ウロボロス

この文章は、ここにちゃんと載っている。

http://www.creative.co.jp/top/main1424.html

そればかりでなく、その頁には4/14の野原日記がちゃんとリンクされていて、現在そこから来る方が(短期間で)24で一番多くなっている。全文があるので、上記を縮めるべきだが、めんどうなのでそのままにしておきます。2ちゃんねらーから政府首脳に受け渡された<至高性への憎悪>はどこにフィードバックしていくのか。危機感にかられて硬直するのではなく、未知の事態に新しい対応を模索していきましょう。

水戸ってどこよ(あるいは お買い得講座)

 大阪で新しい市民向け思想史講座が開講されました。5回で三千円ですが、前半が子安先生の本居宣長講座、後半が色々な研究者による研究発表となっています。こういう言い方は不謹慎かと思いますが十で割ると一回三百円だからお買い得ですね。しかも入会金なし。ただ会場との関係においては「市民向け講座」ではなく「研究会」であるとのこと。この点問題であれば即刻削除しますのでメールしてください。VYN03317@nifty.com

http://homepage1.nifty.com/koyasu/lecture.html

「懐徳堂研究会 思想史講座」河合塾セルスタの5階会議室。阪急梅田北へ徒歩六分

子安宣邦「本居宣長を読む」

5/15研究報告1:桂島宣弘(立命館大学):後期水戸学の諸問題。研究報告2:福島栄寿(大谷大学):思想史としての「精神主義」(仮題)。

 さて内容ですが、研究会の方も難しすぎもせず退屈もせず面白かったです。教育勅語などの「天皇を中心にした日本」のグランドデザインは後期水戸学によって為された、このことは常識なのかもしれない。でも研究者の常識であるだけで、普通の人は後期水戸学って何?状態だと思う。藤田東湖とかに言及している本を見たのは、野原にしても、村上一郎の『幕末-非命の維新者』だけだ。ここで村上一郎の文庫本1974年刊(とっくに絶版)を取り出して読んでみた。がそれについては次の項目とする。桂島宣弘氏の報告は予告とは違い「水戸学の諸問題--大日本史から見える問題を中心に」であった。論点は--と書きかけたのだが、だいたい「大日本史」のなんたるかを知らずに論点もへちまもない。わたしはまったく無知なのになんだか文章を書いてしまい読者に迷惑を掛けている。まとにかく、大日本史のどこが「大」なのかは、下記とかを参照のこと。というか下記を読んではじめてわかったことが多かった。戦前戦中期にむりやりたたき込まれた反動で戦後はずっと忌避されていた情報であるわけです。

http://komonsan.on.arena.ne.jp/htm/hensan.htm

で要は、黄門さんこと水戸光圀公の理想は「後世の史臣に深い思索と発明を促し、没後100年、藤田幽谷の出現によって尊王攘夷の運動を興させ、」明治維新へと歴史を方向づけたということなわけです。光圀が1645年に史記伯夷伝(伯夷と叔斉の話)を読んで史書編纂を決意して以来250年、明治三十九年にようやく出来た、ということです。日本人に社会のあり方と人の道の基準を教えるために史書を作るという意志が確立され250年も貫き通され成就したという話ですが、これはもちろんフィクションにすぎません。前期水戸学と後期水戸学(1786年から)との間にも大きな落差がある。後期水戸学が確立した国体論と尊王攘夷論が遡って、前期の時代からあった、とされてしまっていたのだ。実際には前期水戸学は同時代の林家、新井白石とほぼ同じ問題意識にたっていた。天武天皇や北朝の正統性を疑う点も三者共通であるし、問題を三国時代の魏・呉・蜀の正統性の議論の重ねて論じており、万世一系の問題としては捉えていなかった。云々ということで一言だけ書くことができないので長くなってしまった。

「世界史という根源に対して可能な私の責任」

徐寅植(ソ・インシク)の文章を少しだけ引用しておこう。

運命とは端的に私のものである。人はそれぞれ自分自身の運命を生きるのである。私の運命であるかぎり、私はマッチ一本だけを持ってでも世を燃やそうと投げかけよう。しかしわたしの運命ではないかぎり、私は今後には路の小石一つも動かそうとしまい。それは出来ないことである。当為と可能が端的に一致するのが運命である。*1

 尹東柱の有名な詩「死ぬ日まで 天(そら)をあおぎ/   一点の恥じることなきを」をちょっと思い出させますね。

 徐寅植は戦後、越北した。そして「越北後の活動は知られていない」。朝鮮人の自由を幾分か代表していた徐は、彼の自由とともに北の体制によって圧殺された(とわたしは想像する)。

