三流学者ごときが

トランスカレッジさん経由ですが、加藤秀一研究室から引用しておきます。

http://www.meijigakuin.ac.jp/~katos/

◆子どもたちが性を肯定的にとらえ、自分の身を守り、他者を尊重できるように――。こうした願いのもとに地道な工夫を積み重ねて行なわれてきた東京都における性教育への取り組みが、現在、東京都知事(石原)、東京都教育長(横山)、民主党を中心とする数人の都議会議員、一部のマスコミ(『産経新聞』『週刊新潮』等)、アホな御用学者(高橋某等)たちによる事実のねじ曲げと悪意に満ちた猛攻撃によって、はげしい弾圧を受けている。

下記にも長い引用有り。http://d.hatena.ne.jp/using_pleasure/20040825#1093381624

天君・天理と日本的精神

論語は聖賢の言行を記したる所に、今日に合わざることありとの玉ひて諸子に書きぬかせて、その必要の所をのみ講し玉ひき。

藤樹は先哲の「和魂漢才」と喝破せるが如く、日本的精神を以て漢学を講究し、漢学の為に併呑せられず、我邦人の取るべき立脚点を取り、厳として樹立する所ありき、之を要するに彼れは彼此の差別あることを弁識せり、(井上哲次郎)*1

中江藤樹が、中国と日本の間に差別が当然にも存在すると考えていた、というのは嘘である。井上は自分の問題意識をむりやり藤樹に投影しているに過ぎない。

藤樹にとっては「(愛敬の)徳は天地同根万物一体なり」である。「藤樹によれば 孝 は先天的に世界に実在し人類の行為により発達し来たれる倫理的秩序なり」*2である。藤樹はつねに天地万物という普遍を見すえてものを言っているのだ。「我心は即ち太虚なり、天地四海も我心中にあり」という唯心論ではあるが、心の中には宇宙があるのだ。「和魂漢才」とか「日本的精神」とかいう、「邦人」にのみ適用され他国人は意識の外といった普遍から外れた立脚点に立ったことは、一度もない。

主著『翁問答』巻一には、次のようにある。

天地を万民の大父母となして見れば、我も人も人間の形ある程の者は、皆兄弟、然る故に聖人は四海を一家、中国を一人と思し召すとなり、吾れと人との隔てを立ててけわしくうとみ侮りぬるは迷へる凡夫の心なり*3

 <良知><理><真吾><明徳><孝><天君><道>などなど、という形でひたすら普遍的に展開してきたこの本は、p155に至って突然「日本的精神」がでてくる。つまり藤樹が生涯をかけて展開した普遍主義的哲学の富を継承すべきものとして「日本的精神」が登場してきたとも言えるのだ。しかしながらそれが「日本的」と限定されたものである限り普遍であることはできない。しかしながら、儒教仏教神道などの宗教の差を乗り越えた普遍的なものとして構想された教育勅語などによる「日本的精神」主義は発展を続け、ついには、世界の日本化を目指す大東亜戦争を引き起こすに至る。これを藤樹の<普遍>を井上が「日本的精神」という言葉において引き受けた結果だ、と考えることも(すこしぐらい)できる。

*1:p155『日本陽明学派之哲学』

*2:p114『日本陽明学派之哲学』

*3:p57『日本陽明学派之哲学』より孫引き

フィクションとしての聖人

吉田公平『日本における陽明学』isbn:4831509213 によれば、中国思想において必須とされた概念は「修己」と「治人」という二つであった。*1

修己とは何か?

修己説の中核を構成するのは、本来成仏・本来聖人・本来完全などといわれるように、いわゆる人間の本来性を完全なものと理解する人間観である。この本来の完全性を、近世の思想家たちは、孟子の言葉をかりて「性は善なり」と表現した。このことを全面に押し出して主張したのが程朱学派である。

それに対する修正意見として、胡五峰、王陽明などの無善無悪説があるが、これは、性善説の持つ本来の活力を根本的に強化するために主張されたもので広い意味では性善説の範囲内である。

