『新潟』ノート3

 金時鐘の長編詩『新潟』の真ん中部分を読む試みです。

 3章  http://www.eonet.ne.jp/~noharra/ikesu2.htm

「風は海の深い溜息から洩れる。」「朝は冷静に老漁夫の視界へ現実を押しひろげてくる。」前章の少年に変わり老漁夫に焦点が当たる。「済州海峡はすでにひとつの生簀(いけす)でありその生簀のなかの生簀に父が沈み少年がただよい祖父がうずくまっている。」少年が海へ下りたとは入水したということだったのか。それとも、「爆発」「横ったおしの船腹」「少年の冷たい死」という言葉がこの章の終わりぐらいにあるから、(船底にひそんで)海を渡ろうとしたが(1章の浮島丸のように)時限爆弾で爆破されて死に至ったのか。2章の主題だった海に沈んだ屍体たちはこの章ではもはや屍体でさえなく、無数の魚たちの小さな口によって食いちぎられる餌となっている。「もはや老眼はありあまる人肉の餌づけに慣れた魚と人との区別をもたない。」それでも漁師は魚を捕る。「海の密教が山と野を伝いしきられた暮らしを奥ふかく結んで彼らのみだらな食卓へ日夜屍体に肥えた殺意を盛り上げる。」太古から定められた食物連鎖という掟は循環し、貧しかった食卓は急に豊かになる。「四十年のくびきを解いたという彼らの手に早くも南朝鮮は食用兎(ベルジアン)の胴体でしかないのだ。」食べることは食べられることだ、みたいな錯乱した感覚に導かれ、「朝鮮半島=食用兎」という喩が現れる。「ただひとつの国がなま身のまま等分される日。」1948.5.10南朝鮮単独選挙。「人はこぞって死の白票を投じた。町で谷で死者は五月をトマトのように熟れただれた。」投票場で白票を投じたのだろうか。済州島の2州でだけ選挙が無効になりそれが苛酷な鎮圧作戦の原因になる。*1トマトのようにどこにも血が流れ死者が発生し、ただれた。「血はうつ伏せて地脈へそそぎ休火山のハンラをゆりうごかして沖天を焦がした。」「鉄の柩へ垂直にささった五十尋の触手をたぎる景観のなかで老漁夫がたぐり上げる。触感だけに生きた漁師の掌に解放にせかれ沈んだ盲目の日は軽石ほどの手ごたえもない。もぬけの自由だ!」解放への性急な思いは死へ、そして死はもはや軽石ほどの手ごたえもない。「仕組まれた解放が機関の騒音にきざまれる時限爆弾の秒針ではかられていたときやみくもにふくれあがった風船のなかで自己の祖国は爆発を遂げた。」「横ったおしの船腹をひっかき無知の柩に緩慢なひびきをおしこんだいかり石が今しずかに祖父の手元へ手繰り込まれる。」

 

