ビラをまく自由

 投票に行くことより、デモをしたりビラをまいたりする方が有効な政治的行為だと思っている、わたしは。

 去年くらいに駅構内でビラをまいてはいけないという通知がJRの各駅長宛出たという噂をきいた。

 2月24日、東京のある高校前で、ある大学生がビラを配っていたという理由で、その高校長が警察に通報した、という事例があるようだ。

 また次のような噂もある。

  また、式典会場及びその周辺においてビラまきなどがなされた場合には、「住居侵入罪」「道路交通法違反」を活用して警察力を導入せよとの校長宛指導がなされているとの情報もあり、

 道路でビラをまくことについて、警官に嫌がらせをする権利があるかどうか、前から気になっていたので、道路交通法を見てみた。

第76条 

4 何人も、次の各号に掲げる行為は、してはならない。

1.道路において、酒に酔つて交通の妨害となるような程度にふらつくこと。

2.道路において、交通の妨害となるような方法で寝そべり、すわり、しやがみ、又は立ちどまつていること。

3.交通のひんぱんな道路において、球戯をし、ローラー・スケートをし、又はこれらに類する行為をすること。

4.石、ガラスびん、金属片その他道路上の人若しくは車両等を損傷するおそれのある物件を投げ、又は発射すること。

5.前号に掲げるもののほか、道路において進行中の車両等から物件を投げること。

6.道路において進行中の自動車、トロリーバス又は路面電車に飛び乗り、若しくはこれらから飛び降り、又はこれらに外からつかまること。

7.前各号に掲げるもののほか、道路又は交通の状況により、公安委員会が、道路における交通の危険を生じさせ、又は著しく交通の妨害となるおそれがあると認めて定めた行為

 これを見る限り、「道路交通法」ではビラ撒きは禁止されていない。公務員が法的根拠なく市民の政治的自由を制限してはいけない。

世界のじくじくした縁(へり)

「世界のじくじくした縁(へり)」という題の文を書きたいと思っている。

 私と世界は自明のものとして私に与えられている。私が健康である限り世界も健康である。語りうるものだけが世界である。あるいは語りえないものはしかるべき祭壇におさまっている。ものはあるかないかのどちらかであり、あるともないとも決められないものはない。

 そのような世界像が果たして正しいのかどうか、を問いたいのだ。そうではなく、世界の縁(へり)はつねに揺らいでおりじくじくと滲んでいるのではないか。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050212#p1 で「素顔は差延する」という奇妙なタイトルで、あるところである人が死んだ話を書いた(コピペした)。ある人とは誰か。ある若い妊婦と書いてあったがいまは名前は思い出さない。

「わたしは彼女を思い出さない。」この文章はパラドックス(成立しえない文)である。対象が特定できたとすればそれは思い出したということであり、「思い出さない」は虚偽になる。彼女という言葉が発せられた以上それはなにものかを指しているわけですから、「対象が特定できなかった」場合はありえない。忘れたものはその対象を名指しえない。

 ある若い妊婦の話は、もちろん私に何の具体的関わりもない。あるメルマガで流れていたものをたまたま引用したのだ。それを引用した動機は二つ在る。一つはインドネシアの東アチェ県で続いている人権侵害の極限としての殺人、そのことにわたしたちは関心を持つべきだという社会派としての関心。もう一つは、ある女性の死(殺されたこと)が私に関係あるのかどうか、という哲学的問いの素材としての関心。前者を否定できない以上、後者を取り上げるのは不謹慎だ。だがわたしの問題意識は2/12の段階でも後者に比重があった。