いずれにしても「人間は本来完全である」。

それは現実の人間がいかに背理の可能性に満ちて、現にどれほど非本来的姿をあらわしていようとも、それがあくまでも非本来的な姿であるからには人間はその本来性を回復できること、それも他者の力に依存せずに、自らの努力で回復可能であることを意味する。(略)

「復初」「復性」とはこのことをいう。つまり自力による自己救済を意味する。(p109-110)*2

で、それがどうした、というわけですが、上のアーティクルのように民主主義を真正面から論じるためには、前提がいるわけです。

「本来聖人に至りうる自己」という説、そしてそれの拡大版である「世界*3に正義をもたらしうる」とする平天下の確信。現在のわれわれは儒教をそのまま採用することはできないでしょうが、上記の<二つの思想に近い物>は、民主主義を成立させるためには、必要である*4。といえると思う。

それなしに、民主主義という言葉を使っても単に、国家の行為は正しいというトートロジーを主張しているだけで、言説はいくらでも回転しますが根本的にはむなしいだけだ。

(わたしはたまたま今、中江藤樹などの本を読んでいて、儒教は現実から遠いと思われているのでむりやりひきつけてみました。jinjinjin5さんとの応答と直接の関わりはありません。)

*1:原文の記述は「である」と現在形になっていたが

*2:以上、野原による一部要約は黒字部分

*3:断じて一つや幾つかの国家ではなく天下つまり世界全体

*4:仮にそれがフィクションであるとしても

「切断操作」

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20041114#p5 でスワンさんとのこの間のやりとりを整理したところ、すぐにコメントをいただいた。日記の欄がずれるがこちらに再掲し考えて見よう。

# swan_slab 『6の沈黙に関連するんですが、香田さん殺害事件に典型的な【切断操作】がみられたと思いますがどうでしょう。【「わざわざ殺されにいくような愚かさ」は我々とは一切無縁のものだ。ゆえに同情もわかない】という切り離しです。もしかすると、人生の他の場面では、自分だって七転八倒して愚かな行動にでて危険もわからず飛び込んでいることがあるかもしれないということを一切考えない糾弾です。ただもしかすると本当に立派な人なのかもしれずなんともいえないのですが、直感的には、人間はみな多かれ少なかれ自らのエラーから学ぶ愚かな生き物だと思います。id:swan_slab:20041110#1100344497 で他人に厳しく自分に甘い自己責任論者の例を批判的に書きましたが、重要なことはみんな自己に厳しくあれ!ということでは全然なくて、自分を棚にあげてひとをこき下ろすのは【切りはなし操作】だろうということです。

瞬時に察知したから沈黙する(ないし切りはなす)という分析はそのとおりかもしれません。沈黙(あるいは切りはなす)した瞬間から察知したことも忘れ、すべてなかったことにしてしまうという意味で。こうして理不尽に切りはなされる傾向があったからこそ、それに対して、コミュニケーションを取り戻そうとして香田さんに同感しようとする傾向が他方で生じてきたという気がしないでもありません。

事件直後から「同情できないのか」「え?無理っす」といったやり取りがしばしばみられたのはそういうことかなと思っています』

ところで、「切断操作」って社会学の概念だったんだ。はてなキーワードで教えてもらった。「共同体に特有な問題処理の作法。」とある。なるほど

他者の不在

追悼が要求しているように、自分に負債があることを表明せざるをえないと感じるときが、来るのである。自分が友に負っているものを語るのは義務だと感じるときが。(デリダ)『現代思想 2004・12』p81より

 追悼という主題に興味はない。id:noharra:20041030に、香田証生さんの人質事件に関して、二人の方のはてな日記を引用し、まあちょっとケンカ売り気味に批判した。どちらの方からも応答あり対話があった。結果的にはとてもわずかなあいだだったが。生産的な対話でもなく思い出すこともなかったのだが今日、ちょっと思い出してみた。すると「ご指定のページが見つかりません」エラーがでるではないか。二人ともなのでちょっとおどろいた。

彼らは今不在であり、その限りにおいてわたしは「自分に負債がある」と思っている。負債という言葉を心理的に解釈してはいけない。そうではなく償いえない負債だけが考えられている、デリダにおいては。二人の他者にわたしは何も負っていないがそれでも、不在であるだけで何かへの通路であるのかもしれない。

