小選挙区制の不合理

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20050914#1126636755

によると、今回の小選挙区の得票数は万票単位で次のようになるそうだ。

小選挙区

      今回(2005年)   前回(2003年)     増 減

自民党   3252     2609      643

民主党   2480     2181      299

公明党     98       89        9

共産党    494      484      10

社民党   100      171      △71

国民新党   43      -          43

新党日本   14       -       14

諸派・無所属  326     417     △91

合計      6807      5950         857

自民党の得票率(得票総数に対する割合)をみると、前回43.8%に対して今回47.8%と、3.9%上がっている。しかし当選者は219/168と30%も上がっている。

小選挙区制は1位と2位の差も拡大する制度だ。*1政権党に有利な制度であり、政権交代が希な日本には適さない制度だと言える。

*1:2位の民主党が減ったせいもある、下に書いたように0.23%減。

呑まれてしまいそうだ。

 --安く新鮮なフルーツケーキを下げて山道の埃っぽい街道を下れば、轟音のトラックの風が体に触れる。くねくねと曲がりながら幅広く光る伝播沼の水面がこちらに向かって来る。角度で果てし無くも見えるその汚れた水は、倒れ込んでくる大きな鏡のようで足元がふっと浮き、私はガード下の竹薮に呑まれてしまいそうだ。

p63 笙野頼子『S倉迷妄通信』

この文章を読んだとき、とても美しい文章だと思った。轟音のトラックが通り過ぎる一瞬は確かに、そこに世界が変化する余地があるのだ。風とともに新鮮な世界が開かれようとし向こうに光る湖が見える。わたしは足元がふっと浮き竹薮にすいこまれてしまう。

 平衡感覚を失わせるほど色彩のゆたかな屋根の波の上で揺れる海へ背をむけて、山頂へ続くはずの坂道を登っていくと、時間的記憶からは先週までくらしていたとしか思えない首都は、まだ至るところに〈私〉たちの息づかいをとどめた十年間の疲れとして思い出される。

 傾斜したアスファルトの坂道は、〈私〉たち以外の重量は受けていないので、スラム街を越えて漂着してくる港からの汽笛に微笑したり、蝶や十字架が投げる影を、身をよじらせて捕えたりするのをやめようとしない。光を浴びる風景は、無意識のうちに、広い空地や露出した岩肌を残しており、みつめられすぎ、使用されつくした疲労感をまだもっていない。というよりは、いつまでも、まどろんでいる欲求に支えられているのかもしれない。

松下昇「六甲」序章、冒頭部分

笙野の文章を読んだときにすぐに思い出したのは松下の上記の文章。身体を使って坂道を下る/登るという身体感覚の変容が同時に、「平衡感覚を失いかけている〈私〉たちの無意識部分への衝撃を与えている」ことが、丁寧に辿られている。近く全文を<引用>したい。

 その時身体が何かの熱で、ほわつとあぶられたような感じがした。すると辺りが急に暗くなり始めた。それは太陽が没したのだ。私は丘陵公園の斜面の家並みの間にまぎれ込んでしまつて、すつかり心を奪われて足もとが浮き上がつていたので、陽が傾き、世界の色調が、あの紫の素晴らしい夕焼けで、此の街の中の甍の盛り上りを一際印象的に色どつているであろうことにすつかり気がつかないでいた。(略)

島尾敏雄「勾配のあるラビリンス」『島尾敏雄作品集・1、晶文社 S36』p192

ついでに島尾敏雄の「勾配のあるラビリンス」という題の短編からも少し引用しておく。何よりも題がこのテーマずばりなので!

言おうとしないことを許してください……

日本の家庭や近隣地域社会では、人々の生活が忙しくて会話が少なくなり、老人たちにとって居心地のよい場所が少なくなっている。ゆっくりと話に聞き入り、会話をすること自体が少なくなってきているようだ。

 現役で軍隊に入ったこと、初めての外地である「満州」(中国東北)での辛かった初年兵教育、厳寒での演習。「支那事変」が始まって「北支」(華北)での掃蕩戦、初年兵の刺突訓練。「初年兵突けって言われたから銃剣を着剣して突きにいくんや。せやけど、人間って死なんもんや」と、当時の出来事を話し出すと、鮮明な記憶がよみがえる。元兵士たちは表情も豊かに生き生きと話し始める。

