6月30日コメント欄

id:noharra:20050630

(1)

# drmccoy 『皇国・皇軍が「強制」したとおっしゃいますが、具体的にどのような方法で強制したんでしょうか?』 (2005/06/30 10:27)

(2)

# drmccoy 『あともう一点、noharraさんの考える責任の所在は「天皇」「皇軍」「当時の権力者」のいずれかもしくは、全部であり、他には無いという事でしょうか。この他にもありましたらお教え下さい。』 (2005/06/30 11:02)

(3)

# swan_slab 『サイパン島や沖縄戦での民間人の集団自決は、おそらく心理的には、投降の呼びかけに応じれば殺されないかもしれないが、恥辱を感じ、社会的信頼を失い、家族に社会的制裁あるかもしれず、それならば自ら死を選ぼうという意識があったでしょう。そしてもうひとつは、投降すれば食べられてしまうとまで考えていた人もいたなど、米兵そのものが鬼畜化してイメージされていたことががあげられます。

戦時法としての交戦規則について住民はちゃんと知らされていないうえ、敵国兵士に対する歪んだイメージを持っていた。これは国家主導のプロパガンダによる一種のマインドコントロールに近いでしょう。さらに継続的な皇国教育や精神論的な戦陣訓などが強く影響したことは否定できないと思います。そのような観点からすれば、集団自決を積極的に誘導したのは当時の権力機構そのものであったといえると思います。』 (2005/06/30 12:23)

(4)

# spanglemaker 『そしてその権力機構を選んだのは当時の日本人ですね。以下でswan_slabさんもおっしゃっているように、責任の所在は簡単には決められないでしょう。

http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20050623#p2』 (2005/06/30 19:48)

(5)

noharra 『マッコイさん。そんなことより「(天皇がサイパンで)もうすこし頭をさげたことにどれだけの意味と意図があるかちゃんととらえてほしい。…」について教えてください。責任逃れための責任談義にもっていこうとしているだけでしょう?』 (2005/06/30 22:58)

(6)

# swan_slab 『>そしてその権力機構を選んだのは当時の日本人ですね

これは制度的にはありえないですね。当時の統治機構は国民主権原理ではなく天皇主権を前提としていました。また民主主義の大前提たる表現の自由は相当程度制限されており、国民は知るべき情報を目隠しされていたというべきです。

しかし、それでも”後から知る”ことはできる。わが子を殺し、自らも自殺する行為の悲惨さを、純粋無垢な戦争の犠牲者とだけ語り継ぐことはやはりできない。そういうことです。

>責任の所在は簡単には決められないでしょう。

かつて西尾幹二氏は「全体主義の呪い」という著作のなかで、この悩みを哲学的に表出していますね。非常に深いテーマで、私などの凡人にはにわかに答えは出せませんが。簡単な話にはならないですね。』 (2005/06/30 23:22)

(7)

# drmccoy 『野原さん、ご自身が言った事「皇軍の強制が原因」が正しいというなら、「具体的にどう強制したのか」答えてください。答えがなければ、答えられない、根拠無く説明できないと受け止めますがよろしいですか?

>責任逃れ

誰の責任ですか?まさか私には過去の指導者の戦争責任を追及する責任があるとかおっしゃるんではないでしょうね?一方的に糾弾されている彼らを弁護する責任なら多少感じていますが。

>頭をさげたことにどれだけの意味と意図

いつもそうなんですが、質問の主語がわからないので答えにくいんですよ。

「意味」とは誰にとっての意味ですか?見る人によってそこから感じる意味は違いますよ。私にとってどういう意味があるかという事ですか?

それから、「意図」とは陛下の意図ですか?それなら本人が「慰霊が目的」と言ってるますが。』 (2005/07/01 16:22)

(8)

# swan_slab 『自決と命令については、http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper11.htm参照。

私自身は、戦史のなかでは、栗林中将が玉砕やバンザイ突撃を決して指示しなかった硫黄島の戦闘の印象が強いです。

なんていうかな。まずはアジア太平洋戦争の戦記を共有することからはじめないと。』 (2005/07/01 17:46)

(9)

# drmccoy 『私にとっての意味または意義でしたらhttp://www.sankei.co.jp/news/050629/morning/editoria.htmに集約されています。

ところで、誤解されると困るので書きますが、私はかつての戦争指導者に一切責任が無かったなどとは思っていません。天皇や東条英機に一切責任が無かったと思っている人なんて希でしょう。石原慎太郎でさえ天皇は退位すべきだったとか言ってますから。

問題は誰が何に対してどこまで責任を負うか、そしてその罪はどれくらいかということでしょう。それらの検証なしにすべての責任を天皇やA級戦犯などに集約させてそれで終わりというのでは、結論を急ぎすぎではないですか?

