わたしの心身のうちにも神明は宿る

高島元洋『山崎闇斎 日本朱子学と垂加神道』isbn:4831505439 からちょっと引用して見よう。

 しかし大雑把な言い方をすれば神道の歴史ば、共同体の個々の神々と、この限定を超えて普遍化する方向にある神観念との対立の歴史である。前者の神を共同体の「八百万神、後者の神を普遍的な「一神」と、今は単純に置き換えておくと、神道の流れは、「八百万神」から「一神」へと重点を移して展開すると考えられる。むろん、「八百万神」と「一神」の間題は、記紀の神々の系譜が示すように神道の歴史の最初からあり、そこでの「一神」の意味はさまざまな共同体を一つに結合するところにあった。「一神」は、「八百万神」をそのまま結合して成立していたわけであるが、このような事態がおそらく中世から近世にかけて変化する。すなわち「一神」はさらにこの「八百万神」の個性を吸収すべく機能する。つまりそれぞれの共同体は、外部に対して持っていた独自の殻のようなものを徐々に失い、同時に内部の統合を弱め、そこで自由になる個々の成員は、共同体に代わる新たな秩序を人倫に求めることになる。

 共同体の神は「八百万神」で祭祀によって支えられるが、人倫における神は「一神」であり、祭祀というよりはむしろ日常倫理が重要なものとなる。こうして「八百万神」から「一神」へと重点が移ってゆくわけであるが、これはまた「神」観念そのものの変化でもある。つまり共同体の神とは、本来畏怖すべき何ものかであり、その圧倒する力において共同体を加護しこの成員を統合する。ここで個々人は基本的に共同体の成員としてのみ神に関与する。

 これを変化せしめるのが、個々人が私的に神を求める私祈祷の現象である。言うまでもなく個々人の願望は、共同体の願望ではない。この二種類の願望のずれたところに「一神」の観念が発達する理由がある。願望は、神の加護を求める。そして共同体の願望からはずれた私的な願望は、神に加護だけを求める。すなわち「神」は、共同体という限定された空間を磁場にして働く畏怖と加護の二重の力であったが、「一神」へと抽象化されることで畏怖の性格が弱くなり、加護するだけの力となる。「八百万神」が個性を失って「一神」に吸収されるということは、かくて「神」観念が変質することであるが、実はこの過程に「神人一体」説が成長する。神は加護するだけの力で、人の願望に応えて人に宿る。神は容易に人の接近し得るものとなり、神は誰にでも宿り、誰でも神になり得ると捉えられる。こうしてここに「神人一体」の考え方が生まれるわけであった。「神人一体」説の背後に共同体からずれた私的な願望の問題がある。つまり、「神人一体」説は日本の古来からの宗教的土壌であるシャーマニズムに成立するものであるが、通常のシャーマニズムと異なる点は共同体の意志に結びつくか否かということであった。*1

ここで語られているのは簡単なことだ。八百万の神の時代とはひとが共同体の成員として自足していた時代であり、ひとは祭祀を通して畏怖すべき神に加護を求めた。近世になって共同体のたがが緩み、個々の共同体を越えた「一神」が求められ「神人一体説」が出る、それは神道の倫理化でもある。ここで面白いのは、わたしの内に神があれば、わたしについてはそれで終わりで社会や祭祀など超越した存在になりうるのではないかという問いが発生するだろうという点である。実際にそれに近いひとはいたらしい。話が一挙にドストエフスキー的になる。実際ドストエフスキーの投げかけた無神論云々の問題は見かけと違って近代的問題ではないのだろう。同書p575から孫引きする。

