靖国参拝反対

保守本流の意見。4/23の朝日新聞に自民党の加藤紘一氏の意見が載っていた。

 靖国参拝問題の本質は、神社にまつられている14人のA級戦犯をどう見るかということに尽きる。

 ナチスにすべての国内的、国際的な戦争責任を帰したドイツと違って、日本は国内的な戦争責任についての論議ができず、極東軍事裁判の判断をサンフランシスコ講和条約で受け入れた。そうである以上、私は靖国問題は、講和条約という国際的約束を、日本が守り続けられるかどうかの問題だと思っている。A級戦犯がまつられている靖国神社に、たとえ私人としてでも首相が参拝すれば、日本に講和条約を守ろうという意思があるのかどうかが疑われる結果になるのは当然だ。

 簡明だが、「日本は国内的な戦争責任についての論議ができず」ことにも触れており、とても優れた文章であると思う。日中関係がさらにこじれれば「米国としても首相がサンフランシスコ講和条約を踏みにじっていると指摘せざるを得なくなるかもしれない」とまで指摘している。日本が戦後対アジア敗戦責任を非常に軽く済ますことができたのは、アメリカの力による。そのような構図(冷戦構造)が失われても、アジア人差別だけは持続、再強化しているのが現在の日本だ。有害無益なナルシズムからは脱却しなければいけない。

下記も参考。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050203#p1

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050331#p2(宮台真司の引用)

ドイツにおける戦争犯罪者

6千人が多いか少ないか。日本では日本人に対する戦争犯罪者は一人も裁かれていない。逆に「軍人と遺族に40兆円(すべてのアジアへの賠償総額は1兆円)という巨額の恩給を支払い続けているのである。」*1

一方、ドイツでは、ニュルンベルク裁判のあと、ナチス戦犯を裁く特別法を作り、時効も無効にして、10万人以上を捜査し、6千人に有罪判決を出して処罰したのである。英仏の裁判所も今にいたるまで自己民のナチ協力者も含めて、終身刑などの厳しい有罪判決を出し続けている。

http://blog.goo.ne.jp/yayori2005/e/d3e1031f45e8ed5bd897d79626e2b72a

*1:軍人と遺族を戦争犯罪者と同一視しているわけではない。

サヨクあるいは市民派どもは「批判されて当然」

http://d.hatena.ne.jp/andy22/20050419#p3

というところがおとなり日記にあったので読んでみたら、綾川亭さんは困惑しておられる。“明らかに左翼的意見の人が「サヨクあるいは市民派どもは馬鹿にされて当然」だと思っている”ことに対する困惑のようだ。わたし(野原)にもあてはまらないことはないので、元のブログの流れには無知なままそこの所にだけ反応してみよう。

(1) 天皇制が身分制度でないとしたら何の制度なんですかね?ある家があってその血統ゆえに生まれながらに尊いという社会であれば、逆に特定の血筋の人間集団が卑しいと差別される発想が生まれるでしょう。表裏一体。「橋のない川」って知ってる?知らんでしょ。

(2) 、、、、ってまあ、このあたりがサヨクあるいは市民派どもが吹聴してた話さ。例の民衆法廷もそれの吹き溜まり。(レイプ犯許すまじ)

について解説します。

 図式的に言うと、左翼には(旧)左翼と新左翼の二種類があり、後者は前者を否定する。(2)はそういう意味の否定だろう。

新左翼は旧左翼の持つスターリニズム、権威主義、口先だけのきれい事を激しく批判します。即ち、現在のプチウヨは新左翼の劣化コピーなのです。

 旧左翼はプロレタリアート=労働者に依拠していたはずが、その依拠対象を(選挙目当ての)市民にズラして行き、口当たりの悪いこと(天皇制批判)などを言えなくなっています。新左翼はマイノリティに依拠します。マイノリティの切り札として登場したのが従軍慰安婦です。*1従軍慰安婦=被害者と活動家との間には落差があるわけですが、旧左翼の場合自らを善意の存在とみなし(普遍的人権とか、平和、アジア連帯といった)理念が両者を救ってくれる、と考えます。新左翼は、自分の主体が落差にさらされる<自己否定>という磁場を大事にします。*2新左翼なら、「レイプ犯許すまじ」といいながら、(自分が日本人の男性である場合には)自分を被害者に対してではなくレイプ犯の方に位置づけながら語るべきです。その立場性は当然語られることはない。ただある場合にはキレて、落差がかいま見られることもある、この場合のように。

 以上「新左翼」という言葉を非常に特殊な意味で定義し使ってみました。わたしはここでいう意味での新左翼になりましょう。

 新左翼は反スタ(反スターリニズム)でなければならず、反金正日であるはずです。*3 女性国際戦犯法廷を支えたVAWW-NET Japanなどの現在にその姿勢がないのなら、批判されるべきです。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050125#p3 <<<金正日有罪>>>に書いたとおりです。

