南京・いつまでも

『南京・閉ざされた記憶』という小さな展示を見てきた。えーと1937年七七事変(廬溝橋事件)以後日本軍は華北と上海に軍を展開し、やがて11月上海陥落、12月南京を包囲し、12月13日南京占領となります。このとき、<南京大虐殺>が行われました。“揚子江の河岸に何千という人のかたまり、そこへ向けて、誰彼なしに九二式重機関銃を撃ち込んだんです”というある兵士の証言。“日本兵は私を押し倒し乱暴にズボンを剥ぎ取った。ふとももを両手で開き、指を性器に押し込んでえぐった”という中国人女性の証言。眼を背けるしかない虐殺の証拠がきちんとパネルにされ、58枚整然と並んでいる。

「虐殺は確かに悪かったしかし66年前の出来事をなぜ執拗に反復し続けないといけないのか、日本はもう充分謝った謝り続けてきた・・・」というようなことを言う人がいる。しかしそこには嘘がある。南京大虐殺と名前は有名だが、そこで実際何があったか、きちんとした展示を見るのはわたしははじめてだ。インテリたちは南京ではなくアウシュビッツについて高尚な思索を巡らすことを好んできた、といってもまちがいではなかろう。日本は敗戦国だ、つまり戦争を遂行した価値観というものを根底から覆すべくイデオロギー攻撃が成されたはずだ。子宮に竹槍を突っ込んだものはその事実を頭蓋に突っ込まれるまで宣伝を受けるはずだ。実際にはそうした宣伝はなかった。

欧米の帝国主義秩序への反逆という高い理想を掲げながら、中国娘を強姦し回っていたとはそれだけで圧倒的な自己矛盾である。日本が日本であり続けるためにはその矛盾を直視し乗り越える必要があった。だがそれはなされなかった。日本を占領したのはアメリカ軍だった。ヒロヒトの戦争責任を追及せず占領統治に利用した米軍は、対米敗戦意識を植えつけることには熱心だったが、対アジア敗戦意識を強調しなかった。

主人の語り/奴隷の語り

今日は朝ちょっと家事をした以外ずっと暇でパソコンの前でいろんな本をめくったりしていたのだが、いまいち気分が乗らず一行も書けなかった。

はてなで、http://d.hatena.ne.jp/entre/  「遅ればせの革命」というサイトを発見、面白かったのでコメントしてみた。

# noharra 『!!全国のまつろわぬ日記書きよ!!、と大時代に呼び掛けられ、ふ、不意を突かれて応答してしまおう。例えば「テロ」といった一つ一つの言葉の使用法が、権力行使に必須の言説の配置をいま作っていること、だからそのことに自覚的に一つ一つの決まり文句の使用法をパロディ化することだけでも、大きな抵抗になりうる可能性を持つ。そのように感じ、同感します。“大丈夫、君が心配しなくても、自衛隊は<テロ>では死なない。”自衛隊の先駆けだからこそ殺された二人に対し、テロの犠牲という言葉を使って疑わないマスコミに疑問を感じていたので、entreさんに賛成します。野原燐』

E・サイードは、世界というものはつねに主人の語り(正史)によって作られているとし、それに対し対抗的物語を対置する。(master narrative/counter narrative)*1 そうだったのか、うん。イラクやパレスチナがどういう現実としてわたしたちに認識されているかというと、当事者アラブ人ではなく、欧米の帝国主義的視点からである。例えば「自爆テロ」。占領地における民族解放闘争といった文脈であれば中立的なのに、ことさらに宗教性が強調されたり、自爆という奇形性があげつらわれる。そして平和な市民が殺傷されたことの悲劇性が強調される。<テロリストではない>イスラエル自衛隊が<テロリスト捜索のため>パレスチナ人の家屋を破壊しテロリストではないパレスチナ人を殺してもそれは報道されない。

