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09-04 子絶四。毋意。毋必。毋固。毋我。 子、四(し)を絶(た)つ。意(い)するなく、必(ひつ)するなく、固(こ)なるなく、我(が)なるなし。 http://kanbun.info/keibu/rongo09.html 論語・子罕第九(Web漢文大系) |
Panzaさんがやっている引用部分に色を付けるというのをやってみようと、 「<table border=1 bgcolor=”#ffeeee”>
引用は「>>」という行と「<<」という行で囲む、という簡易な方法だけでこれまでやってきた。たまに気分を変えるのも良いか。
ちょっとやり方を変えてみたが結果は同じだ。
なお、色見本はこちら:とほほの色入門・色見本
http://www.tohoho-web.com/wwwcolor.htm
Warnig!Warnig!から脱出できず。(10/21)
三日半経った。危険度低い、と書いてあったので甘く見ていましたが、危険度の高低と駆除できるかどうかの困難さは無関係、ではある。いまも別に大抵の仕事はできると思う。ただまああまりやる気がでない。*1
自己自身(ソワ・メーム)の自身(メーム)、死ぬことにおいて代理不可能にとどまるもの、それは代理不可能性としての可死性に結びつけられてはじめて、それが本来あるべきものとなる。すなわち自己自身における自己への関係としての自身になるのだ。*2
さてウィルスとデリダと何の関係があるかというと、メームという言葉がミームやワームと語呂が似ている別に関係はない。しかし、反復とウイルスの自己増殖の類似、またウイルスが常に、クリティカル(致命的)オブジェクトと名指される、事も合わせれば、シュールレアリストでなくとも連想は十分可能だ。
で、デリダが何を言っているかというと、たぶんここは、不在の神からの呼び声によって本来性に目覚めようとする存在云々というハイデッガーの教説と関係がある。
でまあ何を考えたかというと。人間でもパソコンでも健康なときは自分の身体というものについて考えない。病気や障害に出会ったときはじめて、自分に臓器があることを<医学の知>と照らし合わせて知ろうとするわけだし、パソコンの存在の根底に例えばレジストリやセキュリティの脆弱性を発見するわけだ。可死性に直面することではじめて、それは本来忘れるべきでなかった自身を思い出す。
例えば、今日私は英次郎とかいうCD版の英和辞書を買った。英語のソフトをダウンロードするときに単語が分かった方が便利だからだ。私が英語がいくら嫌いでも私がパソコンを使っている以上ある意味で英語を使っている事でもあるのだ。
早く厄介ごとを逃れて本来の時間を取り戻したい。だがわたしとは何か?
*1:すぐに3千円ほどのソフトを買ってインストールすれば駆除できたのだろうか。私が親切にも私に助言してくれる人が努力しても得られないことは、たかだか数千円で解決できることなのだろうか。ふーむう。ところで、ウイルス対策ソフトを変更する場合は、前の物のアンストールに成功するかどうかがポイントになります。そこで躓く人が多い。
*2:p96『死を与える』デリダisbn:4480088822
こうそこうそう
こうそ《くわうそ》
【皇祖】
○(1)[国]天皇の先祖。
○(2)[国]天照大神(アマテラスオオミカミ)または神武天皇の称。
○(3)[国]天照大神から神武天皇まで代々の総称。
◎皇祖皇宗
こうそう《くわうそう》
【皇宗】
○[国]天皇の代々の先祖。
第2代綏靖(スイゼイ)天皇から前代までの歴代の天皇をさす。
根本が腐っているのに
西尾氏に続いて登壇したある方の話によれば、十一宮家が皇室離脱した背景は、やはりGHQの占領政策とのことであった。
http://d.hatena.ne.jp/iorigin/20051121 Drag and Drop – 続・皇室のゆくえ
それはともかく、戦後裕仁が退位しなかったことは「GHQの占領政策」ではないのかね。
平成超国家主義
中島岳志さんのエッセイが今月号の論座に載っていたので、図書館で読んでみた。(暇人か?)