*1:同上p46より

チェチェンに対する無知

ジャーナリスト常岡浩介氏のブログの■2004/09/03 (金) 17:31:42 ザカエフ・インタヴューというところから引用する。

http://www2.diary.ne.jp/user/61383/

これまでチェチェンに関して日本で報道されてきたことは、わずかなフリーランサーの例外を除いて、ことごとくロシア当局の主張のトレースに徹してきました。一秒たりとも、独立運動の当事者の声を大手メディアが伝えたことはありませんでした。対立する当事者双方を取材するのは、報道の基本中の基本であるにも拘らずです。

だから、その不作為の当然の帰結として、この10年間に、チェチェン民族全人口の25パーセントが、残虐極まりない方法でロシア軍と諜報機関に殺されてしまったこと、生き残った人々が、死ぬよりも過酷とすらいえる虐待の渦中にあることなどについて、日本では一切、伝えられてこず、市民が事実を知る機会もありませんでした。

わたしはチェチェンに対して無知だから正しさに近づいていけるかどうか分からない。<<ある事実ではなくその事実が(マスコミによって)取り上げられる基盤が(決定的に)歪んでいるのではないか?>>について、この文章は疑問を突きつけている。そのような主張は検証が困難だ。だがどんな場合もまずそういった問題意識を持たなければいけないのだということを、わたしたちはこの間学んできた。

追記1:天神茄子さんのブログのリベラシオンの翻訳からの引用。かたよったところだけ引用しているので、元のブログの方もみてください。常岡さんについても同様。

http://d.hatena.ne.jp/temjinus/20040905#1094310455 samedi 04 septembre 2004 (Liberation – 06:00)

最後に西欧社会のプーチンに対する物分りのよさにも疑問を持たねばなるまい。プーチンに反テロ努力の支援者を見るあまり、西欧はチェチェンにおけるプーチンの過誤を許している。

追記2:下記では、学校に突入したロシア軍の兵器が対戦車誘導弾など強力すぎるという指摘。

http://d.hatena.ne.jp/q-zak/20040905

追記3:

http://d.hatena.ne.jp/takapapa/20040906 経由で

http://chechennews.org/chn/0429.htm チェチェンニュース から

どうしても、繰り返して書かなければならないことがある。チェチェン戦争が「対テロ戦争」だというのは、ロシア当局のプロパガンダに過ぎない。その内実は、たった100万人弱のチェチェン共和国に対して、人口2億の大国ロシアが、常時10万人の軍隊を送り込んでおこなっている侵略戦争だ。そのために、この地域は今までにないほど不安定になっていて、どんな事件が起こるか見当もつかない。

 チェチェン戦争は、「対テロ戦争」ではなく、91年に宣言されたチェチェンの独立を挫折させようとする戦争だ。だからこそ、住民の虐殺が放置され、石油資源は略奪され、親ロシア派の傀儡政権によってチェチェンの人々の政治的権利も剥奪されている。8月29日に、さまざまな事件に紛れて行われた傀儡政権の大統領選挙では、こっけいなほどの不正が横行した。

追記4.もひとつリンク  http://d.hatena.ne.jp/Gomadintime/20040908

・・もいっこ。

http://d.hatena.ne.jp/junhigh/20040906#p1「はてなダイアリー – 迷路の地図」さんの文章を利用して。野原の感想を考えてみた。

「国家による暴力の行使は、国民の安全を保障するためのものである」というたてまえがある。当為である。これを逆転して「国家による暴力の行使を、自らの安全を保障するものと考えてしまう」国民も少なくない、というか大部分に近いかも。

(5)

# hiyori13 『あなたホントに大丈夫? 「~と本書は述べる」と書いて、書評対象本の要約であることを明記してある部分だけ見て、そのもとの本ではなく書評者を批判するの? ちなみにぼくは5回は読んでるよ。あたりまえじゃん。もとの書評を書いたのがぼくだし。さらに少しは自分のことばに責任持てよな。フィクションという言い分に「納得した」と言いつつ、その説明を求められると「わたしのことばじゃない」って、そんなら何にどう「納得」したわけ?』

・・・そんなら何にどう「納得」したわけ?・・・

については説明していますが。

・・・もとの書評を書いたのがぼくだし。・・・

山形さんでしたか。わざわざ来ていただいてありがとうございます。

(6)反反ジェンダーフリー

まず、最初の書評からの山形氏の文章を読み返す。

あるいは男女の性差。男と女は遺伝的にちがうし、それは嗜好にも出る。男女の職業的偏りは、社会の洗脳のせいだけでなく、遺伝的な部分も大きい。だから女の政治家や重役が少ない等の結果平等を求める悪しきフェミニズムはまちがいだし、「男の子/女の子らしい」遊びを弾圧し、性的役割分担をすべて否定する昨今のジェンダーフリー思想は、子供の本能的な感覚を混乱させるだけだ、と本書は述べる。