要は、民衆法廷を担ったうちの日本人たちは何かの「吹き溜まり」であっただろう。それは2000年に於ける左翼全体の退潮という状況において当然のことだ。彼女/彼たちの主流の思想傾向について違和感を持つ人は多かろう。だが日本軍「慰安婦」たちの存在を見たくない(否認しよう)とする欲望は悪であることは明白である。したがって「慰安婦」問題を重視するが「サヨクあるいは市民派ども」を批判する立場というのは当然あり得ます。

あと2点にだけ触れておきます。

すでに述べたが、「レイプ犯許すまじ」さんには、慰安婦問題を、朝鮮韓国人問題へと結びつけることが全くない。これは今時、非常に稀有な見方だと思う。(綾川亭)

慰安婦問題は、東ティモール、インドネシア、マレーシア、オランダ、南北朝鮮(共同提出)、中華人民共和国、フィリピン、台湾、そして日本といったひろがりを持った問題です。その事実把握が「非常に稀有な見方」になったのは安倍晋三とプチウヨによる世論誘導の成果です。

天皇制が身分制度でないと考えているのでしょうか?頭に蛆がわいているんじゃないですか?(レイプ犯許すまじ)

天皇制は身分制度であり、廃止されるべきだ、というのはそれに反対するとしても、べつにあって当然の意見だと思います。そう思わない人はタブーに縛られているのでは?

*1:したがって、従軍慰安婦に注目すること自体ある意味では新左翼的なわけです。ですがこの後、その運動の中での旧左翼的傾向と新左翼的傾向の差異について書きます。

*2:日本の新左翼に何の関係もないが、「サバルタンは語ることができるか」スピヴァク、はそうした問題意識を示しています。

*3:現在そうした人はほとんどいないが

「地獄の幽鬼」を見た

従軍慰安婦といっても色々なイメージがある。*1綾川亭さんが紹介しておられる水木しげるによるものが非常に印象的なので、引用させていただきたい。

なおこの日の綾川亭日乗に対して、賛否両論(ケンカ的)のコメントが付き、そのうちの一つが上記の「レイプ犯許すまじ」さんだということになる。

http://d.hatena.ne.jp/andy22/20050114#p5

私に印象深いのは、水木しげる御大が兵士として見聞した話である。御大の従軍中の話は、御大自らが回想マンガとして折に触れて描かれているが、さらりと、実にさらりと、とんでもないものを提示されるから、読み手はびっくりだ。

南方の戦線である…熱帯のジャングルだそうである。その日本軍の陣営の中に、粗末な掘っ立て小屋が作られている…全容は細長く、中は小部屋で仕切られている。その一つ一つの部屋に女たちがいて、兵士とコトをいたしているわけだ。で、扉の外には兵士がずらりとならんで、順番を待っているんだそうである。御大は、とてもじゃないが並ぶ気にはなれず裏手の川に出たという。と、その時、若き一兵卒の御大は、「地獄の幽鬼」を見たのだという。

髪はボサボサ…衣はアカでむさくるしく汚れ果てたその「幽鬼」は川べりにしゃがみこむと、ぴゅーっと、尿とも便ともわからぬものを放っていったという………。

これが、南方戦線に送り込まれた従軍慰安婦の姿である。

*1:今年は、従軍慰安婦それ自体をまったく見ようとしない人々が多いみたいだが。

(首相に対し)「靖国参拝なんざ止めろっ!」

と綾川亭さんは歯切れが良い。激しく同意したい。

で、あげくにこのざま。あれだけ、国内外からとやかくいわれながらも、靖国通いを止めなかったのだから、何か策があるのだろうと思いきや、なんだい、いざとなったら、行くということを明言しなくなり、次第次第に離れるようにし(最近のぶらさがり会見では小泉は靖国通いに触れなくなった)、そして今回のような国際会議の場で、あいもかわらずのお詫びの繰り返しか? だったら、お前のやったことは靖国に通って中韓の対日感情悪くしただけ歴代のお詫び外交より始末が悪いわ!

http://d.hatena.ne.jp/andy22/20050422#p3

 東京大空襲*1から広島長崎の犠牲者に対し当時の支配者は、戦争をさっさと止めなかった責任がある。そこから考えると、日本人は東条免責して良いのか、とわたしは問うている。出発点は違っても、参拝反対という結論は同じ。

 それと本来(言うだけ無駄という徒労感もあるが)、自分の思想を他人にも分かるような言葉で分節化し、文章化するのが、政治家の仕事であるはずである。小泉の思想が私と違うのは当然だが、自分なりの理屈を堂々と世界に向かって表明すべきである。「日本人なら犠牲者を弔って当然」という「当然である」「自然である」という語彙しか持たない人々。それでは他者はまったく説得できない。

