湯浅、鈴貫、寺内、梅津、磯谷

開巻いきなりはじまる、磯部の呪詛の言葉、

「神国をうががふ悪魔退散 君側の奸払い給へ 牧ノ、西寺、湯浅、鈴貫(鈴木貫太郎)、寺内、梅津、磯谷、他軍部幕僚、裁判長石本寅三外裁判官一同、検察官予審官等を討たせ給へ。菱海*1の云ふことをきかぬならば 必ず罰があたり申すぞ 神様ともあらふものが菱海に罰をあてられたらいいつらのかわで御座らふ」

 という天を呪い人を呪う言葉を読むと、今日の読者はいやでも、それから九年後の日本の敗戦と戦犯裁判を思わずにはいられまい。この報いとして日本の悲運が来たと考える必要はないが、この呪詛には日本の来るべき凶運に対する予言的洞察が含まれていたと考えることはできるのである。*2

id:noharra:20050626#p4 で、マッコイさんの「磯部浅一なんかは靖国に祀られていないから怨霊と化して日本を軍国主義に導いたんじゃないか、」という発言を引用した。ネタ元はここかもしれない。*3

東京裁判で裁かれた東条英機以下と、上記で磯部が挙げた(磯部を裁いた)牧野以下*4が同質性を持つとすれば、東条英機以下は磯部の呪いによって報いを受けたのだ(日本の滅亡はそのための手段にすぎない)、という史観が成り立つ。そこまで云わなくとも、三島の「予言的洞察が含まれていた」という発言の根拠には磯部の呪詛に対する共感があるのはいうまでもない。

 戦後左翼は彼らの偏見に基づき「反乱主体」を卑小化する。マッコイさんは、訳も分からずそれを踏襲したまま、あろうことか「日本を軍国主義に導いた」責任を磯部に押しつける。命日には磯部の怨霊に気を付けろよ。

*1:磯部浅一の自称

*2:p198三島由紀夫「『道義的革命』の論理」『英霊の聲』isbn:4309402852

*3:三島は靖国に言及してないから違うか

*4:牧野、西寺?は例外として、湯浅以下と考える方が良いか。

ネット右翼とは

北田暁大氏の分析によれば、次のようなものであるとのこと。

1. 中高年層に代表される守旧的な保守主義とは違うものであり

2. 「無謬の正義の立場」に立っているかのような語り口を拒絶する、そのように見えるだけで×という意味での形式主義的・否定神学的な、「反サヨク」「反シミン」的感性と

3. 「あえて」サヨク・シミン的なものを否定し続けることで(積極的に右翼思想にコミットするというよりは、「『右』の敵(=「左」)」の敵を演じることで)共同性を得られたかるのように思えてしまうようなロマン主義的シニシズム

http://d.hatena.ne.jp/kwkt/20050720#p1

 彼らは共同性を頼みにしている人たちである。「自分の意見」に自信を持っている人ではない。とすると議論しても無駄ということにはなりますが。・・・

敷島のやまとにしき

ふみわくる深山紅葉(みやまもみじ)を敷島のやまとにしきと見る人もがも

みだれ世のうき世の中にまじらなく山家は人の住みよからまし

草まくら夜ふす猪(しし)の床とはに宿りさだめぬ身にもあるかな

         亀山 嘉治

 幕末、尊皇攘夷の動きが高まり遂に幕府と戦うに至ったのは長州藩ですが、同じ頃(1864年(元治元年)3月)*1水戸天狗党(水戸藩の尊皇攘夷派)も筑波山に挙兵したが(藩内内戦)敗北し藩領を脱出、京を目指し中山道を進んだ。

参考 http://www1.ocn.ne.jp/~oomi/tokusyu4.htm

その天狗党に参加していた、ある平田派国学者の詠んだ(行軍中に)歌です。といっても、小説『夜明け前』からですからフィクションなのでしょう。

「木曽山の八岳(やたけ)ふみこえ君がへに草むす屍(かばね)ゆかむとぞおもふ」、という歌もありこれは「海ゆかば」と同趣旨ですね。

尊皇の至誠というものが<美>でありえた時があった。なんて言ってしまうとお前は右翼か!と批判されるでしょう。尊皇の至誠というものが<美>でありえる、のは、尊皇が絶対権力=国家と結合しない時だけだ、ということは確かだと思われます。

秩序に反する者を非国民、テロリストと言って恥じない者は<至誠>の対極に存在する者たちだ。

*1:同年の年表では「水戸天狗党の筑波挙兵、松平定敬・京都所司代に、池田屋事件、禁門(蛤門)の変、第一次長州征伐、天狗党降伏」となります。

内田樹の靖国問題(続き)

