非其鬼而祭之。諂也。

02-24 子曰。非其鬼而祭之。諂也。見義不爲。無勇也。

子曰く、その鬼(き)にあらずしてこれを祭るは諂(へつら)いなり。義を見てなさざるは勇(ゆう)なきなり。

http://kanbun.info/keibu/rongo02.html 論語・爲政第二(Web漢文大系)

金谷治訳では、「わが家の精霊(しょうりょう)(死者の霊)でもないのに祭るのはへつらいである。【本来、祭るべきものではないのだから】」、となっている。岩波文庫p49

『礼記』では「その祭る所に非ずしてこれを祭るを、名づけて淫祠と曰ふ」とまで言われてしまいます。

どこでこの文を読んだかというと篤胤の『新鬼神論』です。*1庶民が家に宮を設けて天照大御神を祭るのが上記に該当するのでは?という意地悪な質問があったとして架空問答している。

天照大御神は人々仰ぎ奉る日神の御神霊であり、王どもの死霊(しにたま)なんかじゃないんだから、矛盾は発生しないという答。まあそれはどちらでもよい。この文を引いたのは以下が言いたかったから。

靖国神社の場合、それが神になっているにしろいないにしろ、祭ってあるのは死者(即ち、中国語では鬼)である。小泉とかは、その精霊の家族ではない。したがって小泉の靖国参拝は「へつらい」であることになります。

ところで、

諂う、を『字統』で引くと、「貧にして諂ふ無き【論語、学而】は、容易ならぬことである。」とある。短い文だが、貧しい中からひたすら己の道を貫いてこられた、白川静氏の容易ならぬ生をかいま見ることができるように思う。

*1:p158 日本思想体系50

コミュニティを憎みかつ愛すること

パリーモン師がそれに気づいて、優しく尋ねた。「何になりたい、セヴェリアン?拷問者か?それとも、もし組合を去りたければ、そうしてもよいのだぞ」

 わたしは彼にきっぱりといった--それも、この示唆にちょっと驚いたという表情で--夢にもそんなことは考えていなかったと。これは嘘だった。成人して、組織との結びつきに同意するまでは、最終的に組合の一員と決まったわけではないと、すぺての徒弟が知っていた。もちろんわたしも知っていた。そして、組合を愛していたが、また憎んでもいた--なぜなら、客人の中には無実の人も混じっているにちがいないし、罪によって正当化される以上の処罰を受ける人がしばしばいるにちがいないのに、そういう客人に苦痛を与えなければならないからであり、また、非能率であるばかりでなく疎遠でもある権力に仕えて、そのような仕事をするのは非能率的で効果がないように思われたからである。つまり、それはわたしを飢えさせ恥をかかせるがゆえに、わたしは憎む。そして、それはわたしの家であるがゆえに愛する。そして、それが古い物事の典型であるがゆえに、弱いがゆえに、破壊不可能に見えるがゆえに、憎みまた愛するのだ、とでもいう以外にはこの感情をうまく表現する手段が見つからない。

p137 ジーン・ウルフ『拷問者の影』isbn:4150106894

 『拷問者の影』はまだ読み始めたばかりなのですが、少年成長小説的な骨格がはっきりしていて予想したいたよりずっと読みやすい。一人の少年の視点からだけ架空世界を描き、その世界のあり方が読者にも少しづつ分かっていく。SFらしいが少年の実存を通して世界が徐々に現れるという普遍的な小説になっている。

 さて、この断片をコピペしたのは、この間考えているナショナリズムとかとの関連において、です。

告文

 告文(こうもん=天子が臣下に告げる文。こうぶん)

皇朕(わ)レ謹(つつし)ミ畏(かしこ)ミ

皇祖(こうそ)

