外務副大臣はファルージャへ

外務副大臣はファルージャへ行き、惨状をちゃんと見てくれ! ということが解放条件に付け加えられた。これはアルジャジーラで一時伝えられたが現在公式なものではないとされているらしい。どちらにしても、日本はイラク復興のために兵を出しているのだから、イラクの現在の悲惨を外務副大臣が自分の目で確認し打開策を考えることは必要なことであろう。人質に成る可能性が強いというのなら自衛隊員を数人連れて行けばよい。

 解放すると伝えられてから、「テロとの闘い」というスローガンがまったく空疎なものであることが明らかになりつつあることに危機感をいだき、「テロとの闘い」をヒステリックに叫ぶ当局者(及びマスコミなお)が急に増えている。彼らの発言は3人の命を危険にさらすものだ。

資料

下記を資料として貼ります。 

かならずしも野原の意見というわけではありません。

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緊急声明3(転送可) 

日本政府へ、そして反戦市民、団体すべてへ

アルジャジャーラにたいする川口外相の声明、外務省報道官の声明は、拉致グ

ループを激怒させるに充分です。

わたしたち、グローバル・ウオッチはバグダッド経由の警告を受け取りまし

た。(パリ時間正午12時15分)

これ以上、日本政府が自衛隊派兵の正当性を主張し、米軍と組んでイラク民衆

を攻撃しようとするなら、人質解放の扉は閉ざされる危険性があるだろう、と

の警告です。

私たちは、日本政府がいっさいの無意味なアジテーションをやめ、今回の人質

解放に繋がる道を開いたのは、政府の努力ではなく市民たちのネットワークで

あることを素直に認めるべきである。拉致グループを含め、イラク民衆が望ん

でいるのは、あらゆる外国の軍隊のプレザンスの退去であり、占領の早期終結

です。

以上のことが尊重されないなら、拉致された日本人の生命に万が一のことが起

こった場合のあらゆる責任は日本政府にあると判断されても仕方がないでしょ

う。

グローバル・ウォッチ/パリ

コリン・コバヤシ

PS:日本政府へ転送できる方は転送をお願いします。

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緊急声明4(転送可) 

様々な情報が飛び交っていますが、技術的な問題で解放が遅れているようです。

ただ攻撃的なことをせずに静かに待つことが解放に繋がるという信ずるに足る

情報を得ています。

拉致グループは解放することだけを欲しており(何の交換条件もないこと)、

彼らの意思は声明文に表現された通りです。

アルジャジーラで流された情報に登場したミュズヘール・アル・デライミなる

人物は信用にたる人物ではありません。

静かに待ちましょう。

グローバル・ウォッチ/パリ

コリン・コバヤシ

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ファルージャなどへの攻撃を中止せよ

パレスチナ・フォーラムというMLからの転送。転送歓迎。

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      占領監視センターからの緊急行動要請 訳文

イラクの人々と共に連帯するための緊急要求

国際占領監視センター代表エマン・アーメド・カマス

国際占領監視センター

2004年4月8日

バグダッド占領

世界の人々と代表者に、国際連合で米国主導の占領軍による攻撃に反対するよう、イラクの人々は国際的な連帯を要求します。

 これらの攻撃がイラクの都市とその周辺に住む全ての住民を恐怖に追いやることを意図しているのは明確です。

 報告によれば、4月4日に始まった攻撃により、ファルージャだけで300人以上(*)のイラク人が殺され、さらに何百人もの負傷者で溢れています。

 アダーミヤ、スーラ、ヤモク、ファルージャの市街とその近郊、、ラマディ、バスラ、ナシリーヤ、カルバラ、アマラ、クート、クファ、ナジャフ、ディワニヤ、バラドおよびバグダッドでは特にサドルで戦闘が続いています。 住宅、病院、モスクのみならず救急車が怪我人を搬送中にも占領軍兵士や戦車によって爆破され、銃撃されています。