誰がテロリストであるかを決める権限は帝国主義者の側にある。だが、そう断言してしまったら、歴史や記憶の圧殺を拒否する対抗的物語が正史に一矢を報いる可能性、すらないのではという絶望におちいる。この問題について、希望を与えるのは皮肉にもイスラエル=シオニストたちの言説=宣伝戦略である。彼らは武力行使とともに、言説=宣伝戦略を大々的に展開することにより現在のバランスを(1350億ドルのアメリカの支援)手に入れている。現在の言説の付置は彼らの努力によって歪められた結果である。アプリオリに帝国主義者の側とサバルタンの側が存在する訳ではないのだ。即ち、対抗的物語の側にもチャンスはある。

*1:cf現代思想サイード特集p88

正義の最後の声

サイードの悲報の直後に行われた、イスラエル軍によるガザ地区への大規模な侵攻は、まるでこの世界から正義の最後の声さえ失われたと宣言するかのごとく、暴虐の限りをつくすものだった。ラファから届くレポートのすべてに、過去にも類を見ないほどの破壊の様相のすさまじさとともに、「世界はなぜ沈黙しているのか?」という痛烈な問いかけが書き込めれていた。(浜邦彦)*1

*1:p118 現代思想サイード特集

金正日像を倒せ

今や情勢は決戦の日に向かっていっている。一寸先も予測することができない霧の中の状況ではあるが、正義は必ず勝利するというのは、明確な歴史的真理である。独裁の扉がどれほど高くみえても、一瞬に倒れる紙の帳であるだけだ。そのような日が遠くない将来訪れるだろう。万寿台丘陵に先を争って走って行き、金正日銅像の首に鋼をかけるようになる、その日はくるだろう。

2003年4月26日  北朝鮮民主化前進大会参加者一同(於 ソウル) p121『RENK』24号より

今日会った人からは、「金正日打倒を言うためには、バランス上、日本解体を先にしてから言うべきだ」と言われた。残念ながら余りピンとこなかったが、たかだか自民党政権すら打倒できずに「金正日打倒!」なんて言うのは、たしかにおかしいとは言いうる。ただ金正日の悪(自国民抑圧)は小泉の悪(アジア民衆抑圧の責任)とはレベルが違う、とやはり思ってしまいます。ブッシュは世界中で人々を殺している、なぜ打倒ブッシュを少なくとも同じ勢いでとなえないのか、と聞かれるとうまく答えられないです。北朝鮮問題にはサイードはおらず、言い返すのも困難ですがでもそんなことは大したことではない、とわたしは思っている。

順位の成立条件

徒競争は、童子も売柴人もなし得るところであるはずであり、公卿大夫より天子の尊きにいたるまで平等に同一に為しえるのであらねばならぬ。*1

えー、今日は近くの河原で小学校のマラソン大会がありました。マラソンといっても何十キロも走るわけではなく、1年生から6年生が1キロから2キロを走るものです。でもわたしのように運動全般が苦手なものとっては、2キロ(片道1キロ)といってもけっこうな距離です。最初は一団となって走っていますが後半ではもう先頭からビリまで大変な差が開きます。気が散ってまっすぐ走れない子や足にハンディキャップのある子などもいて、最後の2,3人がゴールするのには、それまでの子の倍以上の時間がかかっているようにも見えました。時間もあったので、競争とは何か、といったことをぼんやり考えました。まず何故マラソンなんか参加せなあかんのや、わしゃ嫌じゃ、という反応があります。野原などはまずこのタイプですね。でも小学生たちは内心の思いはともかく、参加に疑いはもってにないように見えました。より強く成ることが善であるかどうかはともかく成長期にゴロゴロしてばかりだとよくないのでたまにマラソンするのは良いだろうと思う。見物にだけ来ていた父母などもついでに、少しは走ってみればよいだろう。「人の天性はさまざまであろう。」というその差異をまざまざと見ることができた。しかし(1)第一の差異は、非参加者と参加者の間にある。非参加者には参加してみれば能力があるものもある。能力があるはずだのに参加しないので本当にそうなのかどうか分からないものもある。小学校にきてない(予め排除されている)ものもいる。この差異は観察できない。(2)第二の差異は、ハンディキャップのある者(1割以下)とそれ以外の間にある。(3)以上二つを除いた上で、可視的に明瞭な差異の序列が現れる。ここでも先頭とビリの間には約2倍程度の速度差がある。練習を繰りかえせばこの差は縮まっていくはずだ。

