バカにするのもいい加減にしろ!!!!!!!!

まさか、南方で取り残され無残な死に方をしたという大伯父の生まれ変わりと言われていた俺が、

「自分の祖父や大伯父のごとき愚民を偉大な指導者である東条英機様に聖戦に出していただき、英霊として東条様と一緒に靖国に奉っていただいてまことにありがとうございます」

と思わなければならないような「歴史」認識が正しいと言うのか?

これこそ自虐じゃないのか!!

バカにするのもいい加減にしろ!!!!!!!!

http://ameblo.jp/dox/entry-10003164317.html 歴史が修正された国家「ジパング」を希求する群集心理|絵ロ具。

上記ブログでTBしていただいた。

 (何度も書いているが)現在の日本国境内だけを考えても、一つの国家の滅亡といって過言ではないほどの損害を国民国土に及ぼしながら、それが悪いことでなかったかのように言いつのる自慰史観派たち。彼らは「日本軍の蛮行などなかった!日本は戦時中もすばらしい国だったのだ!という歴史認識を広め、教科書でもそう記述されていなければならない」と主張する。国民に愛国の大義を取り戻そうということが正しいのなら、彼らのやっていることは間違っている。

死体を踏んで

『ニューヨーク・タイムズ』のウオーレン・モスコウ記者は45年3月29日付で、「渡嘉敷の集団自決」の見出しで次のように報じた。

(略)

われわれは朝まで待つことにした。その間人間とは思えない声と手榴弾が続いた。ようやく朝方になって、小川に近い狭い谷間に入った。すると「オーマイガッド」何ということだろう。そこは死者と死を急ぐ者たちの修羅場だった。この世で目にした最も痛ましい光景だった。ただ聞こえてくるのは瀕死の子供たちの泣き声だけであった。

 そこには200人ほど(注・Gリポートには250人とある)の人がいた。そのうちおよそ150人が死亡、死亡者の中に6人の日本兵がいた。死体は三つの小川の上に束になって転がっていた。われわれは死体を踏んで歩かざるを得ないほどだった。およそ40人は手榴弾で死んだのであろう。周囲には、不発弾が散乱し、胸に手榴弾を抱えて死んでいる者もいた。木の根元には、首を締められ死んでいる一家族が毛布に包まれ転がっていた。(略)

 小さな少年が後頭部をV字型にざっくり割られたまま歩いていた。軍医は「この子は助かる見込みはない。今にもショック死するだろう」と言った。まったく狂気の沙汰だ。

http://www.joy.hi-ho.ne.jp/byakuya/334.htm

確かに原爆はさらに大きな悲惨だったかもしれない。だが、日本軍が日本人を死に追いやり、親が子を殺したことの悲惨は語りようもない。

<憎悪>をとぎすまし持続しなければならない、と私は考える。

小選挙区制の不合理

http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20050914#1126636755

によると、今回の小選挙区の得票数は万票単位で次のようになるそうだ。

小選挙区

      今回(2005年)   前回(2003年)     増 減

自民党   3252     2609      643

民主党   2480     2181      299

公明党     98       89        9

共産党    494      484      10

社民党   100      171      △71

国民新党   43      -          43

新党日本   14       -       14

諸派・無所属  326     417     △91

合計      6807      5950         857

自民党の得票率(得票総数に対する割合)をみると、前回43.8%に対して今回47.8%と、3.9%上がっている。しかし当選者は219/168と30%も上がっている。

小選挙区制は1位と2位の差も拡大する制度だ。*1政権党に有利な制度であり、政権交代が希な日本には適さない制度だと言える。

*1:2位の民主党が減ったせいもある、下に書いたように0.23%減。

呑まれてしまいそうだ。

 --安く新鮮なフルーツケーキを下げて山道の埃っぽい街道を下れば、轟音のトラックの風が体に触れる。くねくねと曲がりながら幅広く光る伝播沼の水面がこちらに向かって来る。角度で果てし無くも見えるその汚れた水は、倒れ込んでくる大きな鏡のようで足元がふっと浮き、私はガード下の竹薮に呑まれてしまいそうだ。

p63 笙野頼子『S倉迷妄通信』

この文章を読んだとき、とても美しい文章だと思った。轟音のトラックが通り過ぎる一瞬は確かに、そこに世界が変化する余地があるのだ。風とともに新鮮な世界が開かれようとし向こうに光る湖が見える。わたしは足元がふっと浮き竹薮にすいこまれてしまう。

 平衡感覚を失わせるほど色彩のゆたかな屋根の波の上で揺れる海へ背をむけて、山頂へ続くはずの坂道を登っていくと、時間的記憶からは先週までくらしていたとしか思えない首都は、まだ至るところに〈私〉たちの息づかいをとどめた十年間の疲れとして思い出される。

 傾斜したアスファルトの坂道は、〈私〉たち以外の重量は受けていないので、スラム街を越えて漂着してくる港からの汽笛に微笑したり、蝶や十字架が投げる影を、身をよじらせて捕えたりするのをやめようとしない。光を浴びる風景は、無意識のうちに、広い空地や露出した岩肌を残しており、みつめられすぎ、使用されつくした疲労感をまだもっていない。というよりは、いつまでも、まどろんでいる欲求に支えられているのかもしれない。

松下昇「六甲」序章、冒頭部分

笙野の文章を読んだときにすぐに思い出したのは松下の上記の文章。身体を使って坂道を下る/登るという身体感覚の変容が同時に、「平衡感覚を失いかけている〈私〉たちの無意識部分への衝撃を与えている」ことが、丁寧に辿られている。近く全文を<引用>したい。