問曰く、心は神明の舎なれば一心の外に神はなしといへば、祭などと云事も無用の事、迷の者のする事也と云人あり。いかに。

答曰く、心の外に神なしとは、心の理の外に異なる神はなしとの事なり。灯をさして此の火の外に火はなしと云たるに同じ。さりとていづかたにも火なき事あらんや。此火にちがひ又異なる火と云物はなきとなり。あしく心得て宗廟社稷の神はなきものなり、祭祀もいたづら事なりなどいふやからは、一心の量をせばく見て一向偏見のものなり。灯を見て火と云ものは、是ばかりにて国土に火ともしたる所はあらじとおもふにひとし。又外に神ありとのみ心得て本心をわすれたる人は、余所の宝を羨み尊ぶに同じ。何の益なき事なり。其上神明の教にもそむくものなり。よく工夫すべし。*2

*1:p572

*2:『陽復記』度会延佳p106 日本思想体系・近世神道論、前期国学

家族なしには主体になれない

(1)

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040905 に対する、

hippieさんのだいぶ前のコメントに返事していませんでした(忘れていたわけではないのだが)。hippieさんは岡野氏の「「家族」は、わたしたちが自分を生き抜くために、「とりあえず」は自分の欲望は自分のものであると、自認できる存在となる「なる」ために、その形を変えながらも、わたしたちが必要としているひととひとの結びつきではないだろうか。」という文章に反論しています。

# hippie 『岡野さんの家族についての「わたしたちが必要としているひととひとの結びつき」という認識は私には乗れないです。甘すぎるよ。(略)』

ここで岡野氏とhippieさんとの差異は、家族に「」がついているかついていないかにあります。

岡野氏の使う「家族」とは、狭義のそれに対し範囲を少し拡大して考えるといった安易なものではない。

(2)「家族」の「 」について

岡野さんの『家族の両義性』という文章から要点だけ抜き書きしてみよう。

「公的領域においてひとは「ことばを理解する動物」で「ポリス的動物」であることが前提とされている。*1」思えばhippieさんとわたしとの間にもひとは憲法の条文を論じ合うことによりそれを改正していくことができるという前提があったはずだ。(RESが遅れたのは申し訳ない。)

「だが、そもそもどうしたらわたしたちは、そうした動物に「なることができるのか」。」

「ことばの選びによって初めて表現される自分を生きていくことができるということは、ひととしての前提というよりも、ひとと「なる」プロセスであると同時に、そうしたプロセスの結果でもある。」

「もちろんことばだけに限定されるわけではないのだが、さまざまな記号を使用することによって、自分の輪郭を描きだし、他者とは異なる存在として自分を生きるように「なる」ことは、わたしたち一人ひとりの経験から考えてみても、自然発生的にひとりの力でなし得るような営みではないはずだ。そして、わたしたちは、いかなる形態をとるのであれ、「家族」というユニットを、そうしたプロセスを通じてひとと「なっていく」場として、尊重してきたのではなかっただろうか。」

「わたしたちが自分を生き抜くために、「とりあえず」は自分の欲望は自分のものであると、自認できる存在となる「なる」ために」も、とりあえず、言葉を獲得していくプロセスは必要である。そのために「そのプロセスを見守ってくれる、すでに自分の欲望を言葉で分節化できる他者」に依存するという関係が必要である。

 岡野氏の文章は言葉や情念が未成立な混沌からかろうじてそれらを成立させようとする現場に立とうとしており、まわりくどい文体になっている。

(3)

それに対し、hippieさんは「わたしたちが必要としているひととひとの結びつき」とフレーズの持つ“甘さ”を問題にする。家族イメージを甘やかなイメージで飾り立てることにより「家族制度」というものが延命し存在してきた事実、それをイデオロギー的に糾弾するというスタンスに立っている。

 しかし糾弾とは原点に戻って考えてみると、自己身体の分節化出来ない叫びに根拠をおくものではないのか。そのとき、それが私でないとしても、不定形で不安定で泣き叫ぶしかない存在(存在未満)であるところの乳幼児からの声を、目の前に存在しないからといって無視するのはおかしい。