4章

4章は読みにくい。3章の終わりに「船底」*2「区切られた」「柩」という言葉があり、4章の始めには「鉄窓」「ヘルメット」「エアポケット」といった言葉がある。ここから受け取れるのは潜水艦のようなものに閉じこめられたイメージだ。(済州島事件の後)日本へ密航してきた人たちのことを“潜水艦組”と言ったそうだが、そうした(長く秘されてきた)体験がここの背後にはある。*3「朝を見た。」*4「大気の飛沫を」「自己の生成がようやく肺魚のうきぶくろとなってふくらむのを知った。」*5潜水艦の閉鎖から開放されていくイメージだ。日本への密航が解放であったわけではない。ただ熟れたトマトのように屍体が折り重なる空間から脱出することは喜びだった。「飢餓を自在に青みどろの海面へ振り切り」「くも糸に吊された蛹さながら蘇生を賭けた執念が身もだえる。」*6「暮らしにへたった指に水かきをつけ息をつめとおした日日の習癖を鰓に変えて彼はただ変幻自在な遊泳を夢見るのだ。」「海そのものの領有こそ俺の願いだ!」*7開放感は全能感に移っていく。「縦横無尽なイルカの流動感こそいい!」「エネルギッシュなアシカの欲望だ!」「いやセイウチだ!選り放題の女どもを囲い気の向くままに稼ぎ産み遊び民族も種族もへったくれもない。」「おお神さまこの世はなんとすばらしいんでしょうか。」次ぎに転換が起こる。「それが丸ごとかっさらえるのです。もう数ではなく固まりのままが喰えるのです。戦争とはいっても海のずっと向こうのこと。胃袋を通ったものが何に化けようと勝手です。腹の足しにもならずじまいの鋳型を追われた蛇口ですら削り取られて爆弾になったんだ!」*8過剰な全能感は不安や(屍体の島済州島に父母や仲間を置き去りにし逃げてきたという)罪責感を隠していた。そこで1年後朝鮮戦争に出会うや、「蛇口」や「ネジ」が爆弾に成ることにより日本経済が復興するという戦後日本の原罪を、誰よりも深く背負うことになる。*9(こういうのも郵便局的誤配というのかな。)「はっぱがかかるぞお--深くつらぬく光と闇をくゆらせて重い藻にからまっているのは横むいたままの落ち込んだ家路だ。」帰国直前に爆沈された<浮島丸>がまた回帰する。「骨の先端ではじけている盲目の燐光よ。あばくことでしか出会えぬわれらの邂逅とはいったいどのような容貌の血縁にひずんだ申し子なのか?」*10「海の厚みのなかをこり固まった沈黙がきき耳をたてる。」「うっ積した塵を噴き上げ覗きこんだ奴の首をもかっさらった骨の疾走が囲いを抜ける!」沈黙の持続があり時が満ちる一挙に爆発が起こる。「海の臓腑に呑まれた潜水夫の目に朝は遠のいた夜のほてりのように赤い。」潜水夫が見るのはなきがらだ。「澱んだ網膜にぶらさがってくるのは生と死のおりなす一つのなきがらだ。えぐられた胸郭の奥をまさぐり当てた自己の形相が口をあいたまま散乱している。」なきがらは逆光に高高と巻き上げられる。「逆戻るはしけを待っているのは宙吊りの正体のない家路だ。」とここで、第二部「海鳴りのなかを」は終わる。

 以上、“故郷へ”というベクトルとその挫折を、松代大本営、浮島丸事件、済州島人民蜂起後の虐殺などなど朝鮮半島と日本の歴史の曲がり角の動乱を横糸に織り上げた叙事詩だといえるでしょう。これだけのエネルギーがなお挫折以外に出口を持たないことには言葉がない。これだけ構成の整った大叙事詩を書き上げながら、(左翼詩人なのに)故郷への思いというものを形而上学的高みへの単線的ベクトルへと疎外することなく、わがからだの卑近さ挫折の近くに保ち続けたことは大変なことだと思う。

*1http://www.dce.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/papers/introduction.htmによれば 「しかし同年五月一〇日に実施された、南朝鮮単独政府樹立のための代議員選挙が、済州島の二選挙区では民衆の抵抗によって、投票率が五〇パーセントに満たず無効となると、米軍政は国防警備隊(のちの韓国軍)を本格的に動員し、苛酷な鎮圧作戦に乗り出した。」とある。ちなみに『原野の詩』p420の自註では投票日が5月9日となっているが間違いなのだろう。

*2:p405『原野の詩』

*3:時鐘が日本に密航してきたのは、1949年6月。参照p287『なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』isbn4-582-45426-7 1991年刊行の『原野の詩』は60頁に及ぶ詳細な年譜が添付されている(野口豊子作成)が肝心の密航については固く口を閉ざしている。1年後の6月朝鮮戦争始まる。

