言おうとしないことを許してください……

日本の家庭や近隣地域社会では、人々の生活が忙しくて会話が少なくなり、老人たちにとって居心地のよい場所が少なくなっている。ゆっくりと話に聞き入り、会話をすること自体が少なくなってきているようだ。

 現役で軍隊に入ったこと、初めての外地である「満州」(中国東北)での辛かった初年兵教育、厳寒での演習。「支那事変」が始まって「北支」(華北)での掃蕩戦、初年兵の刺突訓練。「初年兵突けって言われたから銃剣を着剣して突きにいくんや。せやけど、人間って死なんもんや」と、当時の出来事を話し出すと、鮮明な記憶がよみがえる。元兵士たちは表情も豊かに生き生きと話し始める。

 ところが、旧満州の大連から南下して、上海あたりから南京戦に入ってくると、いわゆる「北支と違って、中支は抗日の激しいところ、男は生かすな」等の命令が次つぎと出される。中国人殺害は部隊内での共通の認識となり、逃げ遅れた農民を虐殺し、民家に火をつける。(略)

 さて、上記のような「中国での日本軍の暴行」を赤裸々に証言をしてくれる老人たちも、いることはいた。しかし話が南京へ近づいてくると、これまで饒舌に武勇談や苦労話を語っていたのが、「徴発の時女性は探しましたか」と質問すると、徴発の食料品や家畜を捕まえ殺したことは話しても、女性については「どうやったかなあ」「捕まえる兵隊もいたと聞くなあ」と俄然、伝聞が多くなってくる。さらに深く聞こうとすると、多くの老人たちが、黙り込むか「うーん、忘れたなあ」という決まり文句を返してくる。本当に不思議なほど多くの老人たちが、南京の場面だけ急に忘れたと言うのだった。

(p26『南京戦』松岡環 isbn:4784505474

言おうとしないことを許してください。

私たちがこの文言(エノンセ)をその運命に委ねるのだと、考えてみてください。

 少なくとも、しばらくのあいだ私がそれを、そんなふうにたった一つ、それほどにも無一物で、際限もなく、あてどもなく、さらには居所を定めぬままに放っておくことを受け入れてください。

(p274デリダ『死を与える』isbn:4480088822

 どうもデリダのいうことは謎めいている。というか、デリダの真意が分かりにくいのだ。ある文言を宙に浮かせ「あてどもなく、さらには居所を定めぬままに放っておくこと」に意味があるのか。性急と非難されることはあっても結局の所、わたしたちはいつもいささか性急に意味を求めてしまう。わたしたちはそういうふうにしか生きられない。そういうものではないのか。そうであるとすれば、デリダはそうであるしかない生の構造を解きほぐそうとしたのか。

 この文章をわたしは「私たちがこの文言(エノンセ)にその運命を委ねる」と誤記していた。たった一つの言表にわたしの運命が委ねられることはよくあることだ。裁判で疑いを掛けられたとき、まさにその時間に別の場所で、「私を見た」と誰かが言ってくれれば私は疑いを免れる。おそらくそのようにある言表はつねに、「おまえ」と「罪」を結びつける(あるいはつけない)機能がある。まだわたしはこのデリダの80頁ほどのテキストを読み終わっていないのに性急に語ってはいけないのだが。したがって、「言おうとしないことを許してください」とはそのような、白黒つけることを忌避したいという態度表明であるだろう。

 前の引用、満州から南京への道の回想では、南京の場面だけ「うーんうーん、忘れたなあ」と発語される。この発語の背後には、「言おうとしないことを許してください」という沈黙のうちの言表があったと考えることができる。この場合、拒否は「白黒つけることの忌避」というより「黒の中の黒、漆黒のブラックホール」であるがために触れることができないという感じだろうか。

・・・

     六甲 第二章 

汝は汝の恥辱をかたれ

私は私の恥辱をかたろう 

(ブレヒト 「ドイツ」から)