 現実というものを、差別の複雑な交錯として考えることは可能だ。だがそれに還元することはできない。誰にも(何にも)支配されない自由な時間をも私たちは持っている。その意識自体が既成のいくつかのイデオロギーに染められているとしても。子供は還元不可能性の喩でもある。

『こういうことを言うのならせめて主語を「わたしたち」ではなく「わたし」にして書いて欲しいです。』hippieさんには前提の混同があるようだ。ある人の人生において子供を持つかどうかは彼女/彼の自由だ。しかし現在、家族というものを考えるとき、「子育て」というテーマをは不可欠のものだ。また逆に、「子育て」を「家族」なしに行う試みも成功していない。もちろん施設で育つ子供たちもいるのだが、そっちがメインにはなりそうもない。というか、その場合でも(切実に)「必要としているひととひととの結びつき」がなければ子供は、自立した自由な主体になりえない、と岡野氏は論じているわけである。したがってその断言をくつがえしえなければ、「甘すぎるよ」はただの感情的放言になる。

「子育て」の問題を考察しないで「家族」の本質をぐいっとつかんで、論じることはできない。

関連野原表現:http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040706#p1

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040905#p1

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040916#p1

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040926#p1

*1:p128・『現代思想』

囚人の帽子(論理パズル)

問題です。(その1)

3人の賢人がいます。赤の帽子が3つ、白の帽子が二つあります。3人に帽子をかぶせましたが、自分の帽子の色は分かりません。さて、自分の帽子の色が分かれば手を挙げます。手は挙がりません。(この時点で自分以外の帽子の色だけでなく、手をあげなかったことも各自に分かる。)

Aに聞くと「分からない」。Cに聞くと「分からない」。ところが次にBに聞くと「分かった」と言いました。3人の帽子の色はそれぞれ何色でしょう?

囚人と言いながら、わざわざ賢人と言い直しているところがヒントです。

問題です。(その2)

3人の賢人がいます。赤の帽子が3つ、白の帽子が二つあります。3人に帽子をかぶせました。それぞれは、最初の帽子の色と数を知っており、自分以外の帽子の色が分かります。

「自分の帽子の色が分かったか」と、Aに聞くと「分からない」。Cに聞くと「分からない」。ところが次にBに聞くと「分かった」と言いました。3人の帽子の色はそれぞれ何色でしょう?

囚人と言いながら、わざわざ賢人と言い直しているところがヒントです。

後者の問題については、

 http://d.hatena.ne.jp/dempax/20041123 国立でむぱ研究室櫻分室 で非常に丁寧に問題を解いてもらいました。答えは一つに決まらない!?

前者の問題も、どーなのかな?、びみょ~~

頭の悪い人が問題を出すとこういうことになることもある。(11/25訂正)

資料の位置

松下昇氏の『概念集・5』~1991・7~ から、「資料の位置」という2頁の文章を引用する。

資料の位置

 二十年にわたって集積した資料を、炎に変換する直前の視線で一瞬に読み直し、何か魅きつけるものがあれぱ、保存用の場所におくが、大多数は足許のダンボール箱に落とす。古書店で売れそうなものは殆どないし、チリ紙交換に出すよりは、パリケードの掃除の後でよくしたように焚き火の材料にする方がふさわしい気がする。この作業に交差する微かな後ろめたさの底の方に、一種の安心感があり、ああ、これが死者を忘却する感覚にも繋がるのだ、と気付く。それと共に、最後に総体を把握しようとする過程で初めてに近い衝撃で再会ないし発見する資料もある。