「ある人の死(殺されたこと)」とは私にとって何だろう。いまこのブログは二人の死者の名前をヘッダに掲げている。死者の名前を何に利用しようとしているのだろう。死者は決して語り得ない。したがって死者の名前に言及することは彼女のものであった何かをわたしが横領することであり暴力的である。だがヘッダの二人の名前は私によって選ばれある効果のためにそこに置かれている。わたしは幾ばくかの関係を彼女たちの名前との間に結んでいるのだ。また、id:noharra:11001201に、トマサ・サリノグ、朴永心という二人の女性の名前が証言と共に載っている。名前ではなく「従軍慰安婦」というおかしな普通名詞で呼ばれるだろう彼女たち。国際法廷とは普通名詞ではなく固有名としての彼女を奪還する闘いでもあった。この4人に対しては「あなたを忘れない」との思いを肯定する多少の人々の集まり(それぞれ別の)があるだろう。だが東アチェ郡の彼女について、「あなたを忘れない」と思っている人はほとんどいない。わたしにしてもそれほどの思いはない。そうした状況は是正されるべきだ。インドネシアにおける国家犯罪に対し、日本国家と国民はイスラエルのそれに対するよりずっと大きな責任を持っている。そのことは事実であり、皆がそれを自覚すべきなのだろう。

 一瞬通り過ぎたがそれきり私とは何の関係もないあるニュース。わたしが私である限り、知っているものだけでわたしは構成されている。というのは嘘である。世界の果てには幅広いじくじくした領域があり、そこではたくさんの殺人やレイプがある。そうであるのにわたしたちはそれを深くは気にせず生きている。2/12に書いた死者とわたしとの間には関係は成立していない。いや正確には「成立している」と記述する必要はない、とわたしは思う。

 わたしは奇妙なことを言おうとしているのだ。なんども書くが、「インドネシアの東アチェ県で続いている人権侵害の極限としての殺人」としての彼女についてはわたしたちは関心を持つべきだ。だがそのようにその彼女をわたしたちの価値の内側に引き入れたとき、その外側にじくじくした領域は残る。

ナショナリズムと昭和維新

# index_home 『ある程度同じ思想信条を持ち合わせているといっても、やはり個人個人で違う人間ですから、細かい部分では差異があるのは当然なのでしょうね。でも、それで意見を交わしていくとまたお互いの論を高めあうことができるような気がします。(例えば「君が代の強制に明確に反対」という論理を各人で磨きあうことができる…とか) 

ちなみに>「パトリオティスム/ナショナリズム」を違う物として考えて、前者を肯定し後者の現実の国家組織への忠誠という面を全否定する>という論理なら、私も近いかもしれません。また細かく検討すると差異があるのでしょうけど。』

(野原)

おっしゃるとおりだと思います。さて、

id:noharra:20050324#p5 で尊皇攘夷運動について触れましたが、昭和でそれに近いエトスを持った運動としては、226などの昭和維新運動があります。

 hikaruさんの文章を始めて読んだのは偶然で、3月の始めでした。226事件被告たちの「ご法事」に行かれて、磯部浅一のご遺族にも会われた文章が印象的でした。226事件被告たちはあっさり殺されてしまったのに、その後に展開した大東亜戦争の罪まで被せられて可哀相です。戦後左翼史観は彼らに対し偏見に満ちた評価しかできなかった、のではないでしょうか。

 昭和維新派について知識があるわけでも無いのですが、そういったことも含めて、ナショナリズムについて語り合いたいです。

粛々と式典を行いたい

# fantomeye 『呼ばれたので出てきました。日の丸が正面だろうが歌うのが君が代であろうが、私達生徒はそれを粛々とやるだけの話です。日の丸が正面だったからなんだというんですか? 難癖つけて式典をぶち壊す大人のほうがよほど迷惑です。日の丸が正面にあったからって卒業式の思い出は清いままですが、そこで思想ふりかざしてゴネる大人が居るほうが、思い出にとってはよほどマイナスなのです。部外者が勝手に思想を持ち込んで騒がないでください。』 (2005/04/04 08:53)