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050907#p1 の続き

下記コメント欄で、kuronrkobousyuさんとcharisさんの議論が、継続中です。

http://d.hatena.ne.jp/charis/comment?date=20050910

下記に一部だけ抜き書きし、野原の感想を書きます。誤解を与えてしまうといけないので、ぜひ全文を読んで欲しい。

charis

「英霊は<心ならずも>戦争に動員されたのではなく、<自らの意思で>行ったのだ」というのが、靖国派の主張ですから、「英霊の心が一番分るのは自分たちだ」と思い込んでいる。だから、内田氏の主張は、靖国派にとって「大いに不愉快」なものである可能性もあります。

「英霊」と呼ばれる人たちはたとえ自らの強い意志で参戦しようとも、彼らの人生を中断されたわけだ。狭義の自衛戦争ならともかく倫理的にいかがわしい戦争において。したがって彼らは絶対的な国家からの被害者である。*1(野原)

内田は「死者の気持ちは分りようがない」と主張する。

反靖国派の「英霊は国家の犠牲者」論を「英霊は<心ならずも>戦争に動員された」という英霊の気持ち論に縮小してそれを否定している。

(charis)

反靖国派のあるべき視点は、「英霊の気持ちを代弁する」のではなく、「彼らが英霊になったという<出来事>の意味に向き合う」ことにある。だから、内田氏の主張とは矛盾しないのです。

(野原)

「死者は語れない」は正しい命題だ。そして死者の声を表象代行することに恥じらいがないのが、左右のイデオローグであることも内田の言うとおりだろう。(死者は表象代行されたとたんどっかへ行ってしまい、死者の腐臭は失われる。)

「 共同体をめぐるほとんどの対立は「死者のために/死者に代わって」何をなすべきかを「私は知っている」と主張する人々の間で交わされている。(内田)」「私は知っている」と主張する者たちを否定するのはよい。しかし死者が死んでいったその一瞬の意味に接近しようと考え続ける努力は必要なのではないか。

結局のところ「大東亜戦争」をどう評価するのかという問いは避けて通れない。私は竹内好にならった二面論者だ。対中国侵略戦争、対米帝国主義戦争。前者は倫理性から遠く離れたものであり、その限りにおいて「大東亜戦争」総体も否定される。敗戦、戦後日本は「反省」し戦前と断絶することにより新国家となった。したがって国家による慰霊はなされるべきではない。

敗戦を認められないのはファシズム国家であり、それは今再生したみたいですね。

*1:もちろん被害者でありながら加害者でもたいていの場合あった。将校の場合戦争を遂行した責任をより強く問われるのは当然

今朝の神さま

大名持神 大洗磯前社

少彦名神 酒列磯前社   以上 常陸両社*1 

大洗礒前薬師菩薩(明)神社[オホアライソザキノヤクシホサツノ](名神大)

大洗磯前神社[おおあらいいそざき]「大己貴命、少彦名命」創建は由緒書きよりもっと古く、荒吐神の姿が見える神社である。茨城県東茨城郡大洗町磯浜町字大洗下6890 

酒烈礒前薬師菩薩神社[サカツライソザキノ・・](名神大。) リンク 酒列磯前神社

酒列磯前神社[さかつらいそさき]「少彦名命、大己貴命」斉衡三年。

茨城県那珂湊市磯崎町4607

http://kamnavi.jp/en/hitati.htm 延喜式神名帳 東海道 常陸国hitati

ところで、平田篤胤と平行して笙野頼子『S倉迷妄通信』を読んでいるのだが、彼女の場合は神が直接夢に出てきたりするらしい。

  前の担当 ○ルタヒコ

  今の担当 ○クナヒコナ  同書p96より*2

ちなみにガイドブックみたいなもので調べた限りでは、この神は各県の一の宮などの主要神社の、どこにも「単品」では祀られていない。*3

というのは少彦名のことだが、笙野は酒列磯前社を主要神社に数えていない。しかし、延喜式神名帳の名神大社だし、篤胤も重視しているということから主要神社と言えると思う。

 私は神社訪問などもほとんどしたことはないのだが、能登半島の羽咋、気多大社に先日行って気付いたことは、岬ほど尖ってないが陸が海に向かって大きく張りだした丘があり、海が180度以上大きく見渡せる場所だ、ということだ。地図で見る限り、酒列磯前社も同じような地形の所であるようだ。ましてひたち、日立ちの国、日の出を拝むには最良の場所の一つであっただろう。神が海から来たというよりも、ひとが海を見ることの感動が神を生んだのではないかと思った。