 〈私〉たちは、序章から踏み出したまま宙吊りにされており、飢えているが、この飢えは、遭難のような不慮の飢えにも、食糧難のような社会的飢えにも、ハンストのような政治的飢えにも似ていない。それは一つの表現を複数の主体で分割したためにもたらされた。だが、この飢えを耐えて生きることを、何ものかが〈私〉たちに強いるのである。

 本文の中に影を落す前に、永遠にはじまらない、あるいは永遠に終わらない幻想にとじこめられる危機を感じて、〈私〉たちは、飢えのために斑点のできた内蔵をかかえたまま、自力で歩きだそうとしている。海から山へ吹き上げる風が〈私〉たちを引き裂いていくので、〈私〉たちは、それぞれ別の歩き方を主張しはじめているのに気づくのであるが、そのとき山の弯曲は激しく揺れて、複数の極大値をみせる。そういえば、六甲とは一つの山のことではなく、おのおの最高の視界を自負している頂点をもつ山系の総称であるのかもしれない。〈私〉たちのそれぞれが、飢えの感覚を山頂の感覚に重ね合わせるときの響きを、一つずつかいていこう。しかし、それらの響きが、自分の主張を固執する度合に応じて、そのすきまに、さまざまな色調をもつ意識のつぶやきが介在してくるのを避けられない。

 〈私〉たちが、首都の時間から、この空間へ追放されてきたのと対応して、限りないパロディーが、この魅惑的な都市の政治地帯で展開されている。数年前の〈私〉たちの闘争を根底から支持する組織が皆無に近かったこの都市では、いまもスターリニストの党が、権威を貫徹する正統派と、有効性を追求する修正派に分解したままである。静かなデモや署名や講演をするばかりで、〈私〉たちを、貧しい風景からやってきた分裂病者めと罵る連中に、おまえたちは、この風景をみる眼が衝撃のために歪むほどたたかったことがあるのか、といってやれ。

 〈私〉たちは、かれらを根底からくつがえす反対派として登場し、そのとき現われるであろうすべてのヴィジョンを表現していこう。都市の大きさと政治水準の落差が、このように著しい風景で、かえって〈私〉たちの体制の桎梏と反体制の桎梏を二重に突破する論理とパトスを組織化する最上の実験ができるかもしれないから。あの山頂は、〈私〉たちがつくりだすたたかいのピラミッドの頂点を象徴しているのだ。

 (ここが日本の労働運動の発祥地だというのは本当か。ピラミッドがケーキになり、広場は花時計に占拠されているだけだ。油虫のような荷役船が、大型船へすり寄っていく。海抜0メートル地帯で、ベトナム行きのジャングルシューズをつくっている君たち、鼓の形をした観光塔をうち鳴らせ。船をとめろ。減速ブレーキからはみだす不快を、コンクリートの防波堤にたたきつけろ。心象の風景さえ見えないで、便利な私鉄で往還する君たち、倒錯した現代史に手で触れてくれ。社会主義圏や革命組織が生きているなら、君たちは死んでいる。ジグザグ・デモで、空虚な街路を飾れ。冬から冬までゼネストだ。屈辱の中へ。下部から連続的に、理論の限界において、一瞬ごとに触れる現実方程式のすべての項を花開かせながら。)

 〈私〉たちが、この風景の中へ反対派として歩み出すとして、いま眼前にある山系が美しいと言えるだけでなく、ひしめき合う現実過程の曲線とも、弯曲する〈私〉たちの意識とも交換できるのは不思議なことだ。一切の風景は、〈私〉たちが目をさませば、泡のように消え去り、斜面の運動を錯覚する心臓の鼓動だけが残っているとしても、それは当然だという気がする。風景への干渉のしかたが、このように分裂してしまうのはなぜだろう。時間=空間の外部的な差異をもつ闘争へ踏みこむとき、内部的な時間=空間がねじれたピラミッドをつくるのではないか。一方の条件を無視すればピラミッドは、案外たやすくとらえられるにちがいない。しかしそれでは、本当に、たたかいにでかけることにはならない。人々の表情は、闘争の前でも後でも、首都でも港でも変わらないようだし、組織Aから組織Bが分裂するときにも、組織Bが組織Cを批判するときにもオートメーションから流れでるような文体は同じだ。が、このことは逆に、表情や文体が表現のピラミッドから、すさまじい勢いで転落していることを示していないか。また、このことをちがった空間でちがった時間に気付く〈私〉たちも、ちがったという分だけの責任のピラミッドをずり落ちているだろう。このような内部ピラミッドの追求が結果的に現実闘争のピラミッドをつくっていくより前に完了していなければならない。