*4:p407

*5:p408同書。 ここで52年後にようやく語られた、実際の密航体験の一断面を引用しておこう。「 その密航船には、ぼくら入る余地がないくらい人が乗ってたから、たかだか半畳ぐらいのところにね、五、六人入っている。魚を入れる、蓋什きの升目の仕切りが二つある古びた小さな漁船だった。たぶん四、五トンくらいやったろうね。とにかく立錐の余地なく人が詰ってるのよ、だから僕ら後からの五人は入るところがなくて、煙突にバンドで胴をくくって波かぶって……、お金も払ってない手前、闇船のおやじは、つっけんどんや。みな甲板の上に体くくって、入るところがないねん!……それで五人乗ったうち、一人は波かぶって流されてもうた。五島列島の灯リが見えてほっとしたときに、だぁーと波かぶったら、四人連れのうちの一人はいなかった。……まっ暗闇で助けようがない。つらかったけどそれでもこれで日本の警察に捕まっても処刑はないと、惨殺されることはないと。 」p121『なぜ沈黙してきたか』

*6:p408

*7:p410

*8:p413  

*9:ネジと朝鮮戦争については当日記3月31日参照

*10:p419の註には、浮島丸事件の犠牲者遺骨285体が、目黒区の祐天寺に遺失物のように保管されている、とある。そうしたことをイメージしているのか?

イラク人への米英兵による虐待(訂正後)(5/2 19時43分)

(朝日新聞 5月1日 01:41)からの記事を貼れば、

http://www.asahi.com/international/update/0501/002.html

バグダッドの米拘置施設でイラク人虐待、写真放映で波紋

カイロの街頭で1日、米兵に虐待を受けるイラク人容疑者の写真が1面に掲載された地元紙を読むエジプトの人たち。アラビア語で「スキャンダル」との見出しが掲げられた=AP

 イラクの米軍兵士がバグダッド郊外の監獄に拘置しているイラク人を虐待する写真がテレビで報道され、大きな波紋を広げている。米軍は今年に入って虐待問題で米兵6人の起訴を発表したが、4月28日に米CBSテレビが証拠写真を放映。同じ写真が30日、英国BBCやアラビア語衛星テレビのアルジャジーラ、アルアラビアでも流れた。アラブ連盟は同日、「人権侵害の野蛮な行為」と非難した。

 放映された写真は数種類。数人のイラク人男性が裸で重なり合って性的なポーズを取らされているものや、イラク人男性が手に針金を結ばれて箱の上に直立不動で立たされ、箱から落ちたら針金に電流が走ると脅されているものなどがある。

 駐留米軍のキミット准将は30日の記者会見で、「(虐待に)我々は失望しているが、かかわっているのはごく少数で20人以下の兵士に過ぎない」と語り、犯罪捜査に加えて行政的な調査も行い、再発防止策をとることを明らかにした。AFP通信によると、ブッシュ米大統領は「強い嫌悪感」を持ったと述べたという。

 AFP通信によると、カイロに本部を置くアラブ連盟の広報担当は「人権を侵害し占領下で守られるべき国際法に違反するイラクでの虐待と侮辱行為を強く非難する」として、虐待にかかわった人間全員の処罰を求めた。

(05/01 01:41)

画像はここにもある。

米 CNN 

http://www.cnn.com/2004/WORLD/meast/04/30/iraq.photos/index.html

Daly Millor

http://www.mirror.co.uk/news/allnews/tm_objectid=14199634%26method=full%26siteid=50143%26headline=shame%2dof%2dabuse%2dby%2dbrit%2dtroops-name_page.html

バクダット郊外アブグレイブ監獄での虐待について、JNNニュースでも見られるそうです。と書いたが表示できないです。すみません。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20040501/20040501-00000032-jnn-int.html

