「卒業式に思う」を読んで。

id:azamiko:20050312「卒業式に思う」を読んで。

 長女Kは18になったばかりですが、11日都立高校を卒業しました。ひとまづ、親としての役割は解任されたと思っています(やれやれ)。

 この文章が感動的なのは「親としての」存在性から書かれているからだ。わたしの体験談「わたしは君が代の強制には反対なので、その時だけ着席した。http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050318#p2」 が1分間ほどの一人の個人の内心の自由の行使であり、それ以上の波紋を投げかけなかったものであることと対比し、興味深い。*1

「親として」という言葉に家族制度イデオロギーの臭いをかぎ取り反発してみせるフェミニズム系の言説は、自己の欠落を発見していくべきだろう。

卒業はしたもののその卒業にまつわるもろもろがなんとも釈然としないままなのです。もう、卒業したのだから関係ないといえば、そうなのですが、東京都の公立学校に通う、これから通おうとしている人たちには関係のない話とは思えません。

 わたしたちの日常は常にそんなふうにとおりすぎる。持続している必ずしも些細とはいえない不条理であるかもしれないが、とりあえず私が関わっている部分については、「問われなければいけない大きな問題」そのものではないし、ちょっといまは忙しいしその問題はパスしておこう。日常とはそんなふうに過ごさざるを得ないものではある。しかし、それだけで良いのかといえば、いけない! 少なくとも一生のうち何度かは、かっこわるくとも孤立しようとも声を挙げるべきなのだ。そうでなければただの奴隷だ(とわたしは思う)。

ところで、卒業式と「卒業証書授与式」は違うものなのだろうか?、そう言えばうちの小学校でも後者の方だった。なぜ親しみにくい言い方をするのかとちらっと思っただけだったが。

学校全体で、卒業生を祝うのではなく、校長が各クラスの生徒代表に証書を授与するための学校長主催の会。つまり、校長の決定した形式にのっとり、遂行されるものなのだとか。卒業授与式って。

卒業式の主人公は卒業生です。多くの歌謡やドラマにうたわれる通りですね。法的には学校長主催だという。それも間違いではない。国家とは公共の福祉であり、その場が盛り上がるためのコーディネーター兼仮の名宛人として国家=校長がいるだけだ、と考えれば、両者は矛盾しない。

なぜその場が盛り上がることが必要かといえば、わたしたちは最小のパトリ(原郷)、最小の祭り無しには(おそらく)生きていけない存在であるからだ。国家の方もこのことを強く望んでいる。君が代は心から唱われ、卒業式は祭りとしてのカタルシスを得られるものでなければならない。「強制された君が代」がナンセンスということは彼らが心から思っていることだ。ではなぜ彼らは「強制し続けるのか?」*2それは20年後を見すえてのことだろう。継続すればそれが伝統になり誰も疑問を持たなくなる。

 だが本当にそうか。戦後日本は60年も安定的に継続している。国民の意識の均質化は他のどの国家よりも高い(たぶん)。にもかかわらず現在、卒業式の君が代問題については(たぶん)1割以上の不満分子を解消できない。彼らの目的と根拠は、国民統合とその自然さである。であるならば、彼らもまた敗北しているのではなかろうか。

司会者のかけ声に、式が始まってすぐに全員起立、礼。空っぽの壇上に向かって、礼をします。うっかり礼をしてしまいました(笑)。はい。それから、そのまま「国歌斉唱」。そこで座る人はわずかです。立っている人も歌っている人はわずかでした。地域によっては君が代斉唱の音量まで調査していると言いますが(笑)。いったい、なぜ、ここまでして日の丸や君が代をするのでしょうか?なぜ?

つまりは従わせるためにやっているとしか思えないのですね。

 「立っている人も歌っている人はわずかでした。」というのがわたしの体験と一致する。で私が座った事に対し、回りの反応は全くなかった。これは考えると不思議なことにも思える。大衆の中で一人だけ違った行動をすれば、とがめるような空気が走るのが普通だろう。大衆もまた、「国家斉唱に着席する」というマイナー文化があることを知っているのだろう。

 「心をこめて歌う」という自発性が発生するよう彼らは50年努力してきたが、まだ道は半ばだ。

実は前日、学校へ出かけました。長年お世話になった先生方にお礼と親からのメッセージを伝えるためです。

(略)お弁当を作る以外はノータッチ、お任せでこれたことをほんとうに感謝しています。ひとつにはそういう感謝の気持ち。そして、もうひとつは東京都が日の丸掲揚、君が代斉唱に関して、教師を大量に処分しているが、強制的なやり方に反対し、先生方が自己の意思に従い行動されることを支持するというメッセージを伝えるためです。