これらを法的にも根拠のある法廷できちんと裁けていればこんなにややこしくなっていなかったと思いますよ。東京裁判だって法的に欠陥があるから、無実だったとか言い訳に利用されているわけです。』 (2005/07/01 17:52)

(10)

# drmccoy 『なるほどswan_slabさんの参照先は参考になりました。沖縄の例などからサイパンにあてはめて参考にしてみると、原因としては「天皇のために死ぬことを美徳とする皇民化教育」「軍による共生共死の一体化」、「捕虜を恥辱とする観念」、「鬼畜米英への恐怖」、「逃げ場のない追い詰められた地理的状況」などなどで、米軍だけでなく、日本軍までもが住民を追いつめた。これならわかります。おそらく軍人の質も低い人が多かったのかもしれません。地上戦という特に悲惨な状況であったとは言え、日本軍が同胞の住民を追いつめた、その責任は重大だと私も思います。しかし、すべての軍がそうでだったわけではありませんから swan_slabさんの記述はその点のバランスも配慮されて書かれている点、説得力を感じました。』 (2005/07/01 18:16)

(11)

# spanglemaker 『swan_slabさん。

>>>そしてその権力機構を選んだのは当時の日本人ですね

>>これは制度的にはありえないですね。当時の統治機構は国民主権原理ではなく

>>天皇主権を前提としていました。また民主主義の大前提たる表現の自由は相当

>>程度制限されており、国民は知るべき情報を目隠しされていたというべきです。

それってhttp://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20050623#p

に書いてあることと矛盾するようですが。

>>天皇制こそが諸悪の根源みたいな語り方は80年代にもよく耳にしましたが、

>>ものすごく単純化した図式のなかに何かの責任を押し付けて拒絶感を表明する

>>という傾向は、戦後ず~っとあったと思いますね

それともこれは肯定的な文脈で語ってらっしゃるんですか?

国民が統治機構に関与できないというなら責任の所在は簡単じゃないですか。

戦前の日本は立憲君主制の民主主義国家です。

言論の自由は今ほど自由じゃないにしても、天皇制についても広く議論されています。

この議論から天皇の統治権は制限を受けるという美濃部達吉の天皇機関説が主流になりました。

これは今の象徴天皇制と本質的に同じです。

戦前も日本が民主主義国家であったことはちょうどsanhao_82氏が今日のエントリー論じておられますので紹介します。

http://d.hatena.ne.jp/sanhao_82/20050701#p1

だからこそ責任の所在は簡単ではないわけです。』 (2005/07/01 20:45)

(12)

# swan_slab 『>spanglemakerさん どうも

「戦前は天皇主権だったので国民は権力の末端部品だった」というのと「天皇制こそが諸悪の根源みたいな拒絶は日本人の生き様に目をつぶるものだ」という論は矛盾するように読めるかもしれませんね。両者を極論すれば矛盾するでしょう。

でも、両者の極端な値におそらく真実はないのだと思うのです。

>国民が統治機構に関与できないというなら責任の所在は簡単じゃないですか。

責任というのは、「どのように観察した場合に」という”アスペクト”で捉えなければならないと私は思います。国民の積極的・能動的自由が制限されていた状態を反省するなら、国民を悲惨な戦争に巻き込んだ責任の所在は自ずから国民ではありえません。そして、日の丸を振って地域の若者やわが子教え子を戦場に送り出した責任といったものは当事者の心の中にはありうるでしょう。

しかし、次世代についていえば、戦後の新憲法の理念を維持する責任は戦後の国民に課されたと私は思います。個人的な自責感だけではダメで制度的に固定化しなければならない、戦前の制度や考え方の何が間違っていたのかを反省し続けること、これが国民一人一人の責任だという具合に捉えています。