# 1 『井の中の蛙 未だ大海を知らず

2ちゃんねるってしってるんだからそこへおいでよ 自分の家のトイレで落書きしても、恥ずかしいのも知識や意見を聞くことは出来ないよ

便所の落書き 結構じゃないですか、一度便所と言われる其処を見た方が

貴兄の為だよ』 (2005/04/04 11:23)

# snusmumrik 『全くひどい話です。以下、本宮ひろ志先生を支援する勝手連(通常時・ネット右翼問題を考える国民会議)の投稿ガイドラインから引用させていただきました。

http://sinrigakukenkyu.ameblo.jp/entry-2b60315ab5ef442bdb67193199b7f2c4.html

この辺が参考になるのではないでしょうか。

「当ブログで初めてコメント欄を利用される際、(中略)ハンドルネームとお持ちのウェブログのURLを明記してください(お持ちでない方はハンドルネームのみで)。私は当ブログを家の一部のようなものと考えておりますが、他人の家を訪問する際に名を告げて挨拶をするのは当然の振る舞いでしょう。挨拶というのは人倫の根本です。挨拶もできないくせに偉そうに国民の義務を語る方は早々にこの場を立ち去って義務教育をやり直してください。」』 (2005/04/04 13:21)

# mikogami 『初カキコさせて貰います

東京都の命令であると判っているなら

東京都に対して政治活動を行えばいいのです

これ以上生徒や教師を苦しめないでください』 (2005/04/04 14:15)

# 転載 『文句があるなら、こんな他人のブログでコピペ思想を振り回してないで、

自分の嫌いな教師なり日教組なりに直接言えばいいのですw

これ以上ブログ主を苦しめないでください。笑いすぎの腹痛でw

だいたい何が「私達生徒は」だ。

今日びの生徒が「粛々と」なんて物言いを、いったいどこで覚えるかってのw

さあ、これでもくらって帰れ帰れ。

▼【テンプレ】日の丸・君が代の強制を無効化するアクション!(処分不可能)

http://ch.kitaguni.tv/u/8016/%a1%da%a5%c6%a5%f3%a5%d7%a5%ec%a1%db/0000187681.html

▼アムネスティ・インターナショナル日本

「君が代」斉唱の強制に人権上の強い懸念を表明

http://www.incl.ne.jp/ktrs/aijapan/2004/0406090.htm

▼天皇陛下が「日の丸・君が代強制」に懸念を示されました

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann/20041028/20041028-00000038-ann-soci.html

宮内庁、このご発言を「日の丸・君が代を強制しない」という国旗国家法制定時の首相発言や政府方針にそうものだと言明。

http://www.asahi.com/politics/update/1028/003.html

南野知恵子法相も「自主性に任せるべき」と発言。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041029-00000052-kyodo-pol

天皇・宮内庁・法相がダメだというものを、

なにゆえ校長が強制できるのか。

愛国者を自称するならば、大御心の深さを思い、いますぐ教育現場への強制をやめましょう。

強制するものがあれば、それはもはや朝敵・国賊ですw

石原都知事と東京都教育委員会、およびその子飼いの校長たちは

海よりも深く反省しなさい。

他人のブログに、事実や根拠の示せない感情論をまきちらすステハン・捨てはて名どもは

日本人として恥を知りなさいw』 (2005/04/04 16:42)

# ぶらふぁ~ 『>今日びの生徒が「粛々と」なんて物言いを、いったいどこで覚えるかってのw

オマエみたいな頭の悪い大人等及びもつかない程、今の若者は国語に通じてるよ。

ハイティーンが昨今の文学賞を総なめにしている現状をなんと見る?』 (2005/04/04 19:11)

# mikogami 『うわ…痛々しいな…

この長文書いてる人は管理人さんじゃないよね?

