民衆のための反乱者?

# swan_slab 『最近の議論のなかでは、「差異の擁護」という観点で、もっとも説得的な議論をしているのはhikaruさん(http://d.hatena.ne.jp/index_home/20050325)だと思います。

少なくともこのコメント欄におけるspanglemakerさんのお考えはよくわかりません。

野原さんの組織への忠誠批判は、例えば「国家元首」という言葉のなかに無自覚に潜む価値観の否定へと向かうものだと私は思います。すなわち、国家をひとつの有機体ととらえ、その頂点に首という比ゆをもってくる考え方です。N・Bさんの提示したレイコフのメタファーを考えるうえでも、参考になるかもしれませんね。ナチスの経験から、ほとんど封印されたような概念なんですが、この点からも再検討できそうなので、また考えるヒントをよろしくお願いいたします。

>愛国心は敵を必要とする>hal44さん(http://d.hatena.ne.jp/hal44/20050325

なるほど、私の関心としてはリスク認知と評価の問題が浮かび上がってくるかなと。

私自身は、差異の擁護自体どこまで認められるかでうろうろしており、何を言いたいのか一番はっきりしていないのはスワンということになるかも。』 (2005/03/25 21:15)

# index_home 『あらら、226事件の記述まで読まれていたのですね…おはずかしや。(ちなみに「葬式」ではなく「法事」ですね…いえ、私も実は最初に「葬式」と書いてしまって後から編集しなおしたのです…226の青年将校は当時「民衆のため、というとアカといわれるのは心外だ」と述べていることがあります。行動は別としても、彼らなりの方法で民衆をどう救えるかという考えの過程は少し興味あります。

スワンさん>実は前からブログをアンテナに入れて拝見させてもらってました。私は思想方面の知識が足りないのでいつも勉強させていただいてるんです。』 (2005/03/25 23:38)

(野原)

えっっ「226事件被告たちのお葬式に行かれて」って野原はちゃんと書いてますね。葬式のはずないだろ。「日本の伝統」を学びたいなどと言ったりしているのに、、まあ恥ずかしい!ことです。ちょっと今から直しておきます。

226の青年将校は、民衆のため、に天皇の名において決起し、天皇に弾圧され殺されたのしょうか。「民衆の為」という真心があったのは事実でしょうが難しいですね・・・

手紙を渡したら秩序が崩壊する

# BUNTEN 『日の丸君が代の方が後から追加された条件で、しかも業務命令で強制してるわけですから、言い換えれば都の方が「難癖つけて式典をぶち壊す」あるいは「思想ふりかざしてゴネ」てるように私には見えています。』 (2005/04/04 22:12)

# FAZZ 『BUNTENさん、私が大阪で小、中学生だった頃(もう20年以上前ですが)は普通に壇上に日の丸があり、君が代を歌っていました。それを排斥したのが日教組です、難癖つけてきたのは日教組が先で、都はそれを以前の状態に戻そうとしてるだけです。』 (2005/04/04 22:59)

# KMR 『えーと、fantomeyeさんの発言の「難癖つけて式典をぶち壊す大人のほうがよほど迷惑です。」についてですが、個人的にはazamikoさんのやろうとした行為は式典をぶち壊そうとしたものに他ならないと思うのですが?

校長らが阻止した結果、ぶち壊れはしなかったものの、だからといって「、「式典をぶち壊す」なんてことをした(できた)人は一人もいないです。」などという反論が有効になるとは思えませんが。

もし仮に、azamikoさんの行動が最後まで実行されたとして、結果式典が混乱し崩壊したら、どう思われのでしょうか?

まさか校長らに責任をなすりつけるおつもりでしょうか?』 (2005/04/04 23:39)

# foursue 『荒れすぎ、建設的に話しましょう。』 (2005/04/05 01:16)

noharra 『KMRさんへ。

校長らが阻止しなければ、卒業式がぶち壊れただろう。とはどういう想像力の暴走でしょうか。理解不能です。azamikoさんは手紙を渡たすことができた。それで終わりでしょう。』 (2005/04/05 21:30)

# KMR 『どうして手紙を渡せると思うのでしょうかね?

直接教師宅に郵送すればすむものを、わざわざ学校に押しかけて渡そうとする行為にどんな正当性があるのでしょうか。

校長の立場としては認めるはずも無いですし、無理に渡そうとするなら実際に警察を呼んでいたでしょう。

で、そうなればこの事件は公になり、マスコミの手で報道される可能性は充分に考えられます。

その場合、実際の式典にマスコミの取材が来ることも予想できますし、あるいは報道を見た活動家がさらに押しかけてくることもあり得るでしょう。

式典が崩壊とまでは行かなくても、騒動に巻き込まれる可能性はあったと思いますが?』 (2005/04/05 23:16)