 ところが、旧満州の大連から南下して、上海あたりから南京戦に入ってくると、いわゆる「北支と違って、中支は抗日の激しいところ、男は生かすな」等の命令が次つぎと出される。中国人殺害は部隊内での共通の認識となり、逃げ遅れた農民を虐殺し、民家に火をつける。(略)

 さて、上記のような「中国での日本軍の暴行」を赤裸々に証言をしてくれる老人たちも、いることはいた。しかし話が南京へ近づいてくると、これまで饒舌に武勇談や苦労話を語っていたのが、「徴発の時女性は探しましたか」と質問すると、徴発の食料品や家畜を捕まえ殺したことは話しても、女性については「どうやったかなあ」「捕まえる兵隊もいたと聞くなあ」と俄然、伝聞が多くなってくる。さらに深く聞こうとすると、多くの老人たちが、黙り込むか「うーん、忘れたなあ」という決まり文句を返してくる。本当に不思議なほど多くの老人たちが、南京の場面だけ急に忘れたと言うのだった。

(p26『南京戦』松岡環 isbn:4784505474

言おうとしないことを許してください。

私たちがこの文言(エノンセ)をその運命に委ねるのだと、考えてみてください。

 少なくとも、しばらくのあいだ私がそれを、そんなふうにたった一つ、それほどにも無一物で、際限もなく、あてどもなく、さらには居所を定めぬままに放っておくことを受け入れてください。

(p274デリダ『死を与える』isbn:4480088822

 どうもデリダのいうことは謎めいている。というか、デリダの真意が分かりにくいのだ。ある文言を宙に浮かせ「あてどもなく、さらには居所を定めぬままに放っておくこと」に意味があるのか。性急と非難されることはあっても結局の所、わたしたちはいつもいささか性急に意味を求めてしまう。わたしたちはそういうふうにしか生きられない。そういうものではないのか。そうであるとすれば、デリダはそうであるしかない生の構造を解きほぐそうとしたのか。

 この文章をわたしは「私たちがこの文言(エノンセ)にその運命を委ねる」と誤記していた。たった一つの言表にわたしの運命が委ねられることはよくあることだ。裁判で疑いを掛けられたとき、まさにその時間に別の場所で、「私を見た」と誰かが言ってくれれば私は疑いを免れる。おそらくそのようにある言表はつねに、「おまえ」と「罪」を結びつける(あるいはつけない)機能がある。まだわたしはこのデリダの80頁ほどのテキストを読み終わっていないのに性急に語ってはいけないのだが。したがって、「言おうとしないことを許してください」とはそのような、白黒つけることを忌避したいという態度表明であるだろう。

 前の引用、満州から南京への道の回想では、南京の場面だけ「うーんうーん、忘れたなあ」と発語される。この発語の背後には、「言おうとしないことを許してください」という沈黙のうちの言表があったと考えることができる。この場合、拒否は「白黒つけることの忌避」というより「黒の中の黒、漆黒のブラックホール」であるがために触れることができないという感じだろうか。

・・・

     六甲 第二章 

汝は汝の恥辱をかたれ

私は私の恥辱をかたろう 

(ブレヒト 「ドイツ」から)

 〈私〉たちは、序章から踏み出したまま宙吊りにされており、飢えているが、この飢えは、遭難のような不慮の飢えにも、食糧難のような社会的飢えにも、ハンストのような政治的飢えにも似ていない。それは一つの表現を複数の主体で分割したためにもたらされた。だが、この飢えを耐えて生きることを、何ものかが〈私〉たちに強いるのである。

 本文の中に影を落す前に、永遠にはじまらない、あるいは永遠に終わらない幻想にとじこめられる危機を感じて、〈私〉たちは、飢えのために斑点のできた内蔵をかかえたまま、自力で歩きだそうとしている。海から山へ吹き上げる風が〈私〉たちを引き裂いていくので、〈私〉たちは、それぞれ別の歩き方を主張しはじめているのに気づくのであるが、そのとき山の弯曲は激しく揺れて、複数の極大値をみせる。そういえば、六甲とは一つの山のことではなく、おのおの最高の視界を自負している頂点をもつ山系の総称であるのかもしれない。〈私〉たちのそれぞれが、飢えの感覚を山頂の感覚に重ね合わせるときの響きを、一つずつかいていこう。しかし、それらの響きが、自分の主張を固執する度合に応じて、そのすきまに、さまざまな色調をもつ意識のつぶやきが介在してくるのを避けられない。