彼は1975年生。論壇では最若年になる。でその世代には「オルタナティブな価値や世界のあり方を見出したいという欲求が広範に共有されている。」
この間の右傾化の流れの中でいわゆる右翼的になることも多いのだが、上の世代の右翼的な人たちとはだいぶ違う。福田和也や宮崎哲弥は世間にさからってあえて右翼的言説で行くといった選択をした人。が平成ネオ・ナショナリズムと名付けられる20代の彼らはもっとストレート。社会の曖昧な抑圧感への抵抗をそのまま「ナショナリズム」にもっていく。従来左翼的なものと親近していた、エコロジーや反戦運動、オーガニック、ニューエイジ的スピリチュアリティみたいなものに接近することも多い。でもって、縄文的アニミズムの称揚や「母なる大地」との一体化を唱えるナショナリズムとむすびついていく、と。代表的人物としては俳優の窪塚洋介が挙げられる。彼は映画「Go」で在日朝鮮人を演じ(おおげさに言えばそれに憑依す)るなかで、自己の中のナショナリズムに目覚めていく。社会システムに抵抗する自己の軸を「在日」ではなく「日本」に見出したのだ。といった話でした。
で、中島によれば、オルタナティブを求める運動が国家主義に回収されるのは珍しいことではない。昭和初期の超国家主義も、国家主義のウルトラであったわけではなく、現実の国家を超越した価値を追求する思想だったと。
ふむ。
概念集・5 目 次
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概念集5に関する序文 |
1 |
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幻想性と級数展開 |
3 |
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批評概念を変換し… |
7 |
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ゲームの(不)可能性 |
9 |
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スピット処理に交差するモアレ |
12 |
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電報の速度 |
14 |
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表現における遠心と求心 |
16 |
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資料の位置 |
18 |
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爆風の現在 |
20 |
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救援通信最終号を媒介する討論のために |
23 |
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裁判提訴への提起 |
25 |
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肉体と身体に関する断章 |
27 |
|
包囲の原ビジョンへ |
29 |
必死に「市民投票運動する」女性たちを見て(訂正前)
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20120107#p1 を訂正しました。訂正前分は下記のとおり。
必死に「市民投票運動する」女性たちを見て
石に彫りつけるほどの、祈りをこめて、言葉を彫りつけよ。
さて、康有為は、中国の人心が十分覚醒していないという現状認識を論拠として、「革命すれば内乱を引き起こす」と言った。*1
これに類似の論理は現在でも、よく見ることができるものだ。
韓寒の、中国人の民度論がそうだ。(私は韓寒の根拠に同意したい気持ちもある。ポーランド以西はともかくロシア以東では89年の変革は下部民衆にマイナスをもたらしたのではないだろうか。その原因は日本と共通する「民主主義の弱さ」なのか?)*2
また現在、大阪市と東京都で「市民投票運動」が展開されている。*3現在最初のハードルを越えられるかどうかの瀬戸際である。今までの活動家はほとんどこの運動に冷笑的である。曰く「市民投票運動主催者の今井某の思想はこういう欠点がある。彼は活動家としてこういう欠点がある。また今の時点で、市民投票して負けたらどうする!!それは反原発運動の敗北を絶対的に確認することになる。でもって現在どちらかというと負けるのではないかと私は思っている。したがって「市民投票運動」には加担しない。」などなど。
