続報です。
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200411130216.htm
P-navi info : バヌヌさん、自宅軟禁に(仮アップ)
12日にイスラエル当局によって逮捕されたバヌヌさんはとりあえず釈放されたとのこと。しかし、自宅軟禁の措置を受け、告訴される可能性もあるらしい。(後略)
続報です。
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200411130216.htm
P-navi info : バヌヌさん、自宅軟禁に(仮アップ)
12日にイスラエル当局によって逮捕されたバヌヌさんはとりあえず釈放されたとのこと。しかし、自宅軟禁の措置を受け、告訴される可能性もあるらしい。(後略)
ヴァジニア・ハミルトンの『マイ ゴースト アンクル』島式子訳原生林 という本を読んだ。(原題は「Sweet whispers,Brother Rush」)大傑作だ。障害を持った弟と二人で暮らしている貧しい黒人の少女が幽霊を見る話。(お母さんは1、2週間に1度くらいしか帰ってこない)ヤングアダルトものだがジャンルを越えた力を持っている。幽霊はブラザー叔父さん。叔父さんのあまりのかっこよさに主人公(ツリー)の少女は引きつけられる。彼女が幽霊を見るのはもちろん、彼女が生きている現実が苛酷すぎて、別の現実(彼女がかろうじて知っているのは彼女の幼児時代とそのとき格好良かった叔父さんだけだ、彼女は父のことを知らず、遠慮して母にそのことを聞くことさえできない)をどうしても必要としたからだ。すべてのファンタジーはそうした世界を裏返さずにはおかない呪詛を隠しているはずだが、この小説のようにそのベクトルを露わにしつつなお小説としてみごとに成功しているものは希だろう。「黒人特有の致死の遺伝病・ポーフィリア」なんて聞いたらそりゃいくらなんでも露骨すぎる道具立て!と思うかもしれにないが、そんなことないんだな。
赤木さんもこういっています。「物語としても文学としても、第一級の逸品です。(赤木かん子)」http://www.hico.jp/sakuhinn/7ma/my02.htm
ボストングローブ・ホーンブック賞1983年など。
ただ現在入手不可かな。わたしは古本屋で百円でゲット。
先日、AJさんから釜ヶ崎炊き出しの会の機関紙「絆通信・号外」の写しを送ってもらった。
その会の代表の稲垣さんという方が、12月20日不当逮捕されたという。
不当な事後逮捕という点では、id:noharra:20040228#p5で触れた「立川市の自衛隊官舎ビラ入れに対する逮捕」に似ている。だがネットではそれに比べると、ほとんど言及されていないと言える。そこでここに(も)ちょっと紹介してみよう。
紹介がないと言ったが全くないわけではなく、下記のアート系掲示板では紹介されている。そこで一部そこからお借りしつつ要約してみる。
1.11月25日西成警察署で二人の労働者が暴行を受けた。
http://www.009net.com/tlo/bbs/apeboard.cgi TLO BBS
まず11/25夜に、西成市民館の前でKさんとその場で知り合ったAさんとのあいだにちょっとした金銭トラブルが起こり、通りがかりのIさんが間に入り解決しようとしたが、らちが明かないため、「それなら警察へ行って話をつけよう」ということになり3人で目の前にある西成警察署の一階受け付けにいきました。
出て来た私服警官がKさんを階段、Iさんをエレベーターでそれぞれ上にあげ、別々の取り調べ室に入れました。そしてKさんは、目にいきなりスプレーを吹き掛けられました。痛くて目が開かない状態のなかで、踏まれ、蹴られ、靴等で頭をたたかれ、逆エビ固めをされ、全身打撲を負い、本人の記憶にないままに調書をとられ、指印を押したということです。
一方、Iさんもやはり取り調べ室に入れられたとたんに倒され、踏んだり蹴ったりされました。私服警官が同乗の救急車で杏林病院に運ばれ治療を受けました。全身打撲、左の眉毛の上と額を合わせて6針も縫う怪我でした。右の頬には私服警官に踏まれた靴のあとが残っていました。
2.この件で相談を受けた稲垣さんを中心に、西成署への抗議行動が行われた。
西成署への抗議行動は、12月2日から5日まで連続4日間行われました。「暴行をはたらいた警察官は本人に謝罪せよ」というものです。初日から多くの釜ヶ崎の労働者が西成署前に集まり、事実経過をマイクで話す稲垣さんの説明に聞き入りました。時間と共に抗議に参加する労働者は増え、一時騒然となりました。稲垣さんはマイクを握って「手を出したらあかんよ、殴ったり蹴ったりしたら西成署の暴力と一緒になる」と声を張り上げ、混乱の収拾に努めていましたが、その混乱の中で一人の労働者がケガをしたのです。このケガについて、西成署は「稲垣が教唆した傷害事件」だと言うのです。
「絆通信・号外」より
3.