>戦前の日本は立憲君主制の民主主義国家です。

>言論の自由は今ほど自由じゃないにしても、天皇制についても広く議論されています。

>この議論から天皇の統治権は制限を受けるという美濃部達吉の天皇機関説が主流になりました。

>これは今の象徴天皇制と本質的に同じです。

だいたい正しい認識だと思ってかまいませんが、このあたりは多分私のほうが詳しいと思いますので、補足させていただきますと、

明治憲法が民主制をとっていたか、という問いに対しては、明治憲法上、主権の本質はやはり天皇主権とみなさざるを得ないので、天皇主権と民主制は背理します。

また「戦前の日本は立憲君主制だった」のではなく、立憲君主制モデルをもって明治憲法を解釈しようとする学説上の動きが有力になった一時期があったというふうにとらえたほうが正確です。おっしゃる美濃部の天皇機関説はその一例です。古くは、伊藤博文が憲法制定に際して、君主の権限を制限する立憲君主制を導入しようとしていたことも知られています。

つまり、まがりなりにも立憲主義を機能させようとしていた。おっしゃるように天皇にあたかもイギリスの君主のような役割を担わせようとする動きがあった。

また、臣民の間でも、英米やフランスなどの人権の概念や法の支配、住民自治について理解があった啓かれた人たちがいたことは確かです。

しかし、1935年頃から体制側から反動がくる。いわゆる国体明徴運動は古くは教育勅語(明治中ごろ)から使われている言葉ですが、より政治的意味を込めて使うようになったのは35年です。国体明徴問題についてはhttp://www.cc.matsuyama- u.ac.jp/~tamura/kokutaimeityou.htm参照。

「国体の真義によって、個人主義的な欧米文化のもたらした欠陥を是正する」と結語された『国体の本義』(1937文部省)に象徴されるように、天皇を倫理的・精神的・政治的中心とする国の在り方を根本から国民にわからせてあげなければならないという使命感のようなものが生まれていったわけです。国体明徴運動が激化してくると、文部省は上述の『国体の本義』を全国の学校・大学・図書館等に配布し、・・。

また、戦時体制が敷かれ始めると、国家の啓蒙活動は国体に限らなくなります。

とくに『厚生運動』は典型例ですが、要するに、国民の体力を増強しなければならないという命題のもと、厚生省が誕生する。厚生省はもともと”厚生省体力局”新設が主眼で、その他衛生・社会福祉・労働などの部署はついでについてきたものだったんですね。健康こそが国家に尽くす大本であって、病者や障害者は非国民扱いになってゆく。体力増強のために国立公園がやたらと山岳地域にばかりに生まれハイキングコースが整備されたのもこのころです。嫌がる商店主なんかを引っ張り出して休日に体操やハイキングをやらせていたのが厚生運動です。

まぁいわば健康を強制していたわけですが、44年ごろには完全に終息します。体操している場合じゃなくなって。

戦争で散っていった兵士の多くは、この厚生運動とか国体明徴運動の影響をもろに受けた世代だったということができます。』 (2005/07/01 23:24)

(13)

# spanglemaker 『1935年以降日本の民主主義がおかしくなったのはおっしゃる通りでしょう。

ところで明治憲法施行から1935年まで何年あるとお思いで?

コメントに書かれている日本を「立憲君主制」としようという努力は

1889年の憲法公布のさらにその前から1935年までの長い間の出来事なんですよ。

ずいぶん長く民主主義が続いていたじゃないですか。

「軍部独裁」の10年間が異常だったということでしょう。

異常とはいえ太平洋戦争が国民多数の意思を反映した政策であることは確かですし。

戦前の日本では日本国民が権力機構から疎外されていたと結論つけるのは

やはり妥当ではないと考えます。

なお、公布前に「立憲君主制」を目ざし、公布後も「立憲君主制」という解釈が主流に

なるのであれば、憲法だけ「立憲君主制」ではない、という解釈は不自然だと思います。

>>だいたい正しい認識だと思ってかまいませんが、

>>このあたりは多分私のほうが詳しいと思いますので、補足させていただきますと、

何様ですか?

>>でも、両者の極端な値におそらく真実はないのだと思うのです。

ここの記事もすごい極論なので、私に反論して下さったのと同じように、

noharra氏にも反論されたらいかがでしょうか。

なぜnoharra氏の極論には何も言わないのか不思議です。』 (2005/07/02 12:37)

(14)