津波孤児は売買される

 スマトラで大きな被害を受けたインドネシア・アチェ州などで、孤児となった子どもたちが「保護」名目で連れ出され、行方不明になっている。ユニセフ(国連児童基金)の調べでは、その数は四百人に上るという。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050107/mng_____tokuho__000.shtml

 ユニセフは四日、こうした子どもたちの早急な保護を求める声明を発表した。日本ユニセフ協会広報担当者は「ジャカルタに運ばれた約四百人の行方が分からないが、地元紙によると、アチェ州からメダンに避難した孤児五十人が空港で行方不明になったという。アチェ州で推定三万五千人とみられる孤児が人身売買の危険にさらされている。さらに、スリランカ北部でも三千人以上の孤児が出ており、うち九十人が何者か沖地震津波に連れ去られたという情報がある」と警戒する。(同上)

 インドネシア国内の組織については、「売買の規模から、インターネットの普及で広がった国際的なシンジケートだということは分かるが、実態は分からない」(ユニセフ協会担当者)。上智大学の村井吉敬教授(東南アジア経済)も「人権団体の活動が活発なタイでは、人身売買の実態がかなり解明されているが、インドネシアは不明な点が多い」とした上で、「国内には、多数の人身売買ブローカーがいるが、ブローカーと密接な関係を持ち、被害増の元凶になっているのが国軍だ」と指摘する。

 

 佐伯事務局長が解説する。「インドネシアの予算では、国軍経費の三割しかまかないきれず、大部分は闇ビジネスで稼ぐしかない。大麻や違法伐採した木材の密輸、賭博場の用心棒代、勝手に設定した道路の通行税などと並び、人身売買が稼ぎ口になっている」(同上)

次のような話も、

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20050107i113.htm

 「今月3日、2人組の男が来たわ。2人とも30代初めぐらい。キャンプを回って小さな子どもを見つけては、親はいるのかと聞き歩いてた」。バンダアチェの避難民キャンプで、主婦のアーティカさん(37)

http://d.hatena.ne.jp/takapapa/20050109#p2経由

遅くなった割には

(1)

えーとまず、話が戻りますが、

>どこで実害を及ぼしているのか

 少なくとも、おおやさんを不快にさせたのは確かです、他にもそういう人は多いでしょう。「強い責任理論」はそのような人々の「声」を聞くことを排除できないでしょう。

Aさんを不快にさせる、というのがいけないことなのでしょうか?これが分かりません。

国家法廷でないものが法廷と名のるのがけしからん、て別に詐欺を意図しているわけでもなし、何でそう言うことを言うのか、理解できません。

だいたい不快だと思えば見なければよいだけのことです。わざわざそれに関心を持ち文句を言う、というのはどうなんでしょうねえ。もちろんある種の愛国主義者なら分かるのですが。「わざわざ文句を言う」のは「それ」がAさんの十分には意識化されていない何かを刺激するからか、と深読みをするべきなのか?

(2)

天皇の責任は曲がりなりにも近代社会に生きていた以上先にそのレベルで問われるべきではと思います。ただ、民衆法廷の側の意図はそうではないかもしれません、

できれば、民衆法廷の側の主張をまとめたいと思っていますが・・・

(3)

私は「天皇」の罪を問わないことは、むしろ合衆国が決めたことだと思っています。そこでの合衆国の決定が、戦後・高度成長以降の日本人の行動の前提ではないでしょうか。日本人の「ねじれ」は主体性は確立したいけど、高度成長の成果は手放したくない、それを不当に手に入れたのではないかという不安を消し去りたいという衝動があるといったところではないかと思います。バブル崩壊以降に表面化したのもそのせいだと思います。

「天皇」の罪を問わないことは、むしろ合衆国が決めたことだ、というのはそのとおりですね。右翼の側は、東京裁判賛成=左翼という自分たちが勝手に決めた図式を今でも信じているので、東京裁判を左から覆す勢力が登場したときの対応が支離滅裂のような気もします。

「そこでの合衆国の決定が、戦後・高度成長以降の日本人の行動の前提ではないでしょうか。」えーそうですかねえ。タブーが存在しているという事実に対しその説明をしているだけだと思います。

