(5)

# hiyori13 『あなたホントに大丈夫? 「~と本書は述べる」と書いて、書評対象本の要約であることを明記してある部分だけ見て、そのもとの本ではなく書評者を批判するの? ちなみにぼくは5回は読んでるよ。あたりまえじゃん。もとの書評を書いたのがぼくだし。さらに少しは自分のことばに責任持てよな。フィクションという言い分に「納得した」と言いつつ、その説明を求められると「わたしのことばじゃない」って、そんなら何にどう「納得」したわけ?』

・・・そんなら何にどう「納得」したわけ?・・・

については説明していますが。

・・・もとの書評を書いたのがぼくだし。・・・

山形さんでしたか。わざわざ来ていただいてありがとうございます。

応答?(12/12、追加、引用は11月時点のコメント欄から)

# jinjinjin5 『しっかり認識すべきって、だからお互い視点が違うってなんども言ってんのに… あなたの思い描く思想仮想敵に私を強引にあてはめられても困りますね。依存ですか(苦笑 じゃ依存症ということにでもしといてください。国家という共同体に全く依存すること無しに生きていくのは困難だと思っておりますので。その依存を美化するつもりはさらさらなく完全に依存している人は軽蔑しますが。こちらからのコメントはこれ以上ありません。』

# jinjinjin5 『依存の度合いとやらの判断基準ついては、あなたと私の例で顕著なように各人で大きく異なるでしょうから受け取り手にお任せします。自分では依存する部分もあるものの、一応フィフティーフィフティーだと思っておりますが。』

# noharra 『jinjinjin5さん

応答は1ヶ月ほど経った後、にさせていただきます。申し訳ない。

そのときTBがいくようにしますが、もちろん無視していただいても結構です。』

1ヶ月以上経ったので読み返しましたが、応答すべき論点も見あたりませんでした。

id:jinjinjin5さん、変なresをつけてすみませんでした。

上記からリンクできないので、jinjinjin5さんははてなを止められたのかな?(12/12)

水俣病は語りうるか

 そン頃はな、チッソの安賃闘争(昭和三十七年の反合理化闘争)が終わってしばらくした頃じゃったで、工場も町も部落もメチャクチャ荒廃しとった。会社行きが第一組合(合化労連)と第二組合(御用組合)に分裂(わかれ)ちゃって、部落づき合いや親戚の間まで「一」と「二」に分裂させられて、そもそも出月の部落自体が狂ってしまったじゃもん。なんもかも薄ら寒い季節やった。生活保護が打ち切られてなぁ。母ちゃんの荒れて荒れて誰も手のつけようがなかったっじゃ。家がつぶれかかって、借金がかりられなくて、それだけ気になってたんやろなあ。母ちやんの何かあったなて思て、フスマ開けたら、ぶわあ~って吐いたもんな、焼酎一升五ン合分のヘドば。六畳いっぺえ吐いたんだよ。

 家ン中は暗くて昼も電燈つけてたから、そン薄暗い部屋いっぺえのヘドの中でのたうってる母ちゃん見てたら、俺もオエーッとこみあげてきた。鬼じや。鬼じや。もうこの世の者とは思えんかったよ、そン時の顔は。ああ、この野郎さえ居なければ……。俺、もう我慢出来んかったもね。ぶち殺そうて思て、首しめたったい。母ちゃんの、飲んで部落歩くどが。それ止めさそうて思たわけたい。その事でどっだけ俺がつらい目みとるか知っとるのかぁ。「お前(め)が母(か)ちゃんな、化物(ガゴ)じゃがね」「ガゴン子じゃがね」ち。みんなから囃されて誰一人寄りつきもせんじゃないかぁ。止めさそうて思たら、転落(ころげ)らったもん。ころげた拍子に頭ば打って、泣いて吠(おめ)くとたい。「親ば殺そてしたあ~Z」(笑)。父ちやんのす~ぐ飛んで出て来(ご)らって、もう足の立たん如(ご)つ殴(う)ちまわされてね、そこに爺ちやんの来らって、今度あ爺ちゃんと父ちゃんがケンカおっ始めて……、メチャクチャ、あの日は。

