女性国際戦犯法廷について(1)

http://d.hatena.ne.jp/hizzz/20050410#p5

でhizzzさんが、 女性国際戦犯法廷について書いている。(2)のとおり応答したのですが、4/10のhizzzさんの文章をもう一度引用し考えてみよう。

1.開催前から「天皇(裕仁)有罪」帰結が容易に推測できるイベであること

 原告と被告の扱い(証人・弁護等の人員)に著しい差があった

http://d.hatena.ne.jp/hizzz/20050410#p5

「天皇有罪」と「東条英機ほか有罪」の両方を検事団は目指したが、証拠が整わなければ有罪にはならなかったと思われる。有罪を導いた手続の「荒さ」を具体的に指摘すべきである。

 戦犯法廷の前史としての、日本の法廷への提訴が、門前払いに終わったことの「安易さ」、国境を越えた正義を貫こうとする決意が日本の法廷にあったのかを問うことなく、民衆法廷の瑕疵だけをあげつらおうとする態度の一方性。

2.「国際戦犯法廷」の戦後日本の歴史性を無視してること

 数多くのBC級戦犯が、安易に処刑されていった事実に配慮が欠けている

「数多くのBC級戦犯が、安易に処刑されていった」ということがあったのだとしたらそれは東京裁判に連なる戦犯法廷の問題点ですね。

何を以て「戦後日本の歴史性を無視」と言っているのか、がよく分からない。

3.有罪の中身は「道義的責任」

 民主主義下の法律では、「道義」はそもそも思想信条の自由に値し「道義的責任」は問えない

 犯罪行為があったという事実認定の上で、その管理責任を問うた物であり普通の刑法の範疇における罪を問うている。

 hizzzさんは、http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/womens_tribunal_2000/judgement001212.html を示して書いているのだが、ここには「道義的責任を問う」と書いてあるかな?法廷の実際を踏まえず自分なりの勝手なイメージで文章を書いているような印象があるが?

しかしながら、最大の責任は、55年以上にわたって訴追も謝罪も行わず、補償などの有効な救済措置をなんら講じてこなかった日本政府にある。こうした政府の怠慢は、被害者たちが1990年以来繰り返してきた要求にも拘わらず、そして2人の国連特別報告者による細心な調査、さらには国際社会の正式な勧告を無視して、いまだに続いているのである。

http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/womens_tribunal_2000/judgement001212.html 

ここからは被害者の求めたものは道義的責任ではない、と読みとれる。

分を守る

わたしが何よりもおどろくことは、世の人がみな、自分の弱さにおどろくことがないという点である。だれもが、まじめくさって行動し、めいめい自分の分を守っている。しかも、そうするのは慣わしでもあり、自分の分を守るのが実際によいことだからというのではなく、まるでだれもが、道理や正義がどこにあるかをまちがいなく心得ているというふうである。

パスカル『パンセ』 断片374

みんな、あたかも自分のやってることに自信を持っているかのように「まじめくさって行動している」。口にする言葉といえば「・・・が自然だ」「・・・は当然だ」、だが本当には自信なんか持っいやしない。

刺突訓練

 一月半ぐらいして、私たち初年兵全員が東南角広場に集められました。初年兵が整列した前に立木が二本あり、各々に中国人が後ろ手に括られていました。その一〇メートルくらい手前に、二列に初年兵を並ばせて、小銃の先に着剣させ、「今日は人間を刺し殺す。人を刺す感覚をお前らの手と、体で覚える教育をする」と、言われました。いくら軍隊でも、「生きてる人間を殺すのか」と、一瞬ドキッとしました。「突け!」と号令され、二名ずつだだーっと走って左胸、心臓を突き刺した。生きていた人間を突き刺す、ということで、最初は足がふるえていましたが、七番目か八番目ぐらいに、私の番になると、もうそれは消え去って、私も同じように「突け!」と言われて走り、突き刺したんです。その感触は本当に豆腐を箸で突き刺すように、簡単にすっと入っちゃったんですね。人間の体というのは、銃剣で突くと、ほんとに柔らかく、すっと入るもんだないう、ただそれだけの感触で、可哀想だとか、人を殺した罪の意識というのは全然頭の中にはないんです。