# swan_slab 『>ずいぶん長く民主主義が続いていたじゃないですか。

>「軍部独裁」の10年間が異常だったということでしょう。

明治憲法下の日本を民主主義といえるかというと、いえないと私は思います。

プロイセン型の憲法を採用しながらも、民主的に(ないしイギリス立憲君主制的に)運用しようという動きがあったにせよ、そもそも制度的に民主制ではなかった。

>異常とはいえ太平洋戦争が国民多数の意思を反映した政策

それはあまり根拠がないと思いますが。

>なお、公布前に「立憲君主制」を目ざし、公布後も「立憲君主制」という解釈が主流になるのであれば、憲法だけ「立憲君主制」ではない、という解釈は不自然だと思います

明治憲法において民主的要素が全くなかったわけではありませんが、統治機構だけでも次のような欠陥があった。権力分立が不完全で、各機関は天皇の大権を翼賛するものでしかなかったこと、法の支配という観念がなかったこと、公選に基づかない貴族院が衆議院を抑制し、政府や軍部に対するコントロールが極めて弱かったこと、そもそも内閣自体が憲法上の制度ではなく、大臣輔弼制度が及ばない天皇の大権が憲法上認められていたこと、内閣が議会に対して責任を負わなかったことなどです。

そして、民主的といえる部分については、かろうじて制限的ながらも臣民の権利義務が法律の範囲内において認められていたことがあげられます。この部分が近代化に果たした役割は大きいと思いますが、上記の制度的欠陥は致命的だったとみるべきでしょう。

明治憲法の規定に、立憲君主制を読み込む、あるいは国家法人説を読み込む努力が潰えたのは国体論の台頭があったからということのほかに、根本的に明治憲法の構造がイギリス型の立憲君主制を読み込むのに適していなかったからでしょうね。』 (2005/07/02 14:40)

swan_slabさん、drmccoyさん、spanglemakerさん コメントありがとうございます。

応答が遅れてすみません。

高校生は性行為すべきでない

性教育について議論している中教審の専門部会は14日までに、高校生以下の子どもの性行為を容認すべきではないとする立場に立って性教育の指導をすることで一致した。中教審が子どもの性行為を許容しないとする基本方針を示すのは初めて。

(略)

文部科学省の学校健康教育課は「性行為を一切禁止するものではないが、性教育をする前提として、性行為を容認しないことを基本スタンスにしたい」としている。

専門部会は、高校卒業時点で身に付けているべき性教育の内容を議論。性行為について「子どもたちは社会的責任が取れない存在で、性感染症を防ぐ観点からも容認すべきではない」とした。

高校以下の性行為容認せず 中教審が基本方針 – 共同通信

http://d.hatena.ne.jp/kitano/20050718/p1 より

「性行為を容認しないことを基本スタンスにしたい」といった教師の側の主観的道徳的価値観を先立てて性教育を行おうとしても、有効ではない。そんなことは明らかだと思う。

「性行為を容認しないことを基本スタンスにしたい」を受け入れる形で日本社会は進んでいくのだろうか? 戦後日本が性行為に寛容だったことは、<武器を持ち人を殺すことをためらわない兵士になる>ことを強く否定したことと関係がある、と考えることもできる。ブッショの戦争*1を支えるための安物の宗教=道徳が、このような形で日本に上陸し社会を変えようとしている。

*1:大東亜の大義に反する

旧日本軍の人体実験

旧日本軍の人体実験、外国人犠牲者のリスト見つかる

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戦時中に旧日本軍に逮捕された後、関東憲兵司令部から731部隊に特別移送され、細菌を使った人体実験の犠牲となった外国人(「特移扱い」と呼ばれ

た)22人の名簿と資料が1日、中国の歴史研究者によって初めて公表された。犠牲者は旧ソ連の兵士やスパイ、旧ソ連のために活動していた朝鮮人スパイな

どで、旧ソ連人15人、朝鮮人6人。

名簿と資料は、旧日本軍が未廃棄のまま残し、黒竜江省・吉林省の資料館や中央の資料館に保存されていた日本語書類の中から見つかった。書類は関東憲

兵司令部司令官が署名発行したもので、外国人犠牲者の氏名・性別・年齢・本籍地・職業・身分・当時の住所・逮捕地点とその理由、各憲兵隊長による「特移

扱い」伺い、関東憲兵司令官による承認番号などのデータが、比較的完全な形で残っている。(編集NA)