 俺ぁバタバタ便所ン中に逃げ込んだけど、父ちやんな一日中便所の出口で番しとらっった。光童園(町の孤児院)さたたき込んでくるる」ち。「親ば殺そうてした。末恐ろしい……」ち。小坊主やみなし子が修業してるだろ、光童園で。恐ろしくて出て行かれんかったよ。便所ン中からカギ閉めて、父ちゃんの寝らってから出て来た。まああの臭え~所によく一日もしゃがんでいられたもんだなあ、俺も(笑)。

 しかし、人間ちなどうゆうもんかね。母ちゃんな饅頭に毒入れてもう一家心中せんばんてブツブツ考えながら、焼酎飲んどらったちがな。それがお前、自分が実際首しめられたら、「助けてくれ~ッ」じやろが(笑)。

 んで、この俺が首しめて母ちゃんの目ば覚まさせんば、俺達一家は全員毒殺されとったかも知れんとたい。ヘン、ざまあ見やがれってんだ。

 とは言うものの、これを手始めに親をぶち殺そてしたのは、二度や三度にゃとどまらねえてんだから、我ながら嫌ンなるぜ。

p36-38『下下戦記』(吉田司・文春文庫・515円+税)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4167341026/249-0324697-0483570

国家あるいは、一般社会との関わりにおける、水俣病とは何か?は 下記でスワンさんが見事にまとめている。文章の順番を年代順に変えました。

1)1968年、国が「チッソ水俣工場の排水中の有機水銀が原因」との公式見解発表し、公害病に指定するまで、チッソの工場廃水はたれ流されていた。

2)熊本水俣病の裁判闘争のはじまりは1969年だ。「今日ただいまから、私たちは国家権力に対して、立ちむかうことになったのでございます」と患者らが立ち上がって

3)そして2004年10月の今日、最高裁がようやく国家の責任を肯定した。

59年には行政は企業の排水をやめさせるべきだったと最高裁は判断した。半世紀近くもたってやっとね。

http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20040613  はてなダイアリー – +   駝  鳥    +

 それに対し、上の発言は胎児性水俣病患者(である)敏(とし)くんのものである。 『下下戦記』という本の「下下の下下、下下の世界の……」という章にある。ゲゲゲの鬼多郎みたいなタイトルみたいだが、人間でありながら化物(ガゴ)そのものであった我が母と我、を語った文章だ。下下とは貧困である。貧困つまり貧しさとは何か,誰でも知っている、だが本当に知っているのか、少なくとも私は知らない。生まれ落ちた瞬間から愛情に包まれて育ち、人並みの屈折は経験しつつも安定した生活を踏み外さずに生きてきた。バタイユやバロウズや松下昇など趣味で読んでいただけだ。*1

それよりなにより、俺が母(か)ちゃんたい。ありゃもう人間じゃなかったもん。神経(気狂い)と一緒ッ。ひーどかったなあ。もう毎晩のように飲んでてなあ。焼酎でも飲まんば水銀で脳ン中がジリジリジリジリ焼けて来てしょんがなかったっじゃもん。で、飲めば終(し)めえさ。魂のどっかへうっ飛んでしもて。ウォンウォン泣きながら外にさまよい出て、あっち行ったりこっち行ったり、うろうろうろうろ。もぉ夜中の四時頃までも部落中吠(おめ)て歩(され)く。歩くともつか~ず、走るともつか~ずッ。下駄なんかどっかうっちゃらかしてしもて。裸足で。髪なんかバッサバサにふり乱して。そっで誰かの家の戸でも少し開いとろうもんなら、突然そっから押し入るわけたい。飯を食っとろうが、お客が来とろうが関係なしにあがり込む。大声上げてよお~ッ。「昨夜(ゆんべ)、道で俺(お)が悪口ば言いおったろがあ~」ち。「奇病、奇病ち馬鹿(ばけ)えすっとかッ、んなら、お前が責任ばとれ~ッ」ち。「元ン身体にしてもどせえ」ち。(p34-35 同上)

敏の存在様式とわたしのそれは交差しない。わたしは文章を転記したが、そのとき何が出来て何が出来ないのか?