より早く走ることはまあ良いことである。順位をつけることもいけないことではない。だが期末試験の順位公開はどうか。これはやめた方がよい、という人は多い。良い成績を取ることが善だという価値観が世の中で支配的なのでそれをますます強化するのは控えるべきだ、という主張なら納得できる。

昔は、売柴人と、公卿大夫との間には大きな差があり、同じスタートラインに立ち競争することはなかった。出自によって差別されず同じスタートラインに立つことができるようになってきたのはよいことだ。とそんなことは当たり前か。今王陽明論を読んでいるのだが、「聖人学んで至るべし」誰でも学ぶことによって聖人になることができる、という思想を強く押し進めた点で、王陽明は東洋における反差別思想を前進させたと評価できるらしい。

*1:p72島田虔次『中国における近代思惟の挫折』平凡社東洋文庫。isbn4-582-80716X ただし「格物」とあったのを「徒競争」に入れ替えた。

算数パズルは受けないか?

わたしは儒教の本を読了したのでそれについて書かねばと思いつつ上手くいきません。今日は小学4年から中学1年までの子供5人が来て家族パーティだった。わたしは儒教(神道)??なのでクリスマスパーティではない。問題を出して、チャチなプレゼントを渡した。下位3人には罰ゲームとして次の算数の問題をやらせようとしたが嫌がってやってくれない。仕方にないので1問はむりやり大人にやらせた。やっぱり算数パズルは受けない。でも日本は世界に冠たる「根付け」文化、俳句、短歌文化の国である。今日では200円ほどで売ってるフィギア付きお菓子なんてものも値段の割に信じられないほど精巧なものだ。即ち小さくて精巧なものが好きなのだ。文化でもヘーゲルやマルクスの如き大大思想を志向しても無駄だ、それより小さな問題を精妙に解く芸を競うということが、今後伸びていくはずだ。

子供にやらせようとした問題は以下の三つ。(1)縦横斜め、四匹ずつそろえたら良い。http://web2.incl.ne.jp/yaoki/week186.htm

(2)『三角形のPeg Solitaire』です。http://web2.incl.ne.jp/yaoki/week180.htm

(3)数字をあるルールで「777」とかにそろえる。http://web2.incl.ne.jp/yaoki/week169.htm

(4)この問題が出来なくてくやしい。「3匹の豚と5匹のライオンがおり、5×5のマス目があります。 縦、横、斜いれてくださいめのどの線上にも同じ動物は配置できるが、違う動物は配置できない。8匹を升目にいれてください。 」http://web2.incl.ne.jp/yaoki/week179.htm

弱者の最終解決

http://www.arsvi.com/2000/03073101.doc によれば、

警察庁調べ(検挙件数)で、平成14年度  殺人197(120)傷害1250(1197)暴行219(211)  という件数が挙がっている。( )内は「うち夫から妻」。いわゆるDV*1被害者である。わたしはDVのことをよく知らない。ここでは上記urlを読んで感じたことだけを極めてかたよった角度から語らせてもらう。パレスチナやイラクでは沢山人が死んでいるが、日本人が死んだだけで大騒ぎする。実は国内でもたくさん人は死んでいる(むごたらしく殺されている)であっても大きく報道されない<死>たちは私たちの意識には上がらない。かりに考えようとしてもどのように考えたらいいか分からない。ここで挙げられた120人の女性と77人の男性の死。警察庁の把握する「配偶者からの殺人」とは、いわゆるDV以外のものも含まれているのか、その点はよく分からない。平成10年から189,170,197,191,197と数字はほとんど定常的に並んでいる。より軽度な犯罪である傷害、暴行が4年間で4~6倍というありえない増大を示しているのと対照的である。この増大は“家庭内には国家権力は介入できないとする常識”がDVの啓蒙により崩れてきていることを示しているだろう。統計図表上著しい偏差はもう一つあり、被害者が女性である率が殺人では61%なのに傷害暴行ではいずれも96%と大きな差がある。そもそもhttp://www.arsvi.com/2000/030731kr.htm に書かれていたこの差に注目したのがこの文を書くきっかけになったのだ。そもそも「被害当事者の95~97%は女性」である。ところが殺人においてだけは4割つまりほとんど半数にせまる割合で、(おそらく)それまで長い間加害し続けてきた男性が殺されている。*2