「人民網日本語版」2005年8月2日

http://j.people.com.cn/2005/08/02/jp20050802_52290.html

太初に日神があって、

イザナキ、イザナミが国生みをしたのは天神の命を受けてであるという要素は、古事記と日本書紀の一書一に出てくる。

これは新しい追加要素だと思う人もいるかも知れない。けれども、このような要素は沖縄の創造型神話にもあるのだ。

p75 大林太良『日本神話の起源』徳間文庫 1990年

オモロ「昔始めからのふし」に、次のような話があるという。

 太初に日神があって、伏して下界を見ると、島のようなものがあったので、アマミキヨ、シネリキヨの二神に詔して、これを治めしめることにした。二神は天降って数々の島をつくり、日神はさらに詔して、そこに天つ民をつくらずに国つ民をつくらせた。(同上)

次に、新井白石は次のようなアイヌ神話を記録している、ということのようだ。

 蝦夷島の世のはじめに、老夫婦が来たり住み、食物が乏しいので苦しんでいた。夢に神が現れ、二人に、これをもって海をかきさぐって食物を獲よと教えた。目が覚めて、かたわらをみると、舟のかいがあった。教えに従って、それで海をさぐると、白く泡立つ下から魚がかずかず浮かび出たので、捕らえて食物としたのが始まりで、今の世までその魚が主な食料となった。ニシンがそれである。老夫婦の子孫がふえて、今日のエゾが島の人々になり、二人はその住んでいた江刺の地に神としてまつられ、老夫を恵比須といい、老婦を姥の神という。

(p76 同上)

アイヌ神話とはいっても、これは日本から入ったものだろう。「日本のオノゴロジマ神話の異伝あるいは派生物とみられる。というのが大林さんの見解。生活苦のリアルさみたいな話になっているのは作られた時代が新しいからだろうか、興味深い。

於是天神諸命以(天神の命を以て)

二神が 立天浮橋而 指下其沼矛以畫者 鹽許袁呂許袁呂迩畫鳴而 引上時、 自其矛末垂落之鹽累積 成嶋。是淤能碁呂嶋。

つまり、この三つの話においてはいずれも、「天神」とそれに命じられる神との関係は存在する。だが「海をかき回して」「島を作る」の、前半だけはアイヌにあるが、後半は古事記にしかない、ということになります。

およそ政治倫理上の常識が許さない。

 丸山真男に『戦争責任論の盲点』という短い文章がある。(思想の言葉、「思想」昭和三十一年三月号、岩波書店)というから、1956年、50年ほど前に書かれた文章だ。みすず書房「戦中と戦後の間、1936-1957」の596ページから601ページにある。

下記のurlで、ほぼ全文が読めます。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/maruyama.htm 丸山眞男、戦争責任

天皇の戦争責任について述べた処を抜粋して見る。

この二点に注意しながら、我が国の戦争責任とくに政治的な責任問題の考え方をふりかえってみるとき、そこに二つの大きな省略があったことに思い至る筈である。一つは天皇の戦争責任であり、他は共産党のそれである。この日本政治の両極はそれぞれ全くちがった理由によって、大多数の国民的通念として戦争責任から除外されて来た。しかし今日あらためて戦争責任の問題を発展的に提起するためには、どうしてもこの二者を「先験的に」除外するドグマを斥けねばならぬ。

 天皇の責任については戦争直後にはかなり内外で論議の的となり、極東軍事裁判のウェッブ裁判長も、天皇が訴追の対象から除かれたのは、法律的根拠からでなく、もっぱら「政治的」な考慮に基づくことを言明したほどである。しかし少くも国内からの責任追求の声は左翼方面から激しく提起された以外は甚だ微弱で、わずかに一、二の学者が天皇の道義的責任を論じて退位を主張したのが世人の目を惹いた程度である。実のところ日本政治秩序の最頂点に位する人物の責任問題を自由主義者やカント流の人格主義者をもって自ら許す人々までが極力論議を回避しようとし、或は最初から感情的に弁護する態度に出たことほど、日本の知性の致命的な脆さを暴露したものはなかった。

 大日本帝国における天皇の地位についての面倒な法理はともかくとして、主権者として「統治権を総攬」し、国務各大臣を自由に任免する権限をもち、統帥権はじめ諸々の大権を直接掌握していた天皇が――現に終戦の決定を自ら下し、幾百万の軍隊の武装解除を殆ど摩擦なく遂行させるほどの強大な権威を国民の間に持ち続けた天皇が、あの十数年の政治過程とその齎した結果に対して無責任であるなどということは、およそ政治倫理上の常識が許さない。事実上ロボットであったことが免責事由になるのなら、メクラ判を押す大臣の責任も疑問になろう。しかも、この最も重要な期間において天皇は必ずしもロボットでなかったことはすでに資料的にも明らかになっている。にも拘らず天皇についてせいぜい道徳的責任論が出た程度で、正面から元首としての責任があまり問題にされなかったのは、国際政治的原因は別として、国民の間に天皇がそれ自体何か非政治的もしくは超政治的存在のごとくに表象されて来たことと関連がある。