 狂った母がいる。だが父や祖父とてそれより上のレベルに立ち母を牽制することはできない。幼い敏はなおさらのことだ。だが幼いといっても、「俺、俺だって引き止めるよ、人前ちゅうもんがあっだろ、子供心にも。」といった自覚くらいはできたのだ。そうした日々が続き、敏は少しづつは大きくなる。「一家心中」をブツブツ唱える母を呪いながら。学校で「化物(ガゴ)ン子」と囃されながら。そしてある日、母が畳みいっぱいに吐いたとき、今まで溜まっていたものは殺意となって噴出する。「ぶち殺そうて思て、首しめたったい」といっても子どものことである。大人が本気になったら跳ね返せるのではないかと思うが、母は予想外のことに戸惑い転けてしまい頭を打つ。そして父、祖父を巻き込み暴力の水位は容易に下がらない。そのように<へど>にまみれた生の時間があった。

 それに対し、法的言語というものは、現実を、「Aは水俣病として認定しうるが、Bはそのカテゴリーからはずれる」、といった書類上に記載しやすい現実に翻訳することしかできない。極めて限られたことしか出来ないにもか変わらず、それでも成果が得られれば、それは極めて大きい。やはりなんといってもそこでいちおう「正義」というものがどこにあるのかが示されるのだから。法的言語、マスコミ言語、そして科学的言語や支援者の運動言語それぞれ力を持っている。しかし、それらの言語で語りうるものはいずれも氷山の一角であり全てを合わしても極一部でしかない。当事者つまり患者の身体のなかには、それでは語り得ないものが「ヘド」のように悪臭を放ち高温を発し渦巻いている。

 語り得ない領域といいながら実際上に語られている。しかしそれはそうであるかのように見えるだけだ。表現者=敏が物として語る言葉を、読者は暗喩として理解するそうした誤解によって、あたかも表現が受け渡されたかのような幻が生まれるだけだ。言説として成立していない。

 読者の側からは、例えば次のような評価が生まれる。水俣がわたしたちの歴史においていつまでも語り継がれなければならないのは、既成の諸言語とは違った<他者の言語>つまり<患者の言語>をうち立てた、点にある。この点で石牟礼道子と並んで、この本の著者吉田司氏の功績は圧倒的である、と評価していいのではないか。しかしそのような評価はそうも言えるというだけのことである。*2

 わたしとは何か?私のうちにも<悪臭を放ち高温を発し渦巻いている「ヘド」のごときのもの>が存在するのか?と問うことができる。というか、その問いに出会わなければ書き始めるべきではないのだ。

 なお、「へど」とは辞書によれば「反吐・嘔吐」「一度飲みくだしたものをはきもどすこと。またそのはいた汚物。たぐり。たまい。」とある。

*1:松下についてはそう言うことは禁じられているが。

*2:もちろんわたしはこちら側に立っているので『下下戦記』は名著であるので復刊させないといけない、と強調しておきたい。

華やかなクリスマスのイルミネーションとキリスト教の愛は何の関係もない。キリスト教の愛は、酒鬼薔薇を愛せるか、という不可能性に存在する。

NHK・ETV特集から消された戦場の証言

NHK番組改ざんに抗議する!

政治圧力によって消された 

元兵士による戦場の証言

は下記で読めます。

http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/syougen/nhk_special.htm

一部引用する。

元陸軍伍長・金子安次さんの証言*1

――こうした証言をするには勇気が必要ですね。

 撫順でもこの強姦の問題は深く告白をしたわけではなかったんです。というのは、強姦というのは表面に出にくい問題で、管理所側は証拠がない問題は追及をしませんでしたから、強姦の問題は黙って済まそうと思えば済ますことができたからなんです。もちろん、その時には人間としての良心が芽生え始めていましたから、ある程度は告白したんですけれども、それはただ「強姦をした」という内容で、具体的なことは私は書きませんでした。…強姦というのは、これはちょっともう…。本当に残酷な問題なんですよ。