 〈私〉たちが、首都の時間から、この空間へ追放されてきたのと対応して、限りないパロディーが、この魅惑的な都市の政治地帯で展開されている。数年前の〈私〉たちの闘争を根底から支持する組織が皆無に近かったこの都市では、いまもスターリニストの党が、権威を貫徹する正統派と、有効性を追求する修正派に分解したままである。静かなデモや署名や講演をするばかりで、〈私〉たちを、貧しい風景からやってきた分裂病者めと罵る連中に、おまえたちは、この風景をみる眼が衝撃のために歪むほどたたかったことがあるのか、といってやれ。

 〈私〉たちは、かれらを根底からくつがえす反対派として登場し、そのとき現われるであろうすべてのヴィジョンを表現していこう。都市の大きさと政治水準の落差が、このように著しい風景で、かえって〈私〉たちの体制の桎梏と反体制の桎梏を二重に突破する論理とパトスを組織化する最上の実験ができるかもしれないから。あの山頂は、〈私〉たちがつくりだすたたかいのピラミッドの頂点を象徴しているのだ。

 (ここが日本の労働運動の発祥地だというのは本当か。ピラミッドがケーキになり、広場は花時計に占拠されているだけだ。油虫のような荷役船が、大型船へすり寄っていく。海抜0メートル地帯で、ベトナム行きのジャングルシューズをつくっている君たち、鼓の形をした観光塔をうち鳴らせ。船をとめろ。減速ブレーキからはみだす不快を、コンクリートの防波堤にたたきつけろ。心象の風景さえ見えないで、便利な私鉄で往還する君たち、倒錯した現代史に手で触れてくれ。社会主義圏や革命組織が生きているなら、君たちは死んでいる。ジグザグ・デモで、空虚な街路を飾れ。冬から冬までゼネストだ。屈辱の中へ。下部から連続的に、理論の限界において、一瞬ごとに触れる現実方程式のすべての項を花開かせながら。)

 〈私〉たちが、この風景の中へ反対派として歩み出すとして、いま眼前にある山系が美しいと言えるだけでなく、ひしめき合う現実過程の曲線とも、弯曲する〈私〉たちの意識とも交換できるのは不思議なことだ。一切の風景は、〈私〉たちが目をさませば、泡のように消え去り、斜面の運動を錯覚する心臓の鼓動だけが残っているとしても、それは当然だという気がする。風景への干渉のしかたが、このように分裂してしまうのはなぜだろう。時間=空間の外部的な差異をもつ闘争へ踏みこむとき、内部的な時間=空間がねじれたピラミッドをつくるのではないか。一方の条件を無視すればピラミッドは、案外たやすくとらえられるにちがいない。しかしそれでは、本当に、たたかいにでかけることにはならない。人々の表情は、闘争の前でも後でも、首都でも港でも変わらないようだし、組織Aから組織Bが分裂するときにも、組織Bが組織Cを批判するときにもオートメーションから流れでるような文体は同じだ。が、このことは逆に、表情や文体が表現のピラミッドから、すさまじい勢いで転落していることを示していないか。また、このことをちがった空間でちがった時間に気付く〈私〉たちも、ちがったという分だけの責任のピラミッドをずり落ちているだろう。このような内部ピラミッドの追求が結果的に現実闘争のピラミッドをつくっていくより前に完了していなければならない。

 (あなたも知っているように最も高い頂点が、一ばん底の点になることもあるのだから、ある稜線を上昇していても、それは下降であるのかもしれない。だから、かれは、ピラミッドを探しにいかずに、自分の心の底の動きをピラミッドにつくってしまえばいいのよ。そのとき人目にふれる点を支える三つの点は、どんな風になるのかしら……そう、あなたの意見では、恥ずかしさプラス極左→屈辱プラス侮べつ→別の空間への逃亡、という変移をくりかえすわけね。あたしの直観では、副詞句による自己欺瞞→非必然的な対立止揚→別の時間への逃亡、という循環になります。いずれにせよ、でき上がったピラミッドが、悲惨にもこっけいであることはたしかでしょう。)

  

(2008.11.08UP)

 内的ピラミッドと外的ピラミッドのどちらを先に追求するかというのは、二段階戦術だ。両者を否応なしに包み込んだまま拡散していく六・一五被告団の一切のヴィジョンをみきわめつくして、かれらを拡散させる力の確認へむかおう。

