サイードの悲報の直後に行われた、イスラエル軍によるガザ地区への大規模な侵攻は、まるでこの世界から正義の最後の声さえ失われたと宣言するかのごとく、暴虐の限りをつくすものだった。ラファから届くレポートのすべてに、過去にも類を見ないほどの破壊の様相のすさまじさとともに、「世界はなぜ沈黙しているのか?」という痛烈な問いかけが書き込めれていた。(浜邦彦)*1
*1:p118 現代思想サイード特集
私の文章は読者に何かを訴えるだけのものですから、そしてわたしがわたしに何か訴えてもしかたないのですから、「わたしたち」から「わたし」を引いた「きみたち」に対して訴えてもなんら意味は変わらない、とも言える。
「国民の一人」として発言するという立場は、発言者に発言の権利と義務を与える。自分の意見を人に受け容れて貰おうとするとき、この「義務」は有効に働く。イラク派兵についてわたしはこう思うが君の意見はどうなんだ、まさか意見がないとは言うまいねといったふうに。しかしこうした日記とかで発信する場合はどのような立場、文体をとろうが勝手だ。ただ読者に対し説得力を(あるいは魅力を)持たなければ見放されるだけだ。
わたしは日本語しか話せなず日本に生活圏を持つが、だからといって日本という運命共同体に属しているとは思っていない。「北朝鮮が攻めてきたらどうする」と言われたときに、それはやっぱり困るなという反応が、現在の国民の保守的空気(軍事的なものの許容)を作ってきた。しかし北朝鮮がかりに日本に上陸したらそれは金正日政権の崩壊にしか繋がらないのは自明だと私には思われる。国難とか言いたい人が危機をあおり立て日本という共同幻想が立ち上っている。しかしもちろんそれだけではなく日本は悠久の昔からあり、国家を越える原理かもしれなかった仏教や儒教は衰退した。そして軍国主義に反対し普遍への信仰であった戦後民主主義も敗北している。日本人は宗教を持たないから「日本」を大事にするしかないのだ。哀れな!(ほんとうは日本には神道があるのにそれが近代国家に反するものであることをきみたちはしらない。)
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040201 の私の文章の「きみたちの国だ。」に対して、次のようなコメントがあった。『「きみたちの国」じゃなくて、「わたしたちの国」です。あなたが日本人ならば。』わたしは日本語しか話せなず日本に生活圏を持つが、だからといって日本という運命共同体に属しているとは思っていない。このコメントは現在有る日本政府とか日本人の集合とかいった存在ではなく、日本という共同幻想への内属を野原に強要している。そうではなく、書くことは共同幻想の外側から書くことであるべきだ、むしろわたしはそう思う。
野原燐は戸籍名(仮名)YGのハンドルネームなのですが、YGは日本人だったりそうでなかったりするが、野原もそれと同じものなのかという問題があります。野原は勤労してないし現実の世界に生きているわけでもない。わたしがコギトとして宇宙のなかの一点として存在しているのに気付いたとき、そこから書くときのとりあえずの署名として「野原」はある。だから野原にとってYGが日本語しか使えないのは偶然にすぎない。わたしというものは世間の関係性や文化的影響や欲望によって制限された存在だが、なおかつ余剰がある。その余剰の方へ比重を掛けたいというベクトルが野原という名前にはこもっている(かもしれない)。
現在自衛隊イラク派兵という<戦後の終わり>といういうべき時代の転換点であるにも関わらず、去年のブッシュの戦争反対に比べても数分の一しか反対運動は盛り上がっていない(らしい)。派兵反対率はアンケートでは下がり続けている。それに対し「それは困る」と思った。でももちろんどこへ文句を持っていくこともできない。言論の自由も集会の自由も保障されている。「民主主義だからしょうがない」。
ところで民主主義とは何か。国の進路の大変換期に数割の反対があるのに、主要都市で目立ったデモがない、といったものが民主主義だろうか。きみたちは「日本は民主主義国だ」と教えられそう信じているが、それは違うだろう。デモ一つ出来なくては時流に押し流されて行くだけだ。
わたしたちの生活は軍(自衛隊や米軍)によって守られている、というのは錯誤だ。
投票さえしてたら民主主義だというのは、錯誤だ。
きみたちの国が何処へ行こうが私の知ったことかとは言わない。きみたちの国なんだからきみたちがよく考えろよ、と言っていも、結局の所、考えないものきみたちの勝手だが。
ここで、何故「きみたちの国」であり私の国ではないのか、という問いは答えられないままだ。だが国などどうでもよいではないか。わたしたちの社会は、世界=天下として成立している。世界は単一の原理では概観できない。そうであるからこそ問題は世界である、ことは強調されなければいけない。天下をすぐに論じられないからとりあえず、より狭い範囲を考えるが、国家をすこしでも特権化する思考はお断りだ。それと、この間明らかになったのは、「世界」もまた、帝国主義的に歪められたイメージでわたしたちに与えられているということだ。イスラエルは北朝鮮と同じように歪みきった弱小国家にすぎない(がそれが是正されるのは北朝鮮と違って数十年かかるだろう)。ここでもイスラエルや北朝鮮について発言する権利が野原にあるのか、という問いがある。その問いも開かれたままだ。
ほんとに出来が良くはないので公開したくもない。などと言い訳はよそう。デリダの「限定定経済学から一般経済学へ--留保なきヘーゲル主義--」について、今日ささやかなレポートをした。そのために作ったレジュメ。htm化したので読めるかどうか?