――戦場では強姦は頻繁に行われていたのですか。

 作戦中はね、それはもう毎日のようにやっていました。私もそうです。当時、中国の女性は纏足をしていて逃げられず、家にいることが多かったので…。

――こうした証言をするようになったきっかけはなんですか。

「慰安婦」だった人が名乗りをあげて、この問題が出てきたとき、これは言わなければいかんかなと思い始めたんです。その後、「慰安婦」問題で、戦争の実態を何にも知らない人間がこの問題でもウソを言い出してきて、これは言わなければいけないと、そう思ったんです。戦友会の連中は言わないでしょう、黙りこくっちゃって。年もとって体面もあるしね。

 しかし、事実は事実として伝えなければならない。そしてそれは戦争を行った我々にしかできないこと、我々の責任なんです。生きている限り、ありのままの事実を語りつづけていきます。

追記:上記に引用した部分ではないが下記にあるのは、「最後の3分にカットされた部分」に当たるようです。

http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/syougen/nhk_special.htm

長井:

まず最初に最後の三分でカットされたのは中国人の被害者の方の紹介と証言部分、もうひとつは東チモールの元慰安婦の方の紹介と証言部分、あと加害兵士、元日本兵士の証言部分その三点が全く抜け落ちました。

http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20050115#p1 + 駝  鳥 + から孫引き

*1:正確には証言後のインタビューより

法が最小限の正義であることをやめたとき

2/5

# mojimoji 『過分に褒めていただいてありがとう。乗せられるとのめりこむ人なので、どんんどん焚きつけてください(笑)/今述べていることは「法が最小限の正義であることをやめたときには、法を尊重せよというクレイム自体が無効」という、女性国際戦犯法廷の中身の検討抜きにできる議論をしています。なので、当初の主旨とはだいぶ違っている気はするのですが、まぁ、「アイロニカルなサポート」ということになるんでしょうか。/女性国際戦犯法廷の中身については、天皇有罪を言おうとする動機は理解できるのですが、それを法解釈として正統なものとできているかは、ちと悩んでいます。できてなくても擁護しますが、それはそれとして、確認したいところではあります。/ただ、日本政府の賠償責任についてはせいぜい時効の問題くらいしかないのですから、「死者を訴えた」ことを理由にこの民衆法廷を全否定するのはまったくうなづけないかなぁ、と考えてます。』

「法が最小限の正義であることをやめたときには、法を尊重せよというクレイム自体が無効」の議論、難しいですね。というか私にとっては、たぶん「法の外に正義がある」のは当たり前のことであり、それを頭から否定する論を立てられても絶句するかキレるかしかないのに、ちゃんと論理で丁寧に返しておられるので感心してしまいます。で論理を追おうとするとそれはそれで難しい・・・

「全記録1」については、証言のところ、なかなか興味深く読むことができました。残酷な場面もあるがそうではない場面もある。(不謹慎ですね)

日本国家がやったことと思うともっと反省の痛みを持たないといけないのでしょうが・・・

とにかく無視しているより、読んだり見たりする方が良いと思う。

「何の問題もない」といえる人がどれだけいたのか?

# botaro 『

(略)

まず冒頭の「慰安婦制度は犯罪であった」というのがよくわからんです。それそのものは別に違法な制度ではなかったでしょう。正当な対価が支払われ、納得の上で応じたのなら何の問題もないはず。問われてるのは、軍による強制連行等の事実であるはずです。

私は「素顔の慰安婦たちの本音に近づくことが善であるという立場に」必ずしも立っていません。mojimoji氏の論述より、学究的に意味のあることである、という認識は持ちました。学究の徒でないのならば、「救済にかなうならば」という条件が付きます。「そっとしておいてほしい」という人にあえて近づくのは、むしろ悪である、と考えます。

お察しの通り、私は一次資料にはあたっていません。ですが、聞きたくないわけではありません。どっちかといえば聞きたいです(一番の関心事ではないことは確かですが)。1/25と2/3の引用部分は読ませていただきました。』

「まず冒頭の「慰安婦制度は犯罪であった」というのがよくわからんです。それそのものは別に違法な制度ではなかったでしょう。正当な対価が支払われ、納得の上で応じたのなら何の問題もないはず。」

「国際法廷」に提出された数十名のケースでは、契約解除の自由がなく、逃亡すれば死の危険すらあり、また「労働」の内容も内地の娼家に比べても一日数十人の相手をするのなど、実質的に人間の尊厳と自由を奪われた奴隷状態だったと思われます。