 その時身体が何かの熱で、ほわつとあぶられたような感じがした。すると辺りが急に暗くなり始めた。それは太陽が没したのだ。私は丘陵公園の斜面の家並みの間にまぎれ込んでしまつて、すつかり心を奪われて足もとが浮き上がつていたので、陽が傾き、世界の色調が、あの紫の素晴らしい夕焼けで、此の街の中の甍の盛り上りを一際印象的に色どつているであろうことにすつかり気がつかないでいた。(略)

島尾敏雄「勾配のあるラビリンス」『島尾敏雄作品集・1、晶文社 S36』p192

ついでに島尾敏雄の「勾配のあるラビリンス」という題の短編からも少し引用しておく。何よりも題がこのテーマずばりなので!

言おうとしないことを許してください……

日本の家庭や近隣地域社会では、人々の生活が忙しくて会話が少なくなり、老人たちにとって居心地のよい場所が少なくなっている。ゆっくりと話に聞き入り、会話をすること自体が少なくなってきているようだ。

 現役で軍隊に入ったこと、初めての外地である「満州」(中国東北)での辛かった初年兵教育、厳寒での演習。「支那事変」が始まって「北支」(華北)での掃蕩戦、初年兵の刺突訓練。「初年兵突けって言われたから銃剣を着剣して突きにいくんや。せやけど、人間って死なんもんや」と、当時の出来事を話し出すと、鮮明な記憶がよみがえる。元兵士たちは表情も豊かに生き生きと話し始める。

 ところが、旧満州の大連から南下して、上海あたりから南京戦に入ってくると、いわゆる「北支と違って、中支は抗日の激しいところ、男は生かすな」等の命令が次つぎと出される。中国人殺害は部隊内での共通の認識となり、逃げ遅れた農民を虐殺し、民家に火をつける。(略)

 さて、上記のような「中国での日本軍の暴行」を赤裸々に証言をしてくれる老人たちも、いることはいた。しかし話が南京へ近づいてくると、これまで饒舌に武勇談や苦労話を語っていたのが、「徴発の時女性は探しましたか」と質問すると、徴発の食料品や家畜を捕まえ殺したことは話しても、女性については「どうやったかなあ」「捕まえる兵隊もいたと聞くなあ」と俄然、伝聞が多くなってくる。さらに深く聞こうとすると、多くの老人たちが、黙り込むか「うーん、忘れたなあ」という決まり文句を返してくる。本当に不思議なほど多くの老人たちが、南京の場面だけ急に忘れたと言うのだった。

(p26『南京戦』松岡環 isbn:4784505474

言おうとしないことを許してください。

私たちがこの文言(エノンセ)をその運命に委ねるのだと、考えてみてください。

 少なくとも、しばらくのあいだ私がそれを、そんなふうにたった一つ、それほどにも無一物で、際限もなく、あてどもなく、さらには居所を定めぬままに放っておくことを受け入れてください。

(p274デリダ『死を与える』isbn:4480088822

 どうもデリダのいうことは謎めいている。というか、デリダの真意が分かりにくいのだ。ある文言を宙に浮かせ「あてどもなく、さらには居所を定めぬままに放っておくこと」に意味があるのか。性急と非難されることはあっても結局の所、わたしたちはいつもいささか性急に意味を求めてしまう。わたしたちはそういうふうにしか生きられない。そういうものではないのか。そうであるとすれば、デリダはそうであるしかない生の構造を解きほぐそうとしたのか。

 この文章をわたしは「私たちがこの文言(エノンセ)にその運命を委ねる」と誤記していた。たった一つの言表にわたしの運命が委ねられることはよくあることだ。裁判で疑いを掛けられたとき、まさにその時間に別の場所で、「私を見た」と誰かが言ってくれれば私は疑いを免れる。おそらくそのようにある言表はつねに、「おまえ」と「罪」を結びつける(あるいはつけない)機能がある。まだわたしはこのデリダの80頁ほどのテキストを読み終わっていないのに性急に語ってはいけないのだが。したがって、「言おうとしないことを許してください」とはそのような、白黒つけることを忌避したいという態度表明であるだろう。

 前の引用、満州から南京への道の回想では、南京の場面だけ「うーんうーん、忘れたなあ」と発語される。この発語の背後には、「言おうとしないことを許してください」という沈黙のうちの言表があったと考えることができる。この場合、拒否は「白黒つけることの忌避」というより「黒の中の黒、漆黒のブラックホール」であるがために触れることができないという感じだろうか。

・・・

     六甲 第二章 

汝は汝の恥辱をかたれ

私は私の恥辱をかたろう 

(ブレヒト 「ドイツ」から)

 〈私〉たちは、序章から踏み出したまま宙吊りにされており、飢えているが、この飢えは、遭難のような不慮の飢えにも、食糧難のような社会的飢えにも、ハンストのような政治的飢えにも似ていない。それは一つの表現を複数の主体で分割したためにもたらされた。だが、この飢えを耐えて生きることを、何ものかが〈私〉たちに強いるのである。