管理人さんならもう来ませんけど』 (2005/04/04 19:42)

# fantomeye 『いやですねー、所詮生徒ごときが、子供ごときが、みたいな感じが見え見えで。ご自分の学生時代を基準にして考えないでいただきたいものです。生徒がこーいう物言いするのは信じられませんか?それこそ偏見ですよ。私の物言いが不自然と感じるなら、小学生が日の丸君が代に反対するのも不自然極まりないと思われてますよね?』 (2005/04/04 20:16)

# fantomeye 『転載さんの学生時代がいつごろか知りませんが、今はネットがこれだけ発達した時代です。その気になりさえすれば私のような学生でも活発な議論の場に参加できますし、そこでの物言いに影響を受けることも出来ます。転載氏はよほどボキャブラリーの貧しい子供時代を送られていたのかもしれませんが、それをもって現在の標準だと思い込まないで欲しいですね。』 (2005/04/04 20:19)

司法と政治とイデオロギーがごっちゃになって

# hizzz 『ども。「女性戦犯法廷」もnoharraさんの論説も、司法(=法)と政治(=反国家)とイデオロギー(=国家的性奴隷制)がごっちゃになって一体化してます。そして東京裁判の最大の欠点はそゆ「権力」が一方的に裁いて死刑にしてしまったことです。>「やられたらやりかえせ」

一番のプライオリティは何ですか?「慰安婦」をどう保障すべきかという具体的提言なのではないでしょうか。

最後の「国民に強制した国家を支持するのだな?」という文言にみられる、国家vs反国家という二分(による絶対正義権の発動=イデオロギー)矯正と、「女性戦犯法廷」が本当に求めたはずの国際法での(考えられるかぎりの公平な)ジャッジは離反しますよ。そういう民主主義的「多様性」を排除した中で、いくら声高に「正統正義」をいいたてても、国家vs反国家ということにしかならないではないですか。そしてそれでいい、というのなら、まさに「慰安婦」は反国家パフォーマンスもしくはPC(ポリティカル・コレクトネス)のネタでしかないでしょう。』 (2005/04/18 20:51)

(野原)

乱暴な批判に応答ありがとうございます。

ですから、

こないだの大戦で「生きて俘虜の辱めを受けず」を国民に強制した国家を支持するのだな?(野原)*1

を、「国家vs反国家という二分(による絶対正義権の発動=イデオロギー)矯正」と読むかどうか、が論点なのですが。

1.こないだの大戦で日本国は「生きて俘虜の辱めを受けず」を国民に強制したのは事実ですね。

2.それを「過去は切り捨て平和国家建設」という形で総括し戦後の日本国家は始まった。

3.小泉の靖国参拝から「憲法改正へ」への動きは、「2.」の全否定としてある。

4.ここにおいて、少なくとも「1945.3.10~1945.8.15」の間に死んだ死者たちは目覚めて歩き回りはじめた。

というのがわたしのパースペクティブです。

 このような構造に無自覚であることは、「国家」という言葉で、戦前戦後のべたらな「3.」レベルの国家イメージを肯定してしまっていることになると思います。

*1:この文章はhizzzさん宛に書いたものではありません。drmccoyさんあて。念のため。

更新履歴

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/

の更新履歴です。

050503

2)indexファイル: 「掲示板についての原則」のテーブル化

3)indexファイル:「松下昇への接近」の案内文の最初「ここを開始してから2年以上経ち、惰性で継続しているという批判は免れがたい。」の削除、など。

(訂正前の文章)

ここを開始してから2年以上経ち、惰性で継続しているという批判は免れがたい。

「故人」の完成したテキストを公開~広告していくのではなく、いまここに突き出される提起としても提出したいと思ってきました。それはいくらかは実行できた、と自負するものです。しかし、<松下昇の~わたしの原告団>の全体像を開いていくだけのプランの力強さが欠けていたと反省せざるを得ません。現在試行中。松下のテキストを読みたい方は下記野原までメールしてください。20030812~1005

4)「刊行リスト」での「スペースAK」へのリンクが切れていたので繋ぎ直す。

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/matu992.htm

5)