納得の上で応じた形がかりにあったとしても契約の一方が銃を持った占領者であった場合、自由意志による契約というには瑕疵があると言える余地は充分あると思いますが。

「正当な対価が支払われ、納得の上で応じたのなら」そういうことがあったとしても、対価といっても実際には払われなかったり軍票で払われたりで家に現金を持った帰れた人などいるのかしら。

「「そっとしておいてほしい」という人にあえて近づくのは、むしろ悪である、と考えます。」彼女たちが「そっとしておいてほしい」と思っただろうとなぜ思うのですか。彼女たちが日本に来たのは自らの意志ではなかった、と推測しているのでしょうか。であればその根拠は?

その発言は「素顔の慰安婦たちの本音に近づくことが善であるという立場に」立っているわけではないのですか?

(2/13 18.49追加)

大東亜戦争は日本人の悲劇ではなかった?

id:noharra:20050226#p2 の続き。

 テニヤン島のバンザイクリフの悲劇について、書こうと思ってグーグルしたが歴史的に詳細を記した頁は(いまは)見つからなかった。

 要するに私が言いたいことは、「生きて虜囚の辱めを受けず」という命令は兵士だけでなく民間人にも適用され、テニヤン島に住んでいた2万人以上の民間人のうち1万人弱は死に至ったということ。この悲劇をどう捉えるか?現在わたしたちはあの戦争が国民にとって悲劇だった事自体を忘却しようとしている。(文部省の必死の努力の成果?) 

侵略=(にほんが他の多くの多くのアジア人たちを殺し苦しめたこと)を強調するのは大事だが、多くの日本人自体が被害者だったことも忘れてはならない。誰が多くの日本人を死に追いやったのか?「生きて虜囚の辱めを受けずという命令」がその責を負うべきことは間違いない。そしてヒロヒトにその責を負わせたくなければ「誰が」を特定し糾弾し続けなければならない。なぜそれが分からないのだろう?!

  日本に原爆を投下した B-29 が発進した平坦な島、テニアンの北部の滑走路は、今では使用されずにジャングルの中の遺跡化しています。

  サイパン島ではかつて彩帆神社のあった、島の中心ガラパンの町も、戦後はチャランカノアにとって代わり、バンザイ. クリフ(サイパン攻防戦の末期に米兵に追いつめられた在住日本人達が、 米軍の投降勧告を拒否して次々と島の北端にある崖から投身自殺した地点) では、日本の若い観光客の男女が死者を悼むことも知らず、単なる観光スポットとして、嬉々として記念写 真を取り合っています。これでは非業の死を遂げた多くの方々の霊も浮かばれません。

  自分の国が歩んで来た過去の歴史を知らず、また知ろうともしない、精神的無国籍の若者が多すぎると私は思います。

大橋よしひとさん<投稿日/2000.10.31>

http://www.dd.iij4u.or.jp/~pagan/MINNA/minna.htm みんなの声

在留邦人約2万人のうち1万人弱が戦没したと推定される。

 モリソン戦史による日本側捕虜数は1790名 うち軍人921名、抑留民間人は14560名にのぼった。

http://yokohama.cool.ne.jp/esearch/sensi1/sensi-tyubu22.html 戦史 中部太平洋陸軍作戦2 サイパン島作戦

レイプしましたで検索した結果

「レイプしました」で跳んで来られた方があったので知りました。

「世界には悲惨がいくらでもあるものですね~~」と無責任に驚く。

レイプマニアではないです、わたしは。といくら言い訳しようと、その振る舞いはレイプマニアだ、と言われればそれを否定することはできない?