わたしにとって民主主義とは、憲法1条を私が否認するという意志表示を公にする(ことができる)という事実に掛かっています。*1

「高度成長の成果は手放したくない、それを不当に手に入れたのではないかという不安を消し去りたい」。

経済の利益だけ考えて、東アジア重視は駄目でアメリカ追随の方がずっと有利という判断をしているのならそれはそれで良いと思うのです。そこになんか「不安」とかなんとか心理的要因が何故入ってくるのか?主体性を確立したいとは本心では思っていないのではないか。ただのマザコンなのではないか。心理学用語を使うのは良くないと思いつつそうぼやきたくもなりますね。

(4)

 ところでデリダと法学は「批判法学」と一括される学派で結びついています。でも、この学派の入門書など全くないようです。私は主に「20世紀の法思想」中山竜一に頼っています。

「20世紀の法思想」という本も前に誰かが薦めていたなあ。

ドゥルシラ・コーネル『自由のハートで』という本は持っているんだが*2、法学(法哲学)の本なのだろうか。ただのフェミニズムの本かと思っていた。

*1:ですからわたしの主張が通れば次はまた別のことを考えなければいけない。まあそんな心配は50年ほどは不要だが。

*2:読んでない

皇軍を裏切ることは罪か?

 1944.8.11の少し前、二人の皇軍兵士が脱出について相談しています。

 今日でもほとんどの兵隊が「グアムには救援が来ない」「日本は敗ける」と七、八分まで諦めている。しかし、あとの二分、三分の未知数がいざとなると問題である。「じゃ、脱出して生きよう」ということになったら、僕と星野上等兵がそうであったように「ひょっとして救援が来たり」「日本が敗けなかったり」したらという不確実な部分が急に大きな力となり、重石となってきて、それをはねのけるのは容易ではない。

 都合の悪い兵隊をさけ、内密でそういう話をもちかけることは、いまの状況下では至難だった。事をあせって無理押しすれば、企図がばれる危険が多分にある。元も子もなくなるようなことは、避けたかった。

 二人だけで決行するよりほか仕方なかった。残った戦友から足倒され恨まれることは、目をつむってこらえよう。力のある者は、あとからついてくるだろう。「あとで騒ぐだろうなあ」と星野上等兵がいった。「高橋少尉や渥美准尉などは、何といったって問題じゃないし、むしろ、僕はいまこそ“見ろ”といってやりたい気持だ。ほかの連中に悪いと思うが、この際どうにもならない」

 しばらくしてから星野上等兵がいった。「おふくろに悪いような気がして仕方がないんだ」

「裏切るような気がして?」

「理屈では分かっているんだよ。心の底では、どんなことがあっても息子が生きていてくれたほうがいいにはきまっている。だけど、そのためにおふくろが世間にたいして重荷をしょうことになると、かわいそうでならないんだ」

「世の中は変わるよ。世間の道徳観念は、急に反対のものにはなれないだろうが、少なくともいままでのようなことはなくなるよ。それでも悪ければ、日本へ帰らないようにするんだね。死んだ人間として生きるんだね」

 この議論は、いちど解決できたものの蒸し返しだった。しかし、世の中が変わるという見通しが、僕の場合よりも星野上等兵の場合は非常に稀薄なようだった。どちらかといえば僕は、安価な、楽観的革命論に落ちがちであり、星野上等兵は、現状の社会組織から考えが脱却しきれないものがあった。星野上等兵に聞かれるままに、僕の考える新しい社会のアウトラインを説明した。彼は自分の母にたいする感情を、それで濾過しようと努めているようだった。

 認識票と印鑑を土に埋めた。グアムの土に。兵隊としてのおれは、あるいは、日本人としてのおれは、ここに埋まるのだと思いながら。

 ついに最後の乾パンが星野上等兵の雑嚢からとり出された。一枚の乾パンを二人で半分に割って口に入れた。

「これでおしまいだよ」

 星野上等兵は僕に、そう念を押した。

(p356-358『私は玉砕しなかった』横田正平 中公文庫isbn:4122034795

 この翌日かに彼らは走り、米軍に白旗を掲げ捕虜となる。捕虜としての待遇は良かった。皇軍では考えられないような贅沢な缶詰の食事。だが話はそこで終わらない。最後の乾板を二人で半分に分けて食べた友星野上等兵。「彼は投降してから急に陰鬱を超して、とげとげしくなっていた。僕にたいしても容赦なかった。母への未練が、彼をさいなみ、投降を後悔させているのではないかと想像した。」