 (あなたも知っているように最も高い頂点が、一ばん底の点になることもあるのだから、ある稜線を上昇していても、それは下降であるのかもしれない。だから、かれは、ピラミッドを探しにいかずに、自分の心の底の動きをピラミッドにつくってしまえばいいのよ。そのとき人目にふれる点を支える三つの点は、どんな風になるのかしら……そう、あなたの意見では、恥ずかしさプラス極左→屈辱プラス侮べつ→別の空間への逃亡、という変移をくりかえすわけね。あたしの直観では、副詞句による自己欺瞞→非必然的な対立止揚→別の時間への逃亡、という循環になります。いずれにせよ、でき上がったピラミッドが、悲惨にもこっけいであることはたしかでしょう。)

  

(2008.11.08UP)

 内的ピラミッドと外的ピラミッドのどちらを先に追求するかというのは、二段階戦術だ。両者を否応なしに包み込んだまま拡散していく六・一五被告団の一切のヴィジョンをみきわめつくして、かれらを拡散させる力の確認へむかおう。

 一切の反被告団的発想を粉砕せよ。これは〈私〉たちの最低限のあるいは、頂点をなすスローガンだ。ところで、被告団として権力と生活過程にはさまれて存在することは、〈私〉たちが、あの原体験を包みこんで現実過程に入りこんでいくのと同位であることを知った以上、〈私〉たちは、かれらが無意識的に拡散していくかたちを意識に総体化することができるのだ。かれらの拡散するときのピラミッドは、〈私〉たちがもっともとりだしやすい、同時に決して逃すことの許されないかたちを示しているのだから。〈私〉たちが、拡散を意識的にとらえるという場合、下降しつつある個々の稜線上の個体のいずれをもえらばずに、分裂の根源へ歩いていくことを未来の重さが命令しているのだ。

 

(これは、歪んだ鏡の中の二人称をのぞきこむ一人称を描いた歪んだ絵です。むこうむきに鏡をのぞきこむ一人称の顔は見えないが、その一人称は、鏡の中の二人称を媒介して絵をみる一人称をみているのですが、こうしているうちにも、鏡は波のように崩れ、絵は風のように死んでいく。こわれた無数の破片に、無数のだれかが対応しているとして鏡や絵を用いないで全てのものを書き、全てのものになってしまうのは第何人称ですか。)

歩行を止めよ。ここで立往生している感覚を、目的や連続性にとらわれず、一切のイメージへ自由に伸ばしてみよう。〈私〉たちの山頂への歩行は、散歩のような解放感をもたず、限られた時間と、凝縮した志向と、既成の登山コースにしばられているのではないか。乗物を用いず苦労して登り続けても、山頂は資本に選挙されているはずだし、足元のこの滝から舞い上がるメールヒェン風の白い泡も、奥地に開発された団地の下水から発生している。

立往生の感覚……これを、いろんなときに味わっているはずだ。呪いのように道を横切る黒い蛇をみるとき。明日の食費もなく、手足をまるめて眠りに落ちるとき。突然の言いがかり的論争に対応せず沈黙をかむとき。

要するに、あるピラミッドの稜線上で*1、別のピラミッドに転移する瞬間の断絶感を追求すべきだろう。ピラミッドの複数化を確認することによって、より巨大な、運動するピラミッドを予感し、とらえるのだ。