12/20に「稲垣浩が暴行を扇動した」として稲垣さんを逮捕しました。
労働者Aさんも、その労働者にケガをさせた一人だとして逮捕された。
4.
12/28に大阪地方裁判所で稲垣氏の勾留理由開示公判があった。
裁判所は警察の言い分をそのまま採用した。
5.
「2人に対するまったく不当な逮捕ですが、大阪府警と西成署は「メンツ」にかけて起訴に持ち込むものと予想されます。」
「家宅捜査で押収されたものが、西成署で暴行を受けた労働者の診断書やその時聞き取ったメモ類だった」ということからも、この逮捕の第一の目的は「1」に書いた【警察が市民を暴行した】という犯罪をないものにしようとすることだと思われる。
わたしたちが注目しなければ、彼らが敗北するのは間違いない。だいたい彼らはボランティアであり彼らを抑圧することは私たちにとってメリットはなくデメリットだと思われます。
id:noharra:20050123 に N・Bさんからコメントいただいた。
1/23は長くなり過ぎなので、こちらに再掲しお返事します。
# N・B
「はじめまして」
『 どうも、ちょっと「法と正義」の問題について思ったのですが、「正義」は論理的根拠としてではなく遂行的に現れるとすると、これは案外おおやさんの立場と近いのではないでしょうか?梶さんの議論は梶さん自身の関心においては彼の「正義」を示していると思います(私はある程度それを認めますし正当だとも感じます)。お二人の言説は「責任のインフレーション」(北田暁大)という事態が思わぬ反動的効果を現すということの現われとしても指摘としてもきちんと検討すべきではないかと思います。
現在の状況は私は最も近くの権力への服従という結果がもたらされるとい
う意味で、政治的ロマン主義(それにシュミット自身)の帰結が参考になるのではと思います。ただ前提として、かつてドイツでそうっだったように自覚的思想のレベルではともかく、梶さんやおおやさんと「共有してしまっている」何かがあるのではないでしょうか?それが歴史からの反省ではないでしょうか。お二人の言説は政治的立場はある程度違っても「現実主義」という流行の罵倒語でくくれると思います、お二人が「専門家」として語ることはその現われと思います。しかし「現実主義」が勝利してしまう理由のきちんとした解明とそれに対抗する手段を私たち(失礼!)が持たないのも確かだと思います。先に出した北田さんの「責任と正義」はそういう状況に対する打開の試みと思います。ライブラリ相関社会科学の最新号(すいません未見です)などにかかれている思想史家の議論もそういう意味で参考になるのではと思います。どうも釈迦に説法のようですが、すいません。失礼します。』
「ホモ・ホスティリスの悪循環」のホモ・ホスティリスとは敵対人。意味が分からなかったので英和辞典で引くと、ホステスやホスピタリティに音は近いがhostilityという言葉があり、敵意、敵対、反抗、戦争状態のこととあった。
「残酷な東洋人」というイメージ原型が(十字軍のころから)ある。対日戦争も「褐色の民(アジア・アフリカ)を黄色の有色の民(日本)から救った白色(英国)の民」というレイプ・レスキューの図式にはめ込まれる。そのとき英国は、邪悪な龍と戦って成敗する正義の騎士聖ジョージそのままになる。*1
で数十年前のヒロヒトに代わり邪悪な龍の場所を占めたのがイラクのフセインだった。日本が米英のイラク占領に加担するとは「自らの悪のイメージをぬぐうために、他のものを悪として、自身は何食わぬ顔をして正義組にはいって安心する*2」という振る舞いだ。そう考えるとたいへん情けない!