 それでも付いていく人たちが沢山いる・・・・

*1:綾川亭3月25日にリアルな描写あり

思想信条の自由

アンチひのきみMLより。

 立川二中の教員である根津公子さんが、今年3月の卒業式での「君が代」斉唱

時の着席で「減給6ヶ月処分」となり、今年の入学式での着席について「停職」

の可能性もあるとのことです。

今月12日に都教委による「事情聴取」がありました。28日の教育委員会の

定例会で「処分」と「量刑」が決められる可能性が強いようです。

(略)

 ◆抗議・要請先 

 東京都教育庁 人事部 職員課

  FAX 03-5388-1731

  Mail S9000013@section.metro.tokyo.jp

  TEL 03-5320-6790(藤森 教悦 職員課長)

  TEL 03-5320-6792(佐藤正吉 主任管理主事)

  住所 〒163-8001 東京都新宿区西新宿2-8-1

神~測り

私たちは、そうではなくて、ある他の測りを持っています。すなわち、神の子、まことの人間という測りです。彼こそが、ほんもののヒューマニズムの測りです。あるときまるで流行の波ようにやって来る信仰は「大人」ではありません。大人であり、熟した信仰は、キリストとともにある友情のなかに深く根ざしているのです。この友情が、すべての良いものに向けて私たちに開かれ、正しいか間違いかを、また欺瞞か真理かを識別するための基準を与えてくれるのです。

(コンクラーヴェ開始のラッチンガー枢機卿によるミサ説教より引用。)

http://d.hatena.ne.jp/karpos/20050420#p1

 ラッチンガーさんが新教皇になられたそうです。わたし、キリスト教にもカトリックにも全然知識も関心もありません。自分に遠い領域にも出会えるのがネットのおもしろさですね。*1

 ただ上記の文章を読んでなんとなく引用してみたくなりました。「真理が存在する」という命題をポスト構造主義は批判したわけです。*2一方、「真理あるいは正義は存在しない」=なんでもあり! という風潮に対し激しくあらがっていかなければいけない。(ここでわたしが、あらがわなければいけないと考えているのは、宣長から小泉首相に受け継がれた“言挙げを馬鹿にし、結局ナルシスティクな国家主義に帰着する”思想です。)*3

*1:karposさんにはご寛恕を請うしかないが。

*2:ほんとか?

*3:わたしが上の文章をまったく誤読している可能性も高いのですがそれはいつものことだから言い訳はしない。

甘ったれに未来はない

ただし、ドイツがはっきり謝ってきたのは、ユダヤ民族の抹殺という人類史上まれな行為に対してである。しかもすべてをナチスの罪として葬り去ることができた。日本とはいささか条件が異なる。

(若宮啓文)20050425朝日新聞

なんて甘ったれたことを言っているのか。アウシュビッツが現在まで「人類史上まれな」決して許されざる行為であり続けているのは、行為のひどさが客観的尺度で測って、皇軍の行為よりひどかったからではない。ユダヤ人たちが団結しその知力と財力を傾けてそのような認識を世界に定着させ続けているからである。一方、日本軍が蹂躙したのはアジア人たちでしかなかった。彼らは基本的には(この十年ほどの)中国と韓国を除けば、国際的力関係においてものの数ではなかった。だから日本は今までろくに反省せずともやってこれたに過ぎない。小泉首相はボタンを掛け違え、修復に成功していない。わたしたちはこのツケを払うのにあと50年は*1掛かるかもしれない。

*1:いやもっと

小泉首相のバンドン発言

 50年前、バンドンに集まったアジア・アフリカ諸国の前で、我が国は、平和国家として、国家発展に努める決意を表明しましたが、現在も、この50年前の志にいささかの揺るぎもありません。

 我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。

ここまで言うなら当然「靖国参拝止めます」となるはずだ。諸外国もそう思っただろう。

 第二に、平和の構築が重要と考えます。平和と安定こそが経済発展の不可欠な基盤です。我が国は、これまで大量破壊兵器等の拡散やテロの防止に力を注ぐとともに、カンボジアや東チモール、アフガニスタン等において平和の構築のために努力してまいりました。今後、中東和平推進のためのパレスチナ支援や、平和に向けてダイナミックな動きを示しているアフリカに積極的な支援を行ってまいります。無秩序な兵器の取引の防止、法の支配や自由、民主主義といった普遍的価値の普及は我々すべてが積極的役割を果たすべき課題です。

アフガニスタン、イラクにおける「努力」は評価できない。「中東和平推進のためのパレスチナ支援」は現にパレスチナを抑圧しているイスラエルとを抑える努力抜きに行っても意味はない。またネオコンとヨーロッパとかの間で「自由、民主主義といった普遍的価値の普及」という言葉の意味について大きな差異があるので、どちらを選択するのかが問われる。以上のような問題点はあるがまあ優等生的な発言だ。