 一切の反被告団的発想を粉砕せよ。これは〈私〉たちの最低限のあるいは、頂点をなすスローガンだ。ところで、被告団として権力と生活過程にはさまれて存在することは、〈私〉たちが、あの原体験を包みこんで現実過程に入りこんでいくのと同位であることを知った以上、〈私〉たちは、かれらが無意識的に拡散していくかたちを意識に総体化することができるのだ。かれらの拡散するときのピラミッドは、〈私〉たちがもっともとりだしやすい、同時に決して逃すことの許されないかたちを示しているのだから。〈私〉たちが、拡散を意識的にとらえるという場合、下降しつつある個々の稜線上の個体のいずれをもえらばずに、分裂の根源へ歩いていくことを未来の重さが命令しているのだ。

 

(これは、歪んだ鏡の中の二人称をのぞきこむ一人称を描いた歪んだ絵です。むこうむきに鏡をのぞきこむ一人称の顔は見えないが、その一人称は、鏡の中の二人称を媒介して絵をみる一人称をみているのですが、こうしているうちにも、鏡は波のように崩れ、絵は風のように死んでいく。こわれた無数の破片に、無数のだれかが対応しているとして鏡や絵を用いないで全てのものを書き、全てのものになってしまうのは第何人称ですか。)

歩行を止めよ。ここで立往生している感覚を、目的や連続性にとらわれず、一切のイメージへ自由に伸ばしてみよう。〈私〉たちの山頂への歩行は、散歩のような解放感をもたず、限られた時間と、凝縮した志向と、既成の登山コースにしばられているのではないか。乗物を用いず苦労して登り続けても、山頂は資本に選挙されているはずだし、足元のこの滝から舞い上がるメールヒェン風の白い泡も、奥地に開発された団地の下水から発生している。

立往生の感覚……これを、いろんなときに味わっているはずだ。呪いのように道を横切る黒い蛇をみるとき。明日の食費もなく、手足をまるめて眠りに落ちるとき。突然の言いがかり的論争に対応せず沈黙をかむとき。

要するに、あるピラミッドの稜線上で*1、別のピラミッドに転移する瞬間の断絶感を追求すべきだろう。ピラミッドの複数化を確認することによって、より巨大な、運動するピラミッドを予感し、とらえるのだ。

(かれらは、絶壁をはしごで登ることも、ブランコで越えることもしないで、眼の前にぽっかりと広がる砂の平地へ、デモ隊のように突入していくが、そこには誰もおらず、立札によれば、山をけずりとった跡に大学をつくり、けずりとられた土砂で海を埋立て工場地帯をつくるらしい。かれらの靴の裏には、二重の利用をされる砂の驚きが付着しており、数万年前の海岸と現代の海岸を、無人のベルト・コンベアーが連結している。突然爆発音がとどろき、平地をとりまく崖の中腹から、かれらの頭上へ煙のように拡がった土砂が降ってきたかと思うと、崖全体が、かれらの方へのめりこんでくる。海の鋭角の切片に眼の片端を通過させながら、かれらは、もしかしたら自分たちこそ、この発破をかけた技師あるいは労務者なのだ、とずい分前から知っていたかのように考える。)

〈私〉たちが歩きだしたときから、〈私〉たちの頭上を飛びかうものがあったのではないか。はじめ〈私〉たちは、それを時間をくわえて〈私〉たちを探している小鳥たちかと考えたり、時折梢から〈私〉たちの上に投げかけられるこもれ日だろうと思ったりしていた。だが、それは、意識とまどろみのズレがゆたかに開かれるこの風景の空間性を逆用して、さまざまなピラミッドの力学を追求しようとする〈私〉たちの試みを、〈私〉たち自身が空しいと予感した瞬間と対応している。このとき〈私〉たちが、知らぬ間に、タンポポの妖精との心中を決意していたとしても、それは必至だったのである。無意識的にえらびとる欲望のかたちこそ、〈私〉たちが状況に対しておかれている困難が、補完的に反映しているのだから。その反映へ身を投げ込むことによって、〈私〉たち以外の〈私〉たちが追求するピラミッドの虚像が、マイナスのピラミッドが、ほのかに姿をみせてくれるような気がする。

(湿潤な部分へのめりこんでいくときの速度と、記憶の層に叙情の泥が沈澱していくときの速度の間を押しひろげながら、一瞬、不能の予感、策莫として悲しみに襲われる。どうも今までのとは構造がちがうな、と考えながらも、慣性に従って尖端を挿入していくと、内部の粘膜に栗粒状の斑点が数十個みえるのだ。ハッとして引き抜いてみると、尖端にも、その斑点が増殖している。しかも、遠くからの羽ばたきに似たざわめきに後をふりむくと、巨大なタンポポの綿毛が数かぎりなく、こちらをめがけて山頂から舞いおりてくる。)