 刺突訓練のあとしばらくして、今度は首切りの実演がありました。

 同じ東南角広場に集められると、今度は土下座した中国人が二人、後ろ手に括られていました。教官は准尉でしたが、その人が日本刀を持ってかけ声をかけて、さっと振り下ろしたんですが、首が完全に切れずに三分の一ぐらい繋がったままで前へ倒れたんです。血がバーッと吹き出した。その倒れた人を日本刀で、鋸のように引きながら胴体と切り離した。二人目は下士官の人が、中国の青龍刀という刀を持って同じようにやーっと振り下ろした。これはすぱっと切れました。生首がコロコロっと二、三メートル前へ転げ落ち、胴体がべたっと前へ倒れました。

 それを見せつけられても、さっきまで生きていた人間が胴と首と離れて死んでしまい、死というものは案外簡単なものだなと思ったぐらいでした。だから死に対する抵抗感や殺すという行為に対しても段々無感覚になっていったと思います。初年兵の肝試しということと、チャンコロ殺すのに罪の意識があっては戦闘ができないということで、教育され、豚や鶏を殺すのと同じ意識に変えられていったのです。刺突訓練も首切りを見せたのも、目的はそこにあったのかなと考えます。これは私たちの隊だけではないらしく、北支では初年兵に対して、やはりあちこちでおなじようなことをやったと、後年読んだ本にも書いてありました。

(p56 近藤一『ある日本兵の二つの戦場』isbn:4784505571

 今日本屋へ行って『BC級戦犯裁判』というのを買って帰ろうと思ったら出口のところで沖縄特集をやっていて、『ある日本兵の二つの戦場』というのがあった。良い本のようなので買ってみた。今p38-92だけ読んだが、とても良い本だと思う。

 上記の部分が最も印象的というわけではない。現在靖国問題が語られるが、その前提には、私たちの近い先行者が行った“支那事変~大東亜戦争”とはどういうものだったのかというイメージと評価がある。

戦争は悪ではないという意見もある。大東亜戦争自体は国際法違反ではなかろう。であるとしても、1937年から皇軍が中国大陸で行った“支那事変~大東亜戦争”の実体は、どうひいき目で見たとしても、アジア解放といった美しいスローガンの正反対の、最低最悪のものだった。

 それが事実だ。

「大東亜戦争の責任者」

(15)

「大東亜戦争」は一部の支配者が(国民の意志を抑圧して)行ったのか? それとも国民の大多数が自ら主体としてそれを支えたのか?

そういった論点を取り上げようとはしていない。それがバンザイクリフとどういう関係があるのか分からない。あえていえば、わたしはむしろ後者に近い。したがって東条の責任を言うときは、(国民の代表としての)東条として考えている。東条に責任なし、と主張する人は(みずからの)国民の責任を回避しようとしているのだ、と理解する。

ところで、「東条に(ある場合にはヒロヒト)に責任あり」とする主張も、「国民に責任なし」を言わんがためのものがある。左翼が人民(プロレタリアート)を主体として立てようとする立場はそうなるわけだが。国民というカテゴリーは絶対ではなく、別のものでも良いわけだ。

「大東亜戦争」は、レイプ・虐殺と、(兵士、国民に対する)自決圧力という特徴を持つ。バンザイクリフが後者の象徴であることは、マッコイさんほかの反論にも関わらず、揺るがない。

命令の有無が問題なのではなかろう。

林 博史氏のインタビューより。

■「集団自決」に至る背景をどうとらえますか。

「直接だれが命令したかは、それほど大きな問題ではない。住民は『米軍の捕虜になるな』という命令を軍や行政から受けていた。追い詰められ、逃げ場がないなら死ぬしかない、と徹底されている。日本という国家のシステムが、全体として住民にそう思い込ませていた。それを抜きにして、『集団自決』は理解できない。部隊長の直接命令の有無にこだわり、『集団自決』に軍の強要がないと結論付ける見解があるが、乱暴な手法だろう」

http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper55.htm

 「ある将校が命令を行った」という命題の是非を問う裁判を提起することは、問題を矮小化しようとする意図があるのではないか。

経過

直(なお)さ、健やかさ

よりよき社会を求めるためには一切の中世的なものを否定して、古代日本の民族性に見るような直(なお)さ、健やかさに今一度立ち返りたいと願う全国幾千の平田門人らの夢

『夜明け前』島崎藤村第二部第四章四

平田派には精緻な正義論などない。しかし、直(なお)さ、健やかさを絶対的に希求する自らの夢を貫こうとするものだ。既存の国家への忠誠をその思想の核心にするものではもちろんない。敗戦後、裕仁が退位しなかったことは、彼らの美学的正義感に適うはずがない。