従軍慰安婦問題も自分が聞きたくないから耳を塞ぐという態度では、過去の事実に誠実な誇りある日本人として向きあうことにならない。そして否認することは、このような「残酷な東洋人」としての「日本=レイピスト」イメージを延命させることにもなる(西欧人から見た場合)。中国や韓国朝鮮にとっては、「日本=レイピスト」イメージは国家の独立に関わるもっと必須なものに容易になってしまう。日本の実像がどうであろうとそれを悪と決めつける図式にそれらの国が囚われているわけではない。だが過去においては((現在でもかな)、国家当局がイメージ操作を振りまいたことも確かにあっただろう。
「大東亜戦争」という歴史において皇軍がアジアの過半に展開しそこの民衆を苦しめ、そしてレイプの例も多いというのは、事実である。わたしたちは、こうした事実をどう認めるかについて国民的合意を形成できなかった。A級戦犯の靖国合祀などをしてナルシズムに浸っている場合ではないのだ。今年は戦後60年。国家が自己を他国に向かってどうプロデュースするのかの正念場だ。安倍晋三的なものを排除することが国益だと思うぞ。
前にも書いたように3/13に大阪経済大学での北朝鮮・脱北者についての集会に参加した。その会の終わりに「集会決議」という文書が読み上げられ皆が拍手で確認した。そのなかに次の文章があった。
1.北朝鮮の人権改善と被害者救済にわが国が実効ある政策を実施できるよう、日本政府ならびに国会に対し「北朝鮮人権法」の制定を求めます。
拍手はしたものの、北朝鮮人権法案というものを読んでないので気になっていた。今、ネットで確認することができた。
まず、民主党・北朝鮮問題プロジェクトチームの中川正春座長(衆院議員)は(2/25日)に国会へ「北朝鮮人権侵害救済法案」を提出した。一方、「北朝鮮人権法・自民党案の提出は、3月半ばごろになるもようで、今国会での成立を目指す。」とのことで足並みがそろっていたが、自民党は法案の今国会提出を見送る方針を固めた、らしい。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1008500/detail北朝鮮人権法 民主座長に聞く
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1010594/detail北朝鮮人権法 自民座長に聞く – livedoor ニュース
http://www.asiavoice.net/nkorea/ 3/12朝鮮民主主義研究センター
で、民主党が提出した法案はここにある。
http://www.masaharu.gr.jp/nkjinkenhou_050225.htm 民主党北朝鮮人権侵害救済法案050225
興味あるところを抜き書きしてみる。
第一条 この法律は、拉(ら)致問題への対処に関する国の責務を明らかにするとともに、脱北者の保護及び支援、北朝鮮に対する支援に係る基本原則等について定めることにより、拉致問題の解決その他北朝鮮当局により侵害されている人権の救済及び北朝鮮における人権状況の改善に資することを目的とする。
第三章 脱北者の保護及び支援
(脱北者の保護及び支援に関する国の責務)
第六条 国は、脱北者(北朝鮮を脱出した後生活の本拠を有することなく我が国に保護を求める者(北朝鮮に戻った場合に迫害を受けるおそれがないと認められる者を除く。)をいう。以下同じ。)を保護し、及び支援する責務を有する。
2 政府は、脱北者から在外公館に対して保護の要請があった場合には、その安全の確保に努めるものとする。
3 政府は、脱北者がその希望に応じて本邦に帰国し、若しくは入国し、又は他国に出国することができるよう努めるものとする。
4 政府は、脱北者の安全の確保等について、関係国の理解と協力を得るよう努めるものとする。