一般にミクロな権力関係は「服従せよ、さもないと(鞭で)打つぞ」という脅かしにより、成立する。それは、(かならずしも不可能ではない)反抗をしないという選択を服従者がなすことによって成立している。DVの場合、反抗に対してはより大きな暴力が加えられる。反抗は不可能に見える。ところが服従していても暴力は加えられる。これでは服従の意味がない。したがって加害者を殺すという究極の選択がクローズアップされ、それはしばしば実行される。

ナチ、シオニスト右派やネオコンは最終解決という思想に引きつけられている。しかし「最終解決」は弱者の思想であり、権力側がそれを行使するとき世界は破滅する。

*1: ドメスティックバイオレンス(DV)を直訳すると「家庭内暴力」となるが、日本ではこれまで子どもが親に振るう暴力を「家庭内暴力」と呼んできたことから、それと区別し「配偶者・恋人など親密な関係にあるパートナーからの暴力」と解することになっている。 http://www.arsvi.com/2000/030731kr.htm

*2http://members.at.infoseek.co.jp/noharra/tokyo4.html#natasha ちなみに、松下昇氏のこの文章では、タイ人女性が売春強要したボスのタイ人女性を殺した事件を扱っている。被害と加害の逆転という点で同じである。

近代思惟はあった、中国にも

 前にも書いた島田虔次『中国における近代思惟の挫折』上・下*1をやっと読んだ。この本は1949年著者31歳の時に出版されたものだが、以後長い絶版期間なども経つつ、著者が3年前に亡くなった後今年6月と9月に東洋文庫から新たに出たもの。(ジャンルがマイナーですが)戦後が若い頃の熱気むんむんの名著といえるでしょう。図書館に返さないといけないのでなにか書いておこう。さて、

・「人間史の近代(近世)という普遍から特殊中国を見る、という大きな構想のもとに、陽明学が宋学の全展開の極限であり、それが最後に行きついたところには、西欧のいわゆる「近代精神」「近代原理」をも萌芽的には認めることができる(ただしそれは最終的には「挫折」したのであるが)というきわめて大胆にして独創的な主張をなすものであった。」と井上進氏は、この本の根本をまとめている。p273下

・この本は細部に沢山誤りがあった、ということ。強調されるべきはその訂正方法である。原文をそのままにして、誤りあるいは説明した方が良いと思われる部分には註釈者(井上進氏)により補注を付ける、という方法をとっている。どんな本でも、誤りがあったとしても、それも含んで一冊の本として産みだされたものなので、その部分だけ器用に直してまたはめ込むというのはとても困難なことです。であるのになぜ「補注」形式をとる人が少ないのか?やはり著者、出版社というものは、自己の誤りを認めるよりはそれを隠し通したいという権威主義にどうしても流れてしまうものだ、ということだろう。ところで権威主義の権化のように思われている朱熹などは、そういう雰囲気とは対極的で友人たちとの対等なサロン的雰囲気において学を形成したらしい。