 この作業を何年おきかで繰り返してきた契機ないし目的を、現在の位置から考えると、

①そのままコピーして、新しいパンフレットの構成的な素材にする。

②現在の関係性の中で切迫している討論に媒介的に応用する。

③いま気付いていないテーマの感触を排反的に模索する。

というような項目に、とりあえず具体化しうる。

 とはいえ、この具体性は、作業の条件(とくに時間)を自分の意思で自由に設定しうる場合のものであり、この場合を

αとして対象化してみると、

βとして、移転の直前の荷物の整理や、自分の〈死〉後の資料の破棄を想定する場合

γとして、火災で燃え残ったり、家宅捜索で散らかった資料を拾い集める場合

を私は潜ってきており、これらの総体の中で現在の例えばαの手触りが存在している。

 いや、手触りさえ存在しない資料も存在している。何度かの刑事事件で押収されたものや、いくつかの占拠空間への強制執行の際に留置されたもの…。そして、まだ私が出会っていないものや、まだ表現していないもの…。

 このように列挙してくると、後であげたものほど非・具体性を帯びているが、その度合だけ気が楽になるのはどうしたことか。もともと私は、人間が持つことができるものは文字通り自分の手に持つことができるものだけであり、必要なものは必要な時に手にしうるものだ、と心のどこかで思い定めているためであろう。そのためか、初めて入る拘束施設で点検を受けた物品(概念集4でふれた五点セットや国家から貸与されたフトン・毛布が中心)をかかえて、看守に護衛?されつつ指定の独房へ長い何重にも施錠された廊下をよろめきながら歩く時などの感覚は嫌いではない。ある夜ひそかにUFOにn年間の旅に招待されて乗り込む時にはどんな(思考を含む生活過程に役立つ)資料を持っていこうかと今から楽しく想像している。何も持たないかも知れないが…。

 このような気分の中で扱ってきた資料群の変換~応用過程が批評集などの刊行であるといえる。また、このような資料の扱い方はだれにでも可能であり、この作業を自由におこない、それにより幻想的かつ物質的な生存を持続していけるような条件を共同体の水準で準備しうること、それが、まだ実現の遙かな困難の向こうにある共同体が(もちろん質と量の双方において国家を越えて)成立する基本条件の一つである、といいたい。

  1. …宇宙空間の生存に必要な条件-固定した重力場、空気、水、食料などの供給方法を含む-を(1)とし、監獄での対応条件を(2)とし、この落差~振幅を止揚しうる資料が資料の原像であり、その資料を作成する手段の欠如のままに無意識に同位相の資料を生きているのが〈大衆の原像〉(むしろ〈存在の原像〉)の条件であろう。
  2. …早朝の家宅捜索の際に、登校前の幼い娘のランドセルの中に重要な資料を投げ込み警察官の間から悠々と送り出したことがあった。娘に意味を伝える余裕がなかったので、学校で捨てたりしないかと段々と不安になったけれども、タ方ぶじに娘と資料がもどってきた。その資料は数年後の娘の誕生日のプレゼントに応用されている。
  3. …私(たち)が刊行してきたものを例外的に届けている人(相手も自分が本を出すと必ず贈ってくれる例外的な人である。)から、「いつも資料を送っていただき…」という礼状が来た時に、ああ、私(たち)の刊行してきたものは、本でも機関誌でもない、名付け難い資料なのだ、とあらためて感じ、カが湧いてきた。
  4. …前項では資料と表現されたことに異議があったわけではない。私自身も菅谷規矩雄追悼集に関して「60年安保闘争で詩的出発をした菅谷が、その後の大学闘争や三里塚闘争をくぐりつつ、いかにして表現の根拠を追求し続け、苦痛と発見の日々をへたかを、既成文壇・詩壇による形式的追悼を粉砕しつつ明らかにする資料。」と〈百字アピール〉している。(模索舎通信90年11月号、納品者による広告欄参照)また、78年に刊行した〈時の楔〉の副題も、〈 〉語に関する資料集であった。
  5. …菅谷に限らず、ある表現(者)を批評した人が批評の誤りないし不十分さを指摘されて資料が公開されていなかったからだと言い訳するのは誤りないし不十分である。なぜなら、資料が公開されようとされまいと潜在していた誤りないし不十分さが問題なのであり、また、資料は先験的ないし制度的に全ての批評者に等距離に公開されているのではなく、公開への模索の根拠の共有度が問題だからである。
  6. …獄中では房内に持ち込むことを許可される資料の数は制限されるから、制限以上の資料を読みたい場合には、ずでに手許にある資料を領置用の倉庫に戻す願い(!)を出さなけれぱならない。(不要な資料を廃棄する場合にも)         一方、私たちの日常における資料廃棄の衝動の一つは居住ないし活動空間の狭さであり、前記との関連でいえば、無意識のうちに〈獄〉での〈願い〉を出していることになる。本質的に考えれば、〈闘争〉に関する資料の整理~開示~応用は〈闘争〉に関する全空間~関係性の占拠を経てのみ可能であろう。このことへの原初的な言及として、批評集α篇1ぺージ参照。
  7. …しかし、最終的には、資料は、それを媒介して存在の次元を変換し深める場合にこそ意味をもつのであるから、この意味を越えて保存される必要はない。むしろ、二度と目に触れなくなる瞬間の直前に読み返す場合の印象のみが資料の本質を開示するのであり、この瞬間の資科と世界の関係こそが応用に値いするのではないか。