5 政府は、脱北者の保護及び支援を行うに当たっては、脱北者及びその関係者の安全を確保するため、これらの者に関する情報の取扱い等について、十分に配慮するものとする。
6 政府は、関係国及び国際連合人権委員会、国際連合難民高等弁務官事務所その他の国際機関との緊密な協力の下に、北朝鮮を脱出した者の保護及び支援に積極的な役割を果たすものとする。
脱北者=(北朝鮮を脱出した後生活の本拠を有することなく我が国に保護を求める者(北朝鮮に戻った場合に迫害を受けるおそれがないと認められる者を除く。)、という定義が目を引く。経済難民なんていう言葉を使い、脱北者の難民性を薄ようとすることは、彼らを北朝鮮に帰国させて迫害にさらされることにつながる。そうした今までの経験に照らし、脱北者の生身の人権に配慮した定義になっている。強く支持したい。
(脱北者の保護及び支援を行う民間の団体との協力並びにこれに対する支援)
第七条 政府は、脱北者の保護及び支援に当たって民間の団体と協力するとともに、脱北者の保護及び支援を行う民間の団体の活動に係る安全の確保及びその活動の促進を図るため、情報の提供、財政上の措置その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする。
(脱北者の認定)
第八条 法務大臣は、北朝鮮を脱出し本邦にある者から法務省令で定める手続により申請があったときは、その提出した資料に基づき、その者が脱北者である旨の認定(以下「脱北者の認定」という。)を行うことができる。
2 法務大臣は、脱北者の認定をしたときは、法務省令で定める手続により、その者に対し、脱北者認定証明書を交付し、その認定をしないときは、その者に対し、理由を付した書面をもって、その旨を通知する。
(脱北者の認定の取消し)
第九条 法務大臣は、脱北者の認定を受けている者について、偽りその他不正の手段により脱北者の認定を受けたことが判明したときは、法務省令で定める手続により、その脱北者の認定を取り消すものとする。
2 法務大臣は、前項の規定により脱北者の認定を取り消す場合には、その者に対し、理由を付した書面をもって、その旨を通知するとともに、その者に係る脱北者認定証明書がその効力を失った旨を官報に告示する。
3 前項の規定により脱北者の認定の取消しの通知を受けたときは、脱北者認定証明書の交付を受けている者は、速やかに法務大臣にこれを返納しなければならない。
6条の3では、脱北者がその希望に応じて本邦に帰国し、若しくは入国することが認められる。だがそのまま在留資格を得るわけではなく「脱北者認定」というステップを踏む、ことになっている。11条には、認定にあたって「入管法第二条第十二号の二に規定する難民調査官に事実の調査をさせることができる。」との規定もあり、入管法という言葉には良いイメージをもっていないわたしとしては大丈夫かなとも思うのですが、でもまあそういうものなのだろう。
キム・ハンミちゃん事件の映像を見ても、<難民>とは、国と国の境、領事館の壁の上に何年も生きることを強いられる存在だ、といえるように思う。
領事館の壁の上みたいな不安定な場所におかれる時間を短縮し、一度日本国内に移動させてから、(判断が必要なら)その判断を行うとするこの法案は大変な進歩であり、強く支持してよいと思う。
# swan_slab 『ちょっと【邪悪な愛国心と正しい愛国心は観念できるか】という私の問いに戻したいことがあるのですが、これまでの議論をふりかえると、
hikaru さんhal44さんは愛国心はそもそも悪いものにならざるをえないといった議論を展開しているように思います。そもそも悪いものにならざるをえない理由として、hikaruさんはすでに存在している多元的社会における生活を提示します。これは例えば「国籍保持者に奉仕活動を義務付けるべきだ」という考え方を例にとれば分かるように、愛国心は国内的にも排他的性格を持たざるをえない。つまり差別を助長する。