・31歳の青年が自己の全存在を賭けて書いたこの本はほとんど反響がなかった。そうなったのはある意味しかたない、と井上氏は言う。「ある社会において旧来の標準的理解を超える新しい意見や見方が出現した時」学界でもどこでも、ただしく評価されることなどありないのだ、と。*2なるほどー。ただまあ考えてみれば、江戸時代の日本に大きな影響を与えた明清時代の中国文化などに対して明治以来わたしたちは無視、という態度を取ってきた。西欧の文化・文明を基準にし日本文化の中でもその基準に当てはまりそうなものだけを拡大してあとはなるべく無視するというオリエンタリズムというパラダイムのなかにいたからだ。日本文化だけは例外的に西欧化への道をたどれるだけの素質があったが中国なんかは・・・、というわけだ。中国文化は無視というより、停滞を運命付けられたという否定的評価をあたえなければいけないものだった。そして日本は戦争に負けたのに、中国に負けたとは思わなかったからそのパラダイムは変化しなかった。全体が歪んでいるのに学界だけがまともであれるはずもない。

・戦後の論者は、儒教と聞くと教育勅語的暗い感じでだけ、つまりネガティブにだけ捉える人が多い。しかしわたしはそうではない。と島田は書く。「孟子、王陽明、黄宗義などの熱烈な儒教徒に対して満腔の共感をおぼえたことを否認するわけにはいかない。その共感のつよさは、儒教的思想家への讃辞はかならずただちに彼らの制限を指摘することに依って帳消しにしなければならぬ、というわが学界のエチケットをさえ、余りにしばしば失念させるほどのものであった。*3」ここからは、オリエンタリズム(西欧文明に対する奴隷根性)に浸された常識人たちに対しての痛烈な皮肉と(おそらく)その裏の孤独感がうかがわれる。

・島田は西欧一辺倒でも儒教護教派でもない中庸だったのかというとそうでもない。むしろ両方である矛盾だった。一方ではヨーロッパ近代に対するはげしい傾斜。「ヨーロッパ(風な近代)として中国文明が開化しなかったことに対する無念の情を強く感じていたことは疑いない。純粋に精神的な、霊的な恋愛、絶対超越者への魂の沸騰、そんなものが、いったい、中国にあったか。あるのはただ分別くささのみではないか。*4」一方では、魯迅の儒教文化に対する激しい糾弾にちゃんとうたれつつも「私は中国文明、儒教の文化、あの骨ぶとの文化に対して、ふかい畏敬の念をぬぐいきれなかった」といけないことであるかのように書く。「産業革命以前においては中国の方が総体的にむしろ先進国であった」「たとえば、人民の日常生活の利便の程度、都市生活の諸相、生産や運輸の道具や形式、精神生活の多彩さの程度などについて、知れば知るほど、中国の先進性を実感しないわけにはいかない」*5島田の立場は、かって(彼がこの「あとがき」を書いているのは1970年)科学的歴史学(生産関係が全てを規定する)によって否定された。科学的歴史学なんてものはいまは誰も高唱しない。人殺しシャロンと同程度のカーボーイ、ブッシュの時代になり、西欧近代の限界は多くの人に明らかに成りつつある。だが、一方「知れば知るほど」という条件が今日ほど失われた時代もない。

*1:平凡社東洋文庫 ISBN:458280716XISBN:4582807186

*2:p274下

*3:p262下

*4:p262下

*5:p263下

弱者の反抗可能性

前日(12/23)に書いた「弱者の最終解決」は訂正していきたい。趣旨は以下のとおりです。

「弱者の最終解決」について、ある方から論旨不明と言われた。(感想ありがとうございます) おっしゃるとおりである。短い文章に異質の多くのことを詰め込みすぎて意味不明になっている。書き直した方がよいだろうが、とりあえず、モチーフをどんどん列挙しておこう。