減税を喜んではいけない

 今日自動車税の通知を開けると、なんと去年までの約半額だった。2月に新車を買ったので、「低燃費車」かつ低排出ガス認定車、に該当し約半分になるという。まけてもらえるのは嬉しい。排出ガスを低くしたいという公益のために誘導するという税制なのだろう。だからといって、50%も軽減するというこの制度が正しいのかどうか議論の余地はあろう。

だがそれより一般的に考えると、減税というのは喜んではいけないのではないか。確かに今日1万円まけてもらえば嬉しいのだが、その結果全国では0.001%ほど税収が減り、来年以降にまた別の形で増税になるのだ、とも考えられる。自分が適用を受ける制度は認識するが、日本には自分以外の人が受益者である減税制度が無数にある。したがってそうした制度も一切止めれば、実は将来の本当の減税につながるかもしれない。税金を払わないために努力を惜しまないのは当然の態度だが、それと同時に分かりにくい税制をシンプルで公平なものにしていくべく監視する、そのための勉強もしていくべきだ。(私が止めていくべきではと思う控除制度は、所得税では定率減税、住宅ローン減税、配偶者控除などだ。)もちろん廃止するだけでは損するからどこかで取り返さないといけない。

 軽減の対象に当たったことを喜んではいけない。対象者とそれ以外の格差が本当に必要なものなのかどうか考えて見よう。

平等な教育 で良い

小学6年生の親としては中学校では英数国それぞれ、週5~6時間はやってほしいなどと凡庸なことを思ったりもする今日この頃・・・『教育』広田照幸 岩波フロンティアisbn:4000270079 を図書館で見たので借りてみました。良い本でした。

 朱子学のように普遍的に善である立場に教師が立ちそれを生徒に教えるという構図は崩れてしまった。「青少年を丸ごと帰属させ彼らに生き方を指示する各種の制度が、青少年の個々人の存在に先立って存在している、という感覚が失われた」*1のだと広田氏は捉える。そのとおりだろう。大人にとっての会社や労働組合、地域や家族すらそうであろう。一方で青少年は「自己の価値を自前で探そうとする強い欲求を」消費市場において試行錯誤する。そのとき学校は端的に魅力を失う。

 まず多様な個人が存在する。それを均質化、統制化してひとつの集団にまとめ上げようとする学校に対し、不満が高まる。それはもっともなことなのだ。だがしかしと、広田氏は言う。「学校批判の一連の運動が総体としてみると「強い市民」による「強い子供」像を前提とした学校変革論ではないのか」と。*2つまりぶっちゃけていうと、現在教育について多様な言説を繰り広げている主体はすべてインテリである。インテリの子弟は「強い子供」である可能性も高い。だが自分で情報を集めて判断する力のない親や子供だって世の中には沢山いるのだ。非エリートだっても楽しく過ごせる学校を作っていこうという主張は甘いひびきを持つ。だがそれで良いのか?

 「市場の自由」をもとにした教育システムは,ひょっとすると今よりも快適な学校生活を,ほとんどすべての子供たちにもたらすことになるかもしれない.自分が行きたいと思えるような学校を選び,学びたいものを選んで学ぶ.また,マイノリティの子供は,自分の家庭の文化がそのまま学校の場でも重視されるような,そういった教育を受けることができる.学校に行かなくても,もっと気楽に過ごせる場が用意されている…….しかしながら,その結果は冷酷である.教育の成果はいずれ労働市場で厳しい判定を受ける.ごく一部分のエリート向けの学校へ行った者を除いて,多くの子供たちは,大人になったときに自分に開かれている職業の選択肢が,さほどよくないものばかりであることを思い知らされることになる.もっと魅力的な選択肢は,別の学校や別のカリキュラムを選んだ誰かにすでに占有されてしまっているからである.慌てて「生涯学習」に取り組んでみても,キャリアアップに励むエリートたちとの差は開く一方,ということも生じる.つまり,「学校時代は誰もが幸せ/卒業したらほとんどが大変な人生」というシステムになりかねないわけである.