 ファルージャとアダーミヤは、民間区域を包囲し長期間抑留下におくことを禁止するジュネーブ協定も違反して、現在占領軍によって包囲攻撃の下にあります。病院も十分な医療援助、不可欠な医薬品と装備、あるいは輸血用血液供給の手段も奪われています。ファルージャでは包囲されているために、病院は医者に自分の家で野戦病院を開設するしかない状況におかれています。献血者が入ることさえ許可されていません。従って、バグダッドとファルージャではモスクが怪我人のために血液を集めている状態です。水と電気がこれまでの数日の間断絶されたままです。

 サドルシティでは、米軍ヘリコプターが住宅地域をロケット弾で攻撃し、家を破壊しています。外出禁止令が公式には出されていないなかで、米国軍兵士は暗くなってから街路を動いている車輌を発見すると戦車砲で攻撃をしています。火曜日の夜だけで、少なくとも6人の人々がこのようにして殺されました。米軍はすべての警察署とサドル市役所を占領し、包囲し続けているのです。

 このような攻撃がこれまでの1週間にわたって急激に拡大したのですが、それは決して占領されているイラクで新しい現象ではありません。文民への無差別殺戮、人々への安全保障義務の提供や電気もまともな医療のための社会基盤整備も拒絶している現実は、占有当局がイラクにもたらした「自由」を特徴づけるものです。

 我々は諸国家、市民社会と反戦および反占領の運動に対して団結の具体的な表明として、この恐怖の米国主導の戦争に対し、そしてイラクの人々を支援するために、この身の毛がよだつ事実を直視することを求めます。

 どうか米国によって指揮された攻撃を直ちに中止するよう要求するために、街頭に出てください。

 世界中の米国領事館と大使館の前で抗議と要請行動を組織化してください:

 この大虐殺を直ちに止めろ;

 イラクの都市や近郊の包囲攻撃を直ちに止めろ;

 攻撃下に住んでいるイラクの人々への援助を提供しようと努めている、人道・医療

支援組織にの立ち入りを直ちに認めよ;

 そして、「我が国」による占領を止めろ

 デモがすでに組織化された都市は、ミラノ、モントリオール、東京、イスタンブー

ル、ボストン、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ワシントン D.C. とニューヨーク

です。

 バグダッドの国際占領監視センターと連絡を取るために、どうか001 914 360-9079

あるいは001 914 360-9080に電話をしてください。

 また、電子メールは eman@occupationwatch.org です。

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ファルージャの内側

世界とは、世界とアウシュヴィッツの内側から成る。

アウシュヴィッツの内側をわれわれは覗けない。

そこがあると語る者は詐欺師だけだ。

それがないと言う者たちを信じてはいけない。

誰が人質解放を遅らせているのか

を、考えてみると、すんなり人質解放が実現すれば、手柄は被害者の親たちと、アルジャジーラ、それに「いわゆるテロリスト」の三者である。これはアメリカから見ると<反米トリオ>である。しかも、現場はファルージャであり、惨状に世界中の注目が集まるとヒューマニストたちが大騒ぎする可能性が大きい。三人が英雄として帰還すれば、連日テレビに出ることになり、キャラ立ちした高遠さん、今井君などは古くさい左翼とは違う新しいスターとして日本の世論に大きく影響を与える可能性がある。したがってテロリストのヘゲモニーによる「すんなり」とは違うストーリーでの、「解放」が行われる必要がある。幸運にも現場には米軍が展開している。米軍はファルージャ攻撃を中断してまで、このことに熱中している。陰謀説みたいなことは言いたくないが、ありうることかもしれない。