  1. DVで殺される日本人は毎年200人いる。
  2. 日本人が殺されてもそのほとんどは社会的にニュース価値がないとされ、わたしたちの問題意識に上がらない。
  3. DV犯罪の表をながめると一つの特異性に気づく。DV被害者=女性であるのに(例外は4%)、殺人の場合被殺害者の4割が男性になっている。
  4. これを理解するためには、ある種のゲーム理論が有効である。(B=弱者、A=強者とする)
  5. 一般にBがAに服従するとはどういうことか。(この場合服従という関係性が悪であるとも善であるとも見なさない。上司への服従はむしろ善であるが。)服従しない場合、AはBに罰を与えうる。普通は「与えうる」という理論的可能性だけで服従は継続される。二人の間における関係をゲーム理論的に考えてみましょう。
  6. http://member.nifty.ne.jp/ysakurai/ にある、桜井芳生氏の「フーコー的権力論を語りたくなる状況に関する、 非フーコー的権力モデル -続・ナッシュ(ハーサニ)交渉解援用による、権力と意味の一モデル-」という長い題の文を前日読んでいたのでこういったことを考えたのでした。
  7. (モデル1)Bは常に反抗可能性を持っている。であるが実際には反抗せず暴力は顕在化しない。Bは(長い間)服従状態にいる。だが次の瞬間、Bが反抗する可能性は存在する。
  8. この(モデル1)は、DVには当てはまりそうもない。DVにおいては最初から暴力は顕在化しているからだ。
  9. (モデル2)Bもひょっとしたら反抗可能性を持っている。であるが実際には反抗できるとも思っていない。Aの暴力は最初から激しくBを無気力化するという効果を生んでいるから。Bは(長い間)服従状態にいる。だが次の瞬間、Bが反抗する可能性は存在する。
  10. この場合Bの反抗はAの暴行をエスカレートさせるという効果を生む。したがってBの反抗は理性的ではない。しかし反抗しないでも、暴行のエスカレートが生まれることがある。この場合反抗しないことに理性的根拠は無くなる。理不尽な暴力はBを無気力化し関係は長期化する。不思議なことに、関係から逃げることをBは望まない(らしい)。
  11. BによるAの殺害は何を意味するのか。離婚別居といった水平的な逃亡ではなく、関係自体の抹消、垂直的な道が選ばれる。(このことの意味はよく分からない)いずれにしても確かなことは、(モデル1)に比べてもはるかに希少だと思われた反抗可能性が存在したことが強力に判断できる、ということである。
  12. 前回の文章の分かりにくい原因の一つは「最終解決」という言葉に引きつけられてしまい論旨が乱れた点にある。この言葉は一旦削除する。
  13. いままで書いたことは、二人の間の人間関係の話である。したがってイスラエル/パレスチナといった固有の歴史と数千万の人々の存在が関わる話とはレベルが違う。安易な適用は慎むべきである。しかしながら、「暴行のエスカレート」といった事柄を考えようとするとやはり、イスラエルを思い出してしまう。(モデル3)を記述してみてから、ミクロとマクロはやはりレベルが違うのかどうか考えてみよう。
  14. (モデル3)Bは反抗可能性を持つ。Aの暴力は最初から激しいがBを無気力化するという効果は生まなかった。むしろ効果的だったのは「言葉の上での和平や合意」、Bの総体ではなくボスたち(アラファトたち)だけへの懐柔だった。「和平という言葉」によりAは有利な立場を得る。だがAの思いこみの中ではBはそもそも存在すべきものではない。この場所は神によってわれわれに与えられた荒れ地でなければならない。したがって、Bが存在するならそれはテロリストという呪われたカテゴリーにおいてでなければならない。AはBを挑発し、Bは反抗する。
  15. モデル1と2では、長い服従が続いた後、それでもBの反抗(可能性)が存在するのだ、というのが論点でした。(モデル3をDVに対比的に考えると、イスラエル建国からの50数年はDVであれば最初の2,3日に当たるのかもしれない。)わたしのモチーフは反抗可能性の存在を言挙げすることにあるので、その意味からは、モデル3は最も強力な傍証となる。

(問題点)ゲーム理論的発想とは何かについてわたしはよく分かっていない。ゲーム理論的なものは思想的に正しくないのではないか? という疑問に答えられない。