ちなみにいまの神社から海は見えないのかもしれないが、数百年前まではそうではなかったらしい。「この古社地は、現社地の西方の海に望んだ場所(鳥居の辺り)であり、」と下記にあった。

 http://www.genbu.net/cgi-bin/mapindex.cgi?index=8&target=place

*1:玉襷の解説より p655 日本思想体系50

*2:「それでも一字欠いたのはやはり国民的神話のとはまるで違う夢や何かのなかの極私的存在だから。」笙野

*3:同書p104

祖国に対する義務

戦友精神を体して誠実を守り、危難に臨んで動揺することなく、勇気と要を得た態度とによっておのれの真価を発揮した者は、おのれのうちに侵すことのできない何ものかが存在することを常に自覚していて良いのである。純粋に軍人的で同時に人間的な精神はすべての民族に共通である。こういう場合には、おのれの真価を発揮することは罪でないばかりでなく、邪悪な行為や明らかに邪悪な命令の遂行などのために汚されることなく実現されれば、むしろ人生の本質的な意義の礎石となるのである。p99*1

戦後日本がタブーにしてきた物、軍人精神というものを肯定的に評価している。それはもちろん、愛国心=祖国に対する義務への評価とパラレルなものだ。

祖国に対する義務はその時々の支配権に対する盲目の服従よりも遙かに根本的なものである。祖国の魂が破壊されれば、祖国はもはや祖国ではない。国家の権力はそれ自体が目標なのではない。それどころか、国家がドイツ的な本質性格を破壊する場合には、国家権力はむしろ有害である。それゆえ祖国に対する義務ということからは決して首尾一貫性をもってヒットラーに対する服従という結論が出てくるわけではなく、またヒットラー政権下の国としてもドイツはなおかつ是が非でも戦争に勝たなければならないという結論が出てくるわけではない。ここに良心の錯誤がある。p100

(略)

祖国に対する義務とは何かというに、誤った伝統の上に乗る偶像的人物からではなくわれわれの祖先のうちの最も優れた人たちから伝わってわれわれの心に呼びかける最も気高い要求のために、全人性を投入するということなのである。p101(同上)

 祖国に対する義務の存在を野原は認めるべきか。わたしは日本を捨てて海外へ移住することもできただろうにそうしなかった。文化的にも経済社会としてもわたしは日本しかしらない。それは翻って、わたしが「祖国に対する義務」を負うことを意味するだろうか。もちろん私たちは私たちの意志に関わらず納税の義務を果たし、義務教育を修めている。わたしと祖国との関係に義務と呼ばれて良い側面があるのは明らかだ。であるのになぜ祖国や義務という言葉を素直に使えないのか?

 もちろん、その理由は明らかだ。これからの時代は、靖国参拝した首相小泉純一郎が大勝したことによって画された。“生きて俘虜の辱めを受けず”とした大東亜戦争のあり方を批判せず、大量兵士を南島で餓死させた責任を取らない国家のあり方に追従していくという、<窮極のマゾヒズム>が勝利したということである。と野原は理解している。もちろん国民に聞けばそんなことはないというだろう。だが、大江健三郎提訴問題に誰も発言しないというこの状況は、自分の父親が斧で殺害されたのに笑っている<窮極のマゾヒズム>の薄められた形態以外の何物でもない。とわたしは思う。

ええー。即ち戦後平和主義の国家主義嫌悪はこのように結果した。そこでわたしのような本籍アナキズムなものが、ヤスパースの<祖国に対する義務>を評価するに至るわけである。

*1:カール・ヤスパース『戦争の罪を問う』平凡社ライブラリーisbn:4582762565

ソクラテスの死の原因

ソクラテスは市囲の知者たちを訪ねては、その無知性を暴き出し、そのためにまた、「知者」を自認する多くの人々反感を買い、ついに、メレトスやアニュトスらによって「無益なことに従事し、悪事をまげて善事とし、かつこれを教授するだけではなく、国家の信じる神々を認めず、新しいダイモニア(神・力)を信じて、青年たちを腐敗させる者」という理由で告発されています。

告発の中心は、「国家の神々を信じない」というところにあったようです。

http://homepage.mac.com/berdyaev/kierkegaard/sokuratesu/main_mails/main3.html ソクラテスとは誰か(2)

