突然ですが算数の問題です。
ある整数で、61,89,161をそれぞれ割ったときの
余りの和は38になりました。ある整数を求めなさい。
分かった方はコメント欄に。
突然ですが算数の問題です。
ある整数で、61,89,161をそれぞれ割ったときの
余りの和は38になりました。ある整数を求めなさい。
分かった方はコメント欄に。
わたしが会ったことがある女性のうち、十分ほど話しただけだがそれでもすごくいい女だなあと感心した女性の夫は、その半年後首都で白昼人を殺した。女性の方は別に魔性の女という感じでもなかった。
下記のようなうわさ話は好きじゃない。なら書かなきゃ良いのだが。はいすみません。
全玉淑という女性がいた。「濃艶という形容詞に不足はない魅力的な女性であるという。*1」梁石日のこの部分に書いてあるのは中上健次への悪口である。中上は半年間韓国に滞在して『韓国文芸』*2の発行者、全玉淑という正体不明の女性と連日連夜飲み明かしたという。1970年代の話。
「セマウル運動を先入観抜きに考えると、文字通り<新しい村>運動であり日本にもあった新生活運動であったがそれにとどまらず織田信長型の天才的な革命家であったこの国の前大統領(朴正煕)の「根底の不在」を見すえた上での思想運動にも見え、(後略)」*3なんてことを書いてしまう中上に、梁石日は怒っている。そしてもっと、「韓国人は、自分の国はものすごく後進性があり、おくれていると思うかもしれないけれど、ぼくなんかからみれば、いわゆる記号論を勉強している者の眼でみると、「後進性」というものの中に、すごいものがあるわけですね。」*4なんて恥ずかしいことを言っている中上にもはげしく苛立つ。昔の話で中上の悪口を言っても始まらないのだが、「韓国/日本」間の知的溝はこの間かえって拡大していることもあり、追記しておきます。
http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=26685&range=1
上記に次のような翻訳が出ました。最初の部分は次の通り
南ドイツ新聞記事の翻訳:2004年4月15日9面
タイトル:誘拐された日本人家族に口枷(くちかせ)
ヘンリック・ボルク記者 (梶村太一郎訳)
「 東京発・だれがどのように彼らを黙らせてしまったのだろうか?彼らイラクで誘拐されてた日本人の家族たちは、かれらの日本政府に対する批判に、突然口を閉ざしてしまった。三日前には家族たちは大声で日本軍のイラクからの撤退を要求していたのである。」
写真…
それはおそろしいものだった。それらを見たとき、いろんな感情がよぎった。その最も突出したものはもちろん憤怒だった。何かものを破壊したいという抑えがたい欲求に衝き動かされた。事態を何とかマシにするため、あるいは怒りや屈辱を静めるために。これまでバグダッドのアブ・グレイブ刑務所についてはひどい話を聞いていたけれど、どの言葉も表すことができない様子をそれらの写真は呈していた。
http://www.geocities.jp/riverbendblog/index.html
リバーベンドさんのブログの4/30から引用します。例の写真についてです。日本人にとってイラク情勢は知識の対象でしかない。そうした関係を覆すだけのパワーをあの不幸なポルノ紛いの写真たちは持っている。その薄呆けた写真をいくら注視してもイラク人はそこにはいない。あらかじめ<存在>に目を閉ざしたものたちには。リバーベンドさんの文章の続きを読んでください。
わったん基金にわずかですがカンパしました。
「渡辺修孝さんの支払い拒否と提訴を支持し、裁判を支援する意思を表明しておきます。」という意志においてです。実はそれほど内発するものはなかったのだが、今井さんたちに対しちょっと前に下記のようなメールを出したので、その都合上「支払い拒否」支援はせざるをえないか、と思ったのでした。(訴訟の趣旨は変わったのか?)
わたしの第一の問題意識は、外務省が金払えと言ったとしても、内容証明が来るまで払う必要はない、という実用的見地に立ったものです。下記サイトのように、反対なのに内容証明が来る前に自発的に払うのは馬鹿げたこととも思われますが、当事者の周辺には別の事情もあったのかもしれない。
ちょっと前の話になるが、(5/1)http://ac-net.org/honor/ というサイトに対し、次のようなメールを出した。
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高遠さんほかに対するバッシングに大きな怒りを持つものです。
ところで(無責任な質問)といわれるかもしれませんが、次のような意見をもったので参考までに送付します。特に回答を求めるものではありません。
野原燐
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外務省からの請求について
払わない方が面白い、のではないか?
