくない。天皇制を含む日本の存在様式の解体を共通の前提としていても、その根拠や射程が、前記の原点の把握の度合に対応して異なる(特に、アイヌ、科学、武装、自然、言語をめぐってー註三)からである。筆者としては、社会的底辺、国際的周辺、時間的辺境という三つの〈辺〉に根拠をおきつつ、それらが形成する三角形を、楔としての三角錐へ変換するための幻想的な点ないし軸を想像~創造して生きたい。

註一ー この作業のためには、あえていえば、

 αーある声の誘いに応じて、長年にわたって手にしてきた〈網〉を拾てて、直ちに歩き出すことのできる魂の飢餓

 βー今後、何一つ〈日本〉語では表現しないで生きようとする意織

 γー〈天皇〉あるいは自分を爆破しうる武器を作りうる技術の総体を、イメージとして統一しつつ、そのイメージに敵対しうる全ての思想、文明の様式と、暗黙のうちに断固として訣別し、同時に、それらの水準を内在的に追い越し、解体しうる実力を形成していなければならない。

註二ー 74年3月に、十二才の少女と少年が、障害児収容施設である甲山学園から連続して行方不明になり、その後、二人が園内の地下浄化槽から死体として発見されたことを契機とする事件。容疑者~被告人とされた保母の冤罪を主張し、支援する人々の善意は疑わないが、この人々は、死者や死刑の意味を、〈内ゲバ〉事件や、連合赤軍事件や、いくつかの反日闘争(とりわけ、アイヌモシリのために実行された、北海道庁爆破事件)における場合と統一的に把握し、〈同じ〉論理で支援しようとする時に初めて〈甲山〉事件の本質に触れうるであろう。

註三ー この五項目は、ワープロ作成中に浮かんだもので、無数の項目からの断片に過ぎないが、共通していえることは、それぞれの項目が喚起するイメージが現在の人類史の具体性から発している度合を無化して把握しなおすべき、ということであろう。それぞれの項目への認識ベクトルを、概念の発生する初期条件と最終条件の包囲する座標系でとらえていく、といいかえてもよい。五項目に限らず、関連する概念は、あらためて独立の項目で論じていくが、それにしても、このような発想を導く〈反日〉とは不思議な概念である。

(松下昇『概念集』1 p14~15 ~1989・1~より)

(15年前は、「反日」という言葉は、東アジア反日武装戦線に言及する場合以外まったく使われない言葉だったように思えます。)

私の単純ミス

なんと去年のブログ記事を今年と間違えてブログに貼ってしまった! 

(訂正前)

2.18時より チャクラ(北浜)にて 祈りの集い ◇

追悼・平和 法要 ◇ ダライ・ラマ法王からのメッセージ朗読

林 孝瑞 師(四方僧伽・スーパーサンガ幹事)

◆登山家 大西 保 氏

◆チベット音楽 川辺 ゆか 氏

◆大樹玄承師(スーパーサンガ 関西地区代表)

となり、川辺ゆか氏、大樹玄承氏は、天鷲寺とだぶる。大丈夫か?

出かけようという方は、よくご確認の上お願いします。(2/10日 11時記)

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20120309#p1

中道右派toノーモア様

『以前あなたとコメントを交わしたエントリは、5回投稿しましたが書き込まれなかったので、野原氏にアクセス禁止処分をされたもようです。今後全てのエントリにアク禁される可能性もあるかもしれないので、ここに最後になるかもしれない私の返事を書き込み、ウェブ魚拓もとっておきます。

まさか、野原氏はあなたと同一人物で、自分で勝利宣言して直後にアク禁にして、私が逃げたと印象操作するつもりだったのではないでしょうね?

>石原氏は河野談話は撤回すべきどころか正しいとすら認識しているということですよ?さてどこに外交信義違反が存在するんでしょうね?外交信義違反はなかったということでよろしいですね?

