平和

いまある戦争の不在を絶対化してはならない。現在の国家バランスの中でも「独裁制度と奴隷制度、圧政と異説排除」はおおいに存在する危険性がありしたがってそれらと闘っていかなければならない。排外主義を排し平和を守り、よりよい平和をつくって行かなければならない。そう読めばよいと思った。

ケチは地球を救う

「人間の欲望の絶対量はたかが知れており、そう持っていたいとは思わないのだが、生産・所得と人間の価値とがつなげられていることによって、持つことの意味が肥大していくし、人はそれに下属することになる。」*1

その通りだと思う。例えばステーキ食べるにしても一人で2枚食べればせいぜいだ。旨い魚を食いたければ産地まで行けば倍もしない値段で良いのが食える。車はコンパクトカーの方が運転しやすいので楽だ。それ以上のものに「ステータス」とやらを感じるという文化によって辛うじて支えられているにすぎない。百チャンネルもあるテレビを契約したって一体何チャンネル見れるというのだ。パソコンも十万円ほど出せばしたいことは全て出来るようになった。消費が更新しないのも無理はない。一方でホームレスはどんどん死んでいく。分配は可能だから「してあげる」のではなく、「することに決めてしまう」のが良い。と立岩は言っている。

*1:p148『自由の平等』

デモとか好きなわけじゃないが

「私にはテロと戦う覚悟など一切ありません。万一、わたしの家族や親友がテロの犠牲になったらどんなことがあっても、小泉さんあなたに復讐します。イラク戦争はテロリズムの危険を増大させるだけだと、最初から分かっていたのに、あえて支持したのは小泉さんの責任ですから。」

http://www4.ocn.ne.jp/~tentmura/tentoHP-topB.htm

反戦ビラ入れで起訴、糾弾! 3月19日付で、反戦ビラ入れで弾圧を受けた3名の逮捕者が全員起訴されました。

野原でも言及したhttp://d.hatena.ne.jp/noharra/20040228

上記の件で、3人とも起訴というのはさすがにびっくり!! 日本はこのままいくと表現の自由とか政治活動の自由とかひょっとすると、数年でなくなる可能性もあります。皆さんも声をあげてください。

はい、デモに行って声をあげてきました。

「自己責任」論批判

http://www1.jca.apc.org/aml/200404/38896.html に小倉利丸さんからの「自己責任論」批判がでています。2ちゃんねらーに悪のりした形で、政府や一部マスコミは「自己責任」論を唱えている。要するにこれは、ヴォランティアやジャーナリストを「戦争遂行」という目的に対するノイズとしてまずもって捉える、という戦争主義の言説である。例としては、「自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題」(読売社説)など。

一部引用します。

わたしたちは、イラクにおける人質事件以降、政府および一部のマスコミが今回の人質事件の原因を危険なイラクに出向いた被害者たちやその家族にあると批判しはじめていることに大きな憤りを感じています。このような「自己責任論」による世論形成が、人命を軽視した安易な武力行使にむしびつき、今後のNGOなどによる海外での活動を大きく制約しかねないという危機感を大変強く持っています。政府や一部マスコミの主張する自己責任論は間違っています。

ところでわたしは自衛隊員が死んでもそれは自己責任だから国民は悼む必要はない、と主張している。自衛隊派兵は合法性の元に行われた。しかし非戦闘地域が無くなった今活動を続けるのは、違法である。*1また、その法律自体正当性が疑わしいものであって、今回の派兵には正義は存在しない。正義に沿わない職務遂行は形の上で「公務」であるだけだ。

海外における邦人保護について、彼/彼女が戦争遂行に沿わない行為を取っているときに差別的取り扱いをすることには反対である。

*1:「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」2条3項 対応措置については、我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を 通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域において実施するものとする。 テロ対策特別措置法と間違えていた。

安田、渡辺インタビュー

いまさらですが、安田、渡辺両氏のインタビュービデオをみた。何げなく見始めたら実は約1時間もある長いもの。見応えがあった。二人が自然体で、あったこと感じたことをしゃべっていて良かった。渡辺氏は「反日で何が悪い!」と発言。わたしのごとき“あいまいな反日派”にとっては励まされる発言だった。

○安田純平さんと渡辺修孝さんの27日の外国特派員協会の会見の映像(ノーカット版)

http://www.videonews.com/asx/fccj/042704_detainee_300.asx

人質航空運賃裁判

http://www.mkimpo.com/diary/2004/wattan_fund.html

「 5月13日、外務省邦人保護課は、渡辺修孝さんに対し今回の「拉致・拘束」に関して下記のような請求をしてきました。

1、バグダッド―アンマン間の航空運賃165ドル                

2、3、(略) 総計229ドル13セントを至急支払え。」

この渡辺修孝さんの支払い拒否と提訴を支持し、裁判を支援する意思を表明しておきます。

学童保育の映画

今日は、「ランドセルゆれて」 http://ransel.com/ という映画を見た。つき合いといえば、つき合いで見たのだが、思ったより良かったので書いておきたい。学童保育とは、働く親を持つ子どもたちの豊かな放課後を守り続けるためのシステムです。そうした子供たちを集めある時間だけ居住する空間を確保し保護者の代わりとしての指導員が見守り一緒に遊ぶ、といったことをしています。

http://ransel.com/arasuji.htm(あらすじ)より、

 今、さつき学童のみんなが夢中になっているのは三年のダイキとユウマの二人が校庭のはずれの池で見つけてきたトンボのヤゴ (名づけてダイマ) です。ダイマがトンボになる日が待ち遠しく、みんなは心待ちにしています。