それ以前に、教師たちは公務員である前に、日本国民であり、思想・信条において、不利益をこうむることがあってはならないはずです。東京都が処分すること自体が憲法違反です。

 azamikoさんとわたしの最大の違いは、目の前にいる先生たちへの距離感、親近感ですね。教師たちと連帯する、というそういう発想が私にはなかった。君が代強制の問題が顕在化している東京都とそれ以外の地域との落差という問題はありますが。

「教師たちは公務員である前に」という文が前提にしているのは、公務員は職務命令に従うべき存在だという規定であろう。しかしそれより先に、公務員は「全体の奉仕者」(憲法15条)である。ここに儒教の「中庸」というものを読み込もうとすることは不当ではない。「道の行われざるや、我これを知れり。知者はこれに過ぎ、愚者は及ばざるなり。」聡明な人は知恵にまかせて出過ぎたことをする、と。全体が全体であるということの確認は揺るがしてはならない絶対的要件であるでしょう(儒教にとって)。しかしそれは強制によっては達成できないものなのです。

 ここからazamikoさんの卒業式前日の学校での行動の記録が始まる。学校にしょっちゅう行く(行かざるを得ない)父母(母父)もいるがほとんどいかない親も多い。わたしは後者だったが、推測するにazamikoさんの場合、(高校はともかく)小学、中学時代は前者の経験があったのだろう。学校は官僚組織ではなく親と一緒に共通の目的を達成すべき共闘者であるととらえている。

(先生に渡すべき手紙を)「それをコンビニでA3で2枚つづりにコピーし、学校の事務室で裁断機を借りて切りました。」という細部も興味深い。すべての表現はコピーであり、コピーにはしばしば高価な機械が必要である。必要があればわたしたちは学校にそれを借りに行くべきであるし学校はそれを拒否すべきではない。こういう文体で語ってもつまらないが、それを身体化できるかどうかは大事なことだ。

さてazamikoさんのやろうとしたことは、先生たちに自分たち3人が書いた手紙を渡すことでした。ところがそれに対して次のような対応が為されました。

しばらくして副校長が来て、

「学校の配布物に関してはすべて学校長の許可がいるということに今年の1月からなりました。前半は構いませんが、後半の東京都教育行政を批判した部分を削除していただければ配布できます」

「先生に検閲を受けるつもりはありません。これは、配布物ではなく、親からお礼とともにお渡しするお手紙です。配布物に関する公式文書があるというならみせてください」と私。

公式文書は「学校から生徒及び保護者に配布する文書にかかわる取り扱い基準」。つまり、生徒、保護者に配布するものに関してで、教師への配布物ではありませんでした。

 副校長は分かっていてなお「学校の配布物」の範囲を拡大解釈して市民を威圧しようとした。わたしが電話した市の教育委員会の担当者も「学習指導要領の法的拘束性」だけを強調しそれが生徒や父母には当然及ばないことを口にしなかった。まずここを軽くクリアーして次のステージへ。

どうもありがとうございました」

と言って、事務室を出て、各教員室(教科ごとに教員室が分かれています)に出向きました。構内を迷いながら、社会科、英語科、家庭科の教員室をみつけて入ってゆくと、予行に出ていたり、出講日ではないので欠席していたりで、少人数でしたが、いらした先生にお礼と手紙を渡し、いない先生の分は受け取っておくといってみなさん、とても快く受け取ってくださいました。家庭科を出たところで再び、副校長に出くわして、

という風に書くと本当にRPGみたいだな。ここでバトル。

副「これ以上、構内を歩かれては困ります。しかるべきところに連絡します」というので、

A「しかるべきところというのは?教育委員会ですか?」

副「それだけではなくて・・・」

A「警察ですか?」

副「・・・そうです」

Aさんがここで激したりすると、(RPGなら衛兵)がやって来て即座に拘束されてしまう。日本国でも拘束の可能性はあった。学校の敷地内ですから。

校長を待てと再度指示され待つ。・・・校長登場。

校「教育というのは強制をともなうものです。

シニカルに言うと、教育とは強制を自発性であるかのように勘違いさせることであり、それは実際成功しているわけで、君が代についてだけ成功しないのならその理由を自分に問うべきなのだ。