 現在までうちのサイト(インフォシークnoharra)、及びhatena(ここの1100年のところ)(htmlファイルを白紙から作るべきだが面倒なのでとりあえずhatenaを利用している)にUPした、松下昇の表現は数えると10個あった。(洩れているものもあるかもしれない。)

あんかるわ版表現集から、「私の自主講座運動」と「情況への発言など」、あとの8つは概念集シリーズ(全14冊+α)からだ。下記に目次掲載した。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11000110#p1

indexファイル(表紙)には、「私の自主講座運動」「情況への発言など」「「概念集」から」と、三つに分けて表示し、最後のに上記をリンクした。

050502

1)概念集3の目次 テーブル化やっとできた。

http://d.hatena.ne.jp/noharra/11000111#p4

(エクセルでいうセル結合を、tableでどうやってやるのか、まだ分からない。)

050501

http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/itbe1.html Let it be

誤字訂正 4ヶ所

(訂正前)・至らしめ、、

・とこかで

・この対応への耐えがたさか

・・・・

040811

・概念集の1項目の「批評概念を変換し…」を追加。索引から入ってください。きっかけは、掲示板で「無意味と言葉」について話がでたため。

参考:

040509

・『表現集・1』より「わたしの自主講座運動」を追加。表紙から入れます。

040429

・・ 野原燐の頁「いま非国民カードを引こう」に「天皇あるいは言説について」を追加。

040427

・概念集の1項目の「連続シンポジウム」を追加。索引から入ってください。きっかけは坂本守信氏の学友会裁判の最高裁判決がでたため。

参考

040307

・トライポッドからライコスへの移行に伴い、壊れていたカウンタを再作成。リセットされた。ちなみにはてなの野原日記は、短期間で現在1345。

・更新履歴が「新しいものが下」になっていたが「新しいものが上に」置き換える。

0402某日

・「noharra(野原の日記)」を「彎曲していく日常(野原の日記)」に変更。

031124

・「掲示板」の上に「noharra(野原の日記)」を追加。

いままで掲示板に(平均週1回程度)野原は書き込みをしてました。

11月から「はてなダイアリー」というところで、日記というか文章をUPすることにしました。現在、こちらの方によく書き込んでいます。。

031011

・「Let it be」の文章の行間を開けて読みやすくするために、

スタイルタイプの記述を入れてみた。

(そのtagをここに書くとhatenaではここまでしか表示してくれない)

スタイルシートというものだそうだが上手くいくのか。

・「更新履歴」を作成、UP。

031005

・タイトルを「O<<   >>O」から、

「<<<<<<   >>>>>>」 に訂正。

・「表紙」訂正:メインコピーの1行目に、

「全ての問いを、その極限まで展開しうる状態の中に存在せしめよ!」を追加。

・更新履歴を追加。(中身はなし)

・概念集の1項目「Let it be」をUP。(上記「存在せしめよ!」からリンク)

・「バリケードと松下(写真)」を追加。(中身も)

・「掲示板」自由に書き込んでくださいの下に下記を追加。

|(今頃言うのもおかしいが原則を定めます) 1.公開

|2.参加者の自由な討論ですべてを決定する

|3.このゼミで討論され考察の対象となった事柄は、参加者が

|  各人の責任において、以後あらゆる場で展開していく。

030812

・「表紙」訂正:下記メインコピー二つを削除。

「…… 告発し、占拠する、関係としての原告団をつくろう。」を追加。(松下氏のフレーズ)

・「一旦縮小」の文章追加。

ここを開始してから2年経ち、惰性で継続しているという批判は免れがたい。

故人の完成したテキストを公開~広告していくのではなく、いまここに突き出される提起としても提出したいと思ってきました。それはいくらかは実行できた、と自負するものです。しかし、<松下昇の~わたしの原告団>の全体像を開いていくだけのプランの力強さが欠けていたと反省せざるを得ません。2週間以内に再出発する予定で、一旦縮小します。松下のテキストを読みたい方は下記野原までメールしてください。 20030812