トンボのヤゴの映像がたびたび挿入されるのだが、この映像が良い効果をあげていた。ヤゴは泥や有機物のもやもやしたものを身にまとってしまい、そこにいるのだがいっこうにはっきりしないのだ。そのはっきりしなさを映像的に定着しておりなかなかのものだと思った。子供たちのなかにあるいじめや登校拒否や反抗といった問題、親たちの失業や失踪、暴力といった問題、指導員自身親でありながら、仕事にエネルギーを吸い取られわが子に当たってしまうという問題、そういった諸矛盾の象徴としてヤゴの不鮮明さがあるわけだ。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040518 でラファでの寺畑さんのボランティア活動を「学童保育」と書いてみた。日本では学童保育は多くは小学校3、4年までこの映画のように長くて6年までなので、中学生を相手にする寺畑さんのプロジェクトをそう呼ぶのはちょっと違うのだが。でも今日の映画の小さなクライマックスシーン。我が儘な子がいて、いつもブドウのゼリーしか食べない。その子が皆の説得とかによりついにミカンゼリーを食べる。第三者から見ると馬鹿かと思われるだろうが、彼がそうする一瞬を指導員たち、学友たちは息をつめて、見守っているのだ。反抗的なパレスチナ人の少年がその頑なさに隙を見せたときの喜び、を寺畑さんは話してくれたのだが、あれと同じだなと思った。

 パレスチナのことに関われるのに国内問題には関わりがない、といった場合もあっても良いと思う。(そういうことがあるのだ。)ただ自分の子供のことを考えることが同時により大きな問題にもつながるというのは喜ばしいことだろう。

強制移住の補償

(1)今朝(8/21)の朝日新聞では、「ドイツ・ポーランドの強制移住者問題」が取り上げられている。第二次大戦の戦後処理でポーランド国境は大きく西に移動した。ドイツ人約1500万人がドイツやオーストリアに強制移住させられた。ドイツでは戦後、強制移住者に保証や年金として計約10兆円が支払われた。

(2)これに対し、規模はずっと小さいが八重山には「戦争マラリア補償問題」というのがある。

戦争マラリア問題とは、①「沖縄戦末期(一九四五年)、石垣島や西表島のマラリア有病地である山中に、軍によって「疎開」させられた非戦闘員である住民がマラリアに罹患(りかん)し、三千六百名以上の犠牲者を出した悲劇を「戦争マラリア」と呼ぶ。八十年代後半、当特の琉球大学教授・篠原武夫氏が「マラリア有病地への疎開は軍命による強制疎開だったとして、国に国家賠仁を要求する論陣を地元新聞などに発表した。一九八九(平成元)年五月、犠牲者の遺族、関係者らが国家補償を求めて「沖縄戦強制疎開マラリア犠牲者援護会」を結成した。このことにより、「戦争マラリア」は社会的関心事となり、新たな証言や報告が数多く寄せられるようになった。

②八重山(主に石垣島・西表島)における住民のマラリア有病地への避難は、敗戦間際の四五(昭和二十)年二月から六月にかけてであり、敗戦によって軍の解体、避難地から戻ることができたのが九月である。その間、三~六カ月の短期間で罹息者数が一万六八八四人、死亡者が三六四七人(死亡率二一・六%)の犠牲者を出した。*1

という事件のことである。当時の八重山の人口3万6千人のうち丁度1割が失われた。

沖縄強制疎開マラリア犠牲者遺族補償援護会が結成され(提訴はされなかった)7年後の1995年12月、一応政治決着した。(1)国は個人補償はしない(2)遺族の慰しゃ事業は県が措置する(慰霊碑祈念館建設に2億円、他1億円)という内容だった。

日本国は国の責任を認めなかった。「軍命による強制退去」の事実は公文書的証拠は残っていないものの、すでに各証言で明らかになっている。また「軍命」が発せられた状況証拠は存在するのである。*2

(3)後に大きな話題となる従軍慰安婦が最初に声を挙げたのが、1995年ではなかったか。その結果、<<告発する朝鮮人(あるいは中国人)被害者対日本国家>>という構図がより強く(大衆的に)浸透することとなった。(2)が明らかにすることは、被害者=非日本人というカテゴライズは正しくないことだ。(1)の例においては、ドイツ国家はドイツ人(ドイツ系住民)に補償した。また、国境を越えた補償請求を求める動きも、進んでいる。

 戦争は国家が行うものであり、人民は被害を受けるだけだ。被害は民事的感覚で補償してもらうべきだ。もちろん相手は巨額すぎる云々といって値切ってくるだろうし、平時の常識による額は取れないだろう。問題は責任を取らせると言うことである。この問題に(変な)ナショナリズムを絡ませることは、国家の免責につながるだけだ。

*1:p285『八重山歴史読本』

*2:p183同書