〈私〉たちは、最後のヴィジョンから発想してみるべきだ。一人のパルチザンとして出発した〈私〉たちは、不可視の軍団としてそれぞれ別の山頂にたどりつく、と仮定してもよい。〈私〉たちが、迷ったロバを探しにでかけて王国を発見した旧約の青年に似ているかどうかいまは保証できない。〈私〉たちは、自分だけでなく他の者も別の山頂に到達しているのを恐らく確認できないまま、あえぎながらひざまずいているだろう。そのとき、〈私〉たちは、ピラミッドという奇妙な概念をつかっていたことの罪によって罰せられるだろう。むしろ、〈私〉たちは、それを要求しなければならない。そのとき、六甲を支えている海が裂け、複数の山頂が重なり合い、すべての〈私〉たちは、海へなだれ落ちていくのだ。その後に、六甲のままの六甲が、ひっそりと横たわっていることはいうまでもない。

〈私〉たちからの六つの響きが、六つの主張のように六甲へ影を落としたとき、遠くからしのび笑いが、ちがう、だんだん深くなる懈哭が近よってきて、この空間を緊張した叙情でみたす。そして、その虚数の焦点へ六つの響きが集中していくような気がすると……それらの響きや響きにならないでうごめいている気流が、もつれあい、あらみあったまま私ののどから内臓へ殺到してくるではないか。それら全ての何ものかを時間の中へ放てば生きられるかもしれない、という希望が激しい飢えを一瞬忘れさせる根拠である。

*1:「稜地上」となっているのだが誤植ではないか

概念(序文の位相で)

概念(序文の位相で)

 一般的な辞書などでは、概念について、同種の多くの事物に共通する本質を、経験ないし思考を媒介して言語によって抽出したもの、というように説明している。

 この概念集を作成する契機をふりかえってみると、同時代建築研究会(東京)の企画である『ワード・マップ 現代建築』に、ある必然から関わることになり〈バリケード〉、〈法廷〉、〈監獄〉という三項目の統一的な不可避性を提起しつつ執筆を担当する作業の中で、建築概念に対して門外者として(あるいは、門外者であるからこそ)内在的批評をなしうる手応えを獲得しえたが、同時に、常に物質性との拮抗において概念をとらえようとする人々に比して、私の二十年の試みの抽象性~偏差を深く自覚した。

 前記の企画との同時代性を帯びて、批評集(さらに、表現集や発言集の〈 〉版や、それぞれの続編)の刊行や討論集会の企画が、二十年の対象化作業の基軸として進行していたことと相乗されて、前記の執筆は、これまで私が具体的な切迫との関連において発言したものの記録、マスプリして配布した文書、刊行してきた通信などを、他者性の総体から把握しなおす視点を与えてくれたのである。

 一つの仮定をしてみよう。これまでの〈松下昇〉の全表現を大学闘争(全く良くない言葉であり、表記や理解の仕方を変換しなければならないが、過渡的に用いる)に関する事典として、あるいは概念の索引として読むことは可能か。それは、まず不可能であろうし、説明的な位置の対極で表現してきたのだから当然かも知れない。ただし〈松下 昇〉の全表現の中に、大学闘争というよりは〈 〉闘争過程ないし、それを不可避とする情況に現れた基本的な概念が全て含まれていると仮定してもよいのではないか。いや、あえて仮定すぺきではないか。なぜなら私たちのくぐってきた〈 〉闘争過程と、はるかな異時・空間に生起しうる〈 〉闘争過程に共通する本質を、経験ないし思考を媒介して言葉によって抽出することは可能であり、必要でもあることを、前記の二つの企画に私を参加させてきた経過の根底に潜むカが示していると確信したからである。

 このような確信に支えられて、〈 〉闘争過程を思い描く時に訪れる概念の言語化を、まず〈フィクション〉の項目から開始してみた。建築に関連する前記の三つの概念の物質性~具体性から最も遠い(それゆえ最も近いかも知れない)概念として。その後いくつかの項目を作成しつつ、あらためて痛感したのは、たんに概念の解説ではなく、ある概念の生成してくる根拠や回路を共有する度合で了解しうる言葉で表現しなければならないし、しかも、はるかな異時・空間にいる、全く予備知識のない〈私〉が了解しうる言葉で表現しなければならないという困難である。しかし、順不同のまま、あふれかえり律動する概念の集合を少しずつ文字に変換していく作業は、〈69〉年前夜のエロス領域の感覚と、どこかで共通していることも記しておきたい。(英語でconceptionが「概念」の他に「受胎」を意味することの意味)