『新潟』ノート3

 金時鐘の長編詩『新潟』の真ん中部分を読む試みです。

 3章  http://www.eonet.ne.jp/~noharra/ikesu2.htm

「風は海の深い溜息から洩れる。」「朝は冷静に老漁夫の視界へ現実を押しひろげてくる。」前章の少年に変わり老漁夫に焦点が当たる。「済州海峡はすでにひとつの生簀(いけす)でありその生簀のなかの生簀に父が沈み少年がただよい祖父がうずくまっている。」少年が海へ下りたとは入水したということだったのか。それとも、「爆発」「横ったおしの船腹」「少年の冷たい死」という言葉がこの章の終わりぐらいにあるから、(船底にひそんで)海を渡ろうとしたが(1章の浮島丸のように)時限爆弾で爆破されて死に至ったのか。2章の主題だった海に沈んだ屍体たちはこの章ではもはや屍体でさえなく、無数の魚たちの小さな口によって食いちぎられる餌となっている。「もはや老眼はありあまる人肉の餌づけに慣れた魚と人との区別をもたない。」それでも漁師は魚を捕る。「海の密教が山と野を伝いしきられた暮らしを奥ふかく結んで彼らのみだらな食卓へ日夜屍体に肥えた殺意を盛り上げる。」太古から定められた食物連鎖という掟は循環し、貧しかった食卓は急に豊かになる。「四十年のくびきを解いたという彼らの手に早くも南朝鮮は食用兎(ベルジアン)の胴体でしかないのだ。」食べることは食べられることだ、みたいな錯乱した感覚に導かれ、「朝鮮半島=食用兎」という喩が現れる。「ただひとつの国がなま身のまま等分される日。」1948.5.10南朝鮮単独選挙。「人はこぞって死の白票を投じた。町で谷で死者は五月をトマトのように熟れただれた。」投票場で白票を投じたのだろうか。済州島の2州でだけ選挙が無効になりそれが苛酷な鎮圧作戦の原因になる。*1トマトのようにどこにも血が流れ死者が発生し、ただれた。「血はうつ伏せて地脈へそそぎ休火山のハンラをゆりうごかして沖天を焦がした。」「鉄の柩へ垂直にささった五十尋の触手をたぎる景観のなかで老漁夫がたぐり上げる。触感だけに生きた漁師の掌に解放にせかれ沈んだ盲目の日は軽石ほどの手ごたえもない。もぬけの自由だ!」解放への性急な思いは死へ、そして死はもはや軽石ほどの手ごたえもない。「仕組まれた解放が機関の騒音にきざまれる時限爆弾の秒針ではかられていたときやみくもにふくれあがった風船のなかで自己の祖国は爆発を遂げた。」「横ったおしの船腹をひっかき無知の柩に緩慢なひびきをおしこんだいかり石が今しずかに祖父の手元へ手繰り込まれる。」

 

4章

4章は読みにくい。3章の終わりに「船底」*2「区切られた」「柩」という言葉があり、4章の始めには「鉄窓」「ヘルメット」「エアポケット」といった言葉がある。ここから受け取れるのは潜水艦のようなものに閉じこめられたイメージだ。(済州島事件の後)日本へ密航してきた人たちのことを“潜水艦組”と言ったそうだが、そうした(長く秘されてきた)体験がここの背後にはある。*3「朝を見た。」*4「大気の飛沫を」「自己の生成がようやく肺魚のうきぶくろとなってふくらむのを知った。」*5潜水艦の閉鎖から開放されていくイメージだ。日本への密航が解放であったわけではない。ただ熟れたトマトのように屍体が折り重なる空間から脱出することは喜びだった。「飢餓を自在に青みどろの海面へ振り切り」「くも糸に吊された蛹さながら蘇生を賭けた執念が身もだえる。」*6「暮らしにへたった指に水かきをつけ息をつめとおした日日の習癖を鰓に変えて彼はただ変幻自在な遊泳を夢見るのだ。」「海そのものの領有こそ俺の願いだ!」*7開放感は全能感に移っていく。「縦横無尽なイルカの流動感こそいい!」「エネルギッシュなアシカの欲望だ!」「いやセイウチだ!選り放題の女どもを囲い気の向くままに稼ぎ産み遊び民族も種族もへったくれもない。」「おお神さまこの世はなんとすばらしいんでしょうか。」次ぎに転換が起こる。「それが丸ごとかっさらえるのです。もう数ではなく固まりのままが喰えるのです。戦争とはいっても海のずっと向こうのこと。胃袋を通ったものが何に化けようと勝手です。腹の足しにもならずじまいの鋳型を追われた蛇口ですら削り取られて爆弾になったんだ!」*8過剰な全能感は不安や(屍体の島済州島に父母や仲間を置き去りにし逃げてきたという)罪責感を隠していた。そこで1年後朝鮮戦争に出会うや、「蛇口」や「ネジ」が爆弾に成ることにより日本経済が復興するという戦後日本の原罪を、誰よりも深く背負うことになる。*9(こういうのも郵便局的誤配というのかな。)「はっぱがかかるぞお--深くつらぬく光と闇をくゆらせて重い藻にからまっているのは横むいたままの落ち込んだ家路だ。」帰国直前に爆沈された<浮島丸>がまた回帰する。「骨の先端ではじけている盲目の燐光よ。あばくことでしか出会えぬわれらの邂逅とはいったいどのような容貌の血縁にひずんだ申し子なのか?」*10「海の厚みのなかをこり固まった沈黙がきき耳をたてる。」「うっ積した塵を噴き上げ覗きこんだ奴の首をもかっさらった骨の疾走が囲いを抜ける!」沈黙の持続があり時が満ちる一挙に爆発が起こる。「海の臓腑に呑まれた潜水夫の目に朝は遠のいた夜のほてりのように赤い。」潜水夫が見るのはなきがらだ。「澱んだ網膜にぶらさがってくるのは生と死のおりなす一つのなきがらだ。えぐられた胸郭の奥をまさぐり当てた自己の形相が口をあいたまま散乱している。」なきがらは逆光に高高と巻き上げられる。「逆戻るはしけを待っているのは宙吊りの正体のない家路だ。」とここで、第二部「海鳴りのなかを」は終わる。