 自らの地位を非政治的に粉飾することによって最大の政治的機能を果たすところに日本官僚制の伝統的機密があるとすれば、この秘密を集約的に表現しているのが官僚制の最頂点としての天皇にほかならぬ。したがってさきに注意した第一の点に従って天皇個人の政治的責任を確定し追及し続けることは、今日依然として民主化の最大の癌をなす官僚制支配様式の精神的基礎を覆す上にも緊要な課題であり、それは天皇制自体の問題とは独立に提起さるべき事柄である。(具体的にいえば天皇の責任のとり方は退位以外にはない。)天皇のウヤムヤな居据りこそ戦後の「道義頽廃」の第一号であり、やがて日本帝国の神々の恥知らずな復活の先触れをなしたことをわれわれはもっと真剣に考えてみる必要がある。

 天皇の戦争責任は(残念ながら)(法的には)(政治的には)あるとは言えない。という“無かった”の上にわたしたちの戦後は成立し今に至っている。沖縄住民集団「自決」問題の責任が(彼に)<無かった>という事実が法的に確定していくとすれば、それは天皇において起こった事がその末端においても確認されるということで、当然のことにすぎない。

 丸山は「天皇が、あの十数年の政治過程とその齎した結果に対して無責任であるなどということは、およそ政治倫理上の常識が許さない。」と言った。私もそう思う。朱子学の大義名分論の二種類の過激化として、水戸学と平田派国学があり、明治維新の思想的根拠はそれだった。45年8月まで日本を支配した狂気(一億玉砕)にもそれらは深く流れていた。

政治倫理上の常識、と丸山が言うときそれは儒教的あるいはカントヘーゲル的な常識と考えていいだろう。では、水戸学と平田派国学的な常識から考えれば、天皇は無罪になるのだろうか。断じてそんなことはない。無罪を導こうとすればそれは「奴隷の神学」から、だけだ。

老人介護問題

http://med-legend.com/mt/archives/2005/09/post_665.html 医学都市伝説: 老人介護を楽になる方法

「痴呆老人を介護する家族の苦労というのは並大抵のものではな」い。どう向きあったら良いか?

上記ブログでは、「言語的コミュニケーションを重要視するな」と提唱している。

したがって、その対応は非言語的なレベルでの受容というものが中心になるべきで、もっと簡単にいえば、「説教せずに、相手のいうことはハイハイと受け入れ、主にボディコンタクトなどを介して行動を導く」という単純な手順だけで、痴呆老人の問題行動のかなりの部分は軽減する。もちろん、しつこい非現実的要求が続くことはあるが、それを言語的説得しても意味はない。あえていえば、「とにかくその場はゆったりとごまかす」という対応で十分だ。何しろ相手はぼけているのである。このアドバンテージさえ自覚すれば、いくらでもごまかせる。

その意味では、痴呆老人への対応のエキスパートはそこらの医療福祉関係者ではなく、リフォーム詐欺などを生業にしている連中であろう。非言語的レベルで相手の不安をうまく和らげれば、言語合理性のレベルでは無理とも思える消費行動に引き込むことも出来るのだ。医療福祉関係者はこのテクニックを、何としても学ぶべきであると思われる。

老人介護のことは何も分からない。ただ「非言語的レベルで相手の不安をうまく和らげ」るというのは、どんな場合でも大事なことなのだろう。わたしにはできないが*1・・・

*1:居直らない!

22日20時

事件発生後、4日以上経ってようやく「Warning!!」の怖い壁紙を消すことができました。もちろん主に友人の力によってですが。

さて、Firefoxにでも乗り替えるかな。

(ところで、怖い壁紙に脅かされながら、デリダとか致死性とかゴタクを並べるってちょっと変ですね。今回ウイルスにやられたのはうちの奥さんので、私のは大丈夫だったのです。だからデリダとかの文章はその壁紙とは離れた場所で書いたのです。)

教育勅語

教育ニ関スル勅語

朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國軆ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン

斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ挙挙服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ

明治二十三年十月三十日

   御名御璽

昭和23(1948)年 国会で排除・失効確認を決議

最悪の「天皇制支持者」たち

http://blog.livedoor.jp/yuichi_fkd/archives/50126247.html

なにものかのひとりごと:紀宮結婚を騒ぎ立てる日本列島の薄気味悪い空気を感じて

最悪なのはもちろん、上記記事の筆者フクダユウイチ氏ではなく、下記のようなコメントを付ける奴ら。

なさけない。

フクダユウイチくん

ついに超えてはいけない一線を越えてしまったね。

Posted by あ~あ at 2005年11月16日 18:56

日本の禁忌に触れないほうがよろしいかと。

Posted by 天皇家は日本の禁忌の一つです。 at 2005年11月16日 19:04

あーあやっちゃったね・・。

荷物まとめてどこかに逃げた方がいいよ。

しかし本当に頭悪いんだね。

Posted by ここの閉鎖も時間の問題 at 2005年11月16日 19:11

ところで、裕仁氏は「皇祖皇宗に対し、又国民に対し、責任をおとり被遊、御退位被遊が至当なり」であったのに退位しなかった。もはや憲法1条を廃棄するしかわたしたちの倫理の根源を救うことはできないのではないか、と思わないでもない。参考 http://d.hatena.ne.jp/noharra/20051109

(11/22追加)

「*p4*醜悪な、そして血塗られた何か」初稿

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20061220#p4

「*p4*醜悪な、そして血塗られた何か」初稿

1 アメリカは約束しましたか?

約束しました。

われわれは以下のことを行う

* 人間の尊厳という妥協の余地のない要求の侵害に対しては、国際機関における発言権と投票権を行使して率直に発言し、自由を促進する。

* 自由を促進し、自由を求めて非暴力的に闘う人々を支援するために我々の対外援助を用いる。そして、民主主義の実現に向かおうとする国家は、その段階に応じて報われることを保証する。

* 二国間関係においては、自由と民主的機構の発展を主要なテーマとする。人間の権利を否定するような政府に対し、よりよい未来へ向けて変革するように圧力を加え、同時に、他の民主主義国家からの連帯と協力を求める。

* 宗教と良心の自由を促進し、抑圧的な政府による侵害からその自由を守るために、特に努力をする

われわれは、人間の尊厳という大義を擁護し、これに敵対するものに対抗する。

http://www.itoh.org/kagurazaka/bushdoc/bush2.html

ブッシュドクトリンII

2 イラクの情況はどうですか?

とてもひどいです。

この数十年、イラクの状況が今ほど悪いことはなかった。占領は失敗だ。親米、親イランのイラク政府はどれもこれも失敗した。新しいイラク軍は救いがたい冗談となっている。2006年11月5日 日曜日

http://www.geocities.jp/riverbendblog/

Baghdad Burning

 アルジャジーラが入手した新たな調査情報によると、イラク国民の90%以上が今のイラクは2003年の開戦前より悪くなったと確信している。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061215/1166188887

3 米軍が撤退するなら暴力・武力事件は減るでしょうか?

おそらく減るでしょう。

 イラク国民を対象にした調査では、回答者のほぼ66%が、もし米軍が撤退するなら暴力・武力事件は減ると考えていた。

 38%は、マリキ首相にイラクの現状を改善する能力を「信じない」と回答し、ほぼ90%が政府の約束と実行力はひじょうにお粗末だと述べた。

 政府系の治安部隊では国をコントロールできないと感じている者は36・5%に昇った。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061215/1166188887

4 米軍は虐殺しましたか?

虐殺はあったと思われます。

 昨年11月、アメリカの海兵隊によるハディッサ攻撃で家族7人が殺された。生き延びた家族の1人イマン・ワリドさん(10歳の少女)がビデオで証言する。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061223/1166840373

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006.10~

 ロイター通信(12月8日、ティクリート発)によると、イラク警察と地元住民は子ども6人、女性8人を含む32人の市民が8日の米軍空襲で殺害された。だが米軍は、女性2人を含むアルカイダ戦士20人を殺害したと発表し、子どもの死亡については否定した。 Iraqis say US raid killed 32, including 6 children

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/comment/20061209/1165640397

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006.10~

5 米軍増派に効果はあるか?