日本は法治国家で、私は公務員として公務員法にのっとって職務を遂行しています。

あなたは手紙と言われますが、これを手紙だとは思えません。都の教育行政を批判した文書です。そういう文書を構内で配られては困ります。お断りします」

 文書の性格は校長が判断する。そして構内で配ることは禁止する。法的に正しい禁止かどうかはともかく、禁止はなされる。

校「私は公務員ですから、職務に従います。今の都政に反対ならば、そういう運動をおやりになればいい。すべて、政治は戦いですからね。今はこういうことになっているのです。あとのことは、歴史がすべて判断してくれるでしょう」

A「歴史が判断してくれるでしょうって、歴史を作るのはあなた自身ですよ。校長の裁量の範囲だというにもかかわらず、手紙一枚先生に渡すことを拒否するというのは、自主規制以外のなにものではないでしょう!自分の首を自分で締めているようなものですよ。そう思いませんか?」

校「構内で配ることをお断りします」

A「先生の裁量の範囲だというのに、そこまでなぜ拒否されるのですか?先生の許可を得るつもりはありません。これは配布していただく文書ではありませんので。個人的に先生にお渡しするお手紙ですので、失礼します。ありがとうございました」

校「校長の権限で、構内の立ち入りをお断りします」

さていよいよ警察を呼ぶボタンが押されそうだ。Aさんは賢明にも退却する。

私の書いた手紙に、なぜこれまで拒否反応をおこさなければならないのでしょう。

何の強制力もない、保護者3名連記の一枚の手紙に。

彼らには守らなければならない物がある。それが(強制による)自発性という矛盾に私たちからは見えたとしても。

以上。リンク先を読んで頂くだけでいいのだがわざわざ拙い要約を作ってしまった。わたし自身の存在様式はazamikoさんより校長に近いのではないか、との疑問も発生した。

この問題にも関連する、この間のazamikoさんとアレクセイさんとのコメント欄でのやりとりも興味深かった。

*1:自己嫌悪的にならないでもない。

*2:現在、東京都などとそれ以外の府県では強制の度合に違いがあるわけですが。

靖国神社参拝反対

「(内閣総理大臣就任後は)日本のために犠牲になった人のために参拝する。」と小泉氏は言ったそうだ。だが何度も言うが、例え戦争を始めたとしてももう少し合理的に戦い、どうしようもなくなったら降伏するという方法もあった。そうすれば死ななくて済んだ人はたくさん居たのだ。彼らは「日本のために犠牲になった」わけでは必ずしもなく当時の支配者の、市民の犠牲より大事な物があるという思想の犠牲である、ことは明らかである。

 特にA級戦犯合祀後の靖国を参拝することは、「国家がわたしたち市民に対して責任を負っていない」ことの宣言であり、絶対許すことはできない。

大和魂で列車を走らせていた

nagacyanさんは過去を振り返り、「昭和38年11月9日に発生した「横浜市鶴見区、東海道貨物線脱線事故」についての記事でした。この事故の犠牲者は、死者61人、負傷者120人。」を発掘しておられる。

「鶴見事件のときは『また、やったか』と思った。列車はどんどん増発されているのに、保安設備や線路増設は後回し。人間の力は無限だと旧海軍並みの猛訓練で補い、大和魂で列車を走らせていた。

(当時「鉄道労働科学研究所」次長であった斉藤雅男氏のインタビュー記事より)

http://d.hatena.ne.jp/nagacyan/20050425#p3 から孫引き

「赤心」という言葉がある。「唯一箇の赤心これわが神道の教なり。此赤心天地の道なり。神明の教なり。*1

儒教の基本的教えである「仁、義、礼、智、信」に対しそれを一箇にまとめた強力な原理である。「嬰児も母に親しみ父を敬う。生まれしままの直心なり。此こころ、成長にしたがい増長せば、聖賢の地位にも至るべきなり。」うまれたままの赤ん坊のこころで、絶対的真理に辿り着けるのだから大安売りみたいな思想である。

「君に対せば忠なり、父に対せば孝なり」。「会社への帰属意識を高めること」によって、「時間厳守と安全の両立」という困難を「自然に」達成することができる、という奇妙な信念。しかしながらそれは頭から馬鹿にして良いものではない。最初の引用によれば、「大和魂」は旧海軍や国鉄では何らかの効果を挙げることができた、ということだ。大和魂の主要な力は、わたしというものがその持てる力の全てを自発的に国家(組織)の方に差し出すという、心のそこからの自発性の動員にあった、はずだ。そう考えると、今回のJRの教育システムは大和魂システム的にも失敗だったことになろうか。

