http://d.hatena.ne.jp/pavlusha/20050206#p1
http://d.hatena.ne.jp/foursue/20050209#p1
foursueさんは誠実な方だったのだ。
(野原の反省)すぐに攻撃口調で書くのは止めよう。
http://d.hatena.ne.jp/pavlusha/20050206#p1
http://d.hatena.ne.jp/foursue/20050209#p1
foursueさんは誠実な方だったのだ。
(野原の反省)すぐに攻撃口調で書くのは止めよう。
捕虜あるいは対敵協力者としてのあるいは名づけえない宙吊りの数年を経て、横田氏は故郷に帰ってくる。しかしながら、日本はすでに彼の国ではなかった。たった一度の裏切り、日本はそれを決して許そうとしなかった。おそらく彼は罪人とされ罪人として死んでいった。だが日本とは何か?大東亜の大義を掲げて世界に宣戦布告したものが日本であったなら、敗れた国は日本では無いはずだ。大東亜の大義を掲げて世界に宣戦布告したものが天皇であったなら、敗れた天皇は日本では無いはずだ。
戦争に負けることは誰のせいで負けたのかという責任者を捜して叩くことにつながる。ところが日本では東条以下十数名は、天皇を中心にした支配層がアメリカに差し出した犠牲であり、最初から憎悪の対象ではなくしばらくしたら許されるべき存在だったと思われる。日本という同一性はいささかも傷を負わずに敗戦を生きのびてしまった。日本を裏切った横田氏だけが孤立してしまった所以である。
だが日本という同一性とは何なのか?世界に向かって戦争を始めそれで負けたのに何も転覆しない国家とは何だ。横田さんだけが味方を裏切り敵に降伏したのに帰ってきたら日本はもとのままでそしてアメリカの支配を受け入れている。いったいおかしいのはどちらなのか?
「私は一つしか言語を持っておらず、それは私のものではない」とデリダは言ったが「私は一つしか国家を持っておらず、それは私のものではない」と横田氏は言うだろう。というかそれは誰のものなのか、天皇のものではなく、アメリカのものでもなく・・・(3/1追記)
3/2のコメント欄から。
id:bluefox014 『>nohharaさん
東京には東京大空襲を記憶する平和公園も都営・国営の博物館も存在しない、という事実がなにかを象徴していると想います。土地がないわけではなく、例えばまさに空襲の現場だった両国国技館の横に東京都の土地がありますが、そこには江戸東京博物館のでっかい建物が建っています。TBの方法のご教授有り難うございます。』 (2005/03/08 03:04)
id:index_home 『コメントにお返事いただきありがとうございます。さらにコメントするのはここで良いのでしょうか?
>被害者だったという圧倒的実感が忘れさられたので、最近のような平板な排外主義がはやっているのでは? と思いました。
これは、私も同じように感じます。こちらで書かせていただいた被害と加害の受け止め方については、id:index_home:20050310#p2でも少し書かせていただいております。(勝手ながら、一応トラックバックもさせていただきました)
>南の島で本当の地獄を味わったひとの体験は、内地の人に伝えられなかった。責任追求が必要だったとやはり思います。
同感です。』 (2005/03/11 16:10)
たてまえとしての反戦平和主義を隠れ蓑にして、「戦争がいけなかった」として8/15までの大小の権力の責任を詳細に検討していく営為をネグレクトしてきました、戦後日本は。「15年戦争ともいわれる戦争のすべてが悪だった」という史観を仮に否定するとすれば、次にどう考えるのか。
普通に考えれば、もはやどんな反撃もできなくなっていた3/10東京大空襲の時点で戦争は止めるべきだった。そうしなかった責任を日本人は追及確認してこなかった。そして、自衛隊海外派遣の後もそうした歯止め抜きでナルシズムにふけりたいひとの方が多いみたいですね。
「(対アジア)排外主義」を昂進させ取り返しのつかないところまで行く->「アメリカ」を敵に据え直し「アジアの大義」の原則に立ち返る(つじつまがあったのでほっとする)->世界中を敵に回し敗北する。。このサイクルを繰り返すのでしょうか?
わが家では桜が咲きました。
3/19 22時
# azamiko 『トラックバック送っていただきありがとうございました。
ずっと、議論されてこられたのをちらと拝見(^-^;
こういう議論は参加していないと読むのは辛いものがありますが、議論が成立しているところが羨ましく思えました。当たり前といえば当たり前なのですが。
雅子さま報道について書かれていたことも印象に残りました。
これから、ロムさせていただきますのでよろしくお願いいたします。』 (2005/03/30 10:41)
(野原)
azamikoさん。丁寧な御あいさつありがとうございます。
雅子さま懐妊報道についての文も読んでいただいたそうでありがたいです。
ここでの(君が代関係)議論はレベルは低くないと思うのですが、論点が拡散してしまったきらいがあります。ちょっと(というかだいぶ)読みにくいですね。・・・
id:azamiko:20050312「卒業式に思う」を読ませてもらってとても感動しました。
できれば感想を書きたいです。今後ともよろしく。
http://blog.livedoor.jp/akyoko3/archives/18605869.html K’s Room:日の丸と憲法9条
がコメントスクラムの被害を受けている。
前日のコメント欄に下記の通り書き込みました。
http://terutell.at.webry.info/200504/article_2.html 多数の一般人が少数の一般人をたたくブログ界隈 てるてる日記/ウェブリブログ
からきました。野原燐といいます。はじめまして。
前日に書き込みしてすみません。
コメントスクラムはうっとおしいですね。
日の丸が多くの日本人に好かれていない理由は、日本人にも莫大な被害を与えた「大東亜戦争」を、肯定的にズラして総括しようとする勢力(自民党+プチウヨ)に対する反感があるからだと思います。
コメントスクラムにどう対応するかは難しいですが、ほんのちょっと休憩し、その後淡々と自分に興味のあることを書き続けて行く、くらいの対応でも大丈夫かも。自分の幸せを追求し表現していけば、亡霊たちは消え去ります。(ほんとかな?)