であるにもかかわらず、彼は死刑判決を受容し死んでいった。

刊行リスト

  1. 松下 昇(についての)批評集 α篇1(88年5月)
  2. 松下 昇(についての)批評集 α篇2(89年6月)
  3. 松下 昇(についての)批評集 α篇3(95年6月)
  4.  ~        …α系は国家による批評 
  5. 松下 昇(についての)批評集 β篇1(87年9月)
  6. 松下 昇(についての)批評集 β篇1更新版(94年9月)
  7. 松下 昇(についての)批評集 β篇2(88年9月)
  8. 松下 昇(についての)批評集 β篇2更新版(94年9月)
  9. 松下 昇(についての)批評集 β篇3(94年9月)
  10. 松下 昇(についての)批評集 β篇4(94年9月)
  11.  ~        …β系はマスコミによる批評 
  12. 松下 昇(についての)批評集 γ篇1(87年11月)
  13. 松下 昇(についての)批評集 γ篇2(87年11月)
  14. 松下 昇(についての)批評集 γ篇3(87年11月)
  15. 松下 昇(についての)批評集 γ篇4(88年3月)
  16. 松下 昇(についての)批評集 γ篇5(88年11月)
  17. 松下 昇(についての)批評集 γ篇6(93年9月)
  18. 松下 昇(についての)批評集 γ篇7(93年9月)
  19.  ~        …γ系は個人による批評 
  20. 表現集1(88年8月)(註1)
  21. 表現集2(88年12月)
  22. 表現集3(94年4月)
  23.  ~        
  24. 発言集1(88年9月)
  25. 発言集2(88年12月)
  26. 発言集3(94年5月)
  27.  ~        
  28. 神戸大学闘争史 -年表と写真集-(89年5月)
  29.        〃        (その後さらに更新中)
  30. 神戸大学闘争史 -別冊1(93年4月)
  31. 神戸大学闘争史 -別冊2(93年4月)
  32.  ~        
  33. {3・24}証言集 上(89年12月)
  34. {3・24}証言集 下(90年1月)
  35.  ~        
  36. 菅谷規矩雄追悼集(90年10月)
  37.  ~        
  38. 救援通信最終号(91年5月)
  39.  ~        
  40. <6・20討論の記録-不確定な断面からの出立->(91年10月)
  41.  ~        
  42. 正本<ドイツ語の本>(77年9月)
  43. 五月三日の会通信1~26(70年7月~81年12月)
  44. 訂正リスト(93年5月)
  45. 時の楔-< >語に関する資料集-(78年10月)
  46. 時の楔への/からの通信(87年9月)
  47. 時の楔通信<0>~<15>~号(78年10月~86年7月~)、
  48. 訂正リスト(93年5月)
  49. 概念集1 (89年1月)
  50. 概念集2 (89年9月)
  51. 概念集3 (90年5月)
  52. 概念集4 (91年1月)
  53. 概念集5 (91年7月)
  54. 概念集6 (92年1月)
  55. 概念集7 (92年3月)
  56. 概念集8(92年11月)
  57. 概念集9 (93年11月)
  58. 概念集10(94年3月)
  59. 概念集11(94年12月)
  60. 概念集12(95年3月)
  61. 概念集 別冊1-オウム情況論-(95年10月)
  62. 概念集 別冊2-ラセン情況論-(96年5月)
  63.  ~ 
  64. 概念集シリーズへの索引と註(96年1月)
  65. 概念集シリーズへの補充資料(96年1月)
  66. 序文とあとがきから見た既刊パンフのリスト
  67.        〃            2
  68.  ~ 

闘@争 あるいは妄想戦士ルサンチマン

争とは何か? Panzaさんの造語のようである。@(主体の位置を示す)がたまたま闘争のなかに居ることを示している、ということか。

★妄想が闘争を支えている。

★妄想とは「夢を中核として鍛え上げた闘争に向けた言葉」

http://d.hatena.ne.jp/Panza/20051126/p1

 妄想という言葉に躓き、彼女は辞書を引く。「正しくない想念。みだりな思い。」である。想念というものは思想や理念に比べればとりとめのないものである。したがって「正しい/正しくない」という弁別以前の領域にたゆたっているのがむしろ普通である。であるのになぜ妄想に限って「正しくない」と言われるのか。おそらく妄想というのは〈平気ではみ出してくる〉という性格を持っているからであろう。

 「「妄」という字の構成も「亡き女」「亡んだ女」である。」「妄」という一つの字を通してわたしたちは、東アジア数千年の文化、歴史が女性差別的に構成されたものであることを知ってしまう。

もし現実に嬲られたら絶対やり返す。でも相手が漢字では怒っても怒りの向け先がはっきりしない。言葉をはじめ表象物のほうが恐ろしい。

ひとつひとつは些細でも降り積もれば人を厭世観の固まりにしてしまう。

(同上)

 わたしたちは文化総体の歪みから自由になることはできない。しかし文化とは何か。個々のパーツの歪みを周到にまとめ上げ、普遍とか国家の同一性の勝利を結論するシステムが文化なのか。であるとすれば、ぶさいくな肉体でありたゆたう想念である〈わたし〉は、文化総体の歪みから自由であることしかできない。とも言えるのではないか。

相手がどれほどの権威であってもワタシ一人の骨の髄からの感覚を信じることが大事。

嫌なことから逃げたって逃げ切れるものではない。

これからは嫌な言葉は分解して別のものにしてしまおう。(同上)

たぶん、骨の髄からの感覚もやはり、小さな小さな闘いの持続を通して生まれてくるものだと思う。

笙野頼子さんとPanzaさんガンバレ!

私も何かしら自分の出来る事で闘うぞぉ(^○^)

というわけでわたしも声援に声を合わせよう。

松下昇の表現(オンラインで 読めるもの)