85年4月30日
4月30日夕刻、第五圏の東京拘置所の構内を埋めているタンポポの綿毛は、比喩としてではなく一せいに舞い上がり、第六圏への出立を祝福してくれた。静まりかえった獄舎の一つ一つの窓の内側に、まだこれからも拘束され続ける人々の夢を飛翔させてほしい、と望むかのように旋回しつつ……。 --『時の楔通信第〈13〉号』p23
4月30日夕刻、第五圏の東京拘置所の構内を埋めているタンポポの綿毛は、比喩としてではなく一せいに舞い上がり、第六圏への出立を祝福してくれた。静まりかえった獄舎の一つ一つの窓の内側に、まだこれからも拘束され続ける人々の夢を飛翔させてほしい、と望むかのように旋回しつつ……。
--『時の楔通信第〈13〉号』p23
http://d.hatena.ne.jp/noharra/20051230#p8 で書いた
松下氏が85年4月30日に保釈になった時のイメージ。
このブログでは、1969年から1970年頃の松下昇たちの行動と思想を転写していくつもりです。
もちろん、松下はそれから26年ほど生きました。したがってその間の年譜の必要はあります。
しかしながら、このブログでは一つの試みとして、1971年までで時間を止めてしまうことにしました。したがってそれ以後のどんな日付も1971年のそれに転写されることになります。
循環する時間。
循環から脱出できない。
しかしながら、日常のふとした隙間から滑り落ちるように〈脱出〉することができる瞬間もある。