 本文の中に影を落す前に、永遠にはじまらない、あるいは永遠に終わらない幻想にとじこめられる危機を感じて、〈私〉たちは、飢えのために斑点のできた内蔵をかかえたまま、自力で歩きだそうとしている。海から山へ吹き上げる風が〈私〉たちを引き裂いていくので、〈私〉たちは、それぞれ別の歩き方を主張しはじめているのに気づくのであるが、そのとき山の弯曲は激しく揺れて、複数の極大値をみせる。そういえば、六甲とは一つの山のことではなく、おのおの最高の視界を自負している頂点をもつ山系の総称であるのかもしれない。〈私〉たちのそれぞれが、飢えの感覚を山頂の感覚に重ね合わせるときの響きを、一つずつかいていこう。しかし、それらの響きが、自分の主張を固執する度合に応じて、そのすきまに、さまざまな色調をもつ意識のつぶやきが介在してくるのを避けられない。

 〈私〉たちが、首都の時間から、この空間へ追放されてきたのと対応して、限りないパロディーが、この魅惑的な都市の政治地帯で展開されている。数年前の〈私〉たちの闘争を根底から支持する組織が皆無に近かったこの都市では、いまもスターリニストの党が、権威を貫徹する正統派と、有効性を追求する修正派に分解したままである。静かなデモや署名や講演をするばかりで、〈私〉たちを、貧しい風景からやってきた分裂病者めと罵る連中に、おまえたちは、この風景をみる眼が衝撃のために歪むほどたたかったことがあるのか、といってやれ。

 〈私〉たちは、かれらを根底からくつがえす反対派として登場し、そのとき現われるであろうすべてのヴィジョンを表現していこう。都市の大きさと政治水準の落差が、このように著しい風景で、かえって〈私〉たちの体制の桎梏と反体制の桎梏を二重に突破する論理とパトスを組織化する最上の実験ができるかもしれないから。あの山頂は、〈私〉たちがつくりだすたたかいのピラミッドの頂点を象徴しているのだ。

 (ここが日本の労働運動の発祥地だというのは本当か。ピラミッドがケーキになり、広場は花時計に占拠されているだけだ。油虫のような荷役船が、大型船へすり寄っていく。海抜0メートル地帯で、ベトナム行きのジャングルシューズをつくっている君たち、鼓の形をした観光塔をうち鳴らせ。船をとめろ。減速ブレーキからはみだす不快を、コンクリートの防波堤にたたきつけろ。心象の風景さえ見えないで、便利な私鉄で往還する君たち、倒錯した現代史に手で触れてくれ。社会主義圏や革命組織が生きているなら、君たちは死んでいる。ジグザグ・デモで、空虚な街路を飾れ。冬から冬までゼネストだ。屈辱の中へ。下部から連続的に、理論の限界において、一瞬ごとに触れる現実方程式のすべての項を花開かせながら。)

 〈私〉たちが、この風景の中へ反対派として歩み出すとして、いま眼前にある山系が美しいと言えるだけでなく、ひしめき合う現実過程の曲線とも、弯曲する〈私〉たちの意識とも交換できるのは不思議なことだ。一切の風景は、〈私〉たちが目をさませば、泡のように消え去り、斜面の運動を錯覚する心臓の鼓動だけが残っているとしても、それは当然だという気がする。風景への干渉のしかたが、このように分裂してしまうのはなぜだろう。時間=空間の外部的な差異をもつ闘争へ踏みこむとき、内部的な時間=空間がねじれたピラミッドをつくるのではないか。一方の条件を無視すればピラミッドは、案外たやすくとらえられるにちがいない。しかしそれでは、本当に、たたかいにでかけることにはならない。人々の表情は、闘争の前でも後でも、首都でも港でも変わらないようだし、組織Aから組織Bが分裂するときにも、組織Bが組織Cを批判するときにもオートメーションから流れでるような文体は同じだ。が、このことは逆に、表情や文体が表現のピラミッドから、すさまじい勢いで転落していることを示していないか。また、このことをちがった空間でちがった時間に気付く〈私〉たちも、ちがったという分だけの責任のピラミッドをずり落ちているだろう。このような内部ピラミッドの追求が結果的に現実闘争のピラミッドをつくっていくより前に完了していなければならない。

 (あなたも知っているように最も高い頂点が、一ばん底の点になることもあるのだから、ある稜線を上昇していても、それは下降であるのかもしれない。だから、かれは、ピラミッドを探しにいかずに、自分の心の底の動きをピラミッドにつくってしまえばいいのよ。そのとき人目にふれる点を支える三つの点は、どんな風になるのかしら……そう、あなたの意見では、恥ずかしさプラス極左→屈辱プラス侮べつ→別の空間への逃亡、という変移をくりかえすわけね。あたしの直観では、副詞句による自己欺瞞→非必然的な対立止揚→別の時間への逃亡、という循環になります。いずれにせよ、でき上がったピラミッドが、悲惨にもこっけいであることはたしかでしょう。)

  

(2008.11.08UP)

 内的ピラミッドと外的ピラミッドのどちらを先に追求するかというのは、二段階戦術だ。両者を否応なしに包み込んだまま拡散していく六・一五被告団の一切のヴィジョンをみきわめつくして、かれらを拡散させる力の確認へむかおう。

 一切の反被告団的発想を粉砕せよ。これは〈私〉たちの最低限のあるいは、頂点をなすスローガンだ。ところで、被告団として権力と生活過程にはさまれて存在することは、〈私〉たちが、あの原体験を包みこんで現実過程に入りこんでいくのと同位であることを知った以上、〈私〉たちは、かれらが無意識的に拡散していくかたちを意識に総体化することができるのだ。かれらの拡散するときのピラミッドは、〈私〉たちがもっともとりだしやすい、同時に決して逃すことの許されないかたちを示しているのだから。〈私〉たちが、拡散を意識的にとらえるという場合、下降しつつある個々の稜線上の個体のいずれをもえらばずに、分裂の根源へ歩いていくことを未来の重さが命令しているのだ。