(この文章は飛躍が大きすぎて読むに耐えないと言われるでしょう。野原の発想の構図を示す意味でUPしておきます。)

*1:慈雲『神儒偶談』、p289『近世神道と国学』より

宣長篤胤の三つのスキャンダル

宣長の最初のスキャンダルとは、その余りにも排外主義的な皇国主義イデオロギーにあります。これについては、http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050326#p2 にも少し書きました。

二つ目のスキャンダルとは、篤胤における神、あるいは救済の問題です。

篤胤は「死後の霊魂のしずまりさきを知り、それによって「安心」をうること」を第一に求めた。あからさまな現世肯定主義の宣長とは対極的に。

この顕世は人の本世にあらず。天神の人を此の世に生じ玉うは其の心を誠にし、徳行の等を定め試みむ為に、寓居せしめ玉うなり。……試み終わりて*1幽世に入らば、尊きは自ら尊く卑しきは自ら卑し。人の本世は顕世に在らず、幽世なれば也。本業も亦彼の世にあり。(篤胤)*2

このような救済の問題は西欧では紀元前から現在まで深い考察が積み重ねられている。しかし

かつて19世紀初頭の言説世界にあって、ことに宣長の主導のもとに形成された古学という学問的な言説世界にあって、この篤胤の「神」の言説の出現はまさしくスキャンダラスな事件として迎えられた。それは既存の古学的言説から予想し得ない特異な言説の出現であったからである。*3

三つ目は、上に引用した本州がイザナミの子宮から出てきたという即物的描写を含む、三大考の宇宙論。

三つ目は上二つとはまた全く位相が違うようです。どう考えたらよいのかこれから考えます・・・

*1:本当は難しい字

*2:p191『「宣長問題」とは何か』より isbn4-480-08614-5

*3:子安宣邦、p195同上

小学校学習指導要領

http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/003.htm

小学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)-第2章:各教科-第2節:社会

(1) 我が国の歴史上の主な事象について,人物の働きや代表的な文化遺産を中心に遺跡や文化財,資料などを活用して調べ,歴史を学ぶ意味を考えるようにするとともに,自分たちの生活の歴史的背景,我が国の歴史や先人の働きについて理解と関心を深めるようにする。

ア 農耕の始まり,古墳について調べ,大和朝廷による国土の統一の様子が分かること。その際,神話・伝承を調べ,国の形成に関する考え方などに関心をもつこと。

  イ 大陸文化の摂取,大化の改新,大仏造営の様子,貴族の生活について調べ,天皇を中心とした政治が確立されたことや日本風の文化が起こったことが分かること。

ウ 源平の戦い,鎌倉(かまくら)幕府の始まり,元との戦い,京都の室町に幕府が置かれたころの代表的な建造物や絵画について調べ,武士による政治が始まったことや室町文化が生まれたことが分かること。

7/03(1)への応答

#drmccoy 皇国・皇軍が「強制」したとおっしゃいますが、具体的にどのような方法で強制したんでしょうか?

(野原)住民の半数が米軍に“保護され”生きのびています。皇国・皇軍の「強制」がなかったのなら、彼ら(死んだ方の半分)はなぜ死ななければならなかったのでしょうか。

自殺した以上そこには自己の意志という契機が存在している。つまり「一種のマインドコントロール」の下にあったのだ、と(スワンさん発言の援用して)野原は主張しますが、だからといって幾ばくの自己責任が存したことは否定しません。

彼らの死が百パーセント強制によるものと言えるのか?とマッコイさんは論を立てているようですが、彼らの死の原因をたずねた場合、それが共同体の常識だったという意味を含めた強制が大きく作用していたといいうる、というのがわたしの主張です。

語り得ないが存在したもの

 その作戦中、私の中隊が、乳飲み子を抱いた三〇歳前後の女の人を捕まえ、お決まりのように輪姦をしました。*1

(p66 近藤一『ある日本兵の二つの戦場』isbn:4784505571

 日本の兵隊はよく女の子を引っ張ってきて強姦してましたね。わしはしていないけれど、女の子の悲鳴がよく聞こえましたな。

(p133 『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて』isbn:4784505474

戦争(特に中国大陸における)を語るときしばしば出てくるのが、レイプの話である。

 本やサイトでの記事の文章においては、語り手が(本来語り得ないはずのそれを)どのような苦渋に満ちた圧力を突破して<語った>のか、というその内面は一切分からない。ただレイプという事実があったとごろんとそこに記述されているだけだ。

