労働過程は直接的欲望から生じる。労働過程の完成は、その社会的根拠、つまりその必然的欲望を満足させようとする人間の衝動に還元される。とヘーゲルは言っている。*1
世界が人としての自然な充足の上に乗っているという世界観が資本主義だった、かっては。
*1:というのはルカーチによるマルクス化されたヘーゲルだが。cf同書p187
ある暴力は、国家あるいは世界の意志をここで実現するためには、Aという存在ではなくその否定が必要だとする論理によって肯定させる。私たちの世界は権力関係によって成立しており、権力関係の歪みが論理(哲学)を必要とする。哲学が嫌われるのは当然だ。
「からだうた」という歌がある。ある養護学校で作詞作曲されたものだ。
「あたま あたま あたまのしたにくびがあって かたがある かたからうで ひじ またうで てくびがあって てがあるよ むねにおっぱい おなかにおへそ おなかのしたにワギナ/ペニスだよ せなかはみえない せなかはひろい こしがあって おしりだよ ふともも ひざ すね あしくび かかと あしのうら つまさき おしまい♪ 」という歌だ。わたしは新聞で歌詞を見ただけだが、「背中はみえない背中は広い」なんて面白いと思う。
東京都の横山教育長という人は、都議会でこの歌について「とても人前で読むことがはばかられるもの」と言ったらしい。このひとはどういう感覚の持ち主なのか。わたしにとって一番大事なものは身体であって、その名前を知るのは大事なことだ。教育者が苦労してそれを教えているのに、なんだかわけの分からない自分の偏見でもって非難するとは何事か。こういう馬鹿な奴には是非一矢報いなければいけない。
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20031210 に書いた沢田さんから返事が1週間ほど前に来たので、それへの返信を書いていた、一日中。しんどかった・・・
書くことがないので無理して書いてみよう。昨日広河隆一さんの講演を聴いたのでその感想を。彼の発言は物静かで、分かりやすかった。“戦争といっても軍隊と軍隊がぶつかり合うといった普通の戦争をわたしは体験したことがない。わたしが知っているのは、もっと一方的な、一方が他方にクラスター爆弾*1のような強力すぎる兵器を落とす、落とす側と落とされる側がはっきりしている「戦争」ばかりだ”、といっていた。
広河さんは、イラク人の被害者の被害よりもアメリカ兵の故郷から離れた寂しさなどの方を大きく報道し、結果的にアメリカの側に立った世界観しか持たせないようにしていまう現在のメディアのあり方を強く批判していた。
イラク戦争の現在などの場合、敵は国家でも公認された交戦団体でもないので、国際法によっても保護されません。思えば、日中戦争(日華事変)もそうだった。<日華事変>をどう考えるかが戦後最大の問題だったのに、ヒロヒト留任と同じく誤魔化してしまったので、日本はとうとうこんなていたらくになってしまった。
えー。その集会は広河さんの講演集会ではなく主催者は、自治労某県支部だった。その自治労(かなんかしらないが)の書記長とかが2,3人発言した。発言の内容というよりその姿勢、根拠というものにかなり疑問をもった。カメラマンは世界中の戦場を駆け回って被害者の写真を撮り、日本に帰ってその写真を売る、あえてそういう言い方をするならえげつない商売だとも言える。他者の悲しみを表象=代行することにはやましさがつきまとう。他者の悲しみに対抗するだけの<真実の力>というものを自分の力で自分のなかに作り出すことができなければそのような営為は持続できない。ところが自治労委員長の方はどうか。かれは自分が何も支払わずに正義の発言をしている、ということに何の疑問ももっていない、ようにみえた。小泉は悪であり、労働者は護憲、平和の陣営であり保証されているその正義を唱えているだけだ。
これでは大衆に見放されて当然だ。わたしは彼の意見にまあまあ賛成なのだが、どうもそう思ってしまった。どうすればよいのだろう?“労働者はその即自性において平和勢力だ”などというドグマに基づいた運動展開はやめるべきだろう。労働組合に所属するとしても、各個人の自発性において、反戦なら反戦集会に参加するとすっきり割り切るべきだろう。まあそうなって何の集会も開けなくなってしまっている地方も多いだろう。それはそれで困るが、でも民主主義だからしょうがない・・・
きみたちの国だ。