4/11日の記事に下記の2項目を書いたが、一旦削除しました。高遠さんたちがかえってきてから再UPしようと思ったのですがまだですねー。
馬鹿であることが最高の価値であるというバタイユ的価値転倒の立場に立った文章ですのでご容赦ください。という註釈付きで再UPしておこう。ご迷惑おかけしました。
「がくもんをして道をしらむとならば、まず漢意(からごころ)をきよくのぞきさるべし」*1 「道」には註釈がついていて「人々が人智のさかしらを立てず素直に神の御はからいをを信頼するため、偽善的教えがなくとも自然に天下が治まるという日本古来の道」とある。
「日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し……国の交戦権はこれを認めない。」とする憲法9条のやけっぱちともみえるラディカリズムの底には、自己権力自己責任から秩序を構築していく思想(からごころ)を嫌悪し、からごころの極致である軍隊を潔く捨て去ろうとする宣長風のラディカリズムがあった。ということも言えないわけではない。
*1:p25本居宣長『日本思想体系40』
http://d.hatena.ne.jp/gyodaikt/20040616 北田氏のブログで、荒川区の男女共同参画社会基本条例案というものがトンチンカンである旨批判していた。全く賛成である。
第一八条「男女共同参画社会の形成に当たっては、男女の区別を差別と見誤って否定の対象とすることなく、男女の人権を尊重しつつ、その特性を踏まえた正しい理解の下に、この条例の趣旨から逸脱することのないよう努めるものとする」。
女性の特性の正しい理解とは何か?男がやっている仕事で女ができないものはほとんどない。特性というものが仮にあったとしてもその事実は曲げられない。問題は家庭、子育てだ。共稼ぎであれば、母親に負担が集中しないよう、父親と社会がより大きな関与をしてくべきである。国家が少子化対策に熱中すべきかどうかという議論はあるが、父親と社会の関与という方向性は正しいと思う。荒川区の場合は、現在の矛盾に対して過去には男女間の適切な役割分担があったとして過去を理想化しノスタルジックに成っているだけだろう。
北田氏は次のように言っているが、そのとおりだと思う。
「あえて」言おう。子ども増やしたいんなら、即刻この条例案を撤回せよ!
(1)
“这次该斗谁呢?说老实话,咱们也凭不了自个儿的恩仇去说话,咱们只能找庄户主大伙儿乐意的。他们不恨的人,你要斗也斗不起来,他们恨的人,咱们要包庇也包庇不来。”他把眼睛去睃了一下张正典。
“对,咱们是替老百姓办事么。”赵得禄也说了,
http://gd.cnread.net/cnread1/mjfc/d/dingling/tyzz/013.htm
(2)
対比するために、PinConv というフリーソフトで日本語漢字に変換したものも次に示します。
http://www.vector.co.jp/soft/dl/win95/edu/se315015.html
“這次該斗誰[ロ尼]?説老実話,[ロ自]們也凭不了自个儿的恩讐去説話,[ロ自]們只能找庄戸主大火儿楽意的。他們不恨的人,[イ尓]要斗也斗不起来,他們恨的人,[ロ自]們要包庇也包庇不来。”他把眼睛去[目俊-イ]了一下張正典。
“対,[ロ自]們是替老百姓辧事麼。”趙得禄也説了,
丁玲(1904~1986)というのは中国で最も有名な女性作家の一人で、日本でも岩波文庫に翻訳がむかしあった。*1いま日本で知る人は少ないだろう。
わたしは今『太陽は桑乾河を照らす』(坂井徳三訳)という長編小説を読んでいる。この小説は上記urlの周辺で原文は全文がオンライン化されている。すごい! と思った。
簡体字フォントをインストールすれば、うちの98パソコンでも表示できる。(ネスケでも)すごい!