# 十条 『>KMRさん

なんで校長は警察を呼ぶのでしょう…呼ばねばならないような状況とは思えないのですが。いいじゃないですか手紙渡すくらい。手紙を渡したら秩序が崩壊する、だから警察を呼ぶ、なんて考えていたら本気でアホみたい。

なんかさ、大げさに騒ぎすぎ。その「大げさ化」の有様がこっけいに思えてならないです。』 (2005/04/06 04:21)

noharra 『「校長の立場としては認めるはずも無い」? 校長は認めるべきでない、とは主張しないのですね。

「式典が崩壊とまでは行かなくても、騒動に巻き込まれる可能性はあった」。校長が認めていた場合にそうなる可能性はどのくらいですか?』 (2005/04/06 06:09)

日本の第一神は?

 古(いにしへ)に天地(あめつち)未だ剖(わか)れず、陰陽(めを)分れざりしとき、渾沌(まろか)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、溟(ほのか)にして牙(きざし)を含(ふふ)めり。其れ清陽(すみあきらか)なるものは、薄靡(たなび)きて天(あめ)と為り、重濁(おもくにご)れるものは、淹帯(つつ)ゐて地(つち)と為るに及びて、精妙(くはしくたへ)なるが合へるは摶(むらが)り易く、重濁れるが凝(こ)りたるは竭(かたま)り難し。故(かれ)、天先(ま)づ成りて地後(のち)に定(さだま)る。然して後に、神聖(かみ)、其の中に生(あ)れます。故曰はく、開闢(あめつちひら)くる初(はじめ)に、洲壌(くにつち)の浮(うか)れ漂へること、譬(たと)へば、游魚(あそぶいを)の水上(みづのうへ)に浮けるが猶し。時に、天地の中に一物(ひとつのもの)生(な)れり。状(かたち)葦牙(あしかび)の如し。便(すなは)ち神と化為(な)る。

http://www.linkclub.or.jp/~pip/ututu/kami/hinomotonokakisirusi/tenntikaibyaku.html 第一段 神代七代章 天地開闢

(コピペさせていただきました。記して感謝します。)

こちらは日本書紀です。古事記の場合、1.天之御中主が登場する前には、「天地初發之時 於高天原成神名」とたった13字しかないのに対し書記は前置きが長く荘重。ところで登場する神の名は1.天之御中主ではない。

葦牙(あしかび)の如し、として登場するので、4.宇摩志阿斯訶備比古遲がふさわしいようにも思われるがそれでもない。じつは

6.国之常立神 です。つぎに、(まだ表を作っていない)

62.国之狭土の神=国狭槌尊(くにさつちのみこと)。つぎに、

7.豊雲野神=豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)

この3神が「凡(すべ)て三(みはしら)の神ます。乾道独化(あめのみちひとりな)す。」とされる。

したがってここで、倭の主神は誰か?という問いに3つの答えがありうる。

1.天之御中主神。(あめのみなかぬしのかみ)

4.宇摩志阿斯訶備比古遲神。(うましあしかびひこぢのかみ)

6.国之常立神。(くにのとこたちのかみ)

 ところで一方、宣長によれば、

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050326#p2

「この天地も諸神も万物も、みなことごとく其の本は、高皇産霊(たかみむすび)神、神皇産霊(かみむすび)神、と申す二神の、産霊(むすび)のみたまと申す物によりて、成出(なりいで)来たる物にして」ですから、下記こそが主神であることになる。

2.高御産巣日神。(たかみむすびのかみ)

3.神産巣日神。(かむむすびのかみ)

 ふーむ、4つの内のどれが正しいのか。宇摩志阿斯訶備比古遲がわたしのひいきなのだが・・・

dempaxさんが考えてくださった

# dempax 『http://d.hatena.ne.jp/dempax/20050510 で≪1000人の小人≫問題を考えてみました. 御検討頂き度.』 (2005/05/10 23:56)

dempaxさん どうもありがとうございます。

dempaxさんの解法の方が分かりやすくクールですね。

ところが、ガーン!