 以上、“故郷へ”というベクトルとその挫折を、松代大本営、浮島丸事件、済州島人民蜂起後の虐殺などなど朝鮮半島と日本の歴史の曲がり角の動乱を横糸に織り上げた叙事詩だといえるでしょう。これだけのエネルギーがなお挫折以外に出口を持たないことには言葉がない。これだけ構成の整った大叙事詩を書き上げながら、(左翼詩人なのに)故郷への思いというものを形而上学的高みへの単線的ベクトルへと疎外することなく、わがからだの卑近さ挫折の近くに保ち続けたことは大変なことだと思う。

*1http://www.dce.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/papers/introduction.htmによれば 「しかし同年五月一〇日に実施された、南朝鮮単独政府樹立のための代議員選挙が、済州島の二選挙区では民衆の抵抗によって、投票率が五〇パーセントに満たず無効となると、米軍政は国防警備隊(のちの韓国軍)を本格的に動員し、苛酷な鎮圧作戦に乗り出した。」とある。ちなみに『原野の詩』p420の自註では投票日が5月9日となっているが間違いなのだろう。

*2:p405『原野の詩』

*3:時鐘が日本に密航してきたのは、1949年6月。参照p287『なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』isbn4-582-45426-7 1991年刊行の『原野の詩』は60頁に及ぶ詳細な年譜が添付されている(野口豊子作成)が肝心の密航については固く口を閉ざしている。1年後の6月朝鮮戦争始まる。

*4:p407

*5:p408同書。 ここで52年後にようやく語られた、実際の密航体験の一断面を引用しておこう。「 その密航船には、ぼくら入る余地がないくらい人が乗ってたから、たかだか半畳ぐらいのところにね、五、六人入っている。魚を入れる、蓋什きの升目の仕切りが二つある古びた小さな漁船だった。たぶん四、五トンくらいやったろうね。とにかく立錐の余地なく人が詰ってるのよ、だから僕ら後からの五人は入るところがなくて、煙突にバンドで胴をくくって波かぶって……、お金も払ってない手前、闇船のおやじは、つっけんどんや。みな甲板の上に体くくって、入るところがないねん!……それで五人乗ったうち、一人は波かぶって流されてもうた。五島列島の灯リが見えてほっとしたときに、だぁーと波かぶったら、四人連れのうちの一人はいなかった。……まっ暗闇で助けようがない。つらかったけどそれでもこれで日本の警察に捕まっても処刑はないと、惨殺されることはないと。 」p121『なぜ沈黙してきたか』

*6:p408

*7:p410

*8:p413  

*9:ネジと朝鮮戦争については当日記3月31日参照

*10:p419の註には、浮島丸事件の犠牲者遺骨285体が、目黒区の祐天寺に遺失物のように保管されている、とある。そうしたことをイメージしているのか?