 ところで、概念とは、こちらが把握したい時に把握できるのではなく、ある瞬間、否応なしに、こちらを把握してくる本質をもつのではないだろうか。ドイツ語では、概念に相当する言葉はBegriffであるが、これは、Begreifen(つかむ)から派生しており、ある示唆を与えてくれる。ハイネも「私は自由の奴隷である」という口ベスピエールの告白を引用しなから、「理想が我々をつかむ」時の抗らいがたい力について語っていた。(表現集152ぺージ参照)

 前記の〈理想〉は、〈概念〉とは異なる概念であるが、双方を共通に動かすカ学が感じられる。このカ学をこそ追求しつつ、この概念集の作業をおこなっていきたい。

 従って、〈概念〉という概念を〈 〉化して応用する場合、観念や想念や情念というような心的なレベルの動きと、それとは無関係に動くようにみえる他者総体の存在様式を同時にとらえていかなければならないだろう。

 それと共に、概念集の作業に際して、今は微かな予感としてしかいえないが、

α、概念集の項目を、これまでの〈 〉闘争過程の表現を全て再検討しつつ抽出するだけでなく、全表現の偏差を対象化しうるものを選び、未出現の項目へ応用する。

β、既出現~未出現の項目は、名詞とは限らず、全品詞にわたり、さらに文体~構成~ジャンル、この概念集に交差する現在~未来の幻想性総体を対象とする。

γ、ある項目を、まず提示して記述し始めるだけでなく、なにものかに促されて記述していく時に向こうから現れてくる像や音や~に気をつけ、それを作業の基軸とする。

というような項目にカ点を置くことになるのは必然である。

(p1-2『概念集・1』松下昇 1989・1)

「*p4*醜悪な、そして血塗られた何か」初稿

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20061220#p4

「*p4*醜悪な、そして血塗られた何か」初稿

1 アメリカは約束しましたか?

約束しました。

われわれは以下のことを行う

* 人間の尊厳という妥協の余地のない要求の侵害に対しては、国際機関における発言権と投票権を行使して率直に発言し、自由を促進する。

* 自由を促進し、自由を求めて非暴力的に闘う人々を支援するために我々の対外援助を用いる。そして、民主主義の実現に向かおうとする国家は、その段階に応じて報われることを保証する。

* 二国間関係においては、自由と民主的機構の発展を主要なテーマとする。人間の権利を否定するような政府に対し、よりよい未来へ向けて変革するように圧力を加え、同時に、他の民主主義国家からの連帯と協力を求める。

* 宗教と良心の自由を促進し、抑圧的な政府による侵害からその自由を守るために、特に努力をする

われわれは、人間の尊厳という大義を擁護し、これに敵対するものに対抗する。

http://www.itoh.org/kagurazaka/bushdoc/bush2.html

ブッシュドクトリンII

2 イラクの情況はどうですか?

とてもひどいです。

この数十年、イラクの状況が今ほど悪いことはなかった。占領は失敗だ。親米、親イランのイラク政府はどれもこれも失敗した。新しいイラク軍は救いがたい冗談となっている。2006年11月5日 日曜日

http://www.geocities.jp/riverbendblog/

Baghdad Burning

 アルジャジーラが入手した新たな調査情報によると、イラク国民の90%以上が今のイラクは2003年の開戦前より悪くなったと確信している。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061215/1166188887

3 米軍が撤退するなら暴力・武力事件は減るでしょうか?

おそらく減るでしょう。

 イラク国民を対象にした調査では、回答者のほぼ66%が、もし米軍が撤退するなら暴力・武力事件は減ると考えていた。

 38%は、マリキ首相にイラクの現状を改善する能力を「信じない」と回答し、ほぼ90%が政府の約束と実行力はひじょうにお粗末だと述べた。

 政府系の治安部隊では国をコントロールできないと感じている者は36・5%に昇った。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061215/1166188887

4 米軍は虐殺しましたか?