・「亡くなりました」訂正:(蛇足)で何が書いてあるのか を追加。

030717

・「表紙」訂正:メインコピーを二つ。(いずれも松下氏の文)

「 いま自分にとって最もあいまいな、ふれたくないテーマを、闘争の最も根底的なスローガンと結合せよ。そこにこそ、私たちの生死をかけうる情況がうまれてくるはずだ。」

「汝はなぜここにいるのか。もはや、ここから脱出することはできない。ここに集中してくる全てのテーマを一人でも生涯かけてひきずっていく力を獲得するまでは。」

2001/07/24ごろ このサイト開設(掲示板「北海」も)。

・・・・さらにその前史。hi-hoとあと一つの場所で開始を試みる。2年ほどはやっていたような気もします。内容はここと大体同じ。

神武天皇のY染色体

初代の神武天皇のY染色体は、男系男子でなければ継承できない。

八木秀次(高崎経済大学助教授)

(「皇室典範に関する有識者会議」での発言)

“神話”を、(最新の?)自然科学的知見に合うように合理化立体化して、それが太古から伝えられた真実であると高唱する点で、八木氏は服部中庸などの立派な後継者である。まぐわいとはY染色体を継承するための行為なのだろうか? その辺の古事記解釈を詳しく聞きたいところである。*1

さて「男系系譜が125代続いた伝統である」、「歴史の重さ」などというレトリックも使っているようだ。日本には「万世一系」というイエオロギーしか誇るものがないから、このイデオロギーの歴史は古い。

*1:ついでに「三大考」21世紀ヴァージョンも書いてください。

「大東亜戦争の責任者」

(15)

「大東亜戦争」は一部の支配者が(国民の意志を抑圧して)行ったのか? それとも国民の大多数が自ら主体としてそれを支えたのか?

そういった論点を取り上げようとはしていない。それがバンザイクリフとどういう関係があるのか分からない。あえていえば、わたしはむしろ後者に近い。したがって東条の責任を言うときは、(国民の代表としての)東条として考えている。東条に責任なし、と主張する人は(みずからの)国民の責任を回避しようとしているのだ、と理解する。

ところで、「東条に(ある場合にはヒロヒト)に責任あり」とする主張も、「国民に責任なし」を言わんがためのものがある。左翼が人民(プロレタリアート)を主体として立てようとする立場はそうなるわけだが。国民というカテゴリーは絶対ではなく、別のものでも良いわけだ。

「大東亜戦争」は、レイプ・虐殺と、(兵士、国民に対する)自決圧力という特徴を持つ。バンザイクリフが後者の象徴であることは、マッコイさんほかの反論にも関わらず、揺るがない。

自棄を起こして

(gkmondさん 突然の引用失礼します。gkmondさんはネット右翼とは思っていません。)

つまりは「鬼畜米英」に対するイメージが固まっていた沖縄住人たちが、自棄を起こして集団自殺に及び、

http://d.hatena.ne.jp/gkmond/20050725/p1

そういうものの言い方はないんじゃないかな。当時の日本軍は「生きて俘虜の辱めを受けず」という命令を住民に強制しようとしていた。自決した住民たち(女性子ども老人が多い)は被害者であり、皇軍は加害者である。

軍人は「命令を出さなかった」と主張しているようだが、仮にそうであるとして彼らの存在が被害者を作ったという因果関係は明らかにある。

参考:林博史氏の論文「「集団自決」の再検討」 http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper11.htm 

語り継がれなければならなかったのは、戦争の悲惨さだけじゃなくて、間違った情報の生む悲劇までも含まれたはずだろう。戦意高揚のための情報操作が助かる道を考えられなくした結果が、集団自殺なのだとしたら、それを隠せばまた同じ事が繰り返されるかもしれない。