 従軍体験はわたしの父や祖父、親戚の体験である。仮に<じいちゃん-孫>という関係性の中で、じいちゃんが本当はレイプしたとして、そのことは語りうるだろうか。語り得ない。語るべきだとも言えない。

「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中(うち)に在り。(論語・子路編)」

そこでこの「じいちゃん」という言葉をキーワードに、“なかった派”の聖典『ゴーマニズム宣言・戦争論』が生まれるわけである。*2

 過半が反戦平和の立場に立っていたのに、「中国大陸では皇軍はレイプしまわっていたのに、体験者は戦後はそのことに一切口をつぐみ、歴史を偽造しようとしている!」という糾弾は戦後長い間ほとんどなされなかった。おそらく、戦後二〇年ほどは、戦争に行かなかった者はそれだけで行った者より倫理的に劣位にあったのだから、前者の立場から後者のレイプの可能性を指摘糾弾することはためらわれただろう。このようにレイプは語られなかった。しかし「ない」と思われていたわけではない。本当は「まちがいなく、あった」それがリアルに分かるからこそ前者も後者も沈黙していたのだ。

 暗黙の了解に支えられた沈黙が存在した。しかしわたしたち子ども(あるいは孫)の世代になると、そうした微妙なものは時代を超えて伝えることができない。沈黙は「レイプは存在しなかったはずだ」「例えあったとしてもそれはどんなことがあっても否認しなければならないことだ」と理解されるに至る。

 

 レイプは糾弾されるべきだ。しかしそのとき自らを倫理的高みに置きその位置から裁断することはしてはいけない。わたしはむしろ金の力で徴兵逃れをしたはずべきプチブルの子孫であるだろう。レイプした彼の罪よりも逃れた<わたし>の罪の方が大きい、と宗教者なら言うだろう。戦争体験を<読む>だけのためにわたしたちは自己を父、祖父の代に遡り反転させなければならない。それなしに戦争を理解しうると教えた平和主義者は、戦争を「戦争の悲惨」といううすっぺら概念に平板化してしまった。それをひっくり返すと、戦争のどんな部分も批判できないプチウヨができあがるわけだ。

*1:近藤さんは輪姦に参加していない。

*2:この本は読んだのだがだいぶ前なので不正確かもしれない。

いつどんなときも「私は有罪」ではない。

 私にとって第一の関心事は、「私においてどのような表現が可能なのか?」「どのような私が可能なのか?」にあります。

「私は有罪だ。」という表現は成立可能でしょうか。不可能だと思います。有罪とは、それを言表することにより致命的なダメージを私が受けるという意味である。したがって何らかの裁判装置に私が受動的に掛けられるなら、「あなたは有罪だ」という言表は装置から発せられるであろう。もちろんわたしの内にも良心がある。良心は反省し認罪することができる。だが実行した私も、認罪した私も同じ私に過ぎない。前者ではなく後者が優越すべきだとする根拠は何処にあるだろう。戦争の時代に戦争に加担し、反省の時代に反省に加担する。それでは時流に合わせているだけですね。時流としてはまさに現在、反省への反動が押し寄せている。

わたしというものが“どこまでも述語となって主語とならない時間面的自己限定にほかならない”*1なら、反省はどのように可能なのか。

 そもそもわたしがどんな罪を犯したというのか。わたしはどんな罪をも犯しはしない。仮にレイプしたとしてその対象がその直後に消滅したとしたなら、犯罪は存在したとは言えない。殺人の場合はまさにそうだろう。犯罪は発生した瞬間に消滅する。あなたが神ではないから犯罪の瞬間を再現することなどできない。すなわちわたしの犯罪などどこにも存在しないのだ。

「語りえないものの秘密を漏洩すること、それがおそらくは哲学の使命にほかならない」(レヴィナス)という非在の回路を通じてしか、「わたしの罪」は現れない。悪人はいつでも安心して眠っている。

*1:西田幾多郎

 パレスチナ難民の声を聞く

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【転載・転送大歓迎】

   パレスチナの平和を考えるトークカフェ in 新世界 第二弾!