皇宗(こうそう)ノ神霊(しんれい)ニ誥(つ)ケ白(まう)サク皇朕(わ)レ天壌無窮(てんじょうむきゅう)ノ宏謨(こうぼ)ニ循(したが)ヒ惟神(ただかみ)ノ宝祚(ほうそ)ヲ継承(けいしょう)シ旧図(きょうと)ヲ保持(ほじ)シテ敢(あへ)テ失墜(しっつい)スルコト無(な)シ顧(かへり)ミルニ世局(せいきょく)ノ進運(しんうん)ニ膺(あた)リ人文(じんもん)ノ発達ニ随(したが)ヒ宜(よろし)ク

 皇祖

皇宗ノ遺訓(いくん)ヲ明徴(めいちょう)ニシ典憲(てんけん)ヲ成立シ条章(じょうしょう)ヲ昭示(しょうじ)シ内(うち)ハ以(もち)テ子孫(しそん)ノ率由(そつゆう)スル所(ところ)ト為(な)シ外(そと)ハ以(もち)テ臣民(しんみん)翼賛(よくさん)ノ道(みち)ヲ広(ひろ)メ永遠(えいえん)ニ遵行(じゅうんこう)セシメ益々(ますます)国家ノ丕基(ひき=国家統治の基礎)ヲ鞏固(きょうこ)ニシ八洲民生(やしま〈日本の美称〉みんせい=日本臣民の生活)ノ慶福(けいふく)ヲ増進(ぞうしん)スヘシ茲(ここ)ニ皇室典範(こうしつてんぱん)及憲法ヲ制定ス惟(おも)フニ此(こ)レ皆(みな)

 皇祖

皇宗ノ後裔(こうえい)ニ貽(のこ)シタマヘル統治(とうち)ノ洪範(こうはん)ヲ紹述(しょうじゅつ)スルニ外(ほか)ナラス而(しか)シテ朕(ちん)カ躬(み)ニ逮(および)テ時(とき)ト倶(とも)ニ挙行(きょこう)スルコトヲ得(う)ルハ洵(まことに)ニ

皇祖

皇宗及我カ

皇考ノ威霊(いれい)ニ倚藉(いしゃ)スルニ由(よ)ラサルハ無(な)シ皇朕レ仰(あおぎて)テ

皇祖

皇宗及

皇考(こうこう)ノ神祐(しんゆう)ヲ祷(いの)リ併(あわ)セテ朕カ現在及将来ニ臣民(しんみん)ニ率先(そっせん)シ此ノ憲章(けんしょう)ヲ履行(りこう)シテ愆(あやま)ラサラムコトヲ誓(ちか)フ庶幾(ねがわ)クハ

 神霊(しんれい)此(こ)レヲ鑒(かんがみ)ミタマヘ

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/dainihonnkokukennpou.htm

1889(明治22)年 2月11日公布

皇室典範及憲法制定の告文

門松の力

古典の魅力が、私どもの思想を単純化し、よなげて清新にすると同様、私どもの生活は、功利の目的のついて廻らぬ、謂はばむだとも思われる様式の、由来不明なる「為来(しきた)り」によって純粋にせられる事が多い。其の多くは、家庭生活を優雅にし、しなやかなる力を与える。門松を樹(た)てた後の心持ちのやすらいを考えて見ればよい。日の丸の国旗を軒に出した時とは、心の底の「歓び」--下笑(したえ)ましさとでも言ふか--の度が違う。

(p16「古代生活の研究」『折口信夫全集・2』)

 「家庭生活を優雅にししなやかなる力を与える」という目的に対し、国旗よりも門松は著しい効果を持つと、折口は言う。家庭生活は楽で合理的健康的であればよく、優雅などといった精神的価値は必要ないと考えるのが戦後の常識であろう。それは優雅などといった精神的価値が結局の所、戦争への総動員体制へわたしたちの意識を収束させていくシステムの下位部品にすぎなかった、という批判からもくる。しかしあまりにコンビニエントを追求した現在の生活はわが身体の資本主義化(短く言えば自己喪失)に行きついており、そこからの渇きから、逆に国旗=国家主義への渇仰といったアナクロなものが急速な勢いで復活しようとしている。

家庭生活 のための 精神的価値 といった論理だったのが、

国家=精神的価値 のための (孤立し衰弱しきった)個人 といった論理へと、転倒している。日本列島を焦土化に至った窮極のマゾヒズムを再び選択するとは大笑いですが、ドイツ人もやったことだし歴史とはそういうものなのかもしれない?

 さて話がそれました。合理的な生活を目指しても限度があり、庭をあの醜悪なディズニーの置物で飾ったりするに至るのが関の山。またもっと最悪な「日の丸」なんぞが心の隙間をうめにきたりしてしまう。とすれば、わたしたちは21世紀に新たに立てるべき「門松」を作り出さないといけない。

門松を立てることは日本人としてのアイデンティティを求める行為だ。だから、門松を立てる必要などない。という意見のひともおりましょう。

わたしの家では子供の頃から門松を立てるという風習はなかった。だから門松について実は私は分からない。

ただ、門松とか、日常の習俗とされることがかならず、国家主義に収束していくべきものだと決めつけて批判するのはかならずしも正しくないと思う。

反日

     反日

自己が依拠してきた発想や存在の様式を変換する契機を、日本の戦後過程における社会構造の責任との関連において、極限的に迫求する方向に見えてくるヴィジョン。

 日本国家に抑圧~侵略されてきている人々の反日の感情には十分な歴史的~現実的な根拠があり、私たちが、この根拠を全く不十分にしか止揚しえないままでいる事実をふまえつつ、いま問題にしたいのは、前記の反日の感情がとどきえない領域の反日である。

 別の例から同じ問題に入ってみよう。70年代に日本赤軍がアラブに根拠地をもち、いくつかの大きい成果を上げた時に、なぜ、イスラエルに根拠地をもち、同じような闘争を展開するのが困難であるのか・・・また、イスラエルに生まれ、育った人が同じような闘争への意志をもつまでの困難が最大ではないのか、と考えるのが、この問題への、もう一つの重要な入口である。さらに別の入口は後でいくつか示唆する。

 ところで、70年代に出現した東アジア反日武装戦線の提起したのは、前記の問題の具体化~身体化である。そして、日本赤軍も、東アジア反日武装戦線も、60年代末の大学闘争以降のさまざまな模索過程が生み出した形態の中の二つの極限であるといえる。したがって、この二つ、とりわけ国内における闘争によって、より概念の密度を高めている後者における反日性を把握するためには、60年代末の大学闘争以降のさまざまな模索過程の総体を視野におくことか不可欠であろう。この作業は殆ど開始されていない。(註一)

 大学闘争とよばれる激動の本質は、機構の変革のみならず、変革しようとする主体の変革を同時に展開することを不可避とする世界史的情況にあり、この情況係数を前提として視る者の眼には、人間や社会が存続する条件よりも、存続のために他を犠牲にしてきた条件の追求に比重をおかねばならないのは自明であった。

 この自明さは、反日の概念を把握するための原点であるが、同時に、反日の概念とは無関係にみえる多くの概念(例えば〈甲山〉ー註二)を把握するための原点であることも強調しておく。反日の具体的展開には大きい振幅があり、対立する場合も少なくない。天皇制を含む日本の存在様式の解体を共通の前提としていても、その根拠や射程が、前記の原点の把握の度合に対応して異なる(特に、アイヌ、科学、武装、自然、言語をめぐってー註三)からである。筆者としては、社会的底辺、国際的周辺、時間的辺境という三つの〈辺〉に根拠をおきつつ、それらが形成する三角形を、楔としての三角錐へ変換するための幻想的な点ないし軸を想像~創造して生きたい。

註一ー この作業のためには、あえていえば、

 αーある声の誘いに応じて、長年にわたって手にしてきた〈網〉を拾てて、直ちに歩き出すことのできる魂の飢餓

 βー今後、何一つ〈日本〉語では表現しないで生きようとする意織

 γー〈天皇〉あるいは自分を爆破しうる武器を作りうる技術の総体を、イメージとして統一しつつ、そのイメージに敵対しうる全ての思想、文明の様式と、暗黙のうちに断固として訣別し、同時に、それらの水準を内在的に追い越し、解体しうる実力を形成していなければならない。

註二ー 74年3月に、十二才の少女と少年が、障害児収容施設である甲山学園から連続して行方不明になり、その後、二人が園内の地下浄化槽から死体として発見されたことを契機とする事件。容疑者~被告人とされた保母の冤罪を主張し、支援する人々の善意は疑わないが、この人々は、死者や死刑の意味を、〈内ゲバ〉事件や、連合赤軍事件や、いくつかの反日闘争(とりわけ、アイヌモシリのために実行された、北海道庁爆破事件)における場合と統一的に把握し、〈同じ〉論理で支援しようとする時に初めて〈甲山〉事件の本質に触れうるであろう。

註三ー この五項目は、ワープロ作成中に浮かんだもので、無数の項目からの断片に過ぎないが、共通していえることは、それぞれの項目が喚起するイメージが現在の人類史の具体性から発している度合を無化して把握しなおすべき、ということであろう。それぞれの項目への認識ベクトルを、概念の発生する初期条件と最終条件の包囲する座標系でとらえていく、といいかえてもよい。五項目に限らず、関連する概念は、あらためて独立の項目で論じていくが、それにしても、このような発想を導く〈反日〉とは不思議な概念である。

(松下昇『概念集』1 p14~15 ~1989・1~より)

(15年前は、「反日」という言葉は、東アジア反日武装戦線に言及する場合以外まったく使われない言葉だったように思えます。)

私の単純ミス

なんと去年のブログ記事を今年と間違えてブログに貼ってしまった! 

(訂正前)

2.18時より チャクラ(北浜)にて 祈りの集い ◇

追悼・平和 法要 ◇ ダライ・ラマ法王からのメッセージ朗読

林 孝瑞 師(四方僧伽・スーパーサンガ幹事)

◆登山家 大西 保 氏

◆チベット音楽 川辺 ゆか 氏

◆大樹玄承師(スーパーサンガ 関西地区代表)

となり、川辺ゆか氏、大樹玄承氏は、天鷲寺とだぶる。大丈夫か?

出かけようという方は、よくご確認の上お願いします。(2/10日 11時記)

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20120309#p1

中道右派toノーモア様

『以前あなたとコメントを交わしたエントリは、5回投稿しましたが書き込まれなかったので、野原氏にアクセス禁止処分をされたもようです。今後全てのエントリにアク禁される可能性もあるかもしれないので、ここに最後になるかもしれない私の返事を書き込み、ウェブ魚拓もとっておきます。

まさか、野原氏はあなたと同一人物で、自分で勝利宣言して直後にアク禁にして、私が逃げたと印象操作するつもりだったのではないでしょうね?

>石原氏は河野談話は撤回すべきどころか正しいとすら認識しているということですよ?さてどこに外交信義違反が存在するんでしょうね?外交信義違反はなかったということでよろしいですね?

いいえ。ダメですよ。あなたも石原氏の主観と認めておられる。外交信義違反かどうかを判断するのは、責任者たる現首相であって、退任された石原氏の主観ではありませんから。どうしてそうやって強引な認定をしたがるのか。

>あなたはご自身の持ち出した論点を何一つまともに擁護できておられない。他人事ながら気の毒なくらいです。

ダメですよ。印象操作しちゃ。確かに、最初の頃、私の気づいていなかった歴史学上の視点をいくつか呈示してくれたあなたには感謝しています。

しかし、あなたは、最初からロジックは強引で、最近の論点については、勝手に論点ずらしだと誤解されたり、ドツボにはまってミスされていますよね。

>将来のお仕事に支障をきたされるのではないでしょうか?まあ要らぬお世話ですが。

十分稼いでますから、ご心配なされずに。今は休暇中だから、色んなジャンルのサイトを巡回して書き込んでるだけですよ。やはり、異分野の視点って重要だな、と大いに勉強になります。あなたにも、大いに学びました。

>つまり「外交信義違反」などと言っている人は政治家にはいないということですか?「外交信義違反」の論点自体あなたのオリジナルということですね?当事者が誰も気付いてすらいないのに「信義違反」とはどういう意味なのでしょうか?私には全く想像すらつきかねます。

でも、あなたも河野談話が修正or撤回されたら、韓国側からそういう主張がでることは容易に想像がつきますよね?そのときに備えて抗弁までシュミレートしておくことは、悪いことではありません。問題になって政府から問い合わせがあったら、当然アドヴァイスしてあげます。

>つまり「外交信義違反なのだから撤回すべき」という主張をあなたは放棄したんですね?

放棄しませんよ。正当化の根拠は多い方がいいですから。修正or撤回論が出てきた主因は、明らかに研究の深化による事実誤認の発覚。でも、これ言っちゃうと、事実誤認がないと思われている節があるあなたに悪いかなと思って、あえて言わなかったんですよ。

>>国家として事実を認めるためには裏づけや信用性が不十分だった

>そのように石原氏が述べている箇所を「正確に」引用して下さいませんか?

櫻井よしこ氏の著作にありますね。検索し、ネット上で見つからなければ、図書館・本屋に行きますので、しばしお待ちを。

>>中韓系ロビーの擁護ですか。

>そんなことは一行も書いてませんが?「イデオロギーバイアス」が激しすぎるんじゃないですか?

いいえ。この問題でのNGOと言えば、どこが主力かはあなたもご存知のはず。見て見ぬフリはいけません。

>また被害者のなかには何よりも日本側にきちんと責任を認めてもらいたいと言う人が存在するということも考えてください。問われているのはどのような解決が為されるべきかという「政治的な知恵」なんですよ。

それには賛成しますよ。その点、ヴァイツゼッカーは偉かった。国際的な赦しのコンセンサスを作り上げたのですから。日本にも彼のような弁の立つ政治家がいなかったのが悔やまれます。しかし、彼の責任論は、法的視点も含まれているところが重要なのです。

>>日本からぶんどった協力金

>で、それは要するに賠償金ではないわけですよね?

それは、日本側の名目でしょ?韓国側は、賠償問題の解決金と言ってますから、実質賠償であることは双方の共通認識です。被害者に韓国政府が分配するって言ってるじゃないですか。当時の韓国は、史上初めて宗主国から賠償金をとった素晴らしい政治力の国です。最近は怪しいですが。

私はこの原資からの分配とセットなら、『現時点での正確な事実認識』に基づいた日本の国会決議に賛成します。事後の検証否定条項には反対ですが。一旦韓国予算から裏で日本予算に還流して、そこから日本が支払ってもいいと思います。政治的な技術については政治家が決断することですが。これが私なりの政治的な智恵ですね。賛同が得られるかは不明ですが。あなたのコメントは大変ヒントになりました。

でも、一緒に実質的救済のための運動はしてくれないのですね?太平洋と日本海の友情の架け橋に反対なのですか?

>さてところであなたの蛇足話に付き合うのも飽きてきました。私としてはここまでの状況に鑑みてあなたと話しても得るものはあまりないので(他方あなたはラッキーだったでしょうが)、さっさと積み残しの「本題」をきちんと片付けて頂きたいと思いますね。

ラッキイだったのはあなたの方では?法的に一番救済しやすいのが韓国政府からの分配だと気づいたことがそんなに嫌なんですか?元々は日本人の払った血税ですよ。

積み残しの方についてはあなたも分かるでしょ?ロジックだけならいつでも考えられるけど、資料検証には、他の資料とのつき合せも必要ですから、図書館や本屋を渉猟してるんですよ。一応ロジックだけなら構成がありますけど、あなたそれだけじゃご不満のようだから。』

ノーモア 『>野原氏にアクセス禁止処分をされたもようです。

また被害妄想を。はてなのコメント欄はある一定の容量を超えると表示されなくなるんです。サイドバーの「最近のコメント」の欄にはあなたの名前が表示されていますよね。そこからしてまずアク禁ではありえないことがわかるはず。

>野原氏はあなたと同一人物で、自分で勝利宣言して直後にアク禁にして、私が逃げたと印象操作するつもりだったのではないでしょうね?

まさに誹謗中傷ですな。あなたは最初の投稿でもこれと同じことをやらかしましたが。下品に見られるのでおやめになられたらいかがでしょうか。ウェブで姿が見えないといっても人間「節度」というものがあります。

>あなたも石原氏の主観と認めておられる。外交信義違反かどうかを判断するのは、責任者たる現首相であって、退任された石原氏の主観ではありませんから。

ですからあなたは「本当は日本の当事者は嘘だと認識していたが韓国が個人補償の放棄をバーターとして持ちかけてきたから河野談話を発表した」という事実を立証すべきなんですよ。そのように認識していた当事者は誰ですか?具体的に挙げてください。それが出来ていないのにうだうだ言っても話になりませんな。

>ダメですよ。印象操作しちゃ。

ああそうですか。ではちゃんとした議論をしてください。「櫻井よしこ氏の著作」ねえ…確かにそのような話をしてましたが、あの人は南京事件を始めとして歴史の問題になるとヒステリックになったり事実を捻じ曲げたりしますからねえ。

>明らかに研究の深化による事実誤認の発覚。

いや、あなたそもそも最新の歴史学の成果なんてフォローしていないでしょう?「研究の深化による事実誤認の発覚」と仰いますがそれはどこですか?ちなみに失礼ですが吉見氏の著作くらいは読んでますよね?

>でも、あなたも河野談話が修正or撤回されたら、韓国側からそういう主張がでることは容易に想像がつきますよね?

ですから答えになっていないんですよ。繰り返します「当事者が誰も気付いてすらいないのに「信義違反」とはどういう意味なのでしょうか?」

>問題になって政府から問い合わせがあったら、当然アドヴァイスしてあげます。

そのようなことは絶対にありえませんので御安心ください。

>この問題でのNGOと言えば、どこが主力かはあなたもご存知のはず。

知りませんね。あなたはそれが具体的にどのような活動実態と構成員を持つNGOなのか知っているんでしょうか?そしてそれが横田洋三氏の仰っているものと一致するというのはいかなる根拠に基づくのでしょうか。

>被害者に韓国政府が分配するって言ってるじゃないですか。

もう一度同じことを繰り返して申し訳ないですが、従軍慰安婦問題は考慮されていませんでした。

>法的に一番救済しやすいのが韓国政府からの分配だと気づいたこと

典型論点なので別にどうということは無いです。嫌韓サイトをみればバカの一つ覚えのように「解決済み!」が連呼されてますから。

>資料検証には、他の資料とのつき合せも必要ですから、図書館や本屋を渉猟してるんですよ。

頑張って下さいね。』

シオニズムはユダヤ人の文化に敵対する。

http://www.diplo.jp/articles02/0208-2.html 

にあるフランス人が書いた文章には、「イディッシュ語(民族虐殺によりほぼ壊滅した)」という表現がある。だが、この説明は正確ではない(だろう)。そこにあるように、「イスラエルでは、死者、敗者、臆病者の言語であるとさえ見なされています。」シオニズムの組織的なイディッシュ語への敵対がその「ほぼ壊滅」を産んだのではないか。千年近い歴史を持ち豊穣な文化を育んだイディッシュ。「イスラエルは東ヨーロッパのユダヤ人の民の歴史を恥じており、イスラエルの過去からそれを消去したいかのように、ことが運んでいる。」p101(6)

これは日本の日の丸強制主義者にも似ているようだ。彼らは日本文化への誇りを言うが、彼らのいう日本文化とは教育勅語、カイゼルのドイツを真似た鹿鳴館のような偽物文化にすぎない。江戸時代までの長い歴史は西欧化されたわたしたちにはすぐ分かりにくいとしても、落ち着いて考えてみればとても興味深い。そして長い歴史はまた多様な文化との交流でもあった。民族離散というほど大袈裟でなくとも、21世紀は日本人にとっていっそうの離散の時代になることは確かだろう。日本ではなかったものを日本だとし、政府への服従を愛国心と言いくるめる、教育基本法の改正は阻止しなければいけない。

スピノザ、モーゼス・ヘス、ショラム・アレイヘムやブント、モスクワのハビマ座やレイネット・ロラネーズ、サラエボやローワー・イースト・サイドなどのユダヤ人の歴史を消去するためにすべてがなされる。p176

とりわけアンダルシアとその黄金時代とを再発見すること。ユダヤ教徒とイスラム教徒は協調し7世紀以上にわたって、中世西欧の最盛期を作り出した。キリスト教ヨーロッパがそれに追いつくのに何世紀もかかるような。p178

カテゴリーについて、東亜とは

 この日記システムは「はてなダイアリー」というのだが、文章をカテゴリー分け出来るようになっている。整理能力のないわたしはいい加減でまだ分けていないのもあるが、一応[中東][東亜][trad][idea][post]などと分けてみた。

 パレスチナ問題やイラク戦争などが[中東]。

 あまり関心を持っている人はいないのではないかと思うが、儒学や神道についてが[trad]。

 まだ何も書けていないが、現代思想、ポスト構造主義(フーコーなど)などが[post]。

 ヘーゲルの後何も書けないかもしれないが、19世紀までの(西洋)哲学思想などが[idea]。

 [東亜]は、現在の日本人がアジア太平洋戦争(大東亜戦争)などをどう総括しているか、という問題と、脱北者などで問題化している北朝鮮金正日体制に関するものを、同じカテゴリーに入れました。台湾、朝鮮、旧満州、などなどの地域に広がった日本人とそれに関わらされてしまった日本人以外の戦前と戦後の問題を考えたいとするものです。

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/dai.htm

なお上記「わたしたちは忘却を達成した――大東亜戦争と許容された戦後――」に野原は、「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」という言葉、を使う理由についてこう書きました。

「 十二月八日を開戦記念日と言い、第二次世界大戦とか太平洋戦争という言葉しか使用しない。それでは、日本が中国と戦ったことを皆が忘れてしまっても、当然だろう。日本はアメリカに占領された。従って日本はアメリカにだけ、負けたのだという図式が強かったのは当然だ。しかし、現在までその構図が崩れていないのには、理由がある。日本は中国に負けた、と思いたくないのだ。明治以来、東アジアでも最も先進国、というところに日本のプライドはあるのだから。大東亜共栄圏というスローガンを掲げながら、「中国人を殺すことが善」という殺人鬼を、多数養成したこの戦争は、やはり大東亜戦争と呼ぶしかないだろう。」

批判があれば考えていきます。

先日読んだ子安宣邦『「アジア」はどう語られてきたか』という本は、東亜という表記と概念がおってきた歴史について丁寧に批判を展開しています。紹介したいと思いますが今日はできませんでした。

なお、今日カウンタを設置してみました。

自衛隊監視テント村が弾圧を受けた

下記サイトによれば3名の事後逮捕があったということです。大衆が、行った者はしかたない元気に帰ってきて欲しいという「しかたない」意識に傾いているので舐められた、ということでしょう。

2月27日早朝、私たち立川自衛隊監視テント村は「イラク反戦」を理由に全面的な弾圧を受けた。逮捕者3名、事務所・個人住宅の家宅捜索6ヵ所。これは小さな反戦市民団体としては大きな打撃である。令状には、1月17日に自衛隊官舎に反戦ビラを配ったことが住居侵入にあたる、とあった。 団地のポストにチラシ広告を投函する全ての行為がこの弾圧の対象になりうる。はてなダイアリー – 隔離される私と相互監視社会