いいえ。ダメですよ。あなたも石原氏の主観と認めておられる。外交信義違反かどうかを判断するのは、責任者たる現首相であって、退任された石原氏の主観ではありませんから。どうしてそうやって強引な認定をしたがるのか。

>あなたはご自身の持ち出した論点を何一つまともに擁護できておられない。他人事ながら気の毒なくらいです。

ダメですよ。印象操作しちゃ。確かに、最初の頃、私の気づいていなかった歴史学上の視点をいくつか呈示してくれたあなたには感謝しています。

しかし、あなたは、最初からロジックは強引で、最近の論点については、勝手に論点ずらしだと誤解されたり、ドツボにはまってミスされていますよね。

>将来のお仕事に支障をきたされるのではないでしょうか?まあ要らぬお世話ですが。

十分稼いでますから、ご心配なされずに。今は休暇中だから、色んなジャンルのサイトを巡回して書き込んでるだけですよ。やはり、異分野の視点って重要だな、と大いに勉強になります。あなたにも、大いに学びました。

>つまり「外交信義違反」などと言っている人は政治家にはいないということですか?「外交信義違反」の論点自体あなたのオリジナルということですね?当事者が誰も気付いてすらいないのに「信義違反」とはどういう意味なのでしょうか?私には全く想像すらつきかねます。

でも、あなたも河野談話が修正or撤回されたら、韓国側からそういう主張がでることは容易に想像がつきますよね?そのときに備えて抗弁までシュミレートしておくことは、悪いことではありません。問題になって政府から問い合わせがあったら、当然アドヴァイスしてあげます。

>つまり「外交信義違反なのだから撤回すべき」という主張をあなたは放棄したんですね?

放棄しませんよ。正当化の根拠は多い方がいいですから。修正or撤回論が出てきた主因は、明らかに研究の深化による事実誤認の発覚。でも、これ言っちゃうと、事実誤認がないと思われている節があるあなたに悪いかなと思って、あえて言わなかったんですよ。

>>国家として事実を認めるためには裏づけや信用性が不十分だった

>そのように石原氏が述べている箇所を「正確に」引用して下さいませんか?

櫻井よしこ氏の著作にありますね。検索し、ネット上で見つからなければ、図書館・本屋に行きますので、しばしお待ちを。

>>中韓系ロビーの擁護ですか。

>そんなことは一行も書いてませんが?「イデオロギーバイアス」が激しすぎるんじゃないですか?

いいえ。この問題でのNGOと言えば、どこが主力かはあなたもご存知のはず。見て見ぬフリはいけません。

>また被害者のなかには何よりも日本側にきちんと責任を認めてもらいたいと言う人が存在するということも考えてください。問われているのはどのような解決が為されるべきかという「政治的な知恵」なんですよ。

それには賛成しますよ。その点、ヴァイツゼッカーは偉かった。国際的な赦しのコンセンサスを作り上げたのですから。日本にも彼のような弁の立つ政治家がいなかったのが悔やまれます。しかし、彼の責任論は、法的視点も含まれているところが重要なのです。

>>日本からぶんどった協力金

>で、それは要するに賠償金ではないわけですよね?

それは、日本側の名目でしょ?韓国側は、賠償問題の解決金と言ってますから、実質賠償であることは双方の共通認識です。被害者に韓国政府が分配するって言ってるじゃないですか。当時の韓国は、史上初めて宗主国から賠償金をとった素晴らしい政治力の国です。最近は怪しいですが。

私はこの原資からの分配とセットなら、『現時点での正確な事実認識』に基づいた日本の国会決議に賛成します。事後の検証否定条項には反対ですが。一旦韓国予算から裏で日本予算に還流して、そこから日本が支払ってもいいと思います。政治的な技術については政治家が決断することですが。これが私なりの政治的な智恵ですね。賛同が得られるかは不明ですが。あなたのコメントは大変ヒントになりました。

でも、一緒に実質的救済のための運動はしてくれないのですね?太平洋と日本海の友情の架け橋に反対なのですか?

