http://d.hatena.ne.jp/gkmond/20050726/p1 「返信」への返信が遅れています。
(今日はこれから出かけるので)明日以降になんとか応答したいと思います。
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手元に1枚の新聞の切り抜きがある。大江健三郎の、2005年8月16日付けの朝日新聞・朝刊の連載エッセー「伝える言葉」である。
「一九四五年三月、米軍が沖縄列島ではじめて上陸した慶良間諸島で、住民たちが集団で自殺したということが起こりました。渡嘉敷島で、三百人以上、座間味島で百数十人が死に(あるいは殺され)ました。」というのが冒頭の文章である。
読み進めると、「私はいま、一九七〇年に書いた『沖縄ノート』(岩波新書)での、慶良間諸島の集団自殺をめぐっての記述で、座間味島の当時の日本人守備隊長と、渡嘉敷村の同じ立場だった人の遺族に、名誉毀損のかどで訴訟を起こされています。」とある。まさにこのテーマについての当事者の一方の発言である。だからこれに触れて書いてみようと思ったのだが、なかなか書けない。
はっきり言ってあまり良い文章だとは思えないのだ。最初の方に、石原昌家という人の文章が引用されている。
「沖縄戦で住民が日本軍に積極的に協力したという基準で適用されるのが「戦傷病者戦没者遺族等援護法。認定基準の一つに、「集団自決」という項目があり、ゼロ歳児でも戦闘参加者として靖国神社に合祀されているという事実を直視すべきだ」
戦傷病者戦没者遺族等援護法というのは、「 恩給法の適用を受けない軍人・軍属及び準軍属が、在職期間内に傷病を受けた場合、その傷病の程度に応じて、本人またはその遺族に対し各種年金が支給する」ことなどを定めた法律らしい。いわゆる「集団自決」などの場合は純然たる民間人だから、上の説明からは貰えないように思える。*1
ところが実際には、「集団自決」などの場合でも貰えることがある。「集団自決」は国家の責任だから当然である。というか本来は別の論理で別の法律で出すべき筋のものである。そのような立法はなされなかった。このような場合に、行政は相手が「頭を下げてくること」を条件に恩恵的に年金を出すことがある。金を出すのだから頭下げてもらうのは当たり前って、それは民主主義国家じゃあないだろう。でこの場合の条件というのが「軍からの命令」の存在である。で曾野綾子以下の何人もの人がこの「軍からの命令」が真実のものかどうかをあげつらいはじめるのだが、これは行政にとっては大きな計算外れだったに違いない。行政にとって、この「軍からの命令」はその真偽を厳密に問うべき物ではないのだ、本来救済すべき遺族に対し救済を別の方法で与えるための便法に過ぎないのだ。
私は戦傷病者戦没者遺族等援護法の認定基準について勉強したことはない。*2しかし、本来は軍人に対する制度である援護法を適用すること自体がおかしい。というところから考えた場合上のような理屈が成り立つ。その結果仮にAさんの名誉が毀損されたのであれば、責任は「集団自決」に正面から補償する制度を作らなかった国家にあるのではないか。
このような「恩恵としての行政」の問題は、当然「自決」をどう捉えるか、軍に殺されたのか否かというイデオロギー的問題を当局寄りに解決することを伴う。
だからといって「靖国に合祀する」かどうか、は靖国神社という一神社の判断の問題であり、援護法の適用の問題とは全く無関係のはずだ。大江の(引用を含む)文章はここが全く不明確なので、悪文だと思う。
そしてさらに文章の後半では、憲法13条幸福追求権がでてくる。「すべて国民は、個人として尊重される。(略)」
戦争放棄の項とあいまって、この項は60年前の夏、戦争が終わった日に日本人が感じた解放感の柱だったものを表現していると思います。その解放感のすぐ裏側には(略)個人に死を強制する国という存在への恐怖が、なおこちらをジッと見ている、という気持ちも残っていたのが思い出されます。
確かに大江にとっての真実はここにあるのだろう。
国家は戦争の時個人に死を強制する。したがって国家を拒否できないなら戦争を拒否すべきだ。そう言われれば納得する。
ただ、大江がもっとも美しいと讃える13条には「公共の福祉に反しない限り」という魔法のフレーズが含まれている。このフレーズにどう向きあうべきなのか、大江は問題点を提示しながらその問いには答えない。
広島・長崎で、また沖縄で、人間として決して受忍できない苦しみを、人間がこうむったこと。
例えば中国大陸のある作戦で華々しく戦いながら死んでいった兵士は「受忍できない苦しみをこうむったこと」にはならないのか、と反問してもしかたないだろう。「人間として決して受忍できない苦しみ」という修辞にこだわってもしかたない。それを記憶し、伝えることが本当に可能かどうかも分からない。ただ個人的に考えてどうしたって受けたくない苦しみには違いない。そのような苦しみをなくしていくためにはどうすればよいのか考えなければいけない。
異論があっても、誰もそれを声に出して言わない時代のことである。
【宮崎学氏の発言より】
自民党、公明党が衆議院の議席3分の2を支配した。
(略)
第58条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする。
これが3分の2の議席占有の威力である。こうなるとどうなるか。
つまり言えることは、自らに逆らうものは、実体的に殲滅するという「論理」の純化がはじまる。自民党内にとどまらず、その矛先は民主党の一部にも向かうであろう。そうするとである、議員が「職業」、つまり就職としてとらえているような意識水準の議員はひとたまりもなく寝返ることとなる。
それでも抵抗する者には、難クセをつけて議員の首を切ればいいということになる。これは法的には何ら問題はない。
こうして、平成型翼賛政治が完了する。そしてこの翼賛は、社会的にはそれぞれ内部に問題を抱える、警察、検察が下支えすることになる。
まあ、ワシはこう見とる。
http://miyazakimanabu.com/archive/2005/09/20050914.htm 憲法第58条2項 ~スターリン党への変貌~
(3)
さて、中岡成文の「排除しない思考は可能か」はあまり良い文章ではないとわたしには思える。しかし悪口を書いてしまった行きがかり上もう少し検討してみよう。
彼が思考の出発点に据えるのは次のような文だ。
もとより私は、正義というものが一方の側にだけあるとは思わない。私もまた誤りうる存在だ。批判に耳を傾ける態度を互いに持っていければと思う。(中岡 )
数十年前、マレー半島のある少女に起こったある出来事について、中岡は新聞記事に書いた。いわゆる従軍慰安婦問題である。読者からの批判が新聞社にあった。それを口実に(?)、その新聞の文化部次長は中岡の文章への批判的な文章を新聞に掲載した。ここからうかがわれるのは、従軍慰安婦問題というものが、マスコミへの表現(再現前)に際し加えられる圧力、それによってこうむる表現のニュアンスのいくらかのズレ、といった問題と本質的に関わっているのではないか、という示唆である。しかし中岡の問題意識はそういう方向には向かわない。
「私もまた誤りうる存在だ」という表現に込められた「相互の寛容を求め、排除的態度を戒める」という思想を、このエッセイの主軸に据える。だが相互とは誰と誰との相互なのか。いわゆる従軍慰安婦とはもとよりサバルタンであり中岡という表象代行者によってここに登場しているにすぎない。そして中岡の文章に苛立ちを感じた何人かの読者も投書がたまたまその新聞の文化部次長の目に留まったことによりここに登場しているにすぎない。つまり、「相互の寛容」の相互とは、言論のリングに上がった者同士のことをしか意味しないのだ。しかしこのような自己の特権性というテーマは中岡では取り上げられない。
「誤りうる」ことの対極にあるのは、自分を「誤りえない」もの、絶対に正しいものと信じることであろう。あたかもローマ教皇が「不可謬」と信じられたようにである。(中岡 p101)
「正義というものが一方の側にだけある」とされること、通常戦争においてはそれが必要とされる。しかし一方で戦争には敵の存在が必要だ。その上に勝利の決まった戦争はない。「私が誤りうる存在である」ことを骨肉から知っているのは戦争遂行者に他ならないのではないか。
自己と自己の信念の関係を問うという問題意識は私にはスコラ的なものに思える。
「「盲目状態」に自分が置かれていることを承知で、「同時期」の出来事について発言を敢行する」という態度を評価する加藤典洋を、中岡は批判しようとする。批判しようとすること自体は良い。「「盲目状態」に自分が置かれている」というシチュエーションを一度でも我がものとして思いめぐらせたことがあるのだろうか。*1
*1:ないわけではない。彼は自分の属する大学教養部解体という情況に深く関わり、消耗感を味わった。中岡の駄目なところは、消耗感でもってそれを自己にとって非本質的として切り捨てようとしているところだ。
ブッシュが来る!小泉が来る!
11/16 日米首脳会談 in 京都・迎賓館 抗議行動へGO!
11月15日(火)18:30~
円山公園ラジオ塔前集合、その後デモへ
(京阪「四条」駅下車、東へ徒歩10分/市バス206号系統「祇園」下車)
11月16日(水)午前10:00~
京都教育文化センター集合、迎賓館に向けてデモへ!!
(京阪「丸太町」駅下車、5番出口より東へ徒歩3分)
※出町三角州集合は使用許可が降りなかったため、変更になりました。
というのはもちろん、「投票に行くことは市民の義務だ」のパロディである。
いままで多くの良心的知識人が投票に行くことを本気で勧めてきた。そこになんらかの真実が有ることは否定しない。しかし投票とはその装置(投票所を設置する者、つまりは国家)への信頼を前提にするものであることをはっきりさせずに、投票の勧めだけを唱えることは国家に包摂されることを自覚的に肯定することにもなりかねない。*1
デモに行くことは市民の義務だ。というのもおかしいといえばおかしい。義務というのは誰かによって課されるものだから、市民が主権者であるならそれより上位の権威は存在しない。しかし民主主義とは、一たりえない多者が一になれるとする逆説である。その構成要素としの意志は議会に於いてだけではなくて可視化されなくてはならない。そしてわたしの一個の意思がそれに直結することが可能でなければならない。このように書いてみると、デモを支える思想というのはわたしたち普通の市民には共有されていないという情況が明らかになる。わたしたちは制度として与えられた民主主義をもっているがそれはいまや陽炎のように消えてゆこうとしているのだ。
まとにかく消えてゆくのが市民の意思ならしかたない、私は嫌だが。
ところでデモとは私一個が参加するものだろうか。そうだと思う。誘い合って参加しましょう、とたとえそうであってもデモとは<意思>表示であり、その意思とは私一個と国家との関係である。我々が堅く手を組んだからといってそこに<我々>なるものが成立したと考えるのは誤りである。たまたま共通のスローガンを叫ぶ群衆としてそこに歩いて行くだけだ。
デモが忌避されるのはそれが余りに誘惑的だからかもしれない。一瞬であっても我々が成立したかのような思いというのは奇跡であり、それを基準に生きようとする誘惑にさらされる。
オタクはデモを忌避しなければオタクであり続けられない。彼らはいつでも自己を守るために必死である。たかだか一時的なスローガンの唱和でしかない物に対し、それは同一性への拝跪(はいき)だとヒステリックな批判を差し向ける。彼らの根拠は自己の肯定である。彼らの自己はデモという交通形態にさらされることができないほど弱い。
*1:ちょっとあやういな
どこぞのブログで炎上してましたが、まあ『表現の自由』とか『民主主義のため』とかいっていらないよって言っているのを無理やり敷地に入ってこられてビラをつっこまれるとかそういうのはやめて欲しい、ってそういうことでしょう。至極当然の話です。
http://d.hatena.ne.jp/keiroku/20051209
けーろく奮闘記 – へっへっへ~
私はkeiroku氏を憎悪する
中道右派 中道右派 『>道義的責任を定義、提出する主体を、きみたちが一貫して用意できない、かろうじて成立したものを潰してしまうのが問題なのです。かわいそうな日本!
その点は、一部同意します。あまりにも外交が下手すぎる。日本にも、国際的な赦しのコンセンサスを作り上げたヴァイツゼッカーに匹敵する力量の政治家がいなかったことが悔やまれます。
私の考えでは、第三国の研究機関を複数入れて、事実関係及びこの問題の発生から発展までの一部始終を徹底調査し、その結果に基づいた国会決議をすべきと考えます。
調査のための基金が設立されたら、喜んで寄付に応じたいと思います。
>「区別を、まずはよく考えてみることをお勧めします」は議論の放棄ですね。よっぽど自信がないのか。
いいえ。自信はあります。
あなたにも基礎的な知識をもってもらってから、無駄のない有益な議論をさせていただきたいと考えております。』
中道右派 中道右派 『
>「生き延びるための思想」読後メモ
>なかった派と議論するためにはどうしても、吉見さんたちの議論に倣っていくしかないような気がします。
それは、一部正しく、一部誤りです。
上野千鶴子氏は上記著書で、この問題の本質を以下のように一面では正確につかんでいます。引用サイトより抜粋。
『多くの兵士たちは日記や回想録のなかで、「慰安婦」との接触を、少しも恥の意識を持つことなく記述していたからである。パラダイムの変化のおかげで、彼女たちの経験は「軍隊売春」から「性奴隷制」へ、すなわち軍隊によって組織的に継続された強姦へと、見方が変わったからである。』
これは、行為時及びその後しばらくたった回想録記載時においてすら、慰安婦の存在は法規範上は犯罪ではなかったことを認めているのです。
それが、その後の女権伸長に伴って、90年代以降の現代に行われてたら犯罪じゃないの?という法意識になってきたという、むしろ実態に合致した認識を示しているのです。
しかし、この実態に合致した認識を前提とすると、法の不遡及の原則(行為時法適用の原則)により、日本の国家責任は否定されてしまうので、補償請求の場面では負け筋になるのです。
そこで、吉見氏らは補償請求を肯定するために、(無理を承知で?)行為時においても違法であったことを何とか説明しようとして、国際法の少数説を引っ張ってパッチワークを始めたため、法律家から笑われてしまうのです。』
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20070324
3/24[コメント]
http://www.sankei.co.jp/seiji/seisaku/070301/ssk070301000.htm
強制連行の証言の裏付けが無いのに、将来の賠償請求をしないことと引き換えに、談話を出すことを決定したという石原官房副長官(当時)の証言です。』