 

(これは、歪んだ鏡の中の二人称をのぞきこむ一人称を描いた歪んだ絵です。むこうむきに鏡をのぞきこむ一人称の顔は見えないが、その一人称は、鏡の中の二人称を媒介して絵をみる一人称をみているのですが、こうしているうちにも、鏡は波のように崩れ、絵は風のように死んでいく。こわれた無数の破片に、無数のだれかが対応しているとして鏡や絵を用いないで全てのものを書き、全てのものになってしまうのは第何人称ですか。)

歩行を止めよ。ここで立往生している感覚を、目的や連続性にとらわれず、一切のイメージへ自由に伸ばしてみよう。〈私〉たちの山頂への歩行は、散歩のような解放感をもたず、限られた時間と、凝縮した志向と、既成の登山コースにしばられているのではないか。乗物を用いず苦労して登り続けても、山頂は資本に選挙されているはずだし、足元のこの滝から舞い上がるメールヒェン風の白い泡も、奥地に開発された団地の下水から発生している。

立往生の感覚……これを、いろんなときに味わっているはずだ。呪いのように道を横切る黒い蛇をみるとき。明日の食費もなく、手足をまるめて眠りに落ちるとき。突然の言いがかり的論争に対応せず沈黙をかむとき。

要するに、あるピラミッドの稜線上で*1、別のピラミッドに転移する瞬間の断絶感を追求すべきだろう。ピラミッドの複数化を確認することによって、より巨大な、運動するピラミッドを予感し、とらえるのだ。

(かれらは、絶壁をはしごで登ることも、ブランコで越えることもしないで、眼の前にぽっかりと広がる砂の平地へ、デモ隊のように突入していくが、そこには誰もおらず、立札によれば、山をけずりとった跡に大学をつくり、けずりとられた土砂で海を埋立て工場地帯をつくるらしい。かれらの靴の裏には、二重の利用をされる砂の驚きが付着しており、数万年前の海岸と現代の海岸を、無人のベルト・コンベアーが連結している。突然爆発音がとどろき、平地をとりまく崖の中腹から、かれらの頭上へ煙のように拡がった土砂が降ってきたかと思うと、崖全体が、かれらの方へのめりこんでくる。海の鋭角の切片に眼の片端を通過させながら、かれらは、もしかしたら自分たちこそ、この発破をかけた技師あるいは労務者なのだ、とずい分前から知っていたかのように考える。)

〈私〉たちが歩きだしたときから、〈私〉たちの頭上を飛びかうものがあったのではないか。はじめ〈私〉たちは、それを時間をくわえて〈私〉たちを探している小鳥たちかと考えたり、時折梢から〈私〉たちの上に投げかけられるこもれ日だろうと思ったりしていた。だが、それは、意識とまどろみのズレがゆたかに開かれるこの風景の空間性を逆用して、さまざまなピラミッドの力学を追求しようとする〈私〉たちの試みを、〈私〉たち自身が空しいと予感した瞬間と対応している。このとき〈私〉たちが、知らぬ間に、タンポポの妖精との心中を決意していたとしても、それは必至だったのである。無意識的にえらびとる欲望のかたちこそ、〈私〉たちが状況に対しておかれている困難が、補完的に反映しているのだから。その反映へ身を投げ込むことによって、〈私〉たち以外の〈私〉たちが追求するピラミッドの虚像が、マイナスのピラミッドが、ほのかに姿をみせてくれるような気がする。

(湿潤な部分へのめりこんでいくときの速度と、記憶の層に叙情の泥が沈澱していくときの速度の間を押しひろげながら、一瞬、不能の予感、策莫として悲しみに襲われる。どうも今までのとは構造がちがうな、と考えながらも、慣性に従って尖端を挿入していくと、内部の粘膜に栗粒状の斑点が数十個みえるのだ。ハッとして引き抜いてみると、尖端にも、その斑点が増殖している。しかも、遠くからの羽ばたきに似たざわめきに後をふりむくと、巨大なタンポポの綿毛が数かぎりなく、こちらをめがけて山頂から舞いおりてくる。)

〈私〉たちは、最後のヴィジョンから発想してみるべきだ。一人のパルチザンとして出発した〈私〉たちは、不可視の軍団としてそれぞれ別の山頂にたどりつく、と仮定してもよい。〈私〉たちが、迷ったロバを探しにでかけて王国を発見した旧約の青年に似ているかどうかいまは保証できない。〈私〉たちは、自分だけでなく他の者も別の山頂に到達しているのを恐らく確認できないまま、あえぎながらひざまずいているだろう。そのとき、〈私〉たちは、ピラミッドという奇妙な概念をつかっていたことの罪によって罰せられるだろう。むしろ、〈私〉たちは、それを要求しなければならない。そのとき、六甲を支えている海が裂け、複数の山頂が重なり合い、すべての〈私〉たちは、海へなだれ落ちていくのだ。その後に、六甲のままの六甲が、ひっそりと横たわっていることはいうまでもない。

〈私〉たちからの六つの響きが、六つの主張のように六甲へ影を落としたとき、遠くからしのび笑いが、ちがう、だんだん深くなる懈哭が近よってきて、この空間を緊張した叙情でみたす。そして、その虚数の焦点へ六つの響きが集中していくような気がすると……それらの響きや響きにならないでうごめいている気流が、もつれあい、あらみあったまま私ののどから内臓へ殺到してくるではないか。それら全ての何ものかを時間の中へ放てば生きられるかもしれない、という希望が激しい飢えを一瞬忘れさせる根拠である。

