告文(こうもん=天子が臣下に告げる文。こうぶん)
皇朕(わ)レ謹(つつし)ミ畏(かしこ)ミ
皇祖(こうそ)
皇宗(こうそう)ノ神霊(しんれい)ニ誥(つ)ケ白(まう)サク皇朕(わ)レ天壌無窮(てんじょうむきゅう)ノ宏謨(こうぼ)ニ循(したが)ヒ惟神(ただかみ)ノ宝祚(ほうそ)ヲ継承(けいしょう)シ旧図(きょうと)ヲ保持(ほじ)シテ敢(あへ)テ失墜(しっつい)スルコト無(な)シ顧(かへり)ミルニ世局(せいきょく)ノ進運(しんうん)ニ膺(あた)リ人文(じんもん)ノ発達ニ随(したが)ヒ宜(よろし)ク
皇祖
皇宗ノ遺訓(いくん)ヲ明徴(めいちょう)ニシ典憲(てんけん)ヲ成立シ条章(じょうしょう)ヲ昭示(しょうじ)シ内(うち)ハ以(もち)テ子孫(しそん)ノ率由(そつゆう)スル所(ところ)ト為(な)シ外(そと)ハ以(もち)テ臣民(しんみん)翼賛(よくさん)ノ道(みち)ヲ広(ひろ)メ永遠(えいえん)ニ遵行(じゅうんこう)セシメ益々(ますます)国家ノ丕基(ひき=国家統治の基礎)ヲ鞏固(きょうこ)ニシ八洲民生(やしま〈日本の美称〉みんせい=日本臣民の生活)ノ慶福(けいふく)ヲ増進(ぞうしん)スヘシ茲(ここ)ニ皇室典範(こうしつてんぱん)及憲法ヲ制定ス惟(おも)フニ此(こ)レ皆(みな)
皇祖
皇宗ノ後裔(こうえい)ニ貽(のこ)シタマヘル統治(とうち)ノ洪範(こうはん)ヲ紹述(しょうじゅつ)スルニ外(ほか)ナラス而(しか)シテ朕(ちん)カ躬(み)ニ逮(および)テ時(とき)ト倶(とも)ニ挙行(きょこう)スルコトヲ得(う)ルハ洵(まことに)ニ
皇祖
皇宗及我カ
皇考ノ威霊(いれい)ニ倚藉(いしゃ)スルニ由(よ)ラサルハ無(な)シ皇朕レ仰(あおぎて)テ
皇祖
皇宗及
皇考(こうこう)ノ神祐(しんゆう)ヲ祷(いの)リ併(あわ)セテ朕カ現在及将来ニ臣民(しんみん)ニ率先(そっせん)シ此ノ憲章(けんしょう)ヲ履行(りこう)シテ愆(あやま)ラサラムコトヲ誓(ちか)フ庶幾(ねがわ)クハ
神霊(しんれい)此(こ)レヲ鑒(かんがみ)ミタマヘ
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/dainihonnkokukennpou.htm
1889(明治22)年 2月11日公布
皇室典範及憲法制定の告文
カテゴリー: idea
門松の力
古典の魅力が、私どもの思想を単純化し、よなげて清新にすると同様、私どもの生活は、功利の目的のついて廻らぬ、謂はばむだとも思われる様式の、由来不明なる「為来(しきた)り」によって純粋にせられる事が多い。其の多くは、家庭生活を優雅にし、しなやかなる力を与える。門松を樹(た)てた後の心持ちのやすらいを考えて見ればよい。日の丸の国旗を軒に出した時とは、心の底の「歓び」--下笑(したえ)ましさとでも言ふか--の度が違う。
(p16「古代生活の研究」『折口信夫全集・2』)
「家庭生活を優雅にししなやかなる力を与える」という目的に対し、国旗よりも門松は著しい効果を持つと、折口は言う。家庭生活は楽で合理的健康的であればよく、優雅などといった精神的価値は必要ないと考えるのが戦後の常識であろう。それは優雅などといった精神的価値が結局の所、戦争への総動員体制へわたしたちの意識を収束させていくシステムの下位部品にすぎなかった、という批判からもくる。しかしあまりにコンビニエントを追求した現在の生活はわが身体の資本主義化(短く言えば自己喪失)に行きついており、そこからの渇きから、逆に国旗=国家主義への渇仰といったアナクロなものが急速な勢いで復活しようとしている。
家庭生活 のための 精神的価値 といった論理だったのが、
国家=精神的価値 のための (孤立し衰弱しきった)個人 といった論理へと、転倒している。日本列島を焦土化に至った窮極のマゾヒズムを再び選択するとは大笑いですが、ドイツ人もやったことだし歴史とはそういうものなのかもしれない?
