eili252の日記

2006-07-20

~刊行委の存在根拠

 古本買取販売店で、小林秀雄集(筑摩書房日本文学全集42)を買った。値段105円(タバコ7本分)。何だかとても得した気分だったものの、凝縮された言葉の重量感に疲れやすい自分が読了まで行き着くかどうか覚束ない。「ランボオⅠ・Ⅱ・Ⅲ」を読んだ後、ボリュームを再確認するようにパラパラめくっていると、最終ページ空白部分に「此の本は路傍の石の上に捨てられていた」と鉛筆での書き込みがある。裏の見開き部分にも1行「秀雄も路傍に捨てられていた」とあった。大正昭和時代をリードした著名な批評家の本の処遇に無常の思い極まったのか、文字遣いの感じからおそらく自分よりも年長者と思われる見知らぬ先輩読者の心理状態を思った。幸か不幸か私(たち)は松下の表現について此の類の嘆きを許されていない。 

書き込みの触感に導かれるように、よく知られている「無常ということ」を読んで見た。小林は「この世の無常→人間の置かれる一種の動物状態」と定義している。冒頭に引用された「一言芳談抄」の短文は不思議な雰囲気を持つ文章だ。その舞台である比叡山山王権現付近を散策中に彼を襲った或るのっぴきならぬ心理と切り離して口語に移してもさらに遠ざかるだけなのは分かっている。まして、原文の輝きにはいかなる変形も許さない確たるