被害者意識はみっともない(訂正後)

  foursueの日記 の1月29日から

引用(コピペ)してたのですが、

foursueさんからの意見もあり、引用の表記方をすこし変えます。

あとタイトルも変えました。

http://d.hatena.ne.jp/foursue/20050129#p1 の一部

日本が戦争を起こしたのは日本人を狭い日本の国土が養いきれなくなったからであり、

(略)

そしてそれは黄色人種の勝利に終わったことは歴史上間違いない。

日本は負けたが黄色人種は勝った。

(訂正が遅れてすみませんでした。)

「ハマス停戦を破る」報道の虚偽

昨日の毎日新聞に 停戦合意後、初の死者 ガザ地区 という小さいベタ記事が載った。ガザのグッシュカティーフ植民地(入植地)付近で20歳のパレスチナ人男性がイスラエル軍に殺されたというものだ。*1

今朝の毎日新聞にはかなり大きい見出しで「ハマスがガザ地区で迫撃砲攻撃再開」という記事が載っている。(ウェブ版は数行だが、紙版は相当な紙幅を使っている)。ハマスが「停戦」を破り、迫撃砲をイスラエル植民地に放ったというものだ(建物への被害のみ)。よく読むと、イスラエル軍の攻撃でパレスチナ人の犠牲者が先だって出ていることがわかるが、パッと見の印象では「また、ハマスか!」と思わせられる。

http://0000000000.net/p-navi/info/news/200502111438.htm

P-navi info : 変わらない現実 ラファで青年殺される

*1:9日、パレスチナ人男性が入植地側からの銃撃で負傷し、その後、死亡した。

門の外でも建造物侵入?

参考  http://www2u.biglobe.ne.jp/~hyakuman/

http://www.asahi.com/national/update/0305/TKY200503040374.html

都立高敷地内でビラ配布、2人逮捕 建造物侵入容疑 – asahi.com : 社会

東京都町田市の都立高校の敷地内で卒業式の前に、「日の丸・君が代」に反対するビラを配ったとして、警視庁は4日、建造物侵入の疑いで、60歳前後の男2人を現行犯逮捕した。いずれも黙秘しているという。

 町田署の調べでは、2人は4日午前8時45分ごろ、ビラを配るため、同校の敷地内に侵入した疑い。2人は学校の正門前だが、敷地内にあるバス停留所付近で生徒や父母に配っていたという。教員が注意したが立ち去らなかったため、同署に通報。退去を求めた署員にも従わなかったという。

 都立高校の今年の卒業式をめぐっては、日の丸・君が代に反対するビラ配りが校門周辺で行われ、校長が警察に通報する例が相次いでおり、都教委は「すべては把握していないが、4、5校から報告があった」としている。 (03/05 01:32)

指導要領の法的拘束性

# swan_slab 『【指導要領の法的拘束性については、教育法学説上争いがある。代表的な学説として、①大綱的基準説、②外的教育条件説、③学校制度的基準説をあげることができる。①によると、学校教育法の委任による教育課程に関する国の法規命令事項は「ごく大綱的な基準」に限られるとされ、指導要領は大部分が委任の限界を超え、法的拘束力を有しないが、指導助言文書としては適法であると考えられている。②では、教育行政は教育内容、方法に介入することは許されず、指導要領は、大綱たると細目たるとを問わず、教育内容、方法に関する限り、指導、助言の効力しか持ちえないとみなされている。③は現在の通説であり、学校教育法が立法化を予定しているのは「学校制度的基準」をなす各学校段階の教育編制単位である教科目等の法定に他ならないとし、したがって、指導要領は助言指導的基準としてのみ適法であると説いている。】憲法判例百選第四版143【伝習館高校事件判決】P-302

なぜ国家が教育内容に強制力を行使できるか、というのは難しい問題ですね。』

(野原燐)

 スワンさん コメントありがとうございます。

最高裁の判断の一部に、「困ったね」という点があっても、それが常識につまり憲法に違反するものであれば、是正されていく可能性はあるということですね。

 それと、学習指導要領はあくまで学校教育法の下部の通達(みたいなもの)にすぎず、その法の範疇内でしか拘束力を及ぼしえないと。学校教育法というのは基本的には学校というものをどういう風に設置していくのかを規定したつまらない法律に過ぎない。教育の方向性とか愛国心とかの話は教育基本法の範囲になるだろう。

 そこで、憲法と教育基本法さえ変えたら、わたしのような?不満分子はぐうの音もでない、ということになる、というストーリーで世の中は動いていくのでしょうか。

 ところがこのストーリーには無理がありすぎます。最初に「日の丸」「君が代」というつまらないものがあり、それを守るために憲法を変えてしまうことになる。戯画化されたアサヒ岩波知識人の悪夢に合わせて世の中は動いていくのですね。PKディックみたいですが、アメリカも実際にそうなのだし、前の大戦のように日本中が焦土になるまで引き返せないことにならないよう祈るのみです・・・

大東亞南米共榮圏

 日中戦争は、つまり大東亞南米共榮圏の一部なのですが、その理念は白人の有色人種国家の植民地化、奴隷化による白人中心世界を打破するものであり、現地で朝鮮人も軍人として、給与を与え、仕事を与えました。

その朝鮮人が婦女暴行などを行った事実はスルーですか。

私は、唯一、白人社会と戦った有色人種である祖先を罵倒する精神が理解できません。

http://d.hatena.ne.jp/DaI/20050327#1111939474

中国大陸で、皇軍兵が婦女暴行などを行ったと。でその皇軍兵には朝鮮人が多かったという主張でしょうか? 根拠は?

日本の「構造改革」

下記ブログの、シリーズ「民主主義のガバナンス」を考える(1/4)~(4/4)は大変勉強になった。ありがとう。

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050327/p1 toxandriaの日記

日本国民は、その実態が「官から民へ」どころか第二次世界大戦後の約60年間に営々と築かれてきた「絶対的官僚優先社会」の基盤が更に一層強化されてきたことを知り愕然とするはずです。

ここには明らかに一般国民に対する欺瞞があります。「官から民へ」という耳障りが良いキャッチ・フレーズの下で行われているのは、国民一般の反官僚意識を巧みに誘導して、高級官僚と財界トップの主導による「政・官・財の談合癒着構造」を巧妙に深化させることです。

「構造改革」という大義名分の下で「巨大資本の行動の自由化」と「公的業務(公共)の市場化・企業化」(民営化路線)の推進ということです。その派生的な弊害として、就労機会の拡大やアウトソーシングなどの美名を冠せられた「雇用差別の奨励」という深刻な事態が発生しています。これは、「オランダ・モデル」の象徴とされるタイム・シェアリング政策などとは程遠い、陳腐で黴が生えた「下請業務の外注化」(昔懐かしい?“女中さん”方式の働かせ方)の手法に過ぎないのです。

一方、日本の財政赤字の根本原因は、主に政治家及び行政府と官僚たちによって積年に及び遣りたい放題に食い荒らされてきた「壮大な税金(国民の血税)の無駄遣い」です。しかも、日米両国の財政は「もたれあいの構造的癒着」の絆を一層強めつつあるのです。それを日本から見れば、アメリカの財政赤字を補填する仕巧妙な仕組みの中に一方的に取り込まれているという意味で、まことに隷属的な日米関係です。

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050328/p1

このような状況下で、特に

「②国民一般における政治的無関心層や無党派層の拡大

③主権意識の喪失と選挙権を安易に放棄する傾向の拡大」といった状況下で、

それを補完する形で、「愛国的言説」「現状肯定主義」が出てきていることを確認しておいた方がよいでしょう。

靖国神社参拝反対

「(内閣総理大臣就任後は)日本のために犠牲になった人のために参拝する。」と小泉氏は言ったそうだ。だが何度も言うが、例え戦争を始めたとしてももう少し合理的に戦い、どうしようもなくなったら降伏するという方法もあった。そうすれば死ななくて済んだ人はたくさん居たのだ。彼らは「日本のために犠牲になった」わけでは必ずしもなく当時の支配者の、市民の犠牲より大事な物があるという思想の犠牲である、ことは明らかである。

 特にA級戦犯合祀後の靖国を参拝することは、「国家がわたしたち市民に対して責任を負っていない」ことの宣言であり、絶対許すことはできない。

大和魂で列車を走らせていた

nagacyanさんは過去を振り返り、「昭和38年11月9日に発生した「横浜市鶴見区、東海道貨物線脱線事故」についての記事でした。この事故の犠牲者は、死者61人、負傷者120人。」を発掘しておられる。