(かれらは、絶壁をはしごで登ることも、ブランコで越えることもしないで、眼の前にぽっかりと広がる砂の平地へ、デモ隊のように突入していくが、そこには誰もおらず、立札によれば、山をけずりとった跡に大学をつくり、けずりとられた土砂で海を埋立て工場地帯をつくるらしい。かれらの靴の裏には、二重の利用をされる砂の驚きが付着しており、数万年前の海岸と現代の海岸を、無人のベルト・コンベアーが連結している。突然爆発音がとどろき、平地をとりまく崖の中腹から、かれらの頭上へ煙のように拡がった土砂が降ってきたかと思うと、崖全体が、かれらの方へのめりこんでくる。海の鋭角の切片に眼の片端を通過させながら、かれらは、もしかしたら自分たちこそ、この発破をかけた技師あるいは労務者なのだ、とずい分前から知っていたかのように考える。)

〈私〉たちが歩きだしたときから、〈私〉たちの頭上を飛びかうものがあったのではないか。はじめ〈私〉たちは、それを時間をくわえて〈私〉たちを探している小鳥たちかと考えたり、時折梢から〈私〉たちの上に投げかけられるこもれ日だろうと思ったりしていた。だが、それは、意識とまどろみのズレがゆたかに開かれるこの風景の空間性を逆用して、さまざまなピラミッドの力学を追求しようとする〈私〉たちの試みを、〈私〉たち自身が空しいと予感した瞬間と対応している。このとき〈私〉たちが、知らぬ間に、タンポポの妖精との心中を決意していたとしても、それは必至だったのである。無意識的にえらびとる欲望のかたちこそ、〈私〉たちが状況に対しておかれている困難が、補完的に反映しているのだから。その反映へ身を投げ込むことによって、〈私〉たち以外の〈私〉たちが追求するピラミッドの虚像が、マイナスのピラミッドが、ほのかに姿をみせてくれるような気がする。

(湿潤な部分へのめりこんでいくときの速度と、記憶の層に叙情の泥が沈澱していくときの速度の間を押しひろげながら、一瞬、不能の予感、策莫として悲しみに襲われる。どうも今までのとは構造がちがうな、と考えながらも、慣性に従って尖端を挿入していくと、内部の粘膜に栗粒状の斑点が数十個みえるのだ。ハッとして引き抜いてみると、尖端にも、その斑点が増殖している。しかも、遠くからの羽ばたきに似たざわめきに後をふりむくと、巨大なタンポポの綿毛が数かぎりなく、こちらをめがけて山頂から舞いおりてくる。)

〈私〉たちは、最後のヴィジョンから発想してみるべきだ。一人のパルチザンとして出発した〈私〉たちは、不可視の軍団としてそれぞれ別の山頂にたどりつく、と仮定してもよい。〈私〉たちが、迷ったロバを探しにでかけて王国を発見した旧約の青年に似ているかどうかいまは保証できない。〈私〉たちは、自分だけでなく他の者も別の山頂に到達しているのを恐らく確認できないまま、あえぎながらひざまずいているだろう。そのとき、〈私〉たちは、ピラミッドという奇妙な概念をつかっていたことの罪によって罰せられるだろう。むしろ、〈私〉たちは、それを要求しなければならない。そのとき、六甲を支えている海が裂け、複数の山頂が重なり合い、すべての〈私〉たちは、海へなだれ落ちていくのだ。その後に、六甲のままの六甲が、ひっそりと横たわっていることはいうまでもない。

〈私〉たちからの六つの響きが、六つの主張のように六甲へ影を落としたとき、遠くからしのび笑いが、ちがう、だんだん深くなる懈哭が近よってきて、この空間を緊張した叙情でみたす。そして、その虚数の焦点へ六つの響きが集中していくような気がすると……それらの響きや響きにならないでうごめいている気流が、もつれあい、あらみあったまま私ののどから内臓へ殺到してくるではないか。それら全ての何ものかを時間の中へ放てば生きられるかもしれない、という希望が激しい飢えを一瞬忘れさせる根拠である。

*1:「稜地上」となっているのだが誤植ではないか

概念(序文の位相で)