さて話がそれました。合理的な生活を目指しても限度があり、庭をあの醜悪なディズニーの置物で飾ったりするに至るのが関の山。またもっと最悪な「日の丸」なんぞが心の隙間をうめにきたりしてしまう。とすれば、わたしたちは21世紀に新たに立てるべき「門松」を作り出さないといけない。
門松を立てることは日本人としてのアイデンティティを求める行為だ。だから、門松を立てる必要などない。という意見のひともおりましょう。
わたしの家では子供の頃から門松を立てるという風習はなかった。だから門松について実は私は分からない。
ただ、門松とか、日常の習俗とされることがかならず、国家主義に収束していくべきものだと決めつけて批判するのはかならずしも正しくないと思う。
削除記事(2009.10.11)
負けるケンカはしない方がよかったのでは。(訂正前)
youtubeのビデオでは9割以上の支持を(おそらく)獲得しながら、わざわざ対抗デモを企画し、1/10程度しか動員できなかった。動員数について下のブロガーの認識が正しいなら、企画としては失敗だったということになるだろう。権力を相手にしたたたかいなら少数でも意思表示することに意味がある、と言える。しかし、民間対民間で、わざわざ相手に満足を与えるような企画をしてしまったのは愚かと評価される。問題はそうであってもどうしても行うべき他の要因があったかどうかだが、そんなものはなかったと思う。
6.左翼の反対派、可哀想なくらい参加者が少ない。
たぶん、在特会(300人くらい?)の10分の一程度(30名程度?)。
左翼の反対派より警備していた警官の方が多かったかも知れない。
それに、正直、何を主張したいのか分かり難い感じ。
あれでは歩行者に何も伝わらなかっただろうな。
7.左翼団体の参加者、全共闘崩れというか…運動家の成れの果て?みたいな50-60代のオジサンばかり。
服装も、ちょっとヤバそう。
正直、あれじゃ、逆効果だろう…
拡声器で言ってる内容は、在特会の方が酷いが、見た目では、左翼団体より在特会の方が相当マシ。
心は錦、ってことなのかも知れないけど、あれじゃ駄目だろうなぁ…
何か伝えたいなら、服装も含めて戦略を練ったほうが良いのでは?という印象。
うーん、服装についてですが世間の人はこういう風にみているのか。私も服でも買おうか。
(10/11記)
2007年3月19日 コメント欄
3月19日コメント欄
160 資料:建国記念日の祝い方 野原燐 2003/02/11 23:33
建国記念日というのがどういうものなのかよく分からないまま文章を
書いたので、後からnet検索してみると次のような文章が見つかりました。
2年前に熊本の女子高校生が書いたものらしいが良く書けている。
引用させてもらいます。
http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/01032.HTM
皆さんご存知のように、我が国は今年で建国二千六百六十一年を迎えました。そ
して、今日この日は、我が国最初の天皇、神武天皇が御位(みくらい)につかれた
日であります。この日本国建国にあたっての神武天皇のお気持ちは、『日本書紀』
にこう記されています。
「今、私はこの橿原(かしはら)の山林を開いて慎んで天皇の位につく。これから、こ
の国の民が心安らかに住める平和な世の中にしたいと思う。この国が神の住まい
にふさわしい清らかな所となり、他の国もそうなったならば、世界は一軒の家のよ
うに仲むつまじく、平和な世界となるだろう。それは、なんと素晴らしいことではない
か。」
このことから分かるように、日本民族国家の建国精神というものは、決して、自国
のみを愛し他国の衰亡を願うというような侵略精神ではなく、この日本国は「世界
総国家の大調和」の理想をもって建国されました。つまりこのご宣言は、世界の各
国すべてが家族として、家庭の一員として、仲良く繁栄する国家群となるための礎
として、この日本国を建てるという意味を持っているのです。私は、日本の長い歴
史の中でこの建国の理想が途絶えることなく、第百二十五代にあたる今上陛下に
も受け継がれていると思うと、感銘を受けずにはいられません。
神武天皇の和名はかむやまといはれびこの命。
彼はあるひめと寝たとき歌を詠んだ。
葦原のしけしき(汚い)小屋に 菅畳 いやさや敷きて わが二人寝し
高校の運動部のエースが汚い小屋で彼女と寝てそれでもすごく嬉しいみたいな良い歌だ。
ところで、世界が「仲良く繁栄する国家群となるための礎」には日本国が必要だと。要は世界の中心は日本=天皇なわけで、それが普遍的である為には
もういっかい世界戦争するしかないことになりますね。
野原燐
カテゴリーについて、東亜とは
この日記システムは「はてなダイアリー」というのだが、文章をカテゴリー分け出来るようになっている。整理能力のないわたしはいい加減でまだ分けていないのもあるが、一応[中東][東亜][trad][idea][post]などと分けてみた。
パレスチナ問題やイラク戦争などが[中東]。
あまり関心を持っている人はいないのではないかと思うが、儒学や神道についてが[trad]。
まだ何も書けていないが、現代思想、ポスト構造主義(フーコーなど)などが[post]。
ヘーゲルの後何も書けないかもしれないが、19世紀までの(西洋)哲学思想などが[idea]。