「鶴見事件のときは『また、やったか』と思った。列車はどんどん増発されているのに、保安設備や線路増設は後回し。人間の力は無限だと旧海軍並みの猛訓練で補い、大和魂で列車を走らせていた。

(当時「鉄道労働科学研究所」次長であった斉藤雅男氏のインタビュー記事より)

http://d.hatena.ne.jp/nagacyan/20050425#p3 から孫引き

「赤心」という言葉がある。「唯一箇の赤心これわが神道の教なり。此赤心天地の道なり。神明の教なり。*1

儒教の基本的教えである「仁、義、礼、智、信」に対しそれを一箇にまとめた強力な原理である。「嬰児も母に親しみ父を敬う。生まれしままの直心なり。此こころ、成長にしたがい増長せば、聖賢の地位にも至るべきなり。」うまれたままの赤ん坊のこころで、絶対的真理に辿り着けるのだから大安売りみたいな思想である。

「君に対せば忠なり、父に対せば孝なり」。「会社への帰属意識を高めること」によって、「時間厳守と安全の両立」という困難を「自然に」達成することができる、という奇妙な信念。しかしながらそれは頭から馬鹿にして良いものではない。最初の引用によれば、「大和魂」は旧海軍や国鉄では何らかの効果を挙げることができた、ということだ。大和魂の主要な力は、わたしというものがその持てる力の全てを自発的に国家(組織)の方に差し出すという、心のそこからの自発性の動員にあった、はずだ。そう考えると、今回のJRの教育システムは大和魂システム的にも失敗だったことになろうか。

(この文章は飛躍が大きすぎて読むに耐えないと言われるでしょう。野原の発想の構図を示す意味でUPしておきます。)

*1:慈雲『神儒偶談』、p289『近世神道と国学』より

宣長篤胤の三つのスキャンダル

宣長の最初のスキャンダルとは、その余りにも排外主義的な皇国主義イデオロギーにあります。これについては、http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050326#p2 にも少し書きました。

二つ目のスキャンダルとは、篤胤における神、あるいは救済の問題です。

篤胤は「死後の霊魂のしずまりさきを知り、それによって「安心」をうること」を第一に求めた。あからさまな現世肯定主義の宣長とは対極的に。

この顕世は人の本世にあらず。天神の人を此の世に生じ玉うは其の心を誠にし、徳行の等を定め試みむ為に、寓居せしめ玉うなり。……試み終わりて*1幽世に入らば、尊きは自ら尊く卑しきは自ら卑し。人の本世は顕世に在らず、幽世なれば也。本業も亦彼の世にあり。(篤胤)*2

このような救済の問題は西欧では紀元前から現在まで深い考察が積み重ねられている。しかし

かつて19世紀初頭の言説世界にあって、ことに宣長の主導のもとに形成された古学という学問的な言説世界にあって、この篤胤の「神」の言説の出現はまさしくスキャンダラスな事件として迎えられた。それは既存の古学的言説から予想し得ない特異な言説の出現であったからである。*3

三つ目は、上に引用した本州がイザナミの子宮から出てきたという即物的描写を含む、三大考の宇宙論。

三つ目は上二つとはまた全く位相が違うようです。どう考えたらよいのかこれから考えます・・・

*1:本当は難しい字

*2:p191『「宣長問題」とは何か』より isbn4-480-08614-5

*3:子安宣邦、p195同上

小学校学習指導要領

http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/003.htm

小学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)-第2章:各教科-第2節:社会

(1) 我が国の歴史上の主な事象について,人物の働きや代表的な文化遺産を中心に遺跡や文化財,資料などを活用して調べ,歴史を学ぶ意味を考えるようにするとともに,自分たちの生活の歴史的背景,我が国の歴史や先人の働きについて理解と関心を深めるようにする。

ア 農耕の始まり,古墳について調べ,大和朝廷による国土の統一の様子が分かること。その際,神話・伝承を調べ,国の形成に関する考え方などに関心をもつこと。

  イ 大陸文化の摂取,大化の改新,大仏造営の様子,貴族の生活について調べ,天皇を中心とした政治が確立されたことや日本風の文化が起こったことが分かること。

ウ 源平の戦い,鎌倉(かまくら)幕府の始まり,元との戦い,京都の室町に幕府が置かれたころの代表的な建造物や絵画について調べ,武士による政治が始まったことや室町文化が生まれたことが分かること。