10/17の(5)で、山形氏に「「~と本書は述べる」と書いて、書評対象本の要約であることを明記してある部分だけ見て、そのもとの本ではなく書評者を批判するの?」と指摘された。「野原の批判対象は、ビンカーの本ではなく、山形氏の数行の文章です。」と書いたが正確には、上記で“ ”と述べる、と書いてあるその中身の部分である。山形氏はその中身の部分については責任を負わないといわれているようだ。まあしかたないか? いずれにしても、その数行の中身についてだけ検討する。なぜかというと、前批判した西尾幹二などの反ジェンダーフリー派(「フェミナチ」なんて言葉も流行ってきているようだ!)の低級な部分に受け入れられることは間違いないように思えるからだ。

えっとまず、

1.男と女は遺伝的にちがう

->遺伝か好きなら、インターセックス差別するな。

2.それは嗜好にも出る。

->差異が存在するだけなら、それが遺伝のせいか?文化のせいか?は結論付けられない。

3.男女の職業的偏りは、社会の洗脳のせいだけでなく、遺伝的な部分も大きい。

->現在の「男女の職業的偏り」が遺伝のせいとはどう言う意味だろう。「男の方が女より力が強い」を認めよう。それによる職業的適性も存在しただろう。土木は男の職場になっていたが、最近は力仕事は重機がするので、その操作の仕事は女性にも解放しなければならなくなった。それに対して、「政治家や重役」に対してはどんな遺伝子が関与しているのか皆目分からない。

4.この文章の一番おかしいところは、3行目の「だから」にある。2行目は次のように言い換えられる。「男女の職業的偏り」が、「遺伝的な部分」(による)だけでなく、「社会の洗脳のせい」でもある。であるとすれば、「女の政治家や重役が少ない等」という現状は、「社会の洗脳のせい」を修正するぶんだけ「結果平等」を求めて是正されるべきだ、という結論になる、と読む方が論理的にはむしろ自然である。であるのになぜ、反対の結論になるのか。「結果平等を求める」=「悪しきフェミニズム」というある種の人びとのステロタイプ思考との共犯関係に陥ることを知りながら回避していないからである。

  「女と男は違う」というのは本当にそうだろうか。子供を観察していると、同性同士あつまり「男の子/女の子らしい」遊びをしているという現象も確かにある。しかし入り交じって遊んでいる場合もある。「男の子/女の子らしい」遊びより入り交じった遊びを奨励する場合もあるだろう、というか共学施設で皆で遊ばせたければそうなってしまう。それに対し「弾圧」という強い言葉を使うのは、どうなんでしょうかね。著者のイデオロギー的立場の反映でしかない。入り交じった遊びをさせても「子供の本能的な感覚を混乱させる」などという指摘は見当違いだろう。それよりも「子供は無邪気である」権利を持つ、と私は良寛と共に考える。最近のテレビなどでは、少女や幼女を男性の性的視線の対象であるべき物だという視線によって撮られた、作られた映像が数多く放映されている。あんなものは弾圧すべきだ。

  さて、「平等という前提」よりも、この問題にもっと直接関わるのは「人間の可塑性」という論点だろう。これについては、「大野了佐と中江藤樹」として上に触れた。女であれ男であれ各自の間には差がある。自らの内にあるある特性が、<良知>に照らし障害であるとしか考えられなければ、是正すれば良いしそうでなければ放置するだけだろう。存在の深みに比べ、男女の差異は表面的なことにすぎない。*1

  「あなたがたは知的エリートとしてそれがフィクションであることを知っているけれど、愚昧な大衆をコントロールすべくかれらにウソを教え込んでいる、ということですね。そのウソをばらすな、と。」と山形氏が書いたときに念頭に置いていたことがどういうことなのかわからない。「人は努力すれば何かになれる」という教えは確かに「愚昧な大衆をコントロールす」るのに適当な思想だった、と言えるだろう。だが、私たちは一度は明治維新を成し遂げた。「良知即ち天命を知れば、世に工夫して成らぬ天命はなし」という思想がそれを成し遂げたと理解することもできる。