虐殺はあったと思われます。

 昨年11月、アメリカの海兵隊によるハディッサ攻撃で家族7人が殺された。生き延びた家族の1人イマン・ワリドさん(10歳の少女)がビデオで証言する。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061223/1166840373

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006.10~

 ロイター通信(12月8日、ティクリート発)によると、イラク警察と地元住民は子ども6人、女性8人を含む32人の市民が8日の米軍空襲で殺害された。だが米軍は、女性2人を含むアルカイダ戦士20人を殺害したと発表し、子どもの死亡については否定した。 Iraqis say US raid killed 32, including 6 children

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/comment/20061209/1165640397

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006.10~

5 米軍増派に効果はあるか?

ないと思われます。

 だが米軍が過去にアンバル州で実行した掃討作戦の経験では、掃討作戦によって一時的にその場所ではレジスタンスの姿が消えても、米軍の大部隊が去るとまた戻って来るという繰り返しであり、掃討作戦の効果を疑う現実論も軍内部に強くある。そのうえ、米軍全体の兵力にその余力はもはやないとみる司令官もいる。

 ベーカー委員会でも勧告をまとめる過程でこの「増強後に撤退」を選択肢として検討したが、結局は同じような議論を繰り返したのち選択肢から排除された。浮上しては消え、消えてはまた再浮上する背景には、それでも何らかの軍事的対策が必要であるという米軍上層部とイラク戦争・侵略を強硬に主張したタカ派勢力のアセリが見え隠れしている。それはまさしく、ブッシュ政権が軍事的攻勢もとれず、かといって駐留米軍の大規模な削減もできないまま現地情勢を泥沼化させてきた過程と重なる。

http://www.geocities.jp/tomesannew/uruknews-shiro_yamamoto_1217-2006.html

第12回 2006年12月17日

6 米軍はイラクを安定化できるか?

できないと思われます。

他方、CBSのテレビ番組に登場したパウエル元国務長官は17日、イラクにおいてアメリカは敗北しつつあり、米軍の増強では情勢は転換できないと述べた。そして来年2007年半ばまでに米軍撤退を開始すべきだと主張した。 Powell Says U.S. Losing in Iraq, Calls for Drawdown by Mid-2007

 彼はさらに、バグダッドを安定させるため夏に米軍を増強したが失敗しており、これ以上はどんな試みも成功しそうにない、と述べた。「もし誰かが追加派兵を提案ししたとして、仮に私がまだ統合参謀本部議長だったら、私が最初に質問するのはこうだ・・・その部隊が達成すべき任務は何なのか? それは本当に達成できるのか? そしてそれを達成するのに十分な兵力がわが国にあるのか?」。

 彼は軍に関わった自分の経験から判断して、陸軍が既に破綻寸前にあると指摘し、イラク以外でも陸軍と海兵隊を増やさなければならないと説明した。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061219/1166508021

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006.10~

7 なぜ暗殺が続いているのか?

内紛をかき立てているのはイスラエルなのかもしれない。イラクが永遠に不安定で有り続けることはイスラエルの利益であろうから。

断定はできない。

 暗殺チームの目的は、イラクの潜在的な指導者を抹殺することにあり、米軍が去るとき、そしてイスラエルが傀儡勢力を築くとき、レジスタンスを根こそぎにしておくことにある。アメリカはスンニ派を権力から追放し、警察を指揮する内務省をシーア派に担当させた。彼らはスンニ派の寺院を爆破してはシーア派のせいにし、そして今度はシーア派の警察署を自動車爆弾で襲う。双方が互いに非難しあうようになれば、それが基盤となって内戦が近づく。

 そして内務省の本当の指揮権は(イスラエルの)モサドにあり、その主要な上層部はイスラエルとその傭兵に握られている。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan/view/20060929/1159538505

Yahoo!ジオシティーズ – <イラク情勢ニュース URUK NEWS> 速報&コメント 2006年2~9月

8 アメリカはなぜ撤退しないのですか?

なんら影響力も権益も残さない撤退をアメリカがしたくないからです。

 他方、アメリカがレジスタンス組織と接触・交渉を持とうとしていることは事実であるが、これまでのところ主要なレジスタンス組織の対応は一貫している(※)。それは交渉を拒否しないが、交渉の前提として米軍が無条件かつ全面的にイラクから撤退をすること、レジスタンスを前政権を継承するものとして正統性を認めこと等である。

 この場合、アメリカは撤退後のイラクになんら影響力も権益も保持できないことは明らか。つまり、いずれにしても米軍が追いだされないかぎり、アメリカの模索する撤退戦略はイラクへの権益確保の策略でしかありえず、イラク国民が満足できるものではない。

http://www.geocities.jp/tomesannew/uruknews_Shiro_Yamamoto.html

解放のゆくえ--イラクは今

9 レジスタンスは勝利しつつあるのですか?