*1:「稜地上」となっているのだが誤植ではないか

概念(序文の位相で)

概念(序文の位相で)

 一般的な辞書などでは、概念について、同種の多くの事物に共通する本質を、経験ないし思考を媒介して言語によって抽出したもの、というように説明している。

 この概念集を作成する契機をふりかえってみると、同時代建築研究会(東京)の企画である『ワード・マップ 現代建築』に、ある必然から関わることになり〈バリケード〉、〈法廷〉、〈監獄〉という三項目の統一的な不可避性を提起しつつ執筆を担当する作業の中で、建築概念に対して門外者として(あるいは、門外者であるからこそ)内在的批評をなしうる手応えを獲得しえたが、同時に、常に物質性との拮抗において概念をとらえようとする人々に比して、私の二十年の試みの抽象性~偏差を深く自覚した。

 前記の企画との同時代性を帯びて、批評集(さらに、表現集や発言集の〈 〉版や、それぞれの続編)の刊行や討論集会の企画が、二十年の対象化作業の基軸として進行していたことと相乗されて、前記の執筆は、これまで私が具体的な切迫との関連において発言したものの記録、マスプリして配布した文書、刊行してきた通信などを、他者性の総体から把握しなおす視点を与えてくれたのである。

 一つの仮定をしてみよう。これまでの〈松下昇〉の全表現を大学闘争(全く良くない言葉であり、表記や理解の仕方を変換しなければならないが、過渡的に用いる)に関する事典として、あるいは概念の索引として読むことは可能か。それは、まず不可能であろうし、説明的な位置の対極で表現してきたのだから当然かも知れない。ただし〈松下 昇〉の全表現の中に、大学闘争というよりは〈 〉闘争過程ないし、それを不可避とする情況に現れた基本的な概念が全て含まれていると仮定してもよいのではないか。いや、あえて仮定すぺきではないか。なぜなら私たちのくぐってきた〈 〉闘争過程と、はるかな異時・空間に生起しうる〈 〉闘争過程に共通する本質を、経験ないし思考を媒介して言葉によって抽出することは可能であり、必要でもあることを、前記の二つの企画に私を参加させてきた経過の根底に潜むカが示していると確信したからである。

 このような確信に支えられて、〈 〉闘争過程を思い描く時に訪れる概念の言語化を、まず〈フィクション〉の項目から開始してみた。建築に関連する前記の三つの概念の物質性~具体性から最も遠い(それゆえ最も近いかも知れない)概念として。その後いくつかの項目を作成しつつ、あらためて痛感したのは、たんに概念の解説ではなく、ある概念の生成してくる根拠や回路を共有する度合で了解しうる言葉で表現しなければならないし、しかも、はるかな異時・空間にいる、全く予備知識のない〈私〉が了解しうる言葉で表現しなければならないという困難である。しかし、順不同のまま、あふれかえり律動する概念の集合を少しずつ文字に変換していく作業は、〈69〉年前夜のエロス領域の感覚と、どこかで共通していることも記しておきたい。(英語でconceptionが「概念」の他に「受胎」を意味することの意味)

 ところで、概念とは、こちらが把握したい時に把握できるのではなく、ある瞬間、否応なしに、こちらを把握してくる本質をもつのではないだろうか。ドイツ語では、概念に相当する言葉はBegriffであるが、これは、Begreifen(つかむ)から派生しており、ある示唆を与えてくれる。ハイネも「私は自由の奴隷である」という口ベスピエールの告白を引用しなから、「理想が我々をつかむ」時の抗らいがたい力について語っていた。(表現集152ぺージ参照)

 前記の〈理想〉は、〈概念〉とは異なる概念であるが、双方を共通に動かすカ学が感じられる。このカ学をこそ追求しつつ、この概念集の作業をおこなっていきたい。

 従って、〈概念〉という概念を〈 〉化して応用する場合、観念や想念や情念というような心的なレベルの動きと、それとは無関係に動くようにみえる他者総体の存在様式を同時にとらえていかなければならないだろう。

 それと共に、概念集の作業に際して、今は微かな予感としてしかいえないが、

α、概念集の項目を、これまでの〈 〉闘争過程の表現を全て再検討しつつ抽出するだけでなく、全表現の偏差を対象化しうるものを選び、未出現の項目へ応用する。

β、既出現~未出現の項目は、名詞とは限らず、全品詞にわたり、さらに文体~構成~ジャンル、この概念集に交差する現在~未来の幻想性総体を対象とする。

γ、ある項目を、まず提示して記述し始めるだけでなく、なにものかに促されて記述していく時に向こうから現れてくる像や音や~に気をつけ、それを作業の基軸とする。

というような項目にカ点を置くことになるのは必然である。

(p1-2『概念集・1』松下昇 1989・1)