 第二に,もっと根本的な問題は,資源・環境の有限性を考えると,新自由主義的な経済システムは,不公正で持続不可能なシステムだということである.エネルギーや資源消費量の観点からみて,今の日本の人々の生活水準は,世界中の人々が長期的な未来に向けて享受しうる水準よりもおそらく高いレベルにある.貧しい国々の人々が今よりも豊かになる権利をもしわれわれが尊重するのであれば,また,遠い将来の子孫(今の子供たちではない)がある程度の豊かさを持った生活をしてゆく権利を,われわれが「ご先祖」として保障してやる必要があるとするならば,新自由主義的な原理による経済発展には,重大な問題があることになる(代替エネルギーなど新技術がすべての資源・環境問題を解決してくれるという楽観論があるが,決して根拠のあるものではない).環境的公正の問題は,もっと持続可能な経済システムの必要性を提起しているのである.それゆえ,グローバルな経済競争でトップを走り続けるための教育,というものとは別のものがデザインできないのかを,考えてみる必要があるだろう.

ほとんどすべての学校改革論や教育論は,長期的にみてわれわれが直面している,最も深刻で重大なこの問題から目を背けている.*3

前半だけ引用するつもりだったが、後半も大事なのでついでに引用しました。

“エコロジーに反する経済成長のためのエリート作りのための新自由主義的教育改革”が現在もっとも有力な潮流だと広田氏は認識する。そしてそれに対抗するためには、教育学の枠を越えどのような未来社会を作っていくのかというビジョンを語ることが必要になる。大量消費大量廃棄の資本主義はいけないというのはエコロジーであり、教育学とは関係ないという常識を越え、広田氏がこれを書いたのには、こういうわけがある。

*1:同書p25

*2:同書p37

*3:同書p80-81

現在のイスラエル国家に敵対することに遠慮はいらない、

なぜならそれは反ユダヤ主義ではないから。

http://d.hatena.ne.jp/takapapa/20040924#p3

はてなダイアリー – 【ねこまたぎ通信】からそのままコピペします。感謝。

バグダッド住民の第1の敵はイスラエル 世論調査

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200409212034242

【東京21日=齊藤力二朗】バグダッドの住民が第一の敵と考えるのは、イスラエルであることが世論調査の結果判明したと19日付のネット紙、イスラム・オンラインが報じた。イラク調査センターが1万人のバグダッドの住民を対象にしたアンケート調査の結果、第1の敵はイスラエルとする回答が32%で第1位であった。…