概念(序文の位相で)

 一般的な辞書などでは、概念について、同種の多くの事物に共通する本質を、経験ないし思考を媒介して言語によって抽出したもの、というように説明している。

 この概念集を作成する契機をふりかえってみると、同時代建築研究会(東京)の企画である『ワード・マップ 現代建築』に、ある必然から関わることになり〈バリケード〉、〈法廷〉、〈監獄〉という三項目の統一的な不可避性を提起しつつ執筆を担当する作業の中で、建築概念に対して門外者として(あるいは、門外者であるからこそ)内在的批評をなしうる手応えを獲得しえたが、同時に、常に物質性との拮抗において概念をとらえようとする人々に比して、私の二十年の試みの抽象性~偏差を深く自覚した。

 前記の企画との同時代性を帯びて、批評集(さらに、表現集や発言集の〈 〉版や、それぞれの続編)の刊行や討論集会の企画が、二十年の対象化作業の基軸として進行していたことと相乗されて、前記の執筆は、これまで私が具体的な切迫との関連において発言したものの記録、マスプリして配布した文書、刊行してきた通信などを、他者性の総体から把握しなおす視点を与えてくれたのである。

 一つの仮定をしてみよう。これまでの〈松下昇〉の全表現を大学闘争(全く良くない言葉であり、表記や理解の仕方を変換しなければならないが、過渡的に用いる)に関する事典として、あるいは概念の索引として読むことは可能か。それは、まず不可能であろうし、説明的な位置の対極で表現してきたのだから当然かも知れない。ただし〈松下 昇〉の全表現の中に、大学闘争というよりは〈 〉闘争過程ないし、それを不可避とする情況に現れた基本的な概念が全て含まれていると仮定してもよいのではないか。いや、あえて仮定すぺきではないか。なぜなら私たちのくぐってきた〈 〉闘争過程と、はるかな異時・空間に生起しうる〈 〉闘争過程に共通する本質を、経験ないし思考を媒介して言葉によって抽出することは可能であり、必要でもあることを、前記の二つの企画に私を参加させてきた経過の根底に潜むカが示していると確信したからである。

 このような確信に支えられて、〈 〉闘争過程を思い描く時に訪れる概念の言語化を、まず〈フィクション〉の項目から開始してみた。建築に関連する前記の三つの概念の物質性~具体性から最も遠い(それゆえ最も近いかも知れない)概念として。その後いくつかの項目を作成しつつ、あらためて痛感したのは、たんに概念の解説ではなく、ある概念の生成してくる根拠や回路を共有する度合で了解しうる言葉で表現しなければならないし、しかも、はるかな異時・空間にいる、全く予備知識のない〈私〉が了解しうる言葉で表現しなければならないという困難である。しかし、順不同のまま、あふれかえり律動する概念の集合を少しずつ文字に変換していく作業は、〈69〉年前夜のエロス領域の感覚と、どこかで共通していることも記しておきたい。(英語でconceptionが「概念」の他に「受胎」を意味することの意味)

 ところで、概念とは、こちらが把握したい時に把握できるのではなく、ある瞬間、否応なしに、こちらを把握してくる本質をもつのではないだろうか。ドイツ語では、概念に相当する言葉はBegriffであるが、これは、Begreifen(つかむ)から派生しており、ある示唆を与えてくれる。ハイネも「私は自由の奴隷である」という口ベスピエールの告白を引用しなから、「理想が我々をつかむ」時の抗らいがたい力について語っていた。(表現集152ぺージ参照)

 前記の〈理想〉は、〈概念〉とは異なる概念であるが、双方を共通に動かすカ学が感じられる。このカ学をこそ追求しつつ、この概念集の作業をおこなっていきたい。

 従って、〈概念〉という概念を〈 〉化して応用する場合、観念や想念や情念というような心的なレベルの動きと、それとは無関係に動くようにみえる他者総体の存在様式を同時にとらえていかなければならないだろう。