*1:200メートル四方ほどに文字通り無数の鋼鉄の微細な玉をまき散らす。マイニチインタラクティブによれば「クラスターは英語でぶどうなどの「房」。投下された親爆弾が花びらのように開き、中から200個以上の子爆弾が約200×400メートルの範囲に飛散、わずかな衝撃で爆発する。ベトナム戦争当時から米軍が使い始め、湾岸戦争、コソボ紛争、アフガニスタン攻撃などで約6万4000個使われた。」
サイードの『オリエンタリズム』を読んで気づくことは、戦前の日本のイデオローグの中国蔑視言説がいかに恥ずかしいものか、ということである。*1
ヨーロッパはオリエントとの長い関わりの中、軍事的経済的勝利を思想的にも展開しオリエンタリズムとなった。日本人の中国蔑視ははっきり言ってその猿真似である。そのちょっと前まで、中国を文化の中心としてむしろ崇拝していたことを忘れた振りをして、(西欧的)文明の名でシナを蔑視する。子安宣邦氏の『「アジア」はどう語られてきたか』は、そのような恥ずかしい日本の思想史を正面から振り返った好著である。*2
復習しよう。1850年頃、欧米先進諸国の軍事力をもってする開港通商の要求によって、東アジアは「資本主義的な世界秩序(システム)」に組み込まれていった。 p25 これはヨーロッパの普遍主義的な「文明」の歴史に自らを編入していくことでもある。p29 1915年、日本による対華21箇条要求は、東アジアの国際秩序の帝国主義的な再編成の要求だった。p31
ところで世界史とは何か? 「世界史」とはまさしく「ヨーロッパ世界史」に他ならない、というのは京都学派による<世界史の哲学>のテーゼである。ヨーロッパに成立する資本主義の発展は、ヨーロッパ外の地域を市場として、資源の供給地として要求し、ヨーロッパ世界の拡張を引き起こす。そして「世界秩序」は国家間の対立を必然的に内包している。この点に関する(京都学派による悪名高い)<世界史の哲学>の認識は、実は、ウォーラーステインの世界システムと世界史の成立についての認識とべつだん変わるものでない。p33
「満州は日本の権益圏である」とはまさにヨーロッパ「世界史の文法」に則った発言である。膨張する日本の権益圏の要求を通じて東アジアは「東亜」という地政学的な概念として再形成される。その後、戦争遂行にとって不可欠な補給基地としての「南方」が権益圏に新たに追加され、「東亜」は自らが盟主とし君臨する領域概念となり、「南方」をも併合して「大東亜」となる。p37
で問題なのは、次の点である。
こうした15年戦争時の認識は、はたして1945年の敗戦によって解体したのだろうか?「軍事大国日本の解体にもかかわらず、帝国日本の世界における、ことにアジアにおける地位をめぐる認識図式を留保させる形で日本は戦後過程を経過したのではないか。日本の戦後処理が対米関係を軸としてなされてきたことは明らかである。そのことはアジアを戦場とした戦争の性格を日本に誤認させ、アジアとの関係の本質的な改善を通して戦後日本を再構築する道を自らに閉ざしてしまった。」p37
わたしたちは大東亜戦争によってシナ事変を忘れ、大東亜戦争を太平洋戦争と言い換えることにより日中戦争(シナ事変)の総体は国民大衆の記憶から消えていった。「国家におけるこの明確な修正意志の欠如から、日本の権力機構の頂点から靖国神社問題として、また歴史教科書問題としてたえず歴史見直し論的要求がくりかえし発せられることになるのだ。帝国日本との連続性の欲求は戦後過程を通じて一貫して日本国家によって隠微にもち続けられてきたのだといえる。」p38
でまあその戦前化、軍国主義化は現在一挙に花開いているわけですが、でもはっきり言って、復活したそのものは、戦前に比べてもまったく貧乏くさい、なんだか訳の分からないもの、である。大東亜の大義は大義自体として評価した場合、(アメリカからではなくアジアから見た場合)ちょっとは評価しうるものだ、というのが、彼らの立場ではなかったのだろうか。というかそうでしかありえないと思うのだが、そうではないらしい。現在の彼らは、「アメリカの為に死す」ことが日本国民の誇りである、と主張できるようだ。わたしたちの国家は外国に従属するために存在するのかもしれない。
*1:ちょっともっともらしいがでもやっぱり恥ずかしい。内藤湖南とか
*2:藤原書店;ISBN:4894343355 がどうせ日本では学問は輸入物しか人気がないから、広く読まれることもないでしょう?