いや、そんなことはない。

以下のリンクはみな真面目な、レイプを糾弾するという立場で書かれたものです。(よく読んで確認することはまだしていません。)

レイプしましたで検索した結果  ページ:250件

ページとの一致 (250件中1~20件目)~より

http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%a5%ec%a5%a4%a5%d7%a4%b7%a4%de%a4%b7%a4%bf&fr=top%2c+top&&b=21&h=p&pnum=2

S.O.S.トーチャー

■国連文書をはじめ、国際人権に関する最新の文書、ニュースを紹介。 英語サイトと … に押し倒し、彼女の衣服を破り、殴りながら彼女をレイプしました。 兵士が自分のペニスを口に入れるよう … そして兵士は2度彼女をレイプしました。 彼女は逃げようとし、兵士が追いつきました。 …

http://blhrri.org/kokusai/sos/sos_3287.htm – 21k – キャッシュ  [blhrri.orgから検索]

S.O.S.トーチャー バングラディシュ:2名の女性がレイプされ、財産を略奪されました。

■国連文書をはじめ、国際人権に関する最新の文書、ニュースを紹介。 英語 … 侵入し、彼女と姪のポピー・ラニ・ダスさんをレイプしました。 二人とも少数派のヒンドゥー教徒です … 二人の女性を戸外に連れ出し、何度もレイプしました。 ニル・ラニ・ダスさんはレイプされて …

http://blhrri.org/kokusai/sos/sos_3561.html – 21k – キャッシュ  [blhrri.orgから検索]

彎曲していく日常

彎曲していく日常 1100-12-01 従軍「慰安婦」の証言 ■ トマサ・サリノグ、日本 … 彼らはかわるがわる私をレイプしました。 いったいどうしてこんなふうにレイプされるのに耐えられる … 戻ってくると、私をレイプし、彼の友達も私をレイプしました。 一九四四年から四五年 …

http://d.hatena.ne.jp/noharra/110012 – 23k – 2005年2月17日 – キャッシュ  [d.hatena.ne.jpから検索]

ネソマニア -セブ島生活- – ネソマニア 第168病棟-フィリピンパブが消滅する日 Part-7

海外長期滞在、セブ、セブ島、マクタン、マクタン島、フィリピン、 … の目の前で、親戚の人たちを殺し、母や姉妹をレイプしました。. 私は反乱軍に参加すれば安全だと … 私を捕まえ、むちで打ち、長い間、毎晩私をレイプしました。. 子供が生まれたのは、まだ14 …

http://bridge-cities.com/modules/xfsection/article.php?articleid=9 – 49k – 2005年1月12日 – キャッシュ  [bridge-cities.comから検索]

http://216.71.84.120/j/p/tpj-j20041019-50.html

http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20041019-50.html

オックスファム・ジャパン – カンボジア

オックスファム・ジャパンってなに?歴史や活動内容をくわしく紹介して … この斡旋業者は彼女を宿に連れて行き、レイプしました。. 彼女は逃げようとしましたが、斡旋業者は彼女を縛り、ひどく殴ったのです。 …

http://home.oxfam.jp/what_we_do/projects/project_b.htm – 6k – 2005年2月5日 – キャッシュ  [home.oxfam.jpから検索]

[fem-alerts 91] 緊急行動:グアテマラ元軍人の性暴力と脅迫

Subject: [fem-alerts 91] 緊急行動:グアテマラ元軍人の性暴力と脅迫 From: “坂井 … 7日と12日の両日、こ の男が両親の留守中に家に押し入ってAna Mariaさんをレイプしました。 男は Ana Mariaさんに、抵抗したら彼女も家族も殺すと言い、また通報したら …

http://www.jca.apc.org/fem/news/alerts/91.html – 5k – キャッシュ  [www.jca.apc.orgから検索]

kuensel

国会は、難民の共同の立証について議論. (クエンセル 紙 2002年7月5日号掲載) 仮の翻訳です あまり正確では … それらは私たちの家から略奪し、私たちの女たちをレイプしました。. 我が国への彼らが帰還するという考えは、人々を激怒させました。 …

http://www.ne.jp/asahi/jun/icons/bhutan/kuensel.html – 5k – キャッシュ  [www.ne.jpから検索]

12月18日 レジスタンス・レポート

2004年12月18日 土曜日 Saturday, 18 December 2004. ★バグダッド Baghdad. ●レジスタンスがアブグレイブ捕虜収容所を攻撃. … 彼らはある日、私を9回以上レイプしました。. あなたは理解できますか? あなたの姉妹がレイプされたと想像してください。 …

http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/resistance_report_20041218.html – 11k – 2005年2月8日 – キャッシュ  [www.geocities.jpから検索]