答えが違うので、考えてみるとやはりわたしが間違っていた。

例えば最初の人数が13人の場合。

dempaxさんの考えでは、2のn乗(この場合8)にするために5を引く。

つまり2,4,6,8,10,と消して、その時点の先頭「11」が答えになる。

わたしの作ったフォームでは(答えだけ書くと)「3」となる。3は2進法で「011」。11は「1011」で4桁目が違う!

どうも間違いばかりですみません。orz(平身低頭)。

(5/11 20:06)

「心の中の光と影」

藤原定家は1162-1241。

もう3首貼ってみよう。

宿ごとにこころぞみゆるまとゐする花の都のやよひきさらぎ

定家には珍しい庶民的雰囲気の歌。まとゐ=まどゐ(円居)で団欒。家ごとのさざめきの雰囲気の違いを肯定的に歌っている。

さむしろや待つ夜の秋の風ふけて月をかたしく宇治の橋姫(新古420)

「さむしろに衣片敷き今宵もやわれを待つらむ宇治の橋姫」が本歌。夜がふける、衣を敷くはずなのに、定家では一見「風がふけ」たり「月を敷」いたりしてるように読め、難解になっている。邦雄によれば「肩すかしともいふべき修辞の妙」だというのだがそんなものなのかね。邦雄の読みでは、わたし(女)が男を待つがいつまで経っても男は来ないという歌。宇治の橋姫とは「宇治の里橋のあそび女」となっている。*1

わすれじよ月もあはれと思い出でよわが身の後の行く末のあき

我が死の後の行く末を、月よ、哀れと記憶に留めよ!という強い命令の歌。「これは景色としての月から遠く隔たった一種の呪物と化し、死後の世界まで照らし出すようなすさまじい光となってゐる。(邦雄)」戦争で(例えば異国の山河で)死ぬ前の晩に月が異様に照っていたといった情況を思い浮かべることもできる。

*1:p94『定家百首』

三井銀行員も東条を許さない

 東条は、このように自分と政治的に対立する者に、さまざまな圧力をかけて屈服させようとした。三井財閥の総帥池田成彬(第一次近衛内閣の蔵相)が反東条で動いているとみると、池田の三男・豊が兵隊に召集され、中国戦線に出動するため福岡で待機中だったのに目をつけた。池田のところに人をやって「政治的に自分と妥協してくれるなら、豊君を危険な戦線へ出さず、生命の安全な東京へ戻してやるがどうか」と告げさせた。

 池田はその場でこれを拒絶した。結局、豊は中国の戦線に送られ戦病死している。

週刊「世界と日本」という右翼系のミニミニ新聞がある。それの6月13日号に内外ニュース会長、清宮龍 という人が1面2面をほぼ全て使い「東条首相 狂気の弾圧政治」という文章を書いている。

 毎日新聞の新名丈夫記者 戦後東海大総長になった松前重義、国会議員浜田尚友、有馬英治、などが、東条の逆鱗に触れ、東条の命令で、指名召集を受け軍隊に入隊させられた。 

 政治家中野正剛は検挙され憲兵隊長によって取調中(一時帰宅し)、自決する。

 最も強調されるべきことは、やはり、陸将時代の昭和16年に「戦陣訓」を出し「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」と全軍に布告したこと。

靖国神社はこれも肯定しているのかな?

プチウヨの諸君はどうかな?

小泉氏は「罪を憎む」そうだがこれらを罪と認識しているのかな?

 (以上について事実と違うという主張があれば歓迎します。お互いに事実を確認していきましょう。)

ハッピー=より高次の水準への訂正

上記「5つの価値」のうち省略したのは下記の1項目。

全体最適化

たくさんの人がハッピーになれるエレガントな方法を見つけた時、我々は最もハッピーになります。

抽象的すぎてピンとこなかったのだ。「間違いの訂正」といっても何が間違いかはについて他人と同意するのは時として困難だ。したがって何を目指すのかをイメージとしてだけでも提示しておかなければいけないと思って書かれた規定だろう。希薄だがポジティブである。

「スパゲッティな」プログラムは悪い、その反対はエレガントで良い、そのような価値観を文章や人間関係、社会関係にも敷衍しうるみたいな感覚が基礎にあるのだろう。

掲示板*1などへの表現は、全当事者に向かって等距離に開かれている。したがって「幻想性のエネルギーの量と質を、関わりをもつ全当事者が認識し解放していく度合で、より高次の水準ヘ〈訂正〉しうる。」わけである。

松下昇氏の文章の一部を引用しておく。

一 執筆~印刷~配布の全過程に関わろうとすること、全ての人がそうしうる情況をつくろうとすること、その試みが極めて困難であるが不可能でないことまでは視えてきた。訂正についても、具体的な作業を行う人の内的な意識を共有しつつ、この意識や労働対価の疎外形態の止揚をめざしている。