hal44さんは同じく多元的社会あるいはグローバル化した社会を前提に、その排他性を「敵の必要」という観点から説明しているように思われます。お二人の議論を重ね合わせると、国外に敵をつくるのみでなく、国内にも敵をつくる論理であるから、愛国心は忌避されるべきであるということになろうかと思います。
それに対して、私は「愛国心」の社会公共的価値はあるという考え方です。もう少し具体的にいうと、現行の憲法的秩序に深い信頼と確信を寄せ、それを不断の努力によって守っていこうとする態度はひとつの愛国心といえないでしょうか。国制(Constitution)に対する信頼。もちろん、愛国心の多様性を前提としますので、現行制度に否定的な愛国心もあり得る。この着想は、17世紀にアメリカに渡った移民たちの契約モデルをイメージしています。何が「善い」のかはさておき、善い社会を目指していこうというコンセンサスです。しかし、通常、メイフラワー盟約も、憲法的秩序への忠誠も、パトリオティズムとの関連で認知されていませんね。
それから、野原さんは
>進歩派の多数派が実際にやっていたことは、パックスアメリカーナを困難な理想主義としての平和と曖昧に混同し、基地を沖縄に押しつけ続けるということではなかったでしょうか。>
と述べています。
この多数派がどのような人たちを指すのかちょっとぼんやりしていますが、私の考えでは、戦後の日米外交は、「巻き込まれリスク」と「見捨てられリスク」の均衡のなかで対米距離を測ってきた。しかし、江畑謙介が指摘*1するように「巻き込まれリスク」といった観念は、冷戦後強力に推し進められたアメリカの「全世界戦略」の現実に目をそむけるものであると。そういう側面は恐らく日本の知識人の間にもあっただろうと思います。
また、左翼的知識人のなかには、依って立つ立場自体を問題にされることがあった。例えば丸山眞男はそのたち位置「精神的貴族主義」が批判の的となった。
>パトリオティズムに私がやや否定的なのは枠の問題が抜けるからなのです。>N・Bさん
ちょっとよくわからなかったですが、私自身は「隣人とは誰か」の対象をアトミックな個人に見定めるか、個人を育む歴史的・文化的・政治的中間集団の多様性を認めるか、といったことに興味があります。』 (2005/03/26 18:22)
# index_home 『スワンさん
>私は「愛国心」の社会公共的価値はあるという考え方です。
もちろん、現代は多元的な社会になってきているといっても、国家が崩壊したわけではありませんから「愛国心」の価値はあると思います。もっとも、価値があるだけに危ういともいえるかもしれませんが。』 (2005/03/26 22:15)
# hal44 『「社会公共的価値」あるいは、道徳律の基礎としては、遍性のある「人権」を私は採用します。「人権」の保証には超国家的な枠組みが必要なんですけど、現実的な問題は多々ありますね。「愛国心」は国民にしか人権を認めませんから。』 (2005/03/27 06:17)
*1:『日本の軍事システム』P21
ym 『はじめまして。
>「言論の淘汰圧」という聞き慣れない言葉を使うことで、捏造が行われる。
言論の淘汰圧というのは、ミームの話ではありませんか?参考までに、スーザン・ブラックモアがミーム(文化の遺伝子)に関して“ミーム・マシーンとしての私”という本を出版しています(小熊さんの解釈が妥当かどうかは私には判断できませんのでひとまず置きます)。
「ミーム」も聞き慣れない言葉でしょうが、聞きなれない→捏造というのは淋しいですね。耳慣れない内容に関して日々研究をしている人間もいますので、できれば穏当な表現に押さえていただければと思います。』(2005/04/14 04:30)
(野原)
ymさん はじめまして。
ミームという言葉は聞いたことがありますがよく分かりません。(あやしいなという印象しか持っていません?)