彼が守ろうとしているものが、自分の内側の「真理」、自分は正しいという信念(しかも一つの投票結果で毀損されてしまう程度に脆弱な)でしかないことは明白だ。
私も実は「市民投票運動」に積極的に賛同したものではない。「脱原発」よりも「経済産業省の責任追及」が先に議論されるべきだと思っている。ただし311から十ヶ月、「脱原発(反原発)」運動は、今までどおりごくごく少数派の運動に閉じ込められてしまっている。一方、小さい子供を抱えた「母親」などを中心にした、新しい形の必死なアクティヴィストたちが生まれている。「ごくごく少数派の運動」から脱却するためには彼女たちに注目しそれを育てようとうする立場に立つべきだと考える。(育てようとうする立場、がエリート主義だが、それについては後から考える。)私は活動家だとは言えないだろう。ただ強く訴えたいことがある。それは、「橋下氏による君が代の強制」反対である。それが何であれ、「ごくごく少数派の運動」にしか発展しない日本史の現在があるように思う。そのように考え彼女たちに注目しているのだ。
大阪市民投票が(直接請求に必要な署名は有権者数の50分の1で大阪市では4万2670人分の署名が必要となる。)その数の著名を獲得したら、橋下氏にクリティカルな問いを突きつけることになる。形式上は市議会であるが今の現状では橋下氏が発言すればそのとおりになる。つまり4万2670人という民意をどう評価するか?という問いが突きつけられるのだ。橋下氏の権威は、「民意」というものを自分だけが独占的排他的に代表(表象代行)しているということを公言しそれが承認されることに根拠を置いている。したがって彼は別の実体をもつ「民意」の登場を激しく警戒している。市民投票の依頼が来ても協力するなと維新の会関係者に命令したことをもってそれは分かる。仮に通れば、彼は「脱原発の民意」はすでに私が代表(表象代行)しえているのだから、改めて投票は必要ないと言うだろう。私たちは「橋下=民意」という彼が勝ち取った等式を毀損するために全力を傾けても良いのではないだろうか。
運動とは、敵と私に同時にクリティカルな問いを突きつける、そうしたものである時本質的だ。
章炳麟は康有為の愚民観を批判して、民智は「ただ革命によって開く」と主張し、人民の自己発展の可能性に期待をかけて、革命の道をきりひらこうとした。*4
今年辛亥革命百周年だったが、辛亥革命研究家たちはみな異口同音に「革命いまだ成らず」と言っている。平均地権という万人の生存権を目指す孫文の思想とはあまりにもかけ離れた中国の現状は認めざるを得ない。韓寒の認識も同じだろう。
したがって、「何かを獲得するものとしての革命」への幻滅が広がっていることは認めざるを得ない。
そうではなく、章炳麟とともに私がここで言っても良いかもしれないことは、「アクティヴィズム(活動)によってわたしたちは自己発展の可能性を生きる」ことができるのだということだ。「将来に何かを獲得するものとしての革命」ではなく「自己閉塞を打ち破り連帯を生み出していく楽しさとしての革命」である。
アントニオ・ネグリ
これに関連しているであろうネグリの言葉を、子安氏が引用してくれているので孫引きしたい。
「確信しているのは、大草原に火を放つような、そういう「火」が世界各地に存在しているということです。」
https://twitter.com/#!/Nobukuni_Koyasu/status/154744236280000513
(1/8転記)
*1:p256 近藤邦康『中国近代の思想家』岩波1985年
*2:韓寒は鋭い風刺エッセイで中国で人気の小説家・コラムニスト。1982年生。年末に3つのコラムを書いて議論を巻き起こした。http://kinbricksnow.com/archives/51764907.html など参照
*3:例えば→http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/120106/20120106018.html
*4:p257 同上
a 『とにかく慰安婦問題については、小林よしのり著「戦争論2」の「総括・従軍慰安婦」を読んでみてほしい。
あらゆる関連本の中で一番良い。
この問題の全容も把握できる。』
死者と生者のための掲示板<北海>
問題とは何か? 2003/06/01 21:51
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サイードの死とシオニズムという常識 2003/10/07 22:53
追悼とは何か?「シャヒード、100の命」展 2003/10/13 23:15
AYA 2003/10/20 17:57
ゴビンダさん有罪確定 2003/10/25 11:06
いとうさん 2003/10/27 19:46
Re:いとうさん 2003/10/27 19:48
ビルマ~フィリピン人家族の強制送還 2003/10/29 23:10
即ち私を見るのである。 2003/10/30 07:26