[東亜]は、現在の日本人がアジア太平洋戦争(大東亜戦争)などをどう総括しているか、という問題と、脱北者などで問題化している北朝鮮金正日体制に関するものを、同じカテゴリーに入れました。台湾、朝鮮、旧満州、などなどの地域に広がった日本人とそれに関わらされてしまった日本人以外の戦前と戦後の問題を考えたいとするものです。
http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/dai.htm
なお上記「わたしたちは忘却を達成した――大東亜戦争と許容された戦後――」に野原は、「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」という言葉、を使う理由についてこう書きました。
「 十二月八日を開戦記念日と言い、第二次世界大戦とか太平洋戦争という言葉しか使用しない。それでは、日本が中国と戦ったことを皆が忘れてしまっても、当然だろう。日本はアメリカに占領された。従って日本はアメリカにだけ、負けたのだという図式が強かったのは当然だ。しかし、現在までその構図が崩れていないのには、理由がある。日本は中国に負けた、と思いたくないのだ。明治以来、東アジアでも最も先進国、というところに日本のプライドはあるのだから。大東亜共栄圏というスローガンを掲げながら、「中国人を殺すことが善」という殺人鬼を、多数養成したこの戦争は、やはり大東亜戦争と呼ぶしかないだろう。」
批判があれば考えていきます。
先日読んだ子安宣邦『「アジア」はどう語られてきたか』という本は、東亜という表記と概念がおってきた歴史について丁寧に批判を展開しています。紹介したいと思いますが今日はできませんでした。
なお、今日カウンタを設置してみました。
自衛隊監視テント村が弾圧を受けた
下記サイトによれば3名の事後逮捕があったということです。大衆が、行った者はしかたない元気に帰ってきて欲しいという「しかたない」意識に傾いているので舐められた、ということでしょう。
2月27日早朝、私たち立川自衛隊監視テント村は「イラク反戦」を理由に全面的な弾圧を受けた。逮捕者3名、事務所・個人住宅の家宅捜索6ヵ所。これは小さな反戦市民団体としては大きな打撃である。令状には、1月17日に自衛隊官舎に反戦ビラを配ったことが住居侵入にあたる、とあった。 団地のポストにチラシ広告を投函する全ての行為がこの弾圧の対象になりうる。はてなダイアリー – 隔離される私と相互監視社会
自衛隊即時撤退せよ(続き)
バクダッドのリバーベンドさんのブログから少し引用させてもらいます。http://www.geocities.jp/riverbendblog/
「2004年4月4日日曜日」の一部 バグダードとナジャフでは、アル・サドル支持者のデモが続いている。バグダードでは、グリーン・ゾーンとシェラトン・ホテルの近くに何千人も集まっている。怒りにみちた黒衣の大群衆。ナジャフでは、デモの群衆は、スペイン軍駐留地のすぐ外にいて、スペイン軍兵士は彼らに向けて発砲した。少なくとも14人が死亡、数十人が負傷と伝えられる・・・ (略)
これだけははっきりさせておきたいのだけれど、私は、アル・サドルの支持者では”ない”。イラクを第2のイラン、サウジアラビア、クウェートにしようとしている聖職者たちは嫌いだ・・・だが、デモに対し、軍隊が銃弾と戦車で応じているのを見ると、心底激しい怒りがこみ上げてくる。集まった人々に向けて発砲するつもりで、デモを許可したってわけ? デモの人々は、武装していなかった、ただ怒っていただけ__最近ブレマーとその一派がアル・サドル派の新聞を発行禁止した。また、サドルの側近ナンバーツーが南部でスペイン軍に拘束されていると言われている(スペイン軍は否定しているが)。サドルの信奉者たちは憤激している。そして、(ちゃんと聞いてね)__その信奉者たるやほんとに半端な数じゃないのだ。(略)
そして、ラムズフェルドたちはアブサドル一派をアルカイダ並の主要敵に位置づけてしまった。自衛隊は「復興支援のために」イラクに存在する、なんていう理屈はいまやびしょぬれになったティッシュのように崩壊した。イラク人の集団と闘い彼らを殲滅する自衛隊を望む人たちだけが、自衛隊即時撤退に反対するだろう。
リバーベンドさんのブログ(の翻訳)によれば、かっては女性たちでにぎわっていた市場は今や女性たちにとって危険な場所になり、ほんの少数の女性たちしか見かけなくなった、とのことです。しかも女性たちは例外なくヒジャブを被っている。米軍はアフガンでは女性をヒジャブから解放したと宣伝された。1年間の米軍主導による統治はその逆をもたらした。つまり失敗したのです。
3人はヒーローだ
空港に彼ら3人をたたえる表示を持って迎えに行こう!!
現代思潮社
わたしは、すがさんという人読んだことないし、好きでもない。ですが下記はすがが正しい、と思う。(小熊の『民主と愛国』は最初の所読んで良くない本だと思った。)(現代思潮社が現代思想社と誤記されていた)
http://seijotcp.hp.infoseek.co.jp/text/21c-suga.htm
60年安保の時に、吉本隆明という人が6月行動委員会というところで、当時の中核を「三一書房」にあった、と鶴見が何度も言っているんです。ただ、ちょっと調べれば分かるんですが、当時の知識人界隈の雰囲気を知っていれば、それが間違っていることはすぐに分からなきゃいけない。6月行動委員会の中心は「現代思潮社」なんですが、何故か「三一書房」と言っているんですね。それをチェックできてないんですよね、2人(上野、小熊)とも。