南京事件とそれ以外

# bluefox014 『南京事件に関して勝谷誠彦氏が悪質な「印象操作」を行ったことを指摘したエントリーを作成しました。TB送りましたがうまく届いていないようなのでここにリンク貼ります(申し訳ありません)「勝谷誠彦氏はなぜこんな愚かな文章を書いたのか?」http://d.hatena.ne.jp/bluefox014/20050303

bluefox014さんはじめまして。

南京事件について何でプチウヨが発言したがるのか分かりませんね。30万が事実でなくとも多くを虐殺レイプしたのは事実なのに。そういうとまあすぐに、事実とは何か、お前見てきたんかという反応が返ってくる。かって広く受け入れられた「大東亜の大義」についてまじめに考えているとはとうてい思えません。

ところで、日本人にとって一番大事なことだったはずなのに下記のことが忘れられているような気がするのですが、どう思われますか。

(はてな内では、urlを記すだけでTBが勝手に送られますよ。)

脱北者は減っている

 ちなみに下記によれば、中国内の脱北者は、現在は3万~5万人に減少したとのことだ。それでもまだ沢山のひとたちがいる。中国と北朝鮮が国境の自由往来を認めたとしたら、国境を越える人は爆発的に増加するだろう。ベルリンの壁の崩壊のようなことが起こって悪いはずがない。

EBRUARY 25, 2005 22:38 by 權順澤 (maypole@donga.com)

米国務省が、脱北者の現況と脱北者政策などに関する初の報告書を最近議会に提出していたことが、24日確認された。

昨年10月に施行された北朝鮮人権法の関連規定に従って作成された同報告書は、「中国内の脱北者は2000年には7万5000~12万5000人だったが、現在は3万~5万人に減少した」とし、「中国の東北部地域では、北朝鮮女性が人身売買の対象にされたり、性売買に従事しているという報告があった」と伝えた。

http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2005022645508 donga.com [Japanese donga]

超国家的社会公共的価値

# index_home 『こっちにコメントをつけてよいか迷いましたがとりあえず…

hal44さんの「人権」は確かに「愛国心」よりも超国家的社会公共的価値として注目されていますね。二番煎じのようですが私も同意します。

いまだそれぞれの国家が自らに変わる枠組みとして認めきれていない(先進国でさえもその気配アリ。特にアメリカとか…)ことが一番の問題なのかもしれないと思います。』 (2005/03/27 08:58)

# swan_slab 『ちょっと関連することですが、例えば民主主義・人権を「超国家的社会公共的価値」と普遍性をみとめたのは戦後のことですが、それには功罪もあるように思えます。

先月、パリで所信表明演説を行ったライス国務長官は

 「我々の責務は明確だ。我々は、自由の格差の中で正しい側に生きる者として、不幸にも誤った側に生まれた人々を救う義務を負う。」

と述べています。

また、フランスの哲学者のポール・リクールは、「他者の苦しみゆえの義務」という観念をみとめ、他国への人道的武力介入の正当化を模索します。

かつてフランス的価値の領土的拡大を目指したのがフランスの植民地主義だったとすれば、アメリカの世界戦略は、価値の普遍性の名の下に、相対化を阻害されているという印象ももちます。』 (2005/03/27 09:38)

「地獄の幽鬼」を見た

従軍慰安婦といっても色々なイメージがある。*1綾川亭さんが紹介しておられる水木しげるによるものが非常に印象的なので、引用させていただきたい。

なおこの日の綾川亭日乗に対して、賛否両論(ケンカ的)のコメントが付き、そのうちの一つが上記の「レイプ犯許すまじ」さんだということになる。

http://d.hatena.ne.jp/andy22/20050114#p5

私に印象深いのは、水木しげる御大が兵士として見聞した話である。御大の従軍中の話は、御大自らが回想マンガとして折に触れて描かれているが、さらりと、実にさらりと、とんでもないものを提示されるから、読み手はびっくりだ。