少なくとも(2週間程度の期限を定めた)法的な請求書を出させることは誰からも文句を言われる筋合いのないことであり、ぜひ実行して欲しい。(法的請求書であれば不服申立の権利についての記述があるはず。)おそらく役人としてはその書類を作るだけの根性はないのではないか。(つまりはいはいといって払ってしまえばその瞬間問題は消滅するので、外務省に充分な合法性がなくとも検証できない。)
最後まで払わず裁判するのが面白いと思うが、3人及び家族が日本中からのバッシングに耐え、裁判闘争を続けるという意志を獲得した場合、しか実際にはできないでしょう。(払ってもバッシングは続くとすれば同じかも知れない。)
外務省の金の使い方についてどの程度まで公開できるのか?という問題に、従来から国民の広い関心が集まっているので、それとも関連して、外務省の言い分を検証するのも面白いと思う。
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丁玲は(1904-1986)。生年は、日本で言えば佐多稲子や幸田文と同年、宮本百合子の5年後になります。
http://bluesky.osaka-gaidai.ac.jp/~aono/zjcidian/zuojia2/d/dingling/dingling.htm に自分で書いた略歴と紹介があります。それによると、2回投獄歴がある、一回目は1933年に国民党によって、3年間。2回目は林彪や五人組の時代1970年に5年間(執筆は20年間できなかった)。上記の自伝と題された短い文章は「わたしにはある一つの考え方がある。文章を書く人は、ただ文章だけを書くべきであると、かたくなに考えている。」という考えようによっては、作家が文章を書くのは当たり前と思えばしつこすぎるいささか奇妙な文章で始まっている。彼女は三六年一〇月、中共支配地区の陝甘寧辺区に脱出して以来、共産党指導部と関わりを持つようになるが、ラディカルで文学的な彼女は政治と不可避的に関わり大変な目に遭い続けた。書くことに集中できる人生を送れたらどんなに良かったろうとも彼女は思っただろう。ただ上記の文章はそうは書いていない。「わたしは書く」ということが強調されている。
48年革命直後に、土地革命を描いた長編「太陽は桑乾河を照らす」を発表する。あらすじから言うと優等生的プロレタリア文学だ。ですが、一時的熱狂によるテロリズムや、陰謀家による閉塞や、幹部の引き回しなどの堕落の危険性を孕んだものとして革命遂行を描いている点で現在でも充分読むに足る小説だと言えると思います。
<<自己を自己たらしめる、そのためその困難と戦う、無限の瞬間がなければ、自己は失われ、歴史も失われるだろう。不断の自己更新の緊張によってかれは辛うじて自己を保持している*1>>ところの革命という像は、権力をチェックする機能を持つので、固定化した権力から忌避されるだろう ところで今日近くの図書館に行ったら『丁玲の自伝的回想』中島みどり編訳 朝日選書があった。嬉しかった。
http://gd.cnread.net/cnread1/mjfc/d/dingling/tyzz/
http://book.zjsdt.com/mj/d/dingling/tyzz/053.htm
ところで原文は、上記など何カ所もに電子テキスト化されているようです。
# hiyori13 『「政治家に必要な資質というものと特定の遺伝子の組み合わせが強い相関関係があるなどという主張をビンカーさんはしているのでしょうか?」 なに、読まずにケチをつけてるわけですか?』
# noharra 『>>なに、読まずにケチをつけてるわけですか?<<野原の批判対象は、ビンカーの本ではなく、山形氏の数行の文章です。ビンカーの本を読むつもりはありません。hirori13さんは読まれたのですか?』
(上の続き)
「テロリストの要求を契機にして民主主義の手続きを無視する動きが現れその圧力がまかり通ったら」という把握の仕方、どうなんでしょう。イラク派兵の是非という問題があくまで根本であり、他の問題は末梢だとおもいます。もう一つ、ブッシュが提唱し小泉が追随している「テロとの闘い」パラダイムが有効かどうかという問題があります。私のイラク撤兵論はフセイン政権を転覆させた戦争の是非を一義的には問題にしていません。それより問題なのは「戦後統治」のあり方だと思います。自己の統治下にある都市を何故空爆するのか?この問いは大きく取り上げられませんが私には信じられません。国家を占領した以上、占領地内のトラブルには基本的には警察権力で対応すべきもので、空爆なんてとんでもないと思います。そういった米軍の対応が一説にはイラク人死者、10万人超*1という結果をもたらしてしまった、のではないでしょうか。イラク人を西欧人や日本人などとは違った潜在的テロリストを含んだ人々の集団と見なす、というレイシズムがあるとも言えます。「テロとの闘い」パラダイムはこうした全てを肯定してしまう魔法のパラダイムなのです。
