(1)「azamikoさんの行動は突飛である(段階を踏まずにいきなり最終手段を取っているような感じ)と私には思えます。」という評価自体が甚だ偏向している。
(2)ネットにおいて、少数意見を唱える者が袋叩きにあうのは自然なこと、という事実認定。
この「事実」というのは、小熊氏によって捏造されたものではないか。全く異質な二つの「文化」を混同している。
α:15~10年前くらいのアメリカ(及び日本)において見られた、“フレーム”文化。インターネットが一般化する前のメーリングリストの頃の“華”とも言われた。これは発言者の強い個性を前提とするもので、「少数/多数」という布置が予めないからこそ成立する。β:それと去年日本の“イラク三馬鹿”騒動以降顕著になった、ナルシスティクな愛国言説による少数派叩き。「自己=多数派」という前提だけに依拠していると評価できるほど、発言者の自立した思想性は低い。
「言論の淘汰圧」という聞き慣れない言葉を使うことで、捏造が行われる。
(3)1,2からの結論として少数派は「より手段の妥当性にも拘るべきで、それらを失すれば非難を受けるのは致し方ない。」と結論する。
野原から見ると、(1)も(2)も誤りなので、全く納得できない。最初からazamikoさんを否定したいとするプチウヨ的イデオロギーそのものであるのだろうに、自己がそうであることを認めず、一見中立的な論理構成で目的を達成しようとしている悪辣な奴、ということになります。
うし 『小熊さん、はじめまして。
他人の行動が違法だと言い張るなら、どの部分がどのように法に触れるのか指摘すべきでしょう。あなたがどうして「見えない」のか野原さんには伝わりません。』(2005/04/08 23:07)
N・B 『 どうも、また書き込みです。とりあえずひとつ誤解していたことに気づいたので。小熊さんの書きこみは文字どおりに解釈すべきのものだったんですね。調べてみると、自分の意見を主張するためにブログのような突っ込みの入りやすい形態をとらない日記を実践なされているのを発見しました。野原さんは批判の内容からみて日記を読んでいるようですね。
それにしても、小熊さんが主張する人間の本性が自らの行動がぴたりと一致なされるのはすばらしいですね。たいへん(特に人間に対して)純粋な方と認識しました。しかし日本国家への帰属意識がひときわ強いと思われるだけに昨今の情勢には内心忸怩たるものがあるのではないでしょうか。
>小熊さんへ
ひとつだけ質問をすれば、現状をそのまま受け入れれば結果的に多数派になるはずですね?しかもazamikoさんの行動を突飛なだと感じて、同様に受け取ることが多数意見だからazamikoさんが袋叩きにされると書かれたのですからこの件に関しても多数派ですよね?2重の意味で多数派の立場にいるにもかかわらず、小熊さんが最初に中立として意見し、後では自分は多数派ではないという根拠はなんなのでしょうか(4月8日)?根拠がないと私はまだ反感を抱いたままになるのでたいへん知りたく思います、ぜひお答えをお願いします。
http://www.sumire.sakura.ne.jp/~oguma/tron/bottom.html
なおもし書きこんだ方が別人でしたら深くお詫びします。』(2005/04/09 09:48)