 1947年3月横田は帰国できた。その後新聞記者に戻り、1985年に亡くなるまで活躍し続けた。だが彼は投降にまつわる上記のような話は一切口にせず、また再三の原稿依頼にも応じなかった。*1

“星野上等兵のおふくろ”は横田が死ぬまで彼を抑圧し続けたといえるのだ。

 横田さんがグアム島で白旗を掲げて投降し、捕虜となって敗戦後ハワイから帰国した話は新聞社のだれもが知っていた。私も本人からではなく、だれかから聞いた。しかし、どんなに親しくなっても、いや、親しくなればなるほどそのことは話題にできなかった。(略)

 戦争が終わってまだ一二、三年後のことである。(略)「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓は理屈では莫迦げたことであっても、多くの死霊に囲まれた当時の人の心の片隅には澱のように残っていた。(同上書、石川真澄氏解説より、)

 仮に思想的批判があったにしろ同じ釜の飯を食った戦友である。生きるも死ぬも一緒という絶対的連帯がなければ軍隊というものは崩壊していくだろう。皇軍が絶対悪であるとすれば話は別だが、そうでない限り横田氏の行為を潔白と強弁することはできないだろう。「日本が日本である限り彼は裏切り者だ」。だが「日本は日本であり続けている」のだろうか。日本は負けた。戦陣訓を掲げた日本は負けたのだ。であればなぜ戦後の日本に亡霊としての“星野上等兵のおふくろ”は生きのび続けるのか。たしかに「投降は禁止」というルールを守って死んでいった人と、投降者との間には絶対的な格差がある。だが「投降は禁止」というルールを守って死んでいった人たちは投降者を敵視し裏切り者と指弾するだろうか。一年間ジャングルの中でトカゲのシッポなんかを食いつないで生きのび餓死寸前で生還した兵たちは、自分たちをそういった境遇に追いやった将校たちを自分たちで糾弾していくことはなかった。だがどちらか言えばそういう気持ちだったのではないか。投降者に対しては「上手いことやりやがって」という憤激はあったとしても、自分のなかにもそういう選択肢はあったはずであり批判を口にするまではいかないような気がする。戦場に行かず自ら手を汚さなかったものたちは、陰湿な非難をする。横田は確かに裏切った。だがきみたちもまた戦争体制への翼賛からGHQ翼賛へ消極的であっても決定的な転向をしたはずだ。大勢に従ったことは言い訳にならない。膨大な兵士たちは何の為に死んでいったのか?それは「日本という同一性」のため、などではないはずだ。逆に少なくとも一部の兵士は「日本という同一性」のために死ななくてもよい死に追いやられた。

*1:この本(原題は『玉砕しなかった兵士の手記』)は没後遺族によって発見され出版されたもの。書かれたのは捕虜になってまもないころか、帰国後の早い時期らしい。http://www.iwojima.jp/data/handbill.html(投降勧告ビラ)には、この本にも一切触れられていない秘密が記されている。

そこにいる/そこにいない慰安婦

 「重大事件の犠牲者が目の前にいるときには、人は犯罪者の側ではなく、まずその被害者の立場からその行為の意味を語るべきである。」嶋津格氏は、「慰安婦問題の周辺」という論文でこう書いた。皇軍の立場=文書証拠がない云々を批判する文章なのだと推測する。岡野八代はこの「重大事件の犠牲者が目の前にいるときには、」という条件節を検討し批判する。