そういう見方もあります。

防御段階の側面から見るとさらにこの傾向ははっきりしていて、ファルージャとナジャフの戦いは典型的な住民による都市防衛戦として行われたことです。

この戦いの意義はゲリラ戦士と住民の結合した抵抗が、大兵力を擁する米軍に十分対抗しうることを証明し、占領軍はこのふたつの攻勢によって一気に抵抗を鎮圧し、イラク人民を屈服させると言う目的に失敗したことです。

さらに占領軍にとって重大なことは、この戦いによってそれまで何らかの期待や好意をもっていた住民の中の一定の層を一挙に失い政治的に敗北したことであろうと思います。(12/2 NK)

http://6528.teacup.com/uruknews/bbs

放電盤 <<<< イラク情勢ニュース

poppo-x 『↑まずは、この問題に関する日本政府の対応の「一次資料」中の「一次資料」である『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』を読むべきでしょう。

pdfで下記サイトから全文読めます。

http://www.awf.or.jp/program/index.html

noharra 『poppo-xさん

お久しぶりです。

たしかにこれが基礎資料ですね! ただ

http://www.awf.or.jp/program/pdf/p001_005.pdf

p001_005.pdf (application/pdf オブジェクト)以下はともかく、

http://www.awf.or.jp/program/pdf/ianfu_1.pdf

ianfu_1.pdf (application/pdf オブジェクト)以下は、だいたい約500~600頁の本が5冊ですか?

膨大すぎてわたしのような怠け者にはちょっと辛いですねえ。どこかにまとめとか感想とかあればまた教えてください。』

noharra 『ああそうか。 上が下のまとめなのか。だからまず上を読めば良いと。なるほど。』

松下昇への接近

全ての問いを、その極限まで展開しうる状態の中に存在せしめよ!

…… 告発し、占拠する、関係としての原告団をつくろう!

上記から入れる1969年に書かれた「情況への発言」というビラ(あるいは貼り紙)表現から1行引こう。http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/matu1.htm

  〈神戸大学教養部〉の全ての構成員諸君!  

このストを媒介にして何をどのように変革するのか、そして、持続、拡大する方法は何か、について一人一人表現せよ。(松下昇)

26年後、松下も野原も六甲大地震に出会う。カタストロフ。このカタストロフを媒介にして何をどのように変革するのか、そして、持続、拡大する方法は何か、について一人一人表現せよ。という文章を作ることができる。911も同じである。わたしたちはまあ実際のところ大樹のように大地にしっかり根を下ろしているわけではない。わたしたちはすぐにふとしたことで根拠を見失ってしまう。松下はそれを逆に祝福と考える。出世のためとか学問のためとかあるいは革命のためとかいった目的をもった人生がきしみを感じる。<わたし>が情況のうねりのなかで何かを感じているのだ。それに気付いても正確に言葉に出来た人は少ない。<何をどのように変革するのか、そして、持続、拡大する方法は何か、について一人一人表現せよ!>という命令はその希有の例であるだろう。

からだうた

「からだうた」という歌がある。ある養護学校で作詞作曲されたものだ。

「あたま あたま あたまのしたにくびがあって かたがある かたからうで ひじ またうで てくびがあって てがあるよ むねにおっぱい おなかにおへそ おなかのしたにワギナ/ペニスだよ せなかはみえない せなかはひろい こしがあって おしりだよ ふともも ひざ すね あしくび かかと あしのうら つまさき おしまい♪ 」という歌だ。わたしは新聞で歌詞を見ただけだが、「背中はみえない背中は広い」なんて面白いと思う。

 東京都の横山教育長という人は、都議会でこの歌について「とても人前で読むことがはばかられるもの」と言ったらしい。このひとはどういう感覚の持ち主なのか。わたしにとって一番大事なものは身体であって、その名前を知るのは大事なことだ。教育者が苦労してそれを教えているのに、なんだかわけの分からない自分の偏見でもって非難するとは何事か。こういう馬鹿な奴には是非一矢報いなければいけない。

(参考)http://www.ne.jp/asahi/law/suwanomori/sei.html

削除します

昨日「波状言論」への悪口を書いたがイマイチなので削除しようと思った。なにげないワルクチというものは感心しない、批判するなら20年経っても忘れないほどの思いでやれ、と思うので。ただ今見ると「波状言論」からのリンクが28もあるので一応残しておきます。似たようなことはできたらまた書きます。