南方の戦線である…熱帯のジャングルだそうである。その日本軍の陣営の中に、粗末な掘っ立て小屋が作られている…全容は細長く、中は小部屋で仕切られている。その一つ一つの部屋に女たちがいて、兵士とコトをいたしているわけだ。で、扉の外には兵士がずらりとならんで、順番を待っているんだそうである。御大は、とてもじゃないが並ぶ気にはなれず裏手の川に出たという。と、その時、若き一兵卒の御大は、「地獄の幽鬼」を見たのだという。

髪はボサボサ…衣はアカでむさくるしく汚れ果てたその「幽鬼」は川べりにしゃがみこむと、ぴゅーっと、尿とも便ともわからぬものを放っていったという………。

これが、南方戦線に送り込まれた従軍慰安婦の姿である。

*1:今年は、従軍慰安婦それ自体をまったく見ようとしない人々が多いみたいだが。

天も地もあることなく、ただ虚空(おほそら)なり

大きな紙を用意する。その紙いっぱいに大きな円を書く。円の内側には何もない。その外側に、次のように書いてある。「此の輪の内は大虚空(おほそら)なり。」さらに小さな字で註釈「輪は仮に図(か)けるのみぞ。実に此の物ありとにはあらず、次なるも皆然り」

中庸の「三大考」は宇宙生成譚である。宇宙の始まりを第1図から第10図までで解き明かしそれに解説を加えている。大虚空(おほそら)があって他には何もなかった。

記に曰く  

天地初発の時、於高天原成、神名は天之御中主神、次 高御産巣日神、次 神産巣日神、云々 

此の時いまだ天も地もあることなく、すべてただ虚空(おほそら)なり。天と地の初めは此の次の文に見えたり。然るを天地初発の時と云るは、後より云る言にしてただ世の初めということなり。また高天原にとあるも、此の時いまだ高天原はあらざれども、この三柱の神の成り坐したる処、後に高天原となれる故に、後より如此(かく)云る語也。*1

「大虚空(おほそら)があって他には何もなかった」、それ以外は三柱の神が成った、だけだ。と云っている。「天も地もあることなく」とは空間がなかったということなのか、それとも大虚空(おほそら)とは空虚な空間なのか、などなど疑問が生じますがそれには答えず、虚空(おほそら)という一語から始まることが語られるだけです。

次に第二図。大きな円の真ん中に小さな円が描かれ、それは「一物」であるとされる。一物ってなんやねんというと書紀にあるみたいですね。

書紀に曰く「天地初判、一物在於虚中(おほそらに)、状貌(そのかたち)難言(いいがたし)」(同上)

第一図と第二図ほとんど同じなのですが第一図は大きな円のなかに、天之御中主神など三柱の神が三つの点で表示された図。第二図は大きな円の真ん中に一物があり、その上方に三つの点がある図。第一図では物はなく神だけ、第二図で物が小さく現れる。で次々に第十図まで展開していくのですがその展開の原理とは何か?と云えば。高御産巣日神、神産巣日神の<産霊(むすび)>(の力)によるわけです。でそれは尋常の理を以て測り知ることができるものではない。したがってこの天地の始めを、「太極、陰陽、乾坤などといふ理をもってかしこげに」あげつらうことは妄説、見当違いだ、ということになります。id:noharra:20050326#p2 でも書きました。

 つまり、宇宙のすべてが、<産霊(むすび)の力>によって生成したのだなどとは記紀にはどこにも書いていない。テキスト主義者の筈の宣長がそこから逸脱して勝手に言いだしただけです。

 「三大考」のポイントは、大虚空(おほそら)への注目にあります。書紀に「虚」という一字があるだけで注目されてこなかった、おほそらになぜ中庸は注目したか。西欧渡来の「地は円(まろ)にして、虚空(そら)に浮べる」説を知ったとき、記紀の冒頭とそれがシンクロし、おそらく中庸は激しく感動したのだと思う。

・・・

(続く)