アフガン北部、パシュトゥン人への暴力の証言

HRW(Human Right Watch) 2002年3月6日 アフガニスタン北部、パシュトゥン人への暴力の証言 Anti-Pashtun Violence in … 指揮官が2回、もう一人の兵士が1回彼女をレイプしました。 そして次に中にいた二人と外から入ってきた3人が私に襲いました。 …

http://www.jca.apc.org/afghan-women/Special/HRW020306.html – 15k – キャッシュ  [www.jca.apc.orgから検索]

国境なき医師団日本 スペシャルリポート 特集/性的暴力

特集/スペシャルリポート 特集/性的暴力 もう十分だ戦争の道具としての性的暴力 「一昨日 … そして私をレイプしました。 行為のあとに私が服を着終わると、兵士は私から50リベリア・ドル奪いました。 … そして私をレイプしました。 行為のあとに私が服を着終わると、兵士は私から50 …

http://www.msf.or.jp/special/sexual_violence.php – 25k – 2005年2月24日 – キャッシュ  [www.msf.or.jpから検索]

崇敬・国家・ネイション

spanglemaker 『誰が教育の現場で「日の丸・君が代を崇敬せよ」なんて言ってるんですか?

それから日の丸・君が代はネイション(このコメントの流れからいうと「国」)の象徴です。』(2005/03/31 19:03)

index_home 『式典で国旗を掲げ(校旗は同じ位置に掲げない)、壇上にあがる者はそれに頭を下げて礼をし、国家を歌うときには全員起立し、声を出して歌おうとすることをすすめるのは日の丸君が代に何をするためですか?』(2005/03/31 20:39)

index_home 『それから日本語の「国」という言葉にあたる英単語はnationのみではありません。』(2005/03/31 20:42)

N・B 『>反政府主義者のほとんどは、「国」を愛する故に「国家」に反逆する人々であり、私の認識では、熱心な愛国者となるのですが……。

 歴史的にはみもふたもなくそうなのではないでしょうか。これはバートランド・ラッセルの「ロシア共産主義」に載っている話ですが、ラッセルはレーニンとトロッキーの二人に会って、トロッキーの方がロシアという国に対する傾倒があり、レーニンはむしろ「国際主義的」だったと感想を述べています。現代の発展途上国ではいっそうそうでしょう、例えばマンデラもサハロフもある種同じですね。

>誰が教育の現場で「日の丸・君が代を崇敬せよ」なんて言ってるんですか

 やはりこれは「治安維持法で処刑されたものはいない」という主張に似たミスリーディングです。それにステイトの機能を利用してネーションのへの合一化を図るのは spanglemaker さんの立場からはむしろ忌避すべきことではないでしょうか?ネイションとステイトの分離を強調するがゆえに両者の癒着を警戒しなければならないのが spanglemakerさんの立場だと思うのですが。

>ただ、普遍性とアメリカという特定の国家が用意二度生津氏されてしまう背景としては

 すいません変換間違いがそのままでした。「特定の国家と用意に同一化されてしまう」が正確です、すいません。』(2005/04/01 12:39)

noharra 『「日の丸・君が代はネイションの象徴である」なら何故、「他国の国旗を尊敬することを知らないものは」みたいな理屈の方をむしろ公式には採用しているのですか?』(2005/04/01 20:55)

spanglemaker 『誰も教育の現場で「日の丸・君が代を崇敬せよ」なんて言ってないんですね。ありがとうございます。

>>「日の丸・君が代はネイションの象徴である」なら何故、「他国の国旗を尊敬することを知らないものは」みたいな理屈の方をむしろ公式には採用しているのですか?

自国を尊重することと他国を尊重することは両立できると思いますが。自分の家族を大事にする人が他人の家族をけなしたりしないのと同じです。』(2005/04/02 08:48)

(野原)

「他国の国旗を尊敬することを知らないものは」みたいな理屈、というのは単なるメンバーシップにもとずく儀礼的敬意を要請しているということでしょう。ネーションとは区別される意味でのステートへの敬意ですね。ネーションと言うのなら、私(あなた)のうちにも生きている「兎逐いしかの山」の記憶を呼び覚ませと言うだけですむはずです。

spanglemakerさんの意見とは食い違うと思います。