我有子無、何故不受(われ有り子(し、“あなた”の尊称)無し、何の故に受けざる。)またまた『漢文入門』p37から。
子思*1が困窮していて、20日間に9回しか食べることができないほどだった。田子方というひとがこれを聞き、狐の皮ごろもを与えようとしたときに言った言葉。私は持ってるしあなたは持っていない。だから財が私からあなたに移るのは自然なことだ、という意味だろう。田子方という人は率直な人でたぶん本当にそう思ったのだろう。子思は屈折していて好意を受けられないのだがまあその話はいいとして、ここで取り上げたのは、富者から貧者へ富が移るのが自然なことと捉えられているからだ。おそらく東洋でも西洋でも前近代はわりにそういう感覚があったのかもしれない。
「各人に資源がしかるべく行き渡っていないために自由が奪われている。だから自由のためにも、分配が必要だ。」と立岩真也は述べる。*2分配とは富者から取って貧者へ分けることである。ただ立岩は富者/貧者という言葉は使わない。富者/貧者といった途端、それはイデオロギーによって世界を見ている立場だと言われてしまう。所有、あるいは所有=労働というものこそが価値の源泉であり、それに挑戦するものは悪だ、強く主張する者たちが増えているのだそうだ。規制緩和を唱えるネオリベラリストもそうだし。
「我有り子無し」というシンプルな4字は、そうした近代のパラダイムに汚染されない対等性の感覚を伝えている。
*1:子思(しし、紀元前483年?-紀元前402年?)は中国戦国時代の儒学者。姓は孔、名は(きゅう)、字は子思。孔子の孫。『中庸』を書いたと伝えられていた。
*2:『自由の平等』isbn:4000233874
勉強不足なんですけど、
http://www.sukuukai.jp/houkoku/log/200401/20040121.htm
例えば上記「救う会ニュース」には、3つの法案が連記されていた。
1)外国為替及び外国貿易法の一部を改正する法律案要綱
2)我が国の平和及び安全の維持等のための入港制限措置に関する法律案
3)日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する法律案
1)は1月29日に衆院本会議を通過した。とのこと。
で、3)については
http://www.asiavoice.net/nkorea/bbs/wforum.cgi?no=360&reno=358&oya=351&mode=msgview&page=0 で、Mさんが強調しておられるように、排外主義的なものであり、絶対許してはならない、と思います。
昨日夜中パソコンしてると突然パソコンが切れた。停電である。だが街路や回りの家の電気はついている。ウチだけヒューズが飛んだのだ。(なぜか理由をさぐらないといけないがここではしない。*1)12時過ぎだったからしばらく暗闇でうろうろしてから蒲団に入り眠った。それまで十数分、色々なことを思った。わたしたちは何かしようとするときいつもまず手近のスイッチを押してから考える癖が付いている。だがいくらスイッチを押そうが何も反応しないのだ。電気に頼り切った生活に今さらながら気付く。できることはなにか。触覚だけでなく聴覚も残っている。そう言えば、地震の直後暗闇で小さな音楽会とかなかったのであろうか。(六甲大地震’95のことだ。)あの時は食糧もなくパニくっていたのでそんな企画はなかったようだ。あったら素晴らしかっただろうに。あの時月が綺麗だったのは覚えている。あの時は電気だけでなくガスも水道も止まった。イラクでも何処でも停電の多い国は多いが日本はあまりない。私たちの生活とはなんだろう。なぜパソコンで文章を打つのに手書きでは書けないのだろう。わたしの自由とはなんだろう。わたしは停電する自由しか、断食する自由しか与えられていないのに、その自由に気付いていないのではないか。
ちなみに引用しようとして消えてしまった立岩氏の言葉。「存在のための手段によって私という存在が規定されてはたまらない。」*2
「人間の欲望の絶対量はたかが知れており、そう持っていたいとは思わないのだが、生産・所得と人間の価値とがつなげられていることによって、持つことの意味が肥大していくし、人はそれに下属することになる。」*1
その通りだと思う。例えばステーキ食べるにしても一人で2枚食べればせいぜいだ。旨い魚を食いたければ産地まで行けば倍もしない値段で良いのが食える。車はコンパクトカーの方が運転しやすいので楽だ。それ以上のものに「ステータス」とやらを感じるという文化によって辛うじて支えられているにすぎない。百チャンネルもあるテレビを契約したって一体何チャンネル見れるというのだ。パソコンも十万円ほど出せばしたいことは全て出来るようになった。消費が更新しないのも無理はない。一方でホームレスはどんどん死んでいく。分配は可能だから「してあげる」のではなく、「することに決めてしまう」のが良い。と立岩は言っている。
*1:p148『自由の平等』
下記に酒井啓子氏の文章があった。
http://www.be.asahi.com/20040110/W12/0022.html
カイロにあるアメリカン大学に勤務していた普通の女性が、アメリカがイスラエルの不正に荷担し続けたため、アメリカという看板を背負ってしまったただそれだけのために、どれだけ日々の困難を味あわなければならなかったか、を書いてます。
http://d.hatena.ne.jp/kitou/20040111 に紹介されていた。