でここに貼ってもちゃんとでるかどうかまずやってみよう。
(3)上記では全く何のことか分からないので、とりあえず坂井徳三氏の訳を掲げておく。
「今回、誰と斗争するだか?これについて、本当のところ、おらたち、自分自分の恩や仇で言っちゃ、なんねえだ。おらたち、百姓衆みんなの納得を求めるだ。百姓衆が恨んでもねえ人間と斗争しようたって、斗争にやなんねえ。百姓衆が恨んでいる人間だったら、誰がかばおうたってかばえるもんでもねえ。」張裕民は眼を丸くして張正典を見た。
「そうだ。おらたち、何でも百姓衆の為にやるんだ。」と、趙得禄も言った。*2
(4)
今回は、正しい翻訳があるから必要ないが、PinConv2というソフトには、「Excite翻訳」というコマンドがありExciteを利用して翻訳してくれる。どんなものかやってみた。
“今度は誰を闘うべきです?古い本当の話を言って、私達も自分1人の恩讐に任せられないで話をしにいって、私達が村の戸主のみんなを探すことしかできないのが喜んでいた。彼らの恨まなかった人、あなたはも闘って起きないことを闘って、彼らの恨みの人、私達はもかばって来ないことをかばう。”彼は目を張正典に横目で見にいった。
“正しい、私達は民衆のために事を処理するのだ。”趙得禄も言って、
(0)
今回ダウンロードさせていただいたソフト、PinConv2 の作者ははてな市民のようだ。中国、台湾、日本のそれぞれ形が変わってしまった漢字を一瞬にして変換できるという夢のようなソフトだ!記して感謝したい。 http://chinese.g.hatena.ne.jp/Ctrans/
「わたしたちはこの間、婚姻外性行為の自由を獲得してきた。」と野原は下に書きましたが、主語の性別がどちらであっても自由があるという認識は、とんでもないんじゃないか!、という反問は当然ありうる。
http://d.hatena.ne.jp/chimadc/20041012(おとなり日記)によれば、
(女性は)
だからセックスする時、こころならずも、という役割を演じなければならず(或いはそう思い込まねばならず)、それが性的幻想の核になっているんだ日本では。(略)
男が行動する、それになんでも応じた性感を、女が受動態で享受する、しかもその受動ぶり、主導権を剥奪され続けていることの不当ぶりに自覚しないように文化が設定されているわけさ。
ということだそうです。なるほど。
http://d.hatena.ne.jp/jinjinjin5/20041030 はてなダイアリー – フラグ、大地に起つ!
上記の日記では[雑記]人質事件 ~撤退派の主張に対する違和感~ が述べられている。
それはテロリストの要求によって国策を変更するということの意味を理解している人がどれくらいいるのかということだ。
「テロリストの要求によって」ではない。「テロリストの要求を契機にして」もう一度国策を考え直せ!と言っているのだ。
一部が形骸化する傾向にあるとはいえ仮にも国民の総意であり、それは民主主義国家にとって最も護るべき理念であることに変わりはない。
「イラク派兵は国民の総意に基づく」
という建前を大事にすべきだ、というのは正論ですね。であれば、小泉氏は「憲法9条、大東亜戦戦争*1の総括の問題からくるイラク戦への疑問」の問題、「大量破壊兵器がなかった」問題、「駐留地が非戦闘地域でなくなったら直ちに軍を返すという覚悟」の問題などをきちんと国民に説明する義務があるがそれは果たされていない。
香田証生氏の死を見過ごしても次には、自衛隊員の死が待っているだけだ。したがってここは民主主義の大義に目覚め、国民投票(首相へのメール)直接行動(街頭宣伝)などで、「基づかなければならない国民の総意」の再審をしようと呼び掛けているのだ。
『大国への点数稼ぎの為に哀れな若者が見捨てられた』という扱いに終始しており、現在の自分たちを支える民主主義という理念に対する言及は一言も無い。『国家制度とは自分達にとって常に他者である』という彼らの主張の傲慢さに私は怒りを覚えざるをえない。
後半の部分は重要であり当たっている部分がある。*2
ただ、野原は香田証生氏=「哀れな若者」の命が大事とは言っていない。命自体についてはイラク人やパレスチナ人の命も大事だろう。問題は命への回路である。
「フラグ、大地に起つ!」さんにもお聞きしたいが、あなたは、自衛隊イラク派遣の現在に正義があると思うのですか?
swan_slab 『こんにちは、のはらさん。
憲法13条というはてなキーワード(未完成)は私が著作権法32条などおかまいなしに憲法学者の見解を列挙しているのですが、私のスタンスはばりばりに長谷部説よりです。松井茂記教授の説も掲載する予定です。長谷部氏と松井氏のスタンスはわりと対照的で、自然権ないし切り札としての人権を認めるリベラルデモクラシーとデモクラティックプロセスに絶対的なまでの信頼をおき、すべての自由は民主主義に開かれているとして憲法は実体的な価値について語るべきではないという立場の違いがあります。大雑把に言うと。』
スワンさんからコメントいただいた。どうもありがとう。「キーワード憲法13条」読みました。憲法13条というのはある裁判に関わったとき聞いたことはありました。(ていうか法学部出身のくせにそれまで知らなかったのか。)後者の説についても興味がありますね。補充されるとのことで期待しています。
・・・じつは、今日は朝からスワンさんとの過去のやりとりを振り返り続きを書こうとしていたのでした・・・