>さてところであなたの蛇足話に付き合うのも飽きてきました。私としてはここまでの状況に鑑みてあなたと話しても得るものはあまりないので(他方あなたはラッキーだったでしょうが)、さっさと積み残しの「本題」をきちんと片付けて頂きたいと思いますね。

ラッキイだったのはあなたの方では?法的に一番救済しやすいのが韓国政府からの分配だと気づいたことがそんなに嫌なんですか?元々は日本人の払った血税ですよ。

積み残しの方についてはあなたも分かるでしょ?ロジックだけならいつでも考えられるけど、資料検証には、他の資料とのつき合せも必要ですから、図書館や本屋を渉猟してるんですよ。一応ロジックだけなら構成がありますけど、あなたそれだけじゃご不満のようだから。』

ノーモア 『>野原氏にアクセス禁止処分をされたもようです。

また被害妄想を。はてなのコメント欄はある一定の容量を超えると表示されなくなるんです。サイドバーの「最近のコメント」の欄にはあなたの名前が表示されていますよね。そこからしてまずアク禁ではありえないことがわかるはず。

>野原氏はあなたと同一人物で、自分で勝利宣言して直後にアク禁にして、私が逃げたと印象操作するつもりだったのではないでしょうね?

まさに誹謗中傷ですな。あなたは最初の投稿でもこれと同じことをやらかしましたが。下品に見られるのでおやめになられたらいかがでしょうか。ウェブで姿が見えないといっても人間「節度」というものがあります。

>あなたも石原氏の主観と認めておられる。外交信義違反かどうかを判断するのは、責任者たる現首相であって、退任された石原氏の主観ではありませんから。

ですからあなたは「本当は日本の当事者は嘘だと認識していたが韓国が個人補償の放棄をバーターとして持ちかけてきたから河野談話を発表した」という事実を立証すべきなんですよ。そのように認識していた当事者は誰ですか?具体的に挙げてください。それが出来ていないのにうだうだ言っても話になりませんな。

>ダメですよ。印象操作しちゃ。

ああそうですか。ではちゃんとした議論をしてください。「櫻井よしこ氏の著作」ねえ…確かにそのような話をしてましたが、あの人は南京事件を始めとして歴史の問題になるとヒステリックになったり事実を捻じ曲げたりしますからねえ。

>明らかに研究の深化による事実誤認の発覚。

いや、あなたそもそも最新の歴史学の成果なんてフォローしていないでしょう?「研究の深化による事実誤認の発覚」と仰いますがそれはどこですか?ちなみに失礼ですが吉見氏の著作くらいは読んでますよね?

>でも、あなたも河野談話が修正or撤回されたら、韓国側からそういう主張がでることは容易に想像がつきますよね?

ですから答えになっていないんですよ。繰り返します「当事者が誰も気付いてすらいないのに「信義違反」とはどういう意味なのでしょうか?」

>問題になって政府から問い合わせがあったら、当然アドヴァイスしてあげます。

そのようなことは絶対にありえませんので御安心ください。

>この問題でのNGOと言えば、どこが主力かはあなたもご存知のはず。

知りませんね。あなたはそれが具体的にどのような活動実態と構成員を持つNGOなのか知っているんでしょうか?そしてそれが横田洋三氏の仰っているものと一致するというのはいかなる根拠に基づくのでしょうか。

>被害者に韓国政府が分配するって言ってるじゃないですか。

もう一度同じことを繰り返して申し訳ないですが、従軍慰安婦問題は考慮されていませんでした。

>法的に一番救済しやすいのが韓国政府からの分配だと気づいたこと

典型論点なので別にどうということは無いです。嫌韓サイトをみればバカの一つ覚えのように「解決済み!」が連呼されてますから。

>資料検証には、他の資料とのつき合せも必要ですから、図書館や本屋を渉猟してるんですよ。

頑張って下さいね。』