消耗せず、お元気で!
野原燐
この発言に対するコメントは下記にどうぞ。
50年前、バンドンに集まったアジア・アフリカ諸国の前で、我が国は、平和国家として、国家発展に努める決意を表明しましたが、現在も、この50年前の志にいささかの揺るぎもありません。
我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。
ここまで言うなら当然「靖国参拝止めます」となるはずだ。諸外国もそう思っただろう。
第二に、平和の構築が重要と考えます。平和と安定こそが経済発展の不可欠な基盤です。我が国は、これまで大量破壊兵器等の拡散やテロの防止に力を注ぐとともに、カンボジアや東チモール、アフガニスタン等において平和の構築のために努力してまいりました。今後、中東和平推進のためのパレスチナ支援や、平和に向けてダイナミックな動きを示しているアフリカに積極的な支援を行ってまいります。無秩序な兵器の取引の防止、法の支配や自由、民主主義といった普遍的価値の普及は我々すべてが積極的役割を果たすべき課題です。
アフガニスタン、イラクにおける「努力」は評価できない。「中東和平推進のためのパレスチナ支援」は現にパレスチナを抑圧しているイスラエルとを抑える努力抜きに行っても意味はない。またネオコンとヨーロッパとかの間で「自由、民主主義といった普遍的価値の普及」という言葉の意味について大きな差異があるので、どちらを選択するのかが問われる。以上のような問題点はあるがまあ優等生的な発言だ。
chimadc 『倉橋由美子の小説確か「聖少女」でしたっけ?あれ以外にもかなりそういうの多かった時期あったような気がいまします。水玉、ホーキ含めて、合掌』 (2005/06/22 06:34)
noharra 『久しぶり!そんな言い方したら、カズコさんか誰か不幸にあったみたいじゃないですか。べつにそんなニュースないよね? わたしは「聖少女」読んでないような気がする。lonly womenがでてくるのは二人称小説「暗い旅」だったはず。それ以外にもでてくるけど。倉橋って身も蓋もないところが、chimadcさんに似てる・・・』 (2005/06/22 20:34)
# chimadc 『合掌、って最高のリスペクトを示す、という意味の言葉なのかと思ってました。存命逝去に関わらず皆法外に偉大な先達です。「暗い旅」は、確かあれも「婚約者に蒸発されて逃げられる女子」もの、でしたっけ?あれ「聖少女」の下敷きみたいですね。倉橋由美子の初期のものは大概好きでしたが、似てると言われたのははじめてです。noharraさんのところの音楽バトンが面白かったので一筆落としたくなった次第』 (2005/06/23 07:13)
(野原)
「合掌」という言葉は中島らもが流行らせた言葉じゃないかと思うんですが、使用法はちゃんとはよく分からない。「最高のリスペクト」の意と知り安心しました。水玉消防団知ってます?それは嬉しいですね。かなりマイナーですから。天鼓よりはずっと聞きやすいけど。
倉橋でわたしが似てる、と思ったのは例えば次のようなところ。
それからQはわたしをバーに誘って、そこで自分の家族のことを語り始めました。わたしにはなによりも興味のもてない話でした。男の子って、求婚の序奏に家庭とりわけ母のモティーフをかなでることが好きなんですね。その次に将来の家庭の設計をやってみせ、そこに母のかわりに未来の妻を入れてみる、そうして娘の手を握りしめるというわけね。
「蠍たち」倉橋由美子
こんな風に書いてしまったら、小説なんて書けないんじゃないか、身も蓋もない! みたいに感じました。フェミ風フロイディズムなんて今では凡庸ですが、彼女は四〇年前に独力で到達したわけで、その観念の筋肉むきむきみたいな感じが面白い。一般に評価される直前の生硬な倉橋ですね。で、chimadcさんはまた全然違うのですが、怖いほどリアルだし、でも「身も蓋もない」みたいなところだけは似てるかな、とちょっと思いました。
対中戦争が侵略戦争である。ものの見方がここまで違うとなかなか対話は困難だね。
上記引用文の原典にもあるように、日華事変は、中華民国が戦争計画に基づいて日本軍を攻撃した第二次上海事変から始まった。通説のように盧溝橋事件が発端だとしても、銃撃したのは共産党だというのが今では知られている。いずれにしても、日本が中国の戦争に巻き込まれたというものなので、日本がしかけた侵略戦争である太平洋戦争とはまったく性格の異なる戦争である。