馬鹿の可塑性 -藤樹の性善説-

中江藤樹と彼の生徒大野了佐のエピソード。

○寛永十五年の事なり。大野了佐と云へる者来ッて藤樹に学ぶ。初め藤樹が大洲にありし時、大野某なる者と友とし善かりしが、其の子了佐は天性愚鈍者にて、殆んど一人前の人間たるベき望無く、到底家を継がしめ難き者と見えぬ。父は已むを得ず之に賤業を習はしめて一生の計を為さしめんとしたり。されど流石に了佐も士分の家に生れて、我が不肖の為めに当然己の占むべき地位を落さるるを恥づる心深く、よッて窃かに(ひそかに)藤樹が許に通ひて医を学ばんとせり。藤樹其の志と憫ん(あわれん)で、之に『大成論』を授けしが、読誦数百遍に及びても遂に一字をも記する能はざりき。其の中藤樹大洲を去りで故郷に永住の事となるや、了佐はまたまた藤樹が後と慕ひ来りて学べるなり。此の時了佐が心事を思ひ遣れぱ、其の決心は蓋し容易ならざるものなりしならん。藩中知人の辱かしめや侮りは飽くまでも彼に群がり纏ひしならん。彼は自己が天性の魯鈍により、親を苦しめ家を辱かしめるに至る事の如何にも心苦しかりしならん、學若し成らずんば骨になりての外は還らじとの覚悟を抱いて遙々と藤樹を訪ねたりしならんと思はる。藤樹も亦彼が此の切なる心事を知れぱこそ、幾んど畢生の精力を傾け注ぎて之を教えへしかば、さしも魯鈍の了佐も遂に立派に成功し、医を以て家を成すに至れり。それまでにせし藤樹が教育の労は想像の外にて一夕諸生に語ッて曰く『余は実に了佐に於て吾が精力の全部を竭し了れり。されど彼に勉励の功あるにあらざれば、吾も亦乙れを如何ともする能はず。諸君の如きは天資決して了佐の比にあらず、苟も(いやしくも)志あらば何の成らざるをか憂へん。成らずとせば唯一勉字を欠くによるのみ」と。夫れ天下の英才を得て之を教有するの楽は孟子も之を曰へり。鈍才劣才を得て之を物にするの苦心は聞くこと少し。既に學ぶの熱心あり、教ふるの熱心あらば、天性の賢愚の如き第二第三の問題のみ。此の師ありて此の弟子あり。天才を自由に煥発せし者のみが成功にあらず。鈍才が刻苦によりて玉成せしものは更に此に優るの成功にして、吾等は却ッて後者の例に依ッて非常に大なる教訓を受くるなり。教えて倦(う)むことなき藤樹が師としての高徳は固より(もとより)伝ふべし。學んで天性に打克ちたる了佐が刻苦は当(まさ)に永久に伝えて人を奮はしめるの価値ある可し(べし)。此の一逸話、実に古今東西の歴史上罕(まれ)に見るの美談なり。*1

要するに、了佐という青年がわざわざ四国から近江まで藤樹を慕って学びに来た。だが彼は大変な魯鈍(バカ)でどうしようもない。しかしながら藤樹の大変な努力でようやくなんとかなった、という話。http://www.town.adogawa.shiga.jp/nakaetouzyu/nakae-index.htm

安曇川町役場の「近江聖人 中江藤樹」という頁では、次のように簡単にまとめられている。

また、魯鈍の門人であった大野了佐にたいして、大部の『捷径医筌』を著わし、それをテキストにして熱心に医学を教え、立派な一人前の医者に育てあげた話は、人を教えて倦まない藤樹の生き方を知るうえで、あまりにも有名なエピソードの一つである。

わたしは今回、すこし苦労して、わざわざ読みにくい明治40年発行の中里介山のヴァージョン(3頁にわたる)を紹介してみた。箸にも棒にも掛からない奴を測り知れない熱意でまともにしあげた、というだけなら偉人伝の定番にすぎない。

「教えて倦(う)むことなき藤樹が師としての高徳は固より(もとより)伝ふべし。學んで天性に打克ちたる了佐が刻苦は当(まさ)に永久に伝えて人を奮はしめるの価値ある可し(べし)。」介山は、藤樹の熱意はもとより讃えるが、それよりも天が与えた魯鈍という天性に自己の存在全てを掛けた刻苦によって打ち勝った了佐の行為を、古今東西まれにみると最大限讃えている。ここが気に入ったので紹介してみた。

 「藤樹はいかなる人も良知あるものとし良知は本来人に具(そな)わるものにして即ち人の天に受くる所とせり*2」つまり性善説です。性善説とは、人間に性(本質)というものがありそれについて善と規定できるという説とは全く違います。性(ここでいう良知)とは可能性です。したがって魯鈍なる者はそうした条件を乗り越えるだけのことがないかぎり魯鈍のまま終わるでしょう。しかし、ある必死の努力をすれば魯鈍であったとしてもその条件を乗り越えることができる可能性を持つのです。この二つの文章は実は同じ事を記述しているのですが、断固として後者の記述の方を選ぶこと、それに儒教の性善説はあります。性善説とは人間の可塑性を信じることだ。それを最も雄弁に語っているのがこのエピソードだと思う。

追記、10/23:

人はひとに影響を与えることができる。“誠を尽くす”ことによって、ひとをして彼/彼女自身のうちにある良知に目覚めさせることができる。良知即ち天命を知れば、「世に工夫して成らぬ天命はなし」、ということになる。*3

ところで「世に工夫して成らぬ天命は無く、成らざるは工夫の仕方悪しきなり。」という文を読んでどう感じられるだろうか。大学受験から仕事での目標達成までわたしたちは外から設定された目標に向かって駆り立てられている。この文もそうした駆り立てるための言説の露骨な物として受け止められ反発される、と思われる。実際、藤樹の流れを汲む思想は教育勅語以降そのように利用され続けてきて、元の姿が「国家への献身」といったものと全く違うということすら不明確になってしまった。ふつうに考えるなら、大東亜戦争など「盗みをなし謀反をなし」たことに他ならないのに、<天>を忘れ国家をそれにすり替えた不幸なひとたちにはそれがわからない。

 日常生活をぼおっとおくっているだけではわたしたちは他者に出会うこともない。ネットで議論すればわたしたちは「不毛な他者」に出会うことができる。だが藤樹を知ってしまった私たちはそこで留まることはできない。他者に対して“誠を尽くせば”きっと他者を変えることができるのだ。*4

*1:中里介山『中江藤樹言行録』内外出版協会p32~34

*2:p60『日本陽明学派之哲学』井上哲次郎

*3:p73中里介山『中江藤樹言行録』内外出版協会p32~34

*4:なまけものには不可能。

中国人が日本人を見る

http://homepage3.nifty.com/gentree/tayori/tayori228.html 黄土高原だよりNo.228

 その長老が、私の顔を、

 まっ正面から、のぞきこんでくるんですよ。

 だんだん、顔を近づけてくる。

 そして、ポツリ。

 「変わった。

 たしかに、変わった。

 昔の日本人じゃない」。

http://homepage3.nifty.com/gentree/

「緑の地球ネットワーク」という、中国山西省大同市の黄土高原で緑化協力をつづけているNGOのサイトからほんの少しだけ引用する。

このあたりの農村の中国人にとって日本人(リーベンレンかな)とはかって見た日本軍のことである。かっての日本軍(たいてい貧しい農村の出身)と現在の我々とでは、食べている物も違うし生活意識も全く違う。したがって顔つきだって違ってくるだろう。それなのに「日本」というたった二字に頭を犯されて、現実の中国人(あるいは過去の中国人)とまっすぐに向きあう気のない人々(なかった派など)は、彼らの好きな「国益」に照らしても有害であろう。

不平等社会日本

 人々は、堅気の男と悪党とのあいだの道徳的な違いをあまりにも大きく考えすぎている。泥棒や殺人者に対する法律は、教養がある者たちや富んでいる者たちに有利なようにつくられている。

ニーチェ(p439『生成の無垢・上』ちくま学芸文庫)

それともわたしたちはそれが正義から遠い、何人かの殺人を含んだものであることを十分承知の上で、そちらの方が儲かる可能性が10%ほど高いというだけの理由でイラク戦争を支持している。

碁を打つ女・2

 シャン・サは1972年北京生まれの中国人女性。1990年、渡仏。画家バルテュスのもとで2年間働く。バルテュス夫人節子が序文を書いている。これはフランス語で書いた3冊目の小説。「高校生が選ぶゴンクール賞」受賞。

 この本について、hatenaで言及したのは私で6人目。

一つだけ引用させてもらう。

http://d.hatena.ne.jp/Tomorou/20041009#p1 私的循環信号 – 強大台風襲来

それと、日中戦争の頃の悲恋を描いているだけれど、日本兵が現地の人を殺す際の描写が、なんというか、絶妙。非難するでもなく、かといって単なる事実列挙でもない。きちんと日本兵の感情まで描いていて、そこに多大の不快感を催させないというのは、うーん、すごい力量の持ち主なのかもしれない。

あと。

http://www.yomiuri.co.jp/book/column/pickup/20041208bk65.htm

10月の店主は米長邦雄さんです : コラム : 本よみうり堂 : Yomiuri On-Line (読売新聞)

「日本中の学校に国旗を上げて国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます」の米長邦雄さんが推薦しています。日本兵の残虐行為の描写もけっこうあるのに。意外?