ないと思われます。

 だが米軍が過去にアンバル州で実行した掃討作戦の経験では、掃討作戦によって一時的にその場所ではレジスタンスの姿が消えても、米軍の大部隊が去るとまた戻って来るという繰り返しであり、掃討作戦の効果を疑う現実論も軍内部に強くある。そのうえ、米軍全体の兵力にその余力はもはやないとみる司令官もいる。

 ベーカー委員会でも勧告をまとめる過程でこの「増強後に撤退」を選択肢として検討したが、結局は同じような議論を繰り返したのち選択肢から排除された。浮上しては消え、消えてはまた再浮上する背景には、それでも何らかの軍事的対策が必要であるという米軍上層部とイラク戦争・侵略を強硬に主張したタカ派勢力のアセリが見え隠れしている。それはまさしく、ブッシュ政権が軍事的攻勢もとれず、かといって駐留米軍の大規模な削減もできないまま現地情勢を泥沼化させてきた過程と重なる。

http://www.geocities.jp/tomesannew/uruknews-shiro_yamamoto_1217-2006.html

第12回 2006年12月17日

6 米軍はイラクを安定化できるか?

できないと思われます。

他方、CBSのテレビ番組に登場したパウエル元国務長官は17日、イラクにおいてアメリカは敗北しつつあり、米軍の増強では情勢は転換できないと述べた。そして来年2007年半ばまでに米軍撤退を開始すべきだと主張した。 Powell Says U.S. Losing in Iraq, Calls for Drawdown by Mid-2007

 彼はさらに、バグダッドを安定させるため夏に米軍を増強したが失敗しており、これ以上はどんな試みも成功しそうにない、と述べた。「もし誰かが追加派兵を提案ししたとして、仮に私がまだ統合参謀本部議長だったら、私が最初に質問するのはこうだ・・・その部隊が達成すべき任務は何なのか? それは本当に達成できるのか? そしてそれを達成するのに十分な兵力がわが国にあるのか?」。

 彼は軍に関わった自分の経験から判断して、陸軍が既に破綻寸前にあると指摘し、イラク以外でも陸軍と海兵隊を増やさなければならないと説明した。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061219/1166508021

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006.10~

7 なぜ暗殺が続いているのか?

内紛をかき立てているのはイスラエルなのかもしれない。イラクが永遠に不安定で有り続けることはイスラエルの利益であろうから。

断定はできない。

 暗殺チームの目的は、イラクの潜在的な指導者を抹殺することにあり、米軍が去るとき、そしてイスラエルが傀儡勢力を築くとき、レジスタンスを根こそぎにしておくことにある。アメリカはスンニ派を権力から追放し、警察を指揮する内務省をシーア派に担当させた。彼らはスンニ派の寺院を爆破してはシーア派のせいにし、そして今度はシーア派の警察署を自動車爆弾で襲う。双方が互いに非難しあうようになれば、それが基盤となって内戦が近づく。

 そして内務省の本当の指揮権は(イスラエルの)モサドにあり、その主要な上層部はイスラエルとその傭兵に握られている。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan/view/20060929/1159538505

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006年2~9月

8 アメリカはなぜ撤退しないのですか?

なんら影響力も権益も残さない撤退をアメリカがしたくないからです。

 他方、アメリカがレジスタンス組織と接触・交渉を持とうとしていることは事実であるが、これまでのところ主要なレジスタンス組織の対応は一貫している(※)。それは交渉を拒否しないが、交渉の前提として米軍が無条件かつ全面的にイラクから撤退をすること、レジスタンスを前政権を継承するものとして正統性を認めこと等である。

 この場合、アメリカは撤退後のイラクになんら影響力も権益も保持できないことは明らか。つまり、いずれにしても米軍が追いだされないかぎり、アメリカの模索する撤退戦略はイラクへの権益確保の策略でしかありえず、イラク国民が満足できるものではない。

http://www.geocities.jp/tomesannew/uruknews_Shiro_Yamamoto.html

解放のゆくえ--イラクは今

9 レジスタンスは勝利しつつあるのですか?

そういう見方もあります。

防御段階の側面から見るとさらにこの傾向ははっきりしていて、ファルージャとナジャフの戦いは典型的な住民による都市防衛戦として行われたことです。

この戦いの意義はゲリラ戦士と住民の結合した抵抗が、大兵力を擁する米軍に十分対抗しうることを証明し、占領軍はこのふたつの攻勢によって一気に抵抗を鎮圧し、イラク人民を屈服させると言う目的に失敗したことです。

さらに占領軍にとって重大なことは、この戦いによってそれまで何らかの期待や好意をもっていた住民の中の一定の層を一挙に失い政治的に敗北したことであろうと思います。(12/2 NK)

http://6528.teacup.com/uruknews/bbs

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