4/9 日本軍人に強姦された真実の被害者であったとしたら、

ebizoh ebizoh 『サリノグさんが日本軍人に強姦された真実の被害者であったとしたら、日本人として哀悼の意を表します。

しかし、彼女に国民基金(亜細亜女性基金のこと?)の受け取り拒否を唆した者は、おそらく自己の政治的主張の道具としてしか彼女を見ていなかったのでしょう。日本がフィリピンと請求権処理の条約を結んだ当時は、今後戦争に関わる被害が新たに明らかになっても、フィリピン政府が日本から得た賠償金を原資として対処するという合意内容を含んでいたのですから、国際法の少数説のロジックに依拠して日本政府の国家賠償を求めるべきという無理筋の要求が通るかのような甘言を弄して、フィリピン人にとっては大金のはずの基金の受け取りを拒否させるとは、そう唆した者は無慈悲で非道な政治的動物ですね。』 (2007/04/09 06:35)

noharra noharra 『ebizohさん 数週間に渡る応答の遅れすみません。

>>>サリノグさんが日本軍人に強姦された真実の被害者であったとしたら、日本人として哀悼の意を表します。

この文章は実際にその人の遺族の前で発言することができないおかしな文章ですね。

あなたはサリノグさんについて発言しない権利を十分持っています。にもかかわらずあなたは「哀悼の意」を表明した。これはサリノグさんとの1対1の関係に立ったということです。

その上であなたは「サリノグさんが日本軍人に強姦された真実の被害者であったとしたら」、と書き、サリノグ証言には疑問の余地があると(死んだ)彼女の前で述べています。

「サリノグ証言に疑問の余地がある」とあなたが判断する根拠は何ですか?

あなたはサリノグさんについて発言しない権利を十分持ってたのにかかわらず、なぜ死んでまで彼女の名誉毀損を行為するのですか?』 (2007/04/09 07:33)

ebizoh ebizoh 『>野原さん

>数週間に渡る応答の遅れすみません。

いいえ。気にしておりません。

野原さんも他事や病気があったようですし、私もノーモア氏や永井和教授ご本人?との議論以外に余暇に使える時間はほとんど残っていませんでした。

また、今日の10時から始業ですので、私の方も、今後の応答はかなり後になってからになるかもしれません。

ただ、野原さんやノーモアさんと喧嘩したおかげで、永井和教授ご本人?との知的に高いレベルでの対話の機会をもてたことには、お二人に感謝せねばならないとも思っております。

>この文章は実際にその人の遺族の前で発言することができないおかしな文章ですね。

もちろん、遺族の前で哀悼の意を表するとしたら、何も限定を付けずに単なる死に対しての哀悼のみを表するか、サリノグさんが真実の犠牲者との確信を持っていた場合にその旨を表するかどちらかでしょう。上記文章は、単に事実を確定し得ない一人の日本人が一人のフィリピン人に対して表した意見にすぎません。

>あなたはサリノグさんについて発言しない権利を十分持っています。にもかかわらずあなたは「哀悼の意」を表明した。これはサリノグさんとの1対1の関係に立ったということです。

あくまで、サリノグさんと私の1対1の関係だからこそ言える言葉です。

>その上であなたは「サリノグさんが日本軍人に強姦された真実の被害者であったとしたら」、と書き、サリノグ証言には疑問の余地があると(死んだ)彼女の前で述べています。

「サリノグ証言に疑問の余地がある」とあなたが判断する根拠は何ですか?

疑問の余地があると述べているのではなく、事実を確定しえずその権限も持たない一個人としての立場の表明ですね。

>あなたはサリノグさんについて発言しない権利を十分持ってたのにかかわらず、なぜ死んでまで彼女の名誉毀損を行為するのですか?

事実を確定し得ない以上、彼女に対する名誉毀損ではありません。

真実の被害者であった場合には、真実の被害者として哀悼するし、あえて明示はしませんでしたが、真実の被害者でなくとも、一人の個人の死に対して哀悼する気持ちはあります。

むしろ、真実を確定し得ないのに真実と断定して哀悼の意を表してしまうことは、仮に日本軍人が真の加害者ではなかったた場合には、その冤罪を負わされた日本軍人及びその遺族に対する名誉毀損になりますから、あえて断定していないのです。それが法律家としての良心です。

私としては、その後のコメントに対する野原さんの意見こそ聞きたいことでした。』 (2007/04/09 08:47)

十里益代 十里益代 『こちらにもnatamaru氏が現れているのでしょうか?』 (2007/04/09 14:18)

節翁 節翁 『

トマサ・サリノグさん、ご逝去の報せに接し、心から哀悼の誠を捧げます。

死を前にして訴えられた安倍首相宛てのお手紙、胸詰まり涙拭いながら読みました。

「日本政府が事実を承認すること」「人権と正義を回復すること」

その願い、生前に実現すること叶わず、ご無念はいかばかりだったことか。

ご遺志を引き継いで私たちはたたかいつづけます。

ロラ・マシン、あなたのことを決して忘れません!

オリエンタル・ミンドロ在住 鈴木節夫 ジュリ』 (2007/04/10 11:17)

noharra noharra 『鈴木節夫 ジュリ さま

はじめまして コメントありがとうございます。

六十数年前日本軍との出会いによって、多くの多くのフィリピン人が被害を受けました。ところがわたしたち内地に居た(あるいは後から生まれた)日本人はその実態を知らず、知らされてもできるだけ関与しないようにして生きていこうとし、またそのことは可能だったようです。数少ない例外を除き。

わたしは関係を拒否しようとせず、サリノグさんの正義への祈り(叫び)をむしろわたし自身への祝福として聞き取りたいと思っています。

>> ご遺志を引き継いで私たちはたたかいつづけます。

>> ロラ・マシン、あなたのことを決して忘れません!

              野原燐』 (2007/04/10 19:42)

noharra noharra 『海老蔵さんへ 

サリノグさんが国民基金を受取拒否した根拠は、彼女自身の意志ではなく、誰かからのそそのかしによる、とあなたが判断した理由は何ですか?