(9/23追加)

非其鬼而祭之。諂也。

02-24 子曰。非其鬼而祭之。諂也。見義不爲。無勇也。

子曰く、その鬼(き)にあらずしてこれを祭るは諂(へつら)いなり。義を見てなさざるは勇(ゆう)なきなり。

http://kanbun.info/keibu/rongo02.html 論語・爲政第二(Web漢文大系)

金谷治訳では、「わが家の精霊(しょうりょう)(死者の霊)でもないのに祭るのはへつらいである。【本来、祭るべきものではないのだから】」、となっている。岩波文庫p49

『礼記』では「その祭る所に非ずしてこれを祭るを、名づけて淫祠と曰ふ」とまで言われてしまいます。

どこでこの文を読んだかというと篤胤の『新鬼神論』です。*1庶民が家に宮を設けて天照大御神を祭るのが上記に該当するのでは?という意地悪な質問があったとして架空問答している。

天照大御神は人々仰ぎ奉る日神の御神霊であり、王どもの死霊(しにたま)なんかじゃないんだから、矛盾は発生しないという答。まあそれはどちらでもよい。この文を引いたのは以下が言いたかったから。

靖国神社の場合、それが神になっているにしろいないにしろ、祭ってあるのは死者(即ち、中国語では鬼)である。小泉とかは、その精霊の家族ではない。したがって小泉の靖国参拝は「へつらい」であることになります。

ところで、

諂う、を『字統』で引くと、「貧にして諂ふ無き【論語、学而】は、容易ならぬことである。」とある。短い文だが、貧しい中からひたすら己の道を貫いてこられた、白川静氏の容易ならぬ生をかいま見ることができるように思う。

*1:p158 日本思想体系50

コミュニティを憎みかつ愛すること

パリーモン師がそれに気づいて、優しく尋ねた。「何になりたい、セヴェリアン?拷問者か?それとも、もし組合を去りたければ、そうしてもよいのだぞ」

 わたしは彼にきっぱりといった--それも、この示唆にちょっと驚いたという表情で--夢にもそんなことは考えていなかったと。これは嘘だった。成人して、組織との結びつきに同意するまでは、最終的に組合の一員と決まったわけではないと、すぺての徒弟が知っていた。もちろんわたしも知っていた。そして、組合を愛していたが、また憎んでもいた--なぜなら、客人の中には無実の人も混じっているにちがいないし、罪によって正当化される以上の処罰を受ける人がしばしばいるにちがいないのに、そういう客人に苦痛を与えなければならないからであり、また、非能率であるばかりでなく疎遠でもある権力に仕えて、そのような仕事をするのは非能率的で効果がないように思われたからである。つまり、それはわたしを飢えさせ恥をかかせるがゆえに、わたしは憎む。そして、それはわたしの家であるがゆえに愛する。そして、それが古い物事の典型であるがゆえに、弱いがゆえに、破壊不可能に見えるがゆえに、憎みまた愛するのだ、とでもいう以外にはこの感情をうまく表現する手段が見つからない。

p137 ジーン・ウルフ『拷問者の影』isbn:4150106894

 『拷問者の影』はまだ読み始めたばかりなのですが、少年成長小説的な骨格がはっきりしていて予想したいたよりずっと読みやすい。一人の少年の視点からだけ架空世界を描き、その世界のあり方が読者にも少しづつ分かっていく。SFらしいが少年の実存を通して世界が徐々に現れるという普遍的な小説になっている。

 さて、この断片をコピペしたのは、この間考えているナショナリズムとかとの関連において、です。