 いま資料を媒介してのべていることは、勿論なににおきかえて受け取ってもよい。その位置があなたと世界の関係を資料として開示するであろう。

p18-19 松下昇 『概念集・5』~1991・7~

碁を打つ女

 シャン・サの『碁を打つ女』isbn:4152085851(平岡敦訳) はなかなか名作だと思う。

 霧氷につつまれ、千風広場で碁を打つ人々は、まるで雪だるまのようだった。鼻から口から、白い息を吐き出している。縁なし帽の端から、小さな氷柱が地面にむかって伸びていた。空は真っ赤な夕日に染まり、螺鈿細工の輝きを放っている。沈みゆく太陽の墓場はどこにあるのだろう?

 碁を楽しむ人たちが、いつからこの場所に集まるようになったのかはわからない。御影石の小卓に刻まれた碁盤は、幾千もの対局を経て、いつしか沈思と祈りの表情を宿していた。

 わたしはマフのなかで青銅の懐炉を握りしめながら、血の巡りが鈍らないように足踏みをした。対戦の相手は、駅からまっすぐにやって来た外国人の男だった。戦いが白熱するにつれ、わたしの体もほんのりと熱を帯びてきた。迫り来る夕闇に紛れ、碁石が見えなくなってくる。唐突に、誰かがマッチをすった。男の左手に蝋燭が握られていた。(後略)

 匪賊はいくら追っても捕まらない。おかげでわれわれは、狼や狐たち相手に新年を迎えるはめになった。

 新雪が昨日の雪を覆いつくしている。敵が食糧と弾薬を使い果たすまで追い続けるのだ。

 支那北部の冬の厳しさには、筆舌に尺くしがたいものがある。あたりでは風がうなり声をあげ、凍りついた雪の重みで木々が折れた。樅の木は、まるで墨絵に描かれた墓碑のようだ。ときおり、斑点模様のある鹿がそっと姿を見せた。びっくりしたようにこちらを見つめ、逃げ出していく。

 一時間も歩くと、暑くて息苦しいほどになる。けれどもひと休みすると、たちまち寒さが外套のなかまで疹み入り、手足が凍えてきた。

 狡滑で土地勘のある敵は、奇襲を仕掛けてはすぐに身を隠した。わが軍は被害を受けながらも、持久戦をもちこたえた。

 疲弊に耐えた側が、この戦いを勝利者として終えることになる。

12

 新たな指令が届いた。匪賊たちの物資補給を絶つべく、村という村の納屋を焼き払うのだ。

 略奪にあった集落は、墓地のように陰鬱としていた。黄色い炎と黒い煙に包まれた家の前で、打ちひしがれた農民たちが泣いている。その声に混じって、ひゅうひゅうという風の音が聞こえた。