*1:そうではないという意見もあるだろうが。

北朝鮮は飢餓へ

http://renk-tokyo.org/modules/news/article.php?storyid=107 RENK東京 – ニュース

9/29の李英和講演会について上記で三浦氏が書いてくれています。

幾つかあげると。

まず、モンゴル国境で妹をかばって中国国境警備兵に銃殺された少年(RENK里子)について、李代表がテレビの報道番組のビデオを流しながら報告。この一家は当初からRENKが保護しようとしてきたが、残念な結果に終わったこと、しかし、今父親と妹は韓国におり、中国で行方不明になった母親を何とか救出するという責務が残っている事などが報告された。

さらに、李代表は、もちろん逃げる難民に対し銃を水平で乱射する行動は許せるものではないが、現場の証言によれば、中国の兵士はさらに銃剣で倒れた少年の遺体を突く行為にまで及んだ。しかも、中国政府はまるで殺された少年がテロリストでもあったかのような(武器を持っていたとか銃を奪おうとしたとか)虚偽を平然と述べており、あらゆる意味で許し難い姿勢であることを強く批判。

代表によれば、脱北者の多くは、何とか年内は持つかもしれないが、来年からは食糧事情は再び90年代危機に匹敵する飢餓が訪れると考えていると言う。この予想には数字的根拠があると李代表は言う。

北朝鮮における米の値段の推移

2003年7月1日  この時期金正日が経済の自由化、改革を発表する

           米1キログラムはこの時点で40ウオン

     9月                 180ウオン

2004年1月                 300ウオン

     3月末                400ウオン

     7月                 500ウオン

     8月初めから           700から900ウオン

     9月                 1400ウオン

最後に、「現在の中国の対難民政策に、多くの人達が抗議の声を挙げることを呼びかける」と結ばれている。

わたしも彼の意見を強く支持したい。

美しき日々

今日酔っぱらって帰ってきて何げなくテレビを見てたら、韓流のドラマをやってた。数人の若い男女がもつれあいながらドラマがどんどん進んでいくようで、演技とか上手くない俳優も多いし、吹き替えの声はそれ以下で何だか今ひとつ紙芝居っぽいんだけど、でも場面の転換が早く、10人以上の登場人物のどの組み合わせにも秘められた過去があるようで、つまり、ヘテロな恋愛だけじゃなく兄弟愛や親子愛、友情などすべての引き合う力の強さが張り巡らされており、とても面白かった。

http://www3.nhk.or.jp/kaigai/beautiful_days/

美しき日々 Beautiful Days

石垣りん死去

 詩人の石垣りん(いしがき・りん)さんが26日午前5時35分、東京都杉並区の病院で死去した。84歳だった。

 20年、東京・赤坂生まれ。34年に高等小学校を卒業して日本興業銀行に入り、75年の定年まで勤めた。

http://www.asahi.com/obituaries/update/1226/003.html

 ひたすらに心に守りし弟の

 けさ召さるるとうちひらく

 この姉の掌(て)に照り透る

 真珠(まだま)ひとつのいつくしさ。

(石垣りん「眠っているのは私たち」・ちくま文庫『ユーモアの鎖国』p265)

昭和一八年七月、彼女の弟に召集令状が来た時の詩。

彼女は当時そうしなければならなかったとおり「おめでとうございます」と言って彼を送り出した。

この発語は彼女が生きている限り、過去のものとならなかった。

 とうぜんの義務と思ってあきらめ、耐え忍んだ戦争。住んでいた町を焼かれても、人が死んでも国のためと思い、聖戦も、神国も、鵜呑みに信じていた自分を、愚かだった、とひとこと言えば、今はあの頃より賢い、という証明になるでしょうか。私の場合ならないのです。

 戦争当時とは別な状況。現在直面している未経験の事柄。新しい現実に対して、私は昔におとらずオロカであるらしいのです。

 もう繰り返したくないと願いながら、繰り返さない、という自信もなく。愚か者が、自分の愚かしさにおびえながら働き、心かたむけて詩も書きます。

 ………………

 戦争の記憶が遠ざかるとき、

 戦争がまた

 私たちに近づく。

 そうでなければ良い。

 八月十五日。

 眠っているのは私たち。

 苦しみにさめているのは

 あなたたち。

 行かないでください みなさん どうかここに居て下さい。(「弔詩」より)

(同上 p267)

2004年自衛隊はイラクに派兵された。小泉首相の態度は最悪の無責任だ。死者たちはいまも、「苦しみにさめている」のだろうか。死者たちの言葉を聞く者たちは死に絶えつつある。大義のない戦争は継続している。

最も安易な立場

どうして誰も最も虐げられた者、従軍慰安婦の立場に立とうとしないのか?それが言説にとって最も安易な立場であるのではなかったか。わたしたちはこの十年以上そう聞かされてきたのに。