 パレスチナ難民の声を聞く ― 「日本人フェミニスト」の視点から ―

~☆~・~☆~・~☆~・~☆~・~☆~・~☆~・~☆~・~☆~

日 時●9月19日(月・休) 16:30~18:30(16:00開場)

会 場●cocoroom(フェスティバルゲート4F、tel:06-6636-1612)

    http://www.kanayo-net.com/cocoroom/

    地下鉄「動物園前駅」5番出口/JR「新今宮駅」下車すぐ

    南海「新今宮駅」下車5分/阪堺電鉄「南霞町駅」下車すぐ

ゲスト●清末愛砂(ジェンダー法学/同志社大学政策学部嘱託講師/

    アジア女性資料センター運営委員)

参加費●1000円(1ドリンク付)

主 催●パレスチナの平和を考える会 www.palestine-forum.org

連絡先●090-9273-4316、ysige@ysige@hotmail.com(やくしげ)

           *  *  *

今年2度にわたってヨルダンのパレスチナ難民キャンプを訪ね、そ

こに暮らす女性たちの声を中心に聞き取りをされてきた清末さんに

現地の映像を交えながら話をしていただきます。

「ガザ撤退」の報道のなか、中東和平について多くが語られるよう

になってきていますが、パレスチナ難民の状況が省みられることは

ほとんどありません。そうしたなか、彼女/彼らの声に今あらため

て耳を傾けることの意味について、参加者一人ひとりの視点から考

え、深めることができれば思います。

今何か変なことを書いただろうか。

村田さん  コメントありがとう。

「ふんふんふんっ」などについて、問題提起してみたものの自分では答えがうまく見つからず書けずにいました。

(1)

Panzaさんの「神である叙述者(作者ではなく)のナルシシズムを相対化するための自己ツッコミである。」、村田さんの「自らツッコミを入れることで語り手=主人公を相対化したり複数にしたりする力」は正しいような気がします。「叙述者-読者」という関係において、叙述者が独走し読者が付いて来れなくなるのを避け、一方読者にこれは普通の平板な小説ではないよという警告を与え小説を立体化するという効果を果たす、という感じでしょうか。

(2)

「私はヒトだ。」という文に対し、「私はヒトだ。そうだよ、ね、ね。」という文の差異を考えましょう。前者のメッセイジは文の意味がそのままききとられるであろう平静な事態を想定しているのに対し、後者は私がヒトではない充分な可能性(危険性)を持つとする冷たい聞き手を前にしているという危機感を表している。語り手と場の空気との関係を表現するものが、「ね」とか「けっ」というかいう文末の直後に付く間投詞であるわけです。「ふふんふふーん」もその類だと理解しました。『金比羅』は小説ですから“語り手と場の空気との関係”と言ったときの、「場」とは小説に描き出された場でしかないはずです。作者はどんなに変幻自在な妖怪を暴れ回らせる自由もありますがそれは作品の中のことであり、読者には1mmも近づくことができません。

結局ここでわたしは躓いているので、「ここ」とは小説の読解に必要なところではなく、わたしがインスタントにでっちあげようとした「理論」が、素人が椅子を作ろうとしたときのように足がまるまる一本足りないことに気づいたは良いがそれの是正の仕方が分からず立ち往生している、といった状況です。で上手く説明できないしそもそも説明する価値のあることでもないような気がするのですが、しないと抜けられないので、します。

(3)

つまり、(1)では「叙述者-読者」という関係が語られているのに、(2)では「作中人物-作中の場」という関係が語られている。文の構造分析みたいな視角からは、(2)しか語り得ず、(1)は飛躍があるような気がするのです。

(4)

『S倉迷妄通信』p141などでは、

「今何か変なことを書いただろうか。」という文が現れる。

実はルウルウだけが通力のある化け猫だったのだ。(略)

今何か変なことを書いただろうか。(略)p141

四日後ドーラは走り回り、日に何度もカリカリを貪り喰った。ただ自分が人を殺したという感触だけは残った。(略)でも本当を言うと、私は殺してない。--今何か変なことを書いただろうか。(略)p137

猫を愛する平凡きわまりない日常から血みどろの殺害シーンへ、という位相差を飛躍としてでなく連続として笙野は描きたかった。だが、平凡な日常から血みどろの殺害へを連続的に描くことはできてもそれでは<連続>を描くことにはならない。読者の意識の中にある日常と殺害の絶対的断絶というものに働きかけるにはどうしたらよいか。その方法の模索として、殺害シーンに読者が感じているであろう異和感を、隠蔽するふりをしてかえって励起させるために、「今何か変なことを書いただろうか。」という文が挿入される。

これは、小説は最後の頁の最後の1行まで小説の中の世界を描くという小説のルールの侵犯だ。劇中から観客に向かって物を投げてくるようなものか。

(5)

「野生の金毘羅の鳴き声」であるところの「ふんふんふんっ」はまた、劇中で観客に向かって投げられる物、とも規定できる。