(略)

 戦後、日本は一貫して平和教育というものを行ってきた。戦争はいけない、戦争は悲惨だと叫んできた。だが間違ったデータで築かれた主義は結局破綻する。

「戦争はいけない、戦争は悲惨だと叫ぶこと」によって、ヒロヒトや東条以下沢山の人々の具体的戦争責任を追及せず免罪することをわたしたちは行ってきたのではないですか。

「間違ったデータ」とは結局のところ何でしょうか。ぶっちゃけたところ、「軍隊は国民を守るためにあるというがそれは嘘だ」、と多くの人が感じたことが、戦後平和主義の基礎だった。「戦後という呪縛からの解放めいたあれこれ」のどこに解放感を感じるのでしょうか。

 gkmondさんの「言論統制」という本の感想は偏見のない良い文章だと思いました。 

大東亜共栄圏という理想と、大陸へ進出していった日本人の横暴の両方が記録されているところは、実は読み落としてはいけない部分だろう。難しいことにウソの反対は本当ではない。

http://d.hatena.ne.jp/gkmond/20050720/p2

言説というものはどうしても目の前にあるウソを否定しようとする傾向から、完全に自由になることはできない。だからといって、右の反対は左、左の反対は右と裏返ってばかりではしかたない。

「沖縄戦の悲惨」という事実をできるだけ過小評価したいという勢力に少しでも大義があるのかね。

日本は独立国として自衛の気概と国軍建設への自覚を持つべきだ、という意見は良いだろう(わたしは賛成じゃないが)。そのために必要なことは沖縄戦の事実を歪めることではないはずだ。再び同じようなシチュエーションに置かれたとしても数万人の住民を死に追いやることのないようにするにはどうしたらよいかという痛切な反省が必要だろう。「生きて俘虜の辱めを受けず!」という戦陣訓をまず否定しない人は、どうかしているとしか思えない。

住民が死なない戦い方

いままでの経過。#pは続きがある場合あり

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050726#p4

http://d.hatena.ne.jp/gkmond/20050726#p1

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050803#p2 

http://d.hatena.ne.jp/gkmond/20050804/p1 で、これへの応答です。

(11)

「全て悪いこととは言えない」は部分否定だと思われるのですが、部分否定するだけで「歯止めが一切ない」というのは、乱暴にすぎないでしょうか?

「全て悪いこととは言えない」とは、部分否定のはずですね。即ち「否定すべき」=「黒」とすれば、「戦争中のこと=真っ黒ではない」、つまり1%から99%までの灰色だ、という主張だった筈です。しかし、最近では「靖国の死者を否定するのは許せない」つまり、限りなく真っ白に近い、という(意味の)主張が大声で発せられている、と言っているのです。

小泉氏にとって「罪とは何か」「反省とはなにか」、分かりません。そこで部分否定論者であるgkmondさんに、否定すべき点はどこなのかお聞きしたいと思ったのです。

沖縄で10万人以上の民間人が死にました。これは全く不可避の死者だったのでしょうか。本土を守るために沖縄が捨て石になった、という理解は間違いなのでしょうか。わたしは捨て石だと思います。国体護持*1のために、何万人もの住民が死ぬのもやむを得ないという戦争遂行の仕方。それは戦後の価値観からは全否定されるべきだと思います。

したがって、

id:index_home:20050625 id:index_home:20050805#p1 でも論じられている、「陸上自衛隊那覇駐屯地の幹部や隊員ら約百人が六月二十三日早朝、第三二軍司令官の牛島満中将らを祀った糸満市摩文仁の黎明之塔前で慰霊祭を行った。」といった行為も否定されるべきだと思います。

「あの戦争は百%間違っていた」と言うことで安心してしまい、上記のようなある特定の戦争遂行の仕方を批判することを忘れてはいけないと思う。

(12)