日本にとって一番大事なこと

 1937年7月8日北京郊外の廬溝橋で銃撃戦があった。7月11日午後8時停戦協定が成った。ではなぜ、日本軍は8年間も中国大陸全体に兵を展開し続けたのだろう?「中国軍は弱すぎてとうてい日本の敵ではない、廬溝橋で事件が起こったそうだが、ちょいとおどしてこらしめてやるか、華北一帯を完全に日本の支配化におくという年来の希望を達成するいい機会だ、という程度の」決意をもって、北支出兵を決定した。それだけなら良かった。中国軍が弱いというのはおおむね嘘ではない。それから8年の間、兵を退く(停戦する)機会がなかったわけではない。だが一度も退却は選択されなかった。

 どういう条件になったら止める、という条件を明確にせずに兵を出兵させることが最悪のことである。この反省は日本人にとって最低限の、だが決定的に重要な反省である。

 「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」はこの反省に基づいて作られている。

2条3項 対応措置については、我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域において実施するものとする。

8条5項 対応措置のうち公海若しくはその上空又は外国の領域における活動の実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の長又はその指定する者は、当該活動を実施している場所の近傍において、戦闘行為が行われるに至った場合又は付近の状況等に照らして戦闘行為が行われることが予測される場合には、当該活動の実施を一時休止し又は避難するなどして当該戦闘行為による危険を回避しつつ、前項の規定による措置を待つものとする。

8条4項 防衛庁長官は、実施区域の全部又は一部がこの法律又は基本計画に定められた要件を満たさないものとなった場合には、速やかに、その指定を変更し、又はそこで実施されている活動の中断を命じなければならない。

 現在自衛隊はひきこもっている。8条5項に該当すると思う。サマワ周辺は非戦闘地域でなくなったと思う。もう少し危険に成らなければそこまでは言えないとする判断もありうる。だが<日本で一番大事なこと>は「客観的にみてある条件を満たさなくなったときは兵を退く!」という一点にある。いかに困難であろうとその決断を貫くことが、戦死者たちから委託された神聖な任務なのだ。

「自己責任」論批判

http://www1.jca.apc.org/aml/200404/38896.html に小倉利丸さんからの「自己責任論」批判がでています。2ちゃんねらーに悪のりした形で、政府や一部マスコミは「自己責任」論を唱えている。要するにこれは、ヴォランティアやジャーナリストを「戦争遂行」という目的に対するノイズとしてまずもって捉える、という戦争主義の言説である。例としては、「自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題」(読売社説)など。

一部引用します。

わたしたちは、イラクにおける人質事件以降、政府および一部のマスコミが今回の人質事件の原因を危険なイラクに出向いた被害者たちやその家族にあると批判しはじめていることに大きな憤りを感じています。このような「自己責任論」による世論形成が、人命を軽視した安易な武力行使にむしびつき、今後のNGOなどによる海外での活動を大きく制約しかねないという危機感を大変強く持っています。政府や一部マスコミの主張する自己責任論は間違っています。

ところでわたしは自衛隊員が死んでもそれは自己責任だから国民は悼む必要はない、と主張している。自衛隊派兵は合法性の元に行われた。しかし非戦闘地域が無くなった今活動を続けるのは、違法である。*1また、その法律自体正当性が疑わしいものであって、今回の派兵には正義は存在しない。正義に沿わない職務遂行は形の上で「公務」であるだけだ。

海外における邦人保護について、彼/彼女が戦争遂行に沿わない行為を取っているときに差別的取り扱いをすることには反対である。

*1:「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」2条3項 対応措置については、我が国領域及び現に戦闘行為(国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷し又は物を破壊する行為をいう。以下同じ。)が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を 通じて戦闘行為が行われることがないと認められる次に掲げる地域において実施するものとする。 テロ対策特別措置法と間違えていた。