二 ①〈黒板〉~〈壁〉への直接表現や話体の言葉も、それらが影響を及ぼした幻想性のエネルギーの量と質を、関わりをもつ全当事者が認識し解放していく度合で、より高次の水準ヘ〈訂正〉しうる。

②権力の表現所有~訂正に関する構造は、基本的には権力構造の打倒~解体によって〈訂正〉しうるが、権力が無視しえない、別の〈同一〉表現をつくりだし対置する作業が、拘束されている表現を固定化させないためにも必要である。

③人間~社会の行動軌跡~様式の対象的〈訂正〉の組織論の萌芽は、前記①、②を具体化する際に、モンテーニュのとった〈空虚〉への対し方の対極で〈 〉を媒介して出現しつつある。

松下昇『概念集・2』p28「訂正」より

*1:ブログとかも他者に強制的に開かれた表現であるという点では従来のHPより掲示板に近い

責任

「責任」という言葉を使いたくない、よく分からないみたいなことをこの数週間考えています。

http://kujronekob.exblog.jp/i7 評論誌「カルチャー・レヴュー」Blog版

で、黒猫氏が、仲正昌樹『日本とドイツ 二つの戦後思想』などを読みながら書いおられる。

ちょっとコメントしてみたのだが、(わたしの番で)応答が途切れていた。

(戦争)責任とは何か?

★しかし、所与の事実性(先験的選択)とその関係をすでに生きてしまっていることは、相続放棄するように原理的には解消できません。それは言い換えれば、所与の歴史性に如何に応答するか、如何に他者の声に耳を傾けるか、という課題(応答責任)でもあると思います。先の高橋哲哉の「恥じ入り続ける」という言い方の真意も、またその課題の表明でしょう。(黒猫)

応答責任にどう応えるか?というのは、わたしの倫理の起源であるかもしれない。がどうもよく分からない。

神はいないとする無神論を自覚的に選択した私にとって、「他者の声に耳を傾けるか、という課題」とは、神をそこに措定しようとする未練な思想的態度に見える。

★斎藤純一は次のように言います。「どのような自発的行動によっても解消しえない」のは、国家への帰属(citizenship)そのものではなく、被害者との間にあるこうした歴史的関係にほかならない。私たちを「日本人」と呼ぶとき他者が名指しているのは、私たちの生のこうした歴史的位相であり、いかに自らを「非-国民」として定義しようとも、そうした生の歴史的位相を消し去ることはできない。(同上)

「被害者との間にあるこうした歴史的関係」をいわば形而上化しようとするのは、倫理の原資を他から借りてくる態度であり良くないのではないか。

日本というネイション(日本人)が中国侵略したと認めよう。わたしたちは無自覚であったとしてそこに関わっていただろう。多様な力の交錯のなかにわたしがあったのだとしても、「侵略」という大きな磁場からわたしは自由ではなかった。

 それを認めるとしても、「「どのような自発的行動によっても解消しえない」のは、、被害者との間にあるこうした歴史的関係にほかならない。」という発言には問題がある。20世紀前半は帝国主義の時代であり、すべてはその中で起こった。したがって“なんらかの責任”を負うことは当然であるとして、それがどのような“責任”であるのか、誰が誰に問うているのかといった点を細かく問うていかなければならない。

日本というネイション(日本人)が中国侵略したと認めよう。歴史的に成立していた磁場の中で抑圧関係に棹さしてわたしが生きていたとしても、ひとりのわたしが被害者との間にすでに歴史的関係を成立させていたと言えるのか。日本人が加害者であり中国人が被害者なのか。大ざっぱに言えばそう言っても良いだろうが、厳密にはなるべく言わない方がよいと思う。

磁場がある以上、存在の受けていた内圧の違い“なんらかの責任”は認めても良いが、そのとき「日本人の責任」というフレーズを成立させることは強力過ぎるのでなるべくやめた方が良い。

この意味で、「「国民」という抽象的な集合体がまとまって罪を負っているかのような語り方をすれば、国民を構成する各個人がそれぞれ異なった仕方で、異なった重さで負っているはずの罪の具体的な中身がかえって曖昧なものになってしまう。各個人が、自分の罪について主体的に考えるべきだ[1]」というヤスパースの意見に賛成です。

