日本は中国に負けた

「若し是が清朝末期又は軍閥時代の支那であったならば、恐らく南京脆落の後に、然らずぱ漢ロ・広東を失った時に、支那は早くも吾が軍門に降ったことであろう。然るに戦えば必ず敗れながら前後七年に亘りて抗戦を続け、殊に大東亜戦争半年の戦果を目ト*1して、日本の武力の絶対的優越を十二分に認識せるに拘らず、また其の最も頼みとせる米英の援助が殆ど期待し難くなれるに拘らず、尚且抗戦を止めんとせざるところに、吾等は此の四半世紀に於ける支那の非常なる変化を認めねぱならぬ。若し日本が現在の支那を以て、清朝末期又は軍閥時代の支那と同一視して居るならば、直ちに其の認識を更(あらた)めねばならぬ。」「日支両国は何時まで戦い続けなければならぬのか。これ実に国民総体の深き嘆きである。」(大川周明『大東亜秩序建設』一九四二年、第一書房) 

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20040414#p1に野原はこう書いた。

「1937年7月8日北京郊外の廬溝橋で銃撃戦があった。7月11日午後8時停戦協定が成った。ではなぜ、日本軍は8年間も中国大陸全体に兵を展開し続けたのだろう?」勝てると思ったのに勝てなかった。中国と日本との間には、今のアメリカとイラクの兵器格差ほどではないかもしれないが、絶対的な兵器の格差があった。だから、具体的な戦闘では(おおむね常に)勝利しつづけることができた。でも勝てなかった。戦争は難しい。今回のイラク戦争ほど短期間で明瞭な勝利をあげられた戦争はない。フセインと二人の息子も手に入れた。ところが勝利はアメリカの手から転げ落ちつつある。

ウィリアム・オドム(元中将、レーガン政権などで安全保障を担当)は言う。

(4月30日にNBCテレビに出演した)「アメリカは、すでにイラクで失

敗することが確定してしまった。今後は、失敗による損害をどれだけ減らせる

か、ということが重要になる。だから、なるべく早く米軍がイラクから撤退す

ることが必要だ。」

http://tanakanews.com/e0518hawk.htm

 オドムは正しい。だが彼は大川や石原莞爾と同じく、国家意志に影響を与えることは出来ずにイラクは泥沼化するだろう。

*1:目者 という字

ラファの動物園の破壊

人権侵害の持続

http://www.asiavoice.net/nkorea/ の5月23日より

kazhik氏の論説の一部

周辺諸国が積極的に北朝鮮を支える状況になってきたことで、金正日体制の危機は過去のものになりつつある。その一方で、強制収容所や「出身成分」制度に象徴される北朝鮮の深刻な人権状況はなんら改善されていない。中国にいる脱北難民は放置されたままで、支援団体の活動もままならない状況になっている。そして今回、新たに日本の拉致被害者も切り捨てられることになった。曽我さんのケースは先行き不透明、安否不明の拉致被害者の問題は事実上の棚上げだ。

東北アジアの平和は人権と民主主義に基づくものでなければならない。しかし現在確定されようとしているのは単なる現状維持、人権侵害の現状維持でしかない。このような「平和」をいったい誰が支持できるのか。

減税を喜んではいけない

 今日自動車税の通知を開けると、なんと去年までの約半額だった。2月に新車を買ったので、「低燃費車」かつ低排出ガス認定車、に該当し約半分になるという。まけてもらえるのは嬉しい。排出ガスを低くしたいという公益のために誘導するという税制なのだろう。だからといって、50%も軽減するというこの制度が正しいのかどうか議論の余地はあろう。

だがそれより一般的に考えると、減税というのは喜んではいけないのではないか。確かに今日1万円まけてもらえば嬉しいのだが、その結果全国では0.001%ほど税収が減り、来年以降にまた別の形で増税になるのだ、とも考えられる。自分が適用を受ける制度は認識するが、日本には自分以外の人が受益者である減税制度が無数にある。したがってそうした制度も一切止めれば、実は将来の本当の減税につながるかもしれない。税金を払わないために努力を惜しまないのは当然の態度だが、それと同時に分かりにくい税制をシンプルで公平なものにしていくべく監視する、そのための勉強もしていくべきだ。(私が止めていくべきではと思う控除制度は、所得税では定率減税、住宅ローン減税、配偶者控除などだ。)もちろん廃止するだけでは損するからどこかで取り返さないといけない。

 軽減の対象に当たったことを喜んではいけない。対象者とそれ以外の格差が本当に必要なものなのかどうか考えて見よう。

男子を購買するの自由

「資本家階級の女子が堂々として待合いに出入りし以て、吾人男子階級の者を快楽の犠牲として取り扱いつつあることの完き自由なる」

(北一輝『国体論及ぶ純正社会主義』みすず第一巻)

人質航空運賃裁判

http://www.mkimpo.com/diary/2004/wattan_fund.html

「 5月13日、外務省邦人保護課は、渡辺修孝さんに対し今回の「拉致・拘束」に関して下記のような請求をしてきました。

1、バグダッド―アンマン間の航空運賃165ドル                

2、3、(略) 総計229ドル13セントを至急支払え。」

この渡辺修孝さんの支払い拒否と提訴を支持し、裁判を支援する意思を表明しておきます。

本名とは何か

地村夫妻という人たちがどういう方なのかさしたる興味はない。なら書かなきゃいいのだが。今日新聞の一面に載っていた。22歳から16歳のわが子に対し日本名を付けたという。いままでの名前は偽りのものだったのか。その子への愛情といままでの名前への愛情は切り離せるものなのか。親子を取り巻く政治的社会的関係が(今にして思うと)不本意なものであったとして、20年の歳月はリセットなどできない。今までの名前を変える必要などない。家庭内のことだから勝手にすればいいのだが、私が書いているのは、おそらく逆の作用(日本名に改名するのが自然だとする意見)が家族に働いた可能性があるに違いない、と思ったからだ。日本は北朝鮮に負けないぐらい不自由な国である必要はない。