某大前繁雄は哀れだ。 2003/11/01 11:53
国家の論理を越えて 2003/11/01 19:42
制度廃止の条件 2003/11/01 21:28
私とは誰か? 2003/11/03 18:40
私とは 2003/11/08 19:57
全共闘の終末は何に転位したのか
http://d.hatena.ne.jp/mkimbara/20040111 で、mkimbaraさんが村上の
「たとえばアダム・スミスのモラル・センチメントのセンチメントなどというのは、ドイツ語に翻訳できない」などなどの発言を紹介していた。そこで、以下のコメントを付けた。
わたしも今日、『転位と終末』という小さな本の4人の討論で、卒論では情念論、ジャスティス、モラル・センチメントなどをやった、と村上が言っているのを読みました。ですがちょっと分かりにくく、こちらの引用を読んで、要は「やはり経験とか感覚とかいうものをばかにしないで煮つめていくというところが」ドイツ系思想にはない、ということが言いたかったのだと分かりました。「一方、ヒュームなんぞ、静かなパッションからジャスティスやモラルを導き出して激しいパッションは捨てていくというようなことで体系をつくり、今の英米の権力は、そういう哲学を意識的無意識的にもっている。つまりブルジョアの思想は皆さんの考えているより勁(つよ)いのです。」とも書いていました。ですから「村上さんはロマンティックではなかった」と言われる趣旨はよく分かります。(野原)
それに対して、『転位と終末』という本について質問が返ってきた。こちらで説明させてください。この本は、明治大学出版研究会が編集・発行したもの。奥付では昭和46年1月17日第一刷発行となっている。全共闘系学生が自分たちの主催した講演、パネル討論会を自分たちで本にした、気負っていえば“自立を志向した”本だ、と言えましょう。全238頁。目次を紹介すると、
- 国家論ノート 吉本隆明
- 「擬制の終焉」以後十年-政治思想の所在をめぐって 吉本隆明
- 生活・思想・学問 橋川文三
- 日本浪漫派と現代 橋川文三
- 日本的情念の原点(パネル討論) 大久保典夫、磯田光一、桶谷秀昭、村上一郎(1970.5.31明治大学第20回和泉祭本部企画)
- 資料
- 後書 となっています。
考えて見ると70.11.25が三島の自決なので、講演があったがその半年ほど前、本ができたのがその直後ですね。学生たちと三島が共有したものは時代の熱気だけではなかった、がそれ以上のものとしては結晶しなかった。
村上の「赤軍派なら入らないが、赤軍になったら入るのですな、僕は……」という発言が、袖に引用されている。226事件における斎藤史のお父さんのように(滑稽と世間に見られても)登場し死ねた方が村上個人にとっては幸せだったのかもしれない。(三島事件は衝撃的かつ有名だけれども、全共闘派がむしろメジャーだった時代の流れから孤立していたので、ややこしくなるだからここでは出さない方がよかったな。)
当時の雰囲気を思い出すため70.12.14付けの明治大学出版研究会の名前による後記から数行引用しておこう。
六〇年代の学生運動は、人間を解放し、世界を獲得するためとにといった内容で闘われた。そのなかで、絶対的権威に対する反抗といった形で、新左翼諸党派に対してノンセクト・ラディカルといったものが発生したが、彼らもまた諸党派同様、絶対的価値観による<節操>と<規律>なしに、人間と社会の解放運動をすすめてきたにすぎなかったのだ。そして、彼らは二年間の反権力闘争のなかで強大な権力の前に、もろくも三々五々拡散していってしまった。われわれはここで、セクト、ノンセクトを問わず、その中で誰一人として絶対的価値観と自己の存在をリアリスティックに直視し続ける者がいなかったということをいう必要があるだろう。それ故に、マルクス主義に殉ずる者も一人としていなかった。勿論、自分達をも含めて、この「現実」から左翼総体が恥かしめを受けねばならないであろう。
(なお誤解のないよう付け加えるが、野原は本を買っただけで講演も出版も知ってる訳ではありません。)ですが、何らかの意味で“全共闘派のすえ”であるだろうからしてちょっとコメントしておこう。
- 六〇年代の学生運動は、他者の解放というよりもむしろ自己の解放を目的としたものだった。
- これは運動の高揚期には盛り上がりやすいが、凋落期には急にしぼむ要因ともなった。
- だが運動の凋落は、連合赤軍の敗北や他のどんな原因によるのでもない。自らの思想の弱さ以外にない。
- 70年代後半から資本主義的欲望への(強制的)自由の時代になっていった。消費資本主義を肯定的にしかとらえれない吉本隆明と全共闘くずれ。
でもそう主張するなら、いま情況とどう関わるべきなのか言って見ろ!と反問されるでしょう。わたしとしては、30年前から進歩していないので、ここに立ち止まって考え続けるしかない。(迂回しかしていないが・・・)