むしろ、ここで問われるべきことは、「重大犯罪の犠牲者」は目の前にはいないのではないか、ということなのだ。右の文章は、じつは元従軍〈慰安婦〉にされた女性について語っている論文の一部であるがゆえに、なおいっそう「目の前にいるときには」と語ってしまうことが、彼女たちの立場からはおよそほど遠いことが分かるのだ。いや、わたしはこのことばに、一種の暴力さえ感じる。なぜなら、自分たちの身に何が起こったのかについてようやく語り始めた彼女たちには、五○年近い年月が必要だった。その間、わたしたちの「目の前に」彼女たちは存在しなかったのではなかったか。さらに、何が起こったのかをまだ語ることができない女性がいることも想像に難くない。そして、元従軍〈慰安婦〉にさせられた女性たちの多くは、もうわたしたちの「目の前に」はいないのだ。(p185『法の政治学』isbn:4791759699

 嶋津格は、従軍〈慰安婦〉問題に対して、「法的な祝点」を導入し、既存の犯罪類型にこの問題を当てはめようとする。しかし、現在わたしたちが「暴力」をめぐって直面している問題は、逆に既存の犯罪類型から「排除」されてしまうがゆえに、自分が被った「不正」を告発することができない、あるいは、暴力の被害に遭い、「痛み」に苦しめられているがゆえに声を発することができない人が多く存在する/してきた、という事態なのだ。つまり、わたしたちが必要としているのは、ある出来事が既存の犯罪類型に当てはまるかどうかを問う作業ではない。それは、彼女たちの個別具体的な被害に充分応えることにならない。彼女たちに何が起きたのかを、正当に検討することにはつながらない。そうではなく、わたしたちはまず、暴力を被ったひとびとは、わたしたちの目の前にはいない、見えない、彼女たちの声は聞き取れない、といった事態がなぜもたらされるのか/もたらされてきたのか、について思考を巡らせなければならないのだ。(同上)

 ある慰安婦は法の光の下に自らの声を登場させるためにわざわざ海を越えてやってきた。このブログでも二人の声の一部分は引用している。わたしたちは対自的に存在しているもののことをしか考えられないから。わたしたちは慰安婦問題がいくつもの偶然によって問題として浮上したからこそそれについて論じているに過ぎない。わたしたちがそれについて知らず(当然論じなかった)50年が存在した。その間も当然当事者たちにとってはそれは苦悩として存在し続けいたのだが。一人の慰安婦がそこに居た。彼女が沈黙で過ごした50年、そして同様の体験をしながら語ることなくすでに亡くなってしまったひとたち、また同様の体験をしながら沈黙を守り続けることを選んだ人たち、巨大な沈黙の重圧をくぐり突き破って<奇跡のように>そこにいるのだ、と理解されなければならない。

「わたしたちはまず、暴力を被ったひとびとは、わたしたちの目の前にはいない、見えない、彼女たちの声は聞き取れない、といった事態がなぜもたらされるのか/もたらされてきたのか、について思考を巡らせなければならないのだ。」そのとおりである。

 「わたしたちが必要としているのは、ある出来事が既存の犯罪類型に当てはまるかどうかを問う作業ではない。」ただ、この断言はちょっと性急ではないか。「既存の犯罪類型に当てはまる」場合は声を大にしてそれを訴えるべきだ。「犯罪類型に当てはまる」かどうかには、彼女がサバルタン(自己を表象しえない者)であるかどうかが大きく影響する。皇軍に向きあって「ジュネーブ条約」云々を口にすることができたオランダ人女性に対しては、東京裁判当時においても被害が認定されている。自己の被害を法的言説に変換しさえすれば「犯罪類型に当てはまる」と主張するのは容易だろう。あとは支援者がそれを支え、裁判官に認めさせればよいのだ。

わたしたちはは言葉を破壊する暴力を前に無力である必要はない。むしろ、わたしたちに求められていることは、沈黙を課す暴力や、<わたし>とあなた(たち)とのあいだに存在する豊かな世界を一つの物語へと切りつめてしまう暴力に抗して、いかに小さな声と沈黙であろうとも、<わたし>と他者のあいだに存在すべき豊かな文脈を紡ぎ出そうとすることばとして、それらを正当に扱うこと doing justice なのだ。(p205同書)

彼女の紡ぎだす言葉の流れは魅力的だ。だが法とは「豊かな世界を一つの物語へと切りつめてしまう暴力」に限りなく似たものではないのか。ここで取り上げた第4章にはその答えはなかった。