それを示せなければあなたは、根拠無く彼女を貶(おとし)めたことになります。』 (2007/04/10 21:12)

ebizoh ebizoh 『>野原さん

上記京都のブログより引用

>2000年12月、わたしは東京で「女性国際戦犯法廷」に参加し、正義が達成されたという感覚を、やっと感じることができました。これまでは決して感じることのなかった気持ちでした。わたしはまた、アジア女性基金が提供してくださるという償い金では、わたしが女性として受けた権利の侵害、わたしに対して犯された重大な諸犯罪は、決して埋め合わせにはなり得ないことにも気づきました。

『気づきました』とは、それまではそう思ってはいなかったという意味です。

女性国際戦犯法廷の政治運動家が、目の前で法廷を僭称する茶番劇(秦氏によるとカンガルー裁判)を行ったために、サリノグさんにそう確信させたという点で、彼らの罪は重いでしょうね。

私の上記コメントは単に合理的推認を述べただけであるのに、彼女を貶めたと感じたのは、野原さんが女性国際戦犯法廷の運動を支持しているが故の主観的判断にすぎません。』 (2007/04/11 10:55)

mojimoji mojimoji 『>ebizohさん

あきれ果てた人ですね。「気づいた」と自己認識している人を「そそのかされた」と言うのは「貶める」ことそのものでしょう。/←この言明は、女性国際戦犯法廷が茶番であろうとなかろうと成立します(茶番ではない、と僕は主張しますが)。対して、あなたの発言は「茶番である」を前提しなければ成り立たない言明ですね。「主観的」(というよりも独断的)判断に陥っているのはebizohさんの方であることは明白ですね。』 (2007/04/11 23:32)

ebizoh ebizoh 『>mojimojiくん

>あきれ果てた人ですね。

>「気づいた」と自己認識している人を「そそのかされた」と言うのは「貶める」ことそのものでしょう。

私も、キミ達のそういう情に訴える被害者ファッショにはあきれ果てています。全文を良く読もう。「気づきました」という以上、それまではそんなこと考えてもいなかったはずである。また、それまで基金の受領を持ちかけてきていた人に対して、サリノグさんは女性戦犯法廷を見たおかげで断りの返事をする決意をしたことも書いてある。つまり、サリノグさんはそれまでは断るか否か未定だったのに、彼女にそう決心させたのが女性国際戦犯法廷ショーなのだ。これは、彼女を貶めてはおらず、女性国際戦犯法廷のメンバーを批判しているだけ。弱者を盾にする彼らの邪悪さは隠しようが無い。

>←この言明は、女性国際戦犯法廷が茶番であろうとなかろうと成立します(茶番ではない、と僕は主張しますが)。

成立しませんよ。上記コメントで説明済み。

>対して、あなたの発言は「茶番である」を前提しなければ成り立たない言明ですね。

茶番でなく、きちんとした正統的な法廷ショーだったとしても、サリノグさんの決定を唆したことには変わりは無いので、成り立つ言明です。

>「主観的」(というよりも独断的)判断に陥っているのはebizohさんの方であることは明白ですね。

いいえ。私と同様の判断は、秦氏のような学者もしているので、必ずしも主観的とは断じ得ません。

mojimojiくんの判断こそ、独断的に被害者を食い物にしているでしょう。』 (2007/04/13 01:35)

jujo jujo 『>>>受け取り拒否を唆した

>>「気づいた」と自己認識している人を「そそのかされた」と言うのは「貶める」ことそのものでしょう

>それまでは断るか否か未定だったのに、彼女にそう決心させたのが女性国際戦犯法廷ショーなのだ

「受け取り拒否」をサリノグさんに「唆した」と断定するに足る合理的な根拠が示されていませんね。

サリノグさんの発言には、彼女が民衆法廷に参加し、参加を契機に「償い金が決して埋め合わせにはなり得ないことにも気づいた」ことが言及されています。ここには同法廷への参加を契機として、サリノグさん自身の主体的判断として「埋め合わせにはなりえないと気づいた」ということしか述べられていません。

なお、同法廷は「基金を受け取るか否か」が主論点としたものではありません。

「唆し」と断定するからには「基金が埋め合わせになりえるか否か」ではなくて「基金を受け取るか拒否するか」に関する「唆し」の事実を提示してくださいますでしょうか。同法廷で「受け取り拒否」に関する議論が行われたという事実があるのですか?』 (2007/04/13 13:36)

noharra noharra 『ebizohさん

(応答が遅くなりました。)

ebizohさんへのmojimojiさんの批判、jujoさんの反問に、わたしも同意します。答えてください。

 

海老蔵さんから最近発言がない。しばらく沈黙することに決めたのかもしれにない。前に書いた文章なのでUPしておきます。

>>>これは、彼女を貶めてはおらず、女性国際戦犯法廷のメンバーを批判しているだけ。

何が「彼女を貶める」ことか。

これにOKすればお金と正義を両方得ることが出来ますよという基金からの誘いを彼女はなぜ断ったのでしょうか?