なおこれについては、1年前にも論じています。http://d.hatena.ne.jp/noharra/20031206
それとイラク撤兵を主張する事に対し、「民主主義の手続きを無視する動き」といった反応をするのもおかしく思えます。イラク撤兵が実現化するとすれば、それは「民主主義の手続にしたがって」行われるだろう、というだけのことでしょう。イラク派兵は「民主主義の手続きに従って」行われた。しかしそれに付随する「小泉氏は~の問題などをきちんと国民に説明する義務があるがそれは果たされていない」という問題については同意していただきました。「イラク派兵」は憲法9条違反だするとする有力な意見があります。*2この意見に従えば、「民主主義の手続」に反しているのは、小泉氏の方です。
要するに「民主主義の手続」という言葉は、一旦決めた国家方針は覆せないということを砂糖で覆って口当たり良くしたもの、と私には受けとれます。日本にとって最大の問題は、一旦決めた派兵を(それが必要な場合に)撤回できるか?にあります。(このような書き方が許されるなら)それに比べるなら南京大虐殺など小さな問題です。南京大虐殺により中国当局は萎縮し日本に有利な講和を結べるはずだった。たまたまそれは果たされず、日本はそれ以後、7年以上中国大陸じゅうを歩き回った。(45年8月にも中国大陸にいた軍首脳はほとんど戦争の継続を望んだ。)どんなに不可能であっても、この7年半の間に日本は中国大陸から撤兵すべきだったのです。憲法に書いてなくても、戦後日本が国家として再出発するにあたって最大の誓いとして銘記されるべきことだったとわたしは思います。
「世に謳われている平和主義は非現実的且つ国際的孤立の道に他ならない」かどうかはともかくとして。イラク撤兵せよ、というのは日米安保の解消を意味するわけではないでしょう。ですから、イラク撤兵=国際的孤立とは必ずしもならないのではないでしょうか。それよりも「対米関係=国際的」という言葉として明らかに間違った等式が成立してしまうのは、対米関係が同盟関係ではなく従属関係だからではないですか。従属が内面化していれば、撤兵はその内面により拒否されます。
*1:http://www.kahoku.co.jp/news/2004/10/2004102901001320.htm 河北新報ニュース イラク人死者、10万人超 科学的調査で推計
*2:わたしもそれに属する。細部に異論はあるが。
香田証生さんについてはうまく書けない気がする。最初の3人の人質(なかでも高遠さん)についてはこの日記でもけっこう書いたのだが。自己引用。
自己責任についてはもっともだ。というか、“アンマンのクリフホテルからのタクシーでバグダッドに向か”うと決めたとき、バグダッドに着くことなく拘束される可能性や死の可能性を彼らは充分考えた上で行為したに違いない。死んでしまえば何処に怨みを残そうが詮方ないのであって、どのような気持ちをもって、あるいは惰性で決断したにしてもそこにはやはり、死を覚悟した決断があったとはいえるだろう。(略)
「ほとんどの書き込みが単なるルサンチマンの表出としてしか読めません。」という2ちゃんねらーまがいの発言が多かったらしいが、そこ(決断)に<至高性>の臭いをすばやく嗅ぎつけ、それにヒステリックに反応する、野原ふうに言えば“奴隷”の心性を持った人が大量発生しているということだろう。
自己責任については、香田さんの場合も同じだろう。彼は馬鹿なこと(かもしれないこと)をした。そして殺されてしまった。彼が後悔しながら死んでいった、かどうかは分からない。どちらにしても彼は殺された。*1一瞬、そこに静かに立ち止まるべきだろう。
日本中だけでも無惨に(「抑圧された」という情況においてそれを原因の一部として)死んでいく人々は少なくないはずだ。それでもマスコミで大きく報道される人は少なく、他の人は悼まれない。
香田さんに対してだけ、「危険なところに行ったお前が悪い」という発言行為があるのはなぜか。裏読みするならば、そこにはまず、「香田証生は他者ではない」という前提がある。その上で「切断操作」があるわけだ。
「香田証生は他者ではない」には二つの意味がある。マスコミが大きく報道する「日本人」としての同胞感。それと、多かれ少なかれ日本社会で仕事に熱中することに生きがいを見いだせず、浮遊感をもてあましつつ何らかの意味の自分探しをしている者としての共感*2。
ということで、わたしの問題意識では、(1)同情 がまずあり、それが(2)切断された と思います。
ところで、前回の人質事件の時の「切断操作」と今回のそれはかなり違いますね。前回は明らかに反動的、政府支持的効果があったが、今回はなかった。ああこれは切断操作ではなく、人質が帰ってきたか駄目だったかの効果か。全然分析になってないな。まあどちらにしても「テトリストを憎め!」という大合唱が起こらずによかったです。(そう言いたがっている人もいますが。)