 私はむしろ戦前戦中に関して、国民の得ていた自由を最大限多く見積もるべきだと思います。被害者としての面は多少弱められるかもしれませんが、「この程度に自由は残っていたけれども、勝てない戦争に突き進んだ」という語られ方をしなければ、現在の状況の危うさを理解させる史料とはなりえないからです。

異議ありません。

ただ色川氏のようなインテリと、辺境の寒村の住民*2とでは圧倒的に違う、ものを考えるに当たって権力側の一方的判断を押しつけられた場合にそれを相対化しうる能力が。ということをよく考えるべきでしょう。テレビなどで意識が均一化し、誰でもいっぱしのことを言ったりする昨今と全く違う当時の雰囲気はわたしたちに想像することすら難しいように思います。そんな時代でも、なお下記のようなことはあったのです。

(座間味島)

 なお村役場から離れた阿佐の集落では「自決」をしようとする動きもあるが「阿真(西方の集落 筆者注)で捕虜になれば、腹一杯の食事が食べられる」という情報が伝わってきて住民はそちらに向かい、「自決」はおこなわれなかった。このことは米軍が生命を助けてくれるとわかったときにはけっして自決を選ばないことを示している例であろう。

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper11.htm

私は分からないわけですが、米軍に捕まると「残虐な仕方で殺される」と信じこんでいた人々が過半いた、と林氏は書いているみたいです。でそうだとしても、最後の自決までスムーズにいくわけではない。地獄の決断があり、いくばくかの生への可能性もあった。*3だからといってその自由は、色川氏が体験した自由とは同じ言葉で表すのが全く不適切なものです。

(13)

一七七人といわれる「集団自決」の犠牲者に対し、「「自決」を主導したのは村の幹部や校長ら学校の教師たちと見られる。」だからといって手榴弾を配った軍の責任が無いはいえないだろう。「弾薬をくださいと頼んだが部隊長は断った。」と林氏が語る部隊長の名誉が、ほかの本で毀損されたかどうかを論点にした裁判が始まるという。大量の自決者を生んでしまったのは、皇国皇軍の構造的問題であり、それを一人部隊長に負わせるのは酷だという理屈は分かる。しかし皇国皇軍の構造的問題の批判は六〇年経っても充分出来ていないのだ。それなしにこうした裁判を提起することは、結局構造的問題はなかった(=一部の住民が自発的に死んだだけ)ということになる。一部の住民はなるほど無学だったかもしれないが、馬鹿だったわけではない。犠牲者を馬鹿にするのは許されない。

(6)

6)林博史氏の論文のどこが、誤ったソースによる誤った文章なのでしょうか。(野原)

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper20.htm「沖縄戦記録・研究の現状と課題 ―“軍隊と民衆”の視点から― 」という論文で、「沖縄戦を直接扱った書物は,今日までに200数十から300冊を越えるとみられる」とし、それらを概括している。

『鉄の暴風』 は,事実のあやまりや米軍占領下の制約などいくつか問題点を待っているがその後の沖縄戦記録の出発点となるものであった。(林)

と、幾つかの「事実のあやまり」があったことは認めている。

 ここで「以来」という言葉が使われていることからも分かるように、集団自決の初出は『鉄の暴風』と考えられ、この論文も「鉄の暴風」を資料としていると考えられます。

 ここまでのことから林論文を参考にはできない、というのが私の意見です。

集団自決を論じる者が、「鉄の暴風」を資料の一つとしている場合に、論文の全てを否定することができる。なんともおそるべき論理展開ですね。

しかも、林博史氏の論文のどこが誤っているのか、については一言もない。

どうも、これでは。「はじめに結論ありき」という汚名を免れ難いのは、gkmondさんである。

*1:という何だか訳の分からない目的

*2:「自決」したのは子ども、老人、女性がほとんどです

*3:チビチリガマの場合53/139が生存確率。