 それと共に、概念集の作業に際して、今は微かな予感としてしかいえないが、

α、概念集の項目を、これまでの〈 〉闘争過程の表現を全て再検討しつつ抽出するだけでなく、全表現の偏差を対象化しうるものを選び、未出現の項目へ応用する。

β、既出現~未出現の項目は、名詞とは限らず、全品詞にわたり、さらに文体~構成~ジャンル、この概念集に交差する現在~未来の幻想性総体を対象とする。

γ、ある項目を、まず提示して記述し始めるだけでなく、なにものかに促されて記述していく時に向こうから現れてくる像や音や~に気をつけ、それを作業の基軸とする。

というような項目にカ点を置くことになるのは必然である。

(p1-2『概念集・1』松下昇 1989・1)

概念集・5   目  次

概念集5に関する序文

1

幻想性と級数展開

3

批評概念を変換し…

7

ゲームの(不)可能性

9

スピット処理に交差するモアレ

12

電報の速度

14

表現における遠心と求心

16

資料の位置

18

爆風の現在

20

救援通信最終号を媒介する討論のために

23

裁判提訴への提起

25

肉体と身体に関する断章

27

包囲の原ビジョンへ

29

必死に「市民投票運動する」女性たちを見て(訂正前)

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20120107#p1 を訂正しました。訂正前分は下記のとおり。

必死に「市民投票運動する」女性たちを見て

石に彫りつけるほどの、祈りをこめて、言葉を彫りつけよ。

さて、康有為は、中国の人心が十分覚醒していないという現状認識を論拠として、「革命すれば内乱を引き起こす」と言った。*1

これに類似の論理は現在でも、よく見ることができるものだ。

韓寒の、中国人の民度論がそうだ。(私は韓寒の根拠に同意したい気持ちもある。ポーランド以西はともかくロシア以東では89年の変革は下部民衆にマイナスをもたらしたのではないだろうか。その原因は日本と共通する「民主主義の弱さ」なのか?)*2

また現在、大阪市と東京都で「市民投票運動」が展開されている。*3現在最初のハードルを越えられるかどうかの瀬戸際である。今までの活動家はほとんどこの運動に冷笑的である。曰く「市民投票運動主催者の今井某の思想はこういう欠点がある。彼は活動家としてこういう欠点がある。また今の時点で、市民投票して負けたらどうする!!それは反原発運動の敗北を絶対的に確認することになる。でもって現在どちらかというと負けるのではないかと私は思っている。したがって「市民投票運動」には加担しない。」などなど。

彼が守ろうとしているものが、自分の内側の「真理」、自分は正しいという信念(しかも一つの投票結果で毀損されてしまう程度に脆弱な)でしかないことは明白だ。

私も実は「市民投票運動」に積極的に賛同したものではない。「脱原発」よりも「経済産業省の責任追及」が先に議論されるべきだと思っている。ただし311から十ヶ月、「脱原発(反原発)」運動は、今までどおりごくごく少数派の運動に閉じ込められてしまっている。一方、小さい子供を抱えた「母親」などを中心にした、新しい形の必死なアクティヴィストたちが生まれている。「ごくごく少数派の運動」から脱却するためには彼女たちに注目しそれを育てようとうする立場に立つべきだと考える。(育てようとうする立場、がエリート主義だが、それについては後から考える。)私は活動家だとは言えないだろう。ただ強く訴えたいことがある。それは、「橋下氏による君が代の強制」反対である。それが何であれ、「ごくごく少数派の運動」にしか発展しない日本史の現在があるように思う。そのように考え彼女たちに注目しているのだ。