「仲正昌樹は先の新書で、戦後世代に戦争責任があるのは親の遺産を相続する際に、負の遺産も一緒に相続しなければならないのと同じ理屈だと書いていますが、不適切な比喩だと思います。」そうでしょうか、財産と同時に債務も放棄することは認めても良いような。国籍と(国語を)捨て、日本人でなく生きていくのなら、その人に責任があると立論する必要はないと思う。(野原)

「つまり相続放棄なら簡単に出来るが」という前提がおかしいと思う。わたしは日本語を捨てて生きることはできない。日本語を捨てて生きるとまで決意した人間に対して、なおかつ何を何語で語りかけるのか? そしてその効果は何か。

例えば不作為によって生じる「不正義」は、それによって損害や不利益を被った者によってはじめてそこに「不正義」があることが能動的に問れ、その問いかけに応じることが「応答責任」です。

あらかじめの「正義=法」によって、「責任がある/ない」」ことを限定する正義感(観)よりも、不正義感のほうがより根源的に<正義>を問いただしていると思います。(黒猫)

と言われるのであれば、この不正義感は斎藤より仲正に近いのではないか?

以上、私的メモであり応答になっていないが、とりあえずUPしておく。

あたしesは「われわれ」を選択する

 黒猫さんが引用した限りで斎藤純一さんを一応仮想敵みたいに考えてたみたいなところもありますが、彼の文章が載っているその論文集には、(野原が依拠しようとしている)岡野氏の文章も載っているのだった。いま気付きましたが。(誰にでもケンカを売らず友好的でありたいものです!)

戦争責任と「われわれ」、を検索すると、自由主義者おおたさんが「岡野八代を読む(1)「わたしの自由とわれわれの責任」」として岡野氏のその論文を丁寧に紹介している頁が一番にヒットした。

「岡野がこの論文で訴えているのは」、「「戦後世代の戦争責任」という問題が、けっして「戦後生まれの日本国民」という抽象の問題ではなく、わたしの問題であること」だ。と冒頭でおおた氏は強調する。

岡野の思考の出発点は優れて具体的である。ある時飛行機である韓国人男性の隣の席に座り「日本はかって朝鮮半島に何をしたか」という会話に閉じこめられたという岡野の体験から彼女は考える。

わたしが行ったわけではない行為について、それを想起するように求められる根拠とは、おそらくわたしが属しているであろうこの「われわれ」の存在のゆえである。(岡野)*1

ここでおおざっぱには「われわれ」=日本国民である。ただそのあたりを丁寧に考えていく必要があるのだ。

岡野が日本国の国籍保有者になったのは、岡野の選択の結果ではない。しかし、岡野が日本国の国籍保有者でありつづけていることは、あるいは日本国民であると自己を理解し始め、理解していることは、けっして選択の余地のないことではない。あるいは、「わたし」が日本国民であるというアイデンティティーをもっていることは、けっして選択の余地なく、あらかじめ決定されていることではない。「わたし」は、日本国民であることを、少なくとも止めることができる。

「わたし」が、そうであることが当然と思われる「われわれ」の一人であることは、けっして当然のことではない。

http://uhei.vis.ne.jp/LibertyandPeace/Politics/yayo1.html

わたしは国籍を捨てることができる。つまり捨てていないのは捨てないことを選択しているからだ。「日本国民であるというアイデンティティー」(曖昧な言葉だが)についても同じことが言える。

「わたしは自明にもわれわれの一人である」ようだが実はそうではないのだ。

「わたし」たちが、「われわれ」であることを選択する前に、すでに「われわれ」が存在するわけではない。「わたし」たちが「われわれ」であることを選択することによって、「われわれ」はあらわれる。(おおた 上記より)

「わたし」が「われわれ」の一人であることが、当然のことではないならば、自由への別の道があるのではないか。わたしという自明の存在、「われわれの一員としての」わたしという存在をわたしの手で開いてみること、そのような「わたしの自由」の可能性があるのではないか。こう岡野は問いかけて、この論文を終える。(おおた 上記より)

ところが、岡野氏の場合、わたしとわれわれの間に、選択の意志を(ちょっと無理して)読み込もうとする。国家=われわれ というものはわたしたちがその都度*2、(無意識に近いところで)同意を与えることによって形成される多数多様な位相から成る共同性でありましょう。そうであるなら「「われわれの一員としての」わたしという存在を開い」ていくことにより、「われわれ」を変質させることは確実にできるわけです。

(9/19下記の通り訂正)

*1:p160「<わたし>の自由と<われわれ>の責任」『法の政治学』isbn:4791759699

*2:つねにすでに