理由を尋ねる前に、尋ねる根拠が私の側に在るのかがまず問題になります。

私はサリノグさんの友人でも指導者でもなく彼女の決断に意見を言う立場にない。であるから彼女の決断の理由を聞く根拠もないのです。

ebizohさんもサリノグさん及び彼女を取り巻く情況についてほんの少ししか知らないでしょう。であるにもかかわらず、あなたは「サリノグさんが国民基金を受取拒否した根拠は、彼女自身の意志ではなく、誰かからのそそのかしによる、と」あなたは決めつけた。

同じフィリピン人女性であっても例えば彼女が大学教授であったらあなたはそうした決めつけをしたでしょうか?彼女が無学で貧しい一生を送った女性である、したがって金の力でどうにでもなるべき存在であるのに、「一寸の虫にも五分の魂」を見せた。それが気に入らない。サバルタンはサバルタンらしくしておれ。

表明された一つの意志を彼女自身のものでないと言って、抗議されても反省しないとは、以上のような物事の捉え方であるとしか考えられない。

>>>全文を良く読もう。「気づきました」という以上、それまではそんなこと考えてもいなかったはずである。

そう断言できる根拠はありません。彼女は基金というよく分からないがそれでも大きな力を持つもの(オーソリティ)の誘いを断るために、世の中には別の権威もある(あった)ということを引き合いに出す必要があっただけ、かもしれない。

ところで、ebizohさんは「野原がコミンテルンに洗脳されている」と判断しているのでしょうか。

「Q1-3:コミンテルンの対日テーゼには洗脳されましたか?」と書かれましたね。

ここではぜひ「Yes」と答えて欲しいですね。Yesなら、ebizohさんは関係妄想に囚われただたのトンデモだ、と決定するからです。あなたがサリノグさんを貶めたという事実は消えないものの、その社会的価値はほぼ無くなります。

(一方ただのトンデモでは今後の対話意欲に影響を与えてしまうが)』 (2007/04/22 10:07)

http://d.hatena.ne.jp/noharra/20070409#c1177203232

一読者 『途中で送信されてしまったものの、まだコメントは続くので、しばらくご返事せずに、私のコメントが終わるまでお待ちください。』

noharra noharra 『野原です。

一読者さんへの応答を、3/14の本文欄に書きました。

3/14のコメント欄にお返事をどうそ。』

ノーモア ノーモア 『さてあなたが公安委員会(?)と風俗業者の関係とは違う、そして軍が積極的・主体的に関与したのだと認識を改めたということですね。そうしますと常石氏のブログでのあなたの問題提起「違法な実態があったとしても、政府や軍が主体的に関与していなかったら、それは朝鮮人が多かったという業者の責任です。」というのは誤りだということでよろしいですね。

>私の主観では、素人から見た素朴な感想ですよ。

なるほど。要は説得的な反論は出来ないが「反感を抱いた」程度のものですか。まあ、如何にバイアスのかかった目でこの問題を見ていたか、自らのイデオロギー性を自覚できただけあなたにとっては良かったのではないでしょうか。

>なぜこの点に先走りと言われながら私がこだわるかというと

そうですね、完全な先走りですね。以下は決議案の内容です。

http://www.thomas.gov/cgi-bin/query/z?c110:H.RES.121:

そして次の質問「違法な実態に政府や軍が主体的に関与していたら、日韓基本条約時の請求権条約で解決済みということになる」という議論が的を外しているということもよろしいですね。まああなたが為したこれら二つの御質問に答えることが私の議論の目的ですから、一定の成果はあったということですね。

>あなたの立場に立ったとしても法的責任追及はできないことには変わりが無いでしょう

ちなみに責任追及が出来ないことと責任が無いことはイコールではありません。国際法は原則として国家間関係を規律するものであって、個人には及ばないというのは確かにその通りですが、国家間合意だけでは個人に対する人権侵害行為が十分に救済されていないという認識の下様々な理論的な努力が現在為されています。しかも妥結時に考慮されていなかった問題であるのならなおさらです。あなたも「複数の首相の誰もが法的責任の履行はできないからこそ、アジア女性基金で道義的責任を果たすことになったのではないですか?」と仰られているという事は日本にはある種の「責任」があるということは否定できないと考えておられるのでしょう。それをどう解決するかが問われているわけです。民間基金による金銭的補償も結構なのですが、そもそも軍が主体的に関与し、そこにおいて人権侵害行為が発生しているのに、(公式的な)謝罪すらしない、あるいは一官房長官の談話すらなかったことにしようとするというのはどういうことかと私は思います。何も責任を取りませんと言っているに等しいと言われても仕方がない。

>ただ、これは戦犯裁判の主体となった連合国が中国を除いては欧米人だったという要因もあるでしょうね。

まず「戦犯裁判ですら裁かれなかったのだから…」というのが推論として妥当でないことはお分かり頂けたようでこれも良かったです。

で、ここからは私とあなたの考え方の違いでしょうけど、私は東京大空襲のような無差別爆撃も原爆による民間人の虐殺行為も裁かれるべきだと本気で思っております。しかしそれを日本が追及するには自らの戦争犯罪と真摯に向き合うこと以外にありません。私は現在南京事件や従軍慰安婦を問題にする時に「欧米だって酷いことをしたじゃないか」という反論をする人たちの中で、どれだけ本気になって戦争犯罪を糾弾しようとする人がいるのか怪しんでいます。彼らは自国を免罪する為の方便として「しか」その主張をしていない。本当に彼らは「酷い」と思っているのか。本気で国家による人権侵害を批判する気がない人たちが、原爆・東京大空襲の被害者を持ち出すのは「死者に対する冒涜」です。秦氏が述べているように今回の件はアメリカ自身にもブーメランのように跳ね返るでしょう。ただそれは日本も酷いしアメリカも酷いというだけのことです。

最後ですがこちらのサイトも参考までに挙げさせていただきます。

http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20070312/p1