「聞きなれない→捏造という」ふうには、書いていない筈ですが。
ネット上の論争といっても二つの全く違った現象を、ある(キーワードになる)「言葉を使う」ことで同一化していると指摘しているのです。
「言論の淘汰圧」であれなんであれ「聞き慣れない言葉を使う」事自体に、反対していません。わたしの表現も聞き慣れない言葉や記号に満ちているでしょうし。
http://d.hatena.ne.jp/andy22/20050419#p3
というところがおとなり日記にあったので読んでみたら、綾川亭さんは困惑しておられる。“明らかに左翼的意見の人が「サヨクあるいは市民派どもは馬鹿にされて当然」だと思っている”ことに対する困惑のようだ。わたし(野原)にもあてはまらないことはないので、元のブログの流れには無知なままそこの所にだけ反応してみよう。
(1) 天皇制が身分制度でないとしたら何の制度なんですかね?ある家があってその血統ゆえに生まれながらに尊いという社会であれば、逆に特定の血筋の人間集団が卑しいと差別される発想が生まれるでしょう。表裏一体。「橋のない川」って知ってる?知らんでしょ。
(2) 、、、、ってまあ、このあたりがサヨクあるいは市民派どもが吹聴してた話さ。例の民衆法廷もそれの吹き溜まり。(レイプ犯許すまじ)
について解説します。
図式的に言うと、左翼には(旧)左翼と新左翼の二種類があり、後者は前者を否定する。(2)はそういう意味の否定だろう。
新左翼は旧左翼の持つスターリニズム、権威主義、口先だけのきれい事を激しく批判します。即ち、現在のプチウヨは新左翼の劣化コピーなのです。
旧左翼はプロレタリアート=労働者に依拠していたはずが、その依拠対象を(選挙目当ての)市民にズラして行き、口当たりの悪いこと(天皇制批判)などを言えなくなっています。新左翼はマイノリティに依拠します。マイノリティの切り札として登場したのが従軍慰安婦です。*1従軍慰安婦=被害者と活動家との間には落差があるわけですが、旧左翼の場合自らを善意の存在とみなし(普遍的人権とか、平和、アジア連帯といった)理念が両者を救ってくれる、と考えます。新左翼は、自分の主体が落差にさらされる<自己否定>という磁場を大事にします。*2新左翼なら、「レイプ犯許すまじ」といいながら、(自分が日本人の男性である場合には)自分を被害者に対してではなくレイプ犯の方に位置づけながら語るべきです。その立場性は当然語られることはない。ただある場合にはキレて、落差がかいま見られることもある、この場合のように。
以上「新左翼」という言葉を非常に特殊な意味で定義し使ってみました。わたしはここでいう意味での新左翼になりましょう。
新左翼は反スタ(反スターリニズム)でなければならず、反金正日であるはずです。*3 女性国際戦犯法廷を支えたVAWW-NET Japanなどの現在にその姿勢がないのなら、批判されるべきです。
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050125#p3 <<<金正日有罪>>>に書いたとおりです。
要は、民衆法廷を担ったうちの日本人たちは何かの「吹き溜まり」であっただろう。それは2000年に於ける左翼全体の退潮という状況において当然のことだ。彼女/彼たちの主流の思想傾向について違和感を持つ人は多かろう。だが日本軍「慰安婦」たちの存在を見たくない(否認しよう)とする欲望は悪であることは明白である。したがって「慰安婦」問題を重視するが「サヨクあるいは市民派ども」を批判する立場というのは当然あり得ます。
あと2点にだけ触れておきます。
すでに述べたが、「レイプ犯許すまじ」さんには、慰安婦問題を、朝鮮韓国人問題へと結びつけることが全くない。これは今時、非常に稀有な見方だと思う。(綾川亭)
慰安婦問題は、東ティモール、インドネシア、マレーシア、オランダ、南北朝鮮(共同提出)、中華人民共和国、フィリピン、台湾、そして日本といったひろがりを持った問題です。その事実把握が「非常に稀有な見方」になったのは安倍晋三とプチウヨによる世論誘導の成果です。
天皇制が身分制度でないと考えているのでしょうか?頭に蛆がわいているんじゃないですか?(レイプ犯許すまじ)
天皇制は身分制度であり、廃止されるべきだ、というのはそれに反対するとしても、べつにあって当然の意見だと思います。そう思わない人はタブーに縛られているのでは?