N・B氏発言(2回目)

(1/25朝、コメント欄から上へあげて、色をつけました。)

# N・B 『 なんかわかりにくい書き込みすいません。一段落目と二段落目の関係が不明確ですね。不勉強なくせに自分の知識を前提としすぎでした。

 私の理解を元に強引にまとめると「自立した個人」の意図した行為の責任だけを問う「弱い責任理論」は、現実の世界で起こる膨大な加害・被害を免罪してしまう。それは近代社会の現実から来ている。しかし、免除された責任を問おうとする「強い責任理論」(自由主義・N・B)は、責任の範囲を確定できないため、慰安婦の「声」だけでなく、梶さんの「声」も8lこれはある程度政党です)、さらにはユダヤ陰謀論者の「声」まですべてをもとに責任を問えることになってしまう。端的にいえば、魔女狩りが起こってしまう(私が補足すれば、それは結果的に魔女狩り的「弱い責任理論」を野放しにする)。デリダとおおやさんの類似点は本人が書いていますね、デリダについての論難には賛成できないけど。』

# N・B 『 2段落目以降ですが、「歴史からの反省」とははきっりいえば、シュミット(その他多くの人々)のワイマールからナチスにいたる行動の帰結のことです、法治主義を守るよりマシな道(反共主義という前提があるとはいえ)を選んだ結果が、「総統は法を守った」(「長いナイフの夜」のときのシュミットの言葉)ですから。

 シュミットは思想としても、彼が住んでいたワイマールドイツの問題としても批判するだけではすまない問題を突きつけていると思います。まあ、ベンヤミンファンとしては人事ではないと(この二人は思想的にも関係がある)。

 梶さんが「どこにでもある関係性」を動機の一部にしていることは、文章を読む限り本人がアイロニカルに認めていると思います。

>声の大きいほうが勝つ

 これを積極的に受け入れるのが「現実主義」ですね、でも声が大きくなる理由とそれが受け入れられる理由、さらにそれへの具体的な対抗が必要だと思うのです。

「同意=正義」論も、「現実主義」という問題を抜いて考えるとやばいと思います。

 ところで、「責任と正義」の後半はこのあたりを主題にしていると思います。

>どこで実害を及ぼしているのか

 少なくとも、おおやさんを不快にさせたのは確かです、他にもそういう人は多いでしょう。「強い責任理論」はそのような人々の「声」を聞くことを排除できないでしょう。戦術上の問題もあります。ですから、彼らがなぜそう思うのかどうすべきかはをきちんと考える義務はあると思います。

>ヒステリックな慰安婦主義者

 気になるのですが、梶さんのブログに、モジモジさんがコメントしたときに、「ヒートアップしないで」と書いています、論拠なしで一方を敵に間違っている書き、その相手に単純にこう書くのはちょっと問題ではと思いました、今度の野原さんの文章を読んでも違和感を感じます、「ヒステリック」とか「ヒートアップ」のような言葉は(それが適応される相手がどういう存在かを暗黙の前提として)、それこそ魔女狩り的レッテルとして機能しているように思うのですがいかがでしょうか?

 ちなみに私も全くの素人です。でも、人文・社会科学は「専門」の境界設定がはっきりしないし、「専門家」でも意見が違うのは厄介です、どこまでが「定説」でどこからがそうでないのかわかりにくいので素人としては困ります(居直っちゃいけませんが)(笑)。

 前のコメントの3行目は、(これはある程度正当です)です。

 では、長々と失礼しました。 』