大阪市民投票が(直接請求に必要な署名は有権者数の50分の1で大阪市では4万2670人分の署名が必要となる。)その数の著名を獲得したら、橋下氏にクリティカルな問いを突きつけることになる。形式上は市議会であるが今の現状では橋下氏が発言すればそのとおりになる。つまり4万2670人という民意をどう評価するか?という問いが突きつけられるのだ。橋下氏の権威は、「民意」というものを自分だけが独占的排他的に代表(表象代行)しているということを公言しそれが承認されることに根拠を置いている。したがって彼は別の実体をもつ「民意」の登場を激しく警戒している。市民投票の依頼が来ても協力するなと維新の会関係者に命令したことをもってそれは分かる。仮に通れば、彼は「脱原発の民意」はすでに私が代表(表象代行)しえているのだから、改めて投票は必要ないと言うだろう。私たちは「橋下=民意」という彼が勝ち取った等式を毀損するために全力を傾けても良いのではないだろうか。

運動とは、敵と私に同時にクリティカルな問いを突きつける、そうしたものである時本質的だ。

章炳麟は康有為の愚民観を批判して、民智は「ただ革命によって開く」と主張し、人民の自己発展の可能性に期待をかけて、革命の道をきりひらこうとした。*4

今年辛亥革命百周年だったが、辛亥革命研究家たちはみな異口同音に「革命いまだ成らず」と言っている。平均地権という万人の生存権を目指す孫文の思想とはあまりにもかけ離れた中国の現状は認めざるを得ない。韓寒の認識も同じだろう。

したがって、「何かを獲得するものとしての革命」への幻滅が広がっていることは認めざるを得ない。

そうではなく、章炳麟とともに私がここで言っても良いかもしれないことは、「アクティヴィズム(活動)によってわたしたちは自己発展の可能性を生きる」ことができるのだということだ。「将来に何かを獲得するものとしての革命」ではなく「自己閉塞を打ち破り連帯を生み出していく楽しさとしての革命」である。

アントニオ・ネグリ

これに関連しているであろうネグリの言葉を、子安氏が引用してくれているので孫引きしたい。

「確信しているのは、大草原に火を放つような、そういう「火」が世界各地に存在しているということです。」

https://twitter.com/#!/Nobukuni_Koyasu/status/154744236280000513

(1/8転記)

*1:p256 近藤邦康『中国近代の思想家』岩波1985年

*2:韓寒は鋭い風刺エッセイで中国で人気の小説家・コラムニスト。1982年生。年末に3つのコラムを書いて議論を巻き起こした。http://kinbricksnow.com/archives/51764907.html など参照

*3:例えば→http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/120106/20120106018.html

*4:p257 同上

死者と生者のための掲示板<北海>

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ビルマ~フィリピン人家族の強制送還 2003/10/29 23:10

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制度廃止の条件 2003/11/01 21:28

239

私とは誰か? 2003/11/03 18:40

0

私とは 2003/11/08 19:57

暴力と哲学

 ある暴力は、国家あるいは世界の意志をここで実現するためには、Aという存在ではなくその否定が必要だとする論理によって肯定させる。私たちの世界は権力関係によって成立しており、権力関係の歪みが論理(哲学)を必要とする。哲学が嫌われるのは当然だ。

脱北できなかった脱北者

http://www.asiavoice.net/nkorea/bbs/wforum.cgi?no=406&reno=392&oya=392&mode=msgview&page=0

朝民研掲示板から貼ります。

「野口さんといっしょに拘束された二名の脱北者を中国当局が強制送還してしまったようです。迫害のおそれがある場合は強制送還してはならない、というノン・ルフールマン原則に反する措置です。

http://www.mainichi.co.jp/news/selection/archive/200403/10/20040310k0000m040115000c.html 」

「2人は、60年代に帰還事業で北朝鮮に渡った50代の男性と40代の女性で、日本に帰ろうと昨年11月末に中国に脱出。東南アジアで保護を求めるために移動中の12月10日、南寧市で支援に当たっていた基金の野口孝行さん(32)=逮捕、こう留中=とともに拘束された。基金や日本の親族らは「送還されれば、生命の危険がある」と釈放を訴えていた。(上記毎日新聞より)」