 この三ヵ月、われわれは雪に覆われた森にこもったまま、外部から閉ざされていた。兵士たちのあいだに、日々暴力が膨れあがっていく。みんな酒に酔っては、些細なことで喧嘩を始めた。どこまでも続く白と灰色、照り返し、果てしない歩みが、徐々にわれわれの精神を蝕んでいった。おととい、ひとりの伍長が服を脱いで逃げ出し、小谷のなかで気を失っているのが見つかった。われわれは伍長を縛り、首に縄をかけて引っぱらねばならなかった。かん高い笑い声と呪いの言葉を繰り返し聞かされ続けているうちに、私の頭まで同じ思いで共鳴し始めた。

 やがて狂気に取りつかれるまで、雪のなかを、雪にむかって、ひたすら歩き続けねばならないのだ。

 主人公は清の宮廷に仕えた家柄の少女。古い町の広場で男たちに混じって碁を打つ。それだけではなく、出口のない退廃の中で反日本軍国主義の幼い蜂起に傾斜しようとする若いブルジョアたちと恋もする。もう一人の主人公は侵略者、日本の若い軍人だ。彼は厳しい軍事行動のなかで暴力にむかって自己崩壊してゆく戦友たちをみながら、崩壊しない自己を持ちこたえる。

 女、男変わりばんこに短い断章が並ぶことにより物語は進行する。囲碁のようにこの進行は最後まで乱れない。*1主人公にとってたった一つの外部との通路は広場での碁だった。もう一人の主人公もここに引きつけられ、二人は碁をはじめることになる。

 戦いは上記のように簡潔に美しく書かれる。カフカのようでもあるが、フランスや中国文学の伝統にも負っていよう。匪賊(今で言えばテロリスト)と名指すことにより困難な戦いは始まる。「疲弊に耐え」戦い続けなければならない。周辺住民は付随的に家を焼かれ拷問される。満州での討伐はやがて中国全土に広がっていく。60年前に終わった戦争だが日本はまだそれを総括できずにいる。一方中国では、匪賊という言葉を使うことは、つまり現在の権威に通じる解放勢力としての位置づけを明示せずに使うことは承認しえないことであるだろう。ただいつまで経っても政治的話題であることはそのようにしか話題に出来ないことであり、多様な現実の一面だけを捉えることになってしまう。

 私と情況を越えた不可能を求めようとする者たちは恋を演じてしまう事もある。

*1:章数=奇数は女性の語り、章数=偶数は男性の語りとなる。

正義は遂行的に

N・Bさん

はじめまして。コメントありがとうございます。

「「正義」は論理的根拠としてではなく遂行的に現れるとすると、これは案外おおやさんの立場と近いのではないでしょうか?」

なるほどそうかもしれませんね。(従軍慰安婦問題とか言うと議論がすぐに感情的に過剰に対立的になる危険性があり注意しなければいけませんね。)

北田さんの「責任と正義」ですか。前から気になっていたのでこの際買ってみよう。わたしは勉強不足で、N・Bさんが前提にされているのであろう多くの本を全然読んでいません。(2,3冊読んだのは立岩氏くらい)

「「責任のインフレーション」(北田暁大)という事態が思わぬ反動的効果を現す」ということも分かったようで分からない。

梶さんやおおやさんと「共有してしまっている」何かがある、というのは、そうだと思います。ただ、「歴史からの反省」、というのがよく分からない。

孫歌と結託した溝口一派がいつまでものさばっているのが気にいらんというようなのはどこにでもある関係性なのかもしれないけど、学界外部にはほとんどないのでは?

わたしは全くの素人です*1。ただ、いまや戦争のことは誰も実体験としては知らないわけで、そこで声の大きい方が勝つ(大衆のイメージ操作に成功する)ということは事実起こってきていることだと思います。

緻密な議論は必要ですが、慰安婦あるいは兵士の声に耳をかたむけるという行為がまずは必要だということになるのではないでしょうか。傾けたからと言ってヒステリックな慰安婦主義者にはならないでしょう、だいたいそういう者がどこで実害を及ぼしているのかが、よく分からない。(わたしもあまりできていないが)

ぜひ、もう少し説明してください。

*1:デリダや岡野氏の文章の一部をむりやり引用して書いているだけで、それらの文章がふつうどう読まれているのか分かっていません。ですからコメントはとてもありがたいです。

北朝鮮難民受け入れ

日本は北朝鮮から難民を大量に受け入れる用意があると宣言せよ!

日本国民はその覚悟をせよ。

百万人程度ならさほど混乱も起こるまい。

そうすれば金正日体制は崩壊し、めぐみさんも帰ってくる(だろう)。

排外主義者たちこそがつねに隣の独裁政権を維持し続けることを洞察せよ!

トラフィッキングとは

 最近トラフィッキングという言葉があるみたいです。

トラフィッキングとは

「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約 (以下「国際組織犯罪条約」という )の「人の密輸に関する議定書 (以下「人の密輸議定書」という )において」

「trafficking in persons (人の密輸)とは 「搾取を目的として、暴行・脅迫その他の態様の威迫、略取、欺もう、権限または弱い地位の濫用、又は他人に支配力を有する者の同意を得るために支払い若しくは利益を提供し、若しくは、受領するという手段によって、人を募集、移送、蔵匿又は収受することをいう。搾取は、少なくとも、売春その他の性的搾取、強制労働、奴隷又はこれに類する行為、隷属又は臓器摘出を含む 」。と定義されている。

http://www.gender.go.jp/danjo-kaigi/boryoku/siryo/bo14-1.pdf 

平 成 1 4 年 7 月 1 7 日 内閣府男女共同参画局 のbo14-1.pdf(application/pdf オブジェクト)によれば。

役所の文章にはめずらしく分かりやすい流れ図がついている。

【送り出し国(タイ、フィリピン、コロンビア等)】

勧誘者 :メイドやウエイトレスなど、虚偽の仕事内容を説明し、言葉巧みに日本へ行く女性を集め、運び屋に1人約50万円で売り渡す。

運び屋 :旅券(パスポート)や査証(ビザ)を用意(偽造、変造を含む )し、女性を日本へ入国させ、日本の受入者に1人約150万円で売り渡す。

【日本】  

受入者(暴力団関係):マンションの一室等の拠点に一旦女性を監禁し、様々な手段で脅しをかけた上、風俗店経営者等に約250万円で売り渡す。

風俗店経営者等:買取り代金に約100万円を上乗せし、女性に約350万円の借金を課し、その返済のため強制的に売春をさせる。一定期間後、女性を転売することもある。

日本は条約は承認したが議定書の方はまだなのかな。

 こうしたことは少なくとも1980年代からあることで、1986年には日本キリスト教婦人矯風会の人たちがはじめての民間シェルター「HELP」を作って活動を開始した。支援者が「正規の在留資格がないために日本に来て搾取される女性たちの救援活動をしている」と法務省で自己紹介すると、「日本にはそういう人たちはいないことになっています。」と言われたとのことである。

http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/pdf/2003tr_hayashi.pdf  2003tr_hayashi.pdf(application/pdf オブジェクト)

まさに窮極のサバルタンである。わたしたち市民も彼らにあまり関心を持たず、日本は「東南アジア、南米、東欧からの女性の人身取引の目的地国」になっていったわけである。

 入国の段階で、もしかしたら自分は日本で性的搾取に合うかもしれないという未必の故意を持ち、ブローカーにお金を払って不正入国したとしても、そのことによって、その人の人権が全て奪われていいということではありません。

http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/pdf/2003tr_hayashi.pdf  

被害者の人権回復を中心にすえて行政は動いて行くべきだと、

上記の文章で、林陽子弁護士は論じているが、同感である。