*1:p257 日本思想体系50

戦争

 蝉が鳴いている。窓から見ているとさきほどからあるおじいちゃんが一人で虫取り網をかかげて蝉を狙っている。慣れないせいか上手くいかないようだ。日本は平和である。

 イラクには派兵しているのだから、国内が平和なだけかもしれない。戦争中だって子どもは虫取りくらいしただろう。60年前の8.15に終わったとされる「戦争」。陛下の大御心のままに戦争は終わった。そこで悪とされたものは「戦争」である。

 皇軍が行った大虐殺も、日本への原爆、大空襲もその犯罪性を個別に明らかにしていく努力は弱かった。「戦争だったからしかたなかった」という諦めと自己への(あいまいな)許し。それを支えたのが憲法9条だった。

 ところが憲法9条を廃棄するという。普通の国に成るための努力を何一つしてこなかったのに、笑止である。

死霊が降りてくる

同雑誌の磯前順一(いそまえ・じゅんいち)氏の「死霊祭祀のポリティクス――招魂と慰霊」をもう一度見てみた。

靖国神社を性格づけるひとつの柱が、完全には概念化することのできない身体的儀礼である招魂という祭祀行為にある以上、その祭祀を通じて召喚された感情をめぐる多様な語りの可能性が生じざるをえない

その一方で、生き残った生者たちはそのような意味の多義的状態のままに留まることに困難を感じるため、それを概念化して明確な枠を与えることを求めてやまないのだ。意味の多義的状態は死者が生者に怨みなす怨霊と化する可能性もはらまざるをえないのだから。であるからこそ、多くの場合、招魂祭で招き降ろされた死霊の慰霊は、そこに多くのためらいを含みながらも、死霊に一定の意味を与える形で決着がついたと見なされる。ある場合には護国の神になったとして、ある場合には安らかな来世を送っているとして。

しかし、国家が祀るにせよ遺族が祀るにせよ、そのようなかたちで死者を慰霊してしまってよいのだろうか。それは死者が語りかけてくる声に耳を閉ざしていることにならないのだろうか。不本意な死を遂げた死者たちは、またここで、生者からの一方的な暴力に曝されているのではないだろうか。

*1

「招魂」「死霊祭祀」というのはあまり聞き慣れないおどろおどろしい言葉たちだ。「召喚」なんていうのはRPGゲームではおなじみだが真顔で使われるとやはり異和感がある。招魂社が出来た時期の平田篤胤とかの国学についてちょっとだけ勉強しているがそこにも「招魂」「死霊」なんて言葉はでてこない。*2

話は逸れるが、ちょっと篤胤神学に触れると、

現世(うつしよ)の支配者=天皇命(すめらみこと)

死ねば人の霊魂はそのまま神であり、幽冥界に行く*3

そこを主宰する大神は大国主であられるので、帰命(まつろい)まつらなければならない。

といったものである。死んでまで護国の鬼になるという靖国神学に比べて平和な感じである。しかしながら、国学から遠いと感じるのは実はわたしの勉強不足のせいのようだ。

招魂とは、元来「其時々」すなわち一時的に霊を降ろす、憑霊にも似た一種の降霊術とも考えられていたようであり、(略)当時民間に広がっていた国学系神道の、広い意味での鎮魂術とも密接な繋がりを有するものであった。*4

 夜中真っ暗な状態にして、霊が降りてくる、まさに本当に降りてくる、「魂の底に徹するような深い感激」を集団的に体験してしまうという祭がかってあったらしい。でそこに浮遊している霊たち。危険なので、「一定の意味を与え」て行かなければいけない、ということで「護国の鬼」という意味が定着すると。死者の慰めにはならないが。

*1:以上 磯前順一「死霊祭祀のポリティクス――招魂と慰霊」 現代思想p87

*2:「日本国は世界万国の総本国なり」といった文はよくあるが

*3:といっても場所的にこの現世と違う場所にあるのではない、アクセスできないが重なっていて、向こうからはこちらがよく見える

*4:同磯前順一論文 p83