 日本政府は「帰還事業で北朝鮮に渡った元在日朝鮮人」であれば、日本への受け入れを認める、やむを得ない場合はそうしても良い、という基準を持っているようです。ただし国際的にも国内的にも内緒にして行うことになっている、ようです。内密の内に帰ってきた方はすでに数十人いると言われています。何故内緒にするのか。国内において、受け入れろ!という声より受け入れるな!という声の方がずっと大きいから、というのも大きな理由の一つでしょう。脱北者の受け入れに日本はもっと積極的に成るべきだと思います。

ファルージャなどへの攻撃を中止せよ

パレスチナ・フォーラムというMLからの転送。転送歓迎。

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      占領監視センターからの緊急行動要請 訳文

イラクの人々と共に連帯するための緊急要求

国際占領監視センター代表エマン・アーメド・カマス

国際占領監視センター

2004年4月8日

バグダッド占領

世界の人々と代表者に、国際連合で米国主導の占領軍による攻撃に反対するよう、イラクの人々は国際的な連帯を要求します。

 これらの攻撃がイラクの都市とその周辺に住む全ての住民を恐怖に追いやることを意図しているのは明確です。

 報告によれば、4月4日に始まった攻撃により、ファルージャだけで300人以上(*)のイラク人が殺され、さらに何百人もの負傷者で溢れています。

 アダーミヤ、スーラ、ヤモク、ファルージャの市街とその近郊、、ラマディ、バスラ、ナシリーヤ、カルバラ、アマラ、クート、クファ、ナジャフ、ディワニヤ、バラドおよびバグダッドでは特にサドルで戦闘が続いています。 住宅、病院、モスクのみならず救急車が怪我人を搬送中にも占領軍兵士や戦車によって爆破され、銃撃されています。

 ファルージャとアダーミヤは、民間区域を包囲し長期間抑留下におくことを禁止するジュネーブ協定も違反して、現在占領軍によって包囲攻撃の下にあります。病院も十分な医療援助、不可欠な医薬品と装備、あるいは輸血用血液供給の手段も奪われています。ファルージャでは包囲されているために、病院は医者に自分の家で野戦病院を開設するしかない状況におかれています。献血者が入ることさえ許可されていません。従って、バグダッドとファルージャではモスクが怪我人のために血液を集めている状態です。水と電気がこれまでの数日の間断絶されたままです。

 サドルシティでは、米軍ヘリコプターが住宅地域をロケット弾で攻撃し、家を破壊しています。外出禁止令が公式には出されていないなかで、米国軍兵士は暗くなってから街路を動いている車輌を発見すると戦車砲で攻撃をしています。火曜日の夜だけで、少なくとも6人の人々がこのようにして殺されました。米軍はすべての警察署とサドル市役所を占領し、包囲し続けているのです。

 このような攻撃がこれまでの1週間にわたって急激に拡大したのですが、それは決して占領されているイラクで新しい現象ではありません。文民への無差別殺戮、人々への安全保障義務の提供や電気もまともな医療のための社会基盤整備も拒絶している現実は、占有当局がイラクにもたらした「自由」を特徴づけるものです。

 我々は諸国家、市民社会と反戦および反占領の運動に対して団結の具体的な表明として、この恐怖の米国主導の戦争に対し、そしてイラクの人々を支援するために、この身の毛がよだつ事実を直視することを求めます。

 どうか米国によって指揮された攻撃を直ちに中止するよう要求するために、街頭に出てください。

 世界中の米国領事館と大使館の前で抗議と要請行動を組織化してください:

 この大虐殺を直ちに止めろ;

 イラクの都市や近郊の包囲攻撃を直ちに止めろ;

 攻撃下に住んでいるイラクの人々への援助を提供しようと努めている、人道・医療

支援組織にの立ち入りを直ちに認めよ;

 そして、「我が国」による占領を止めろ

 デモがすでに組織化された都市は、ミラノ、モントリオール、東京、イスタンブー

ル、ボストン、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントン D.C. とニューヨーク

です。

 バグダッドの国際占領監視センターと連絡を取るために、どうか001 914 360-9079

あるいは001 914 360-9080に電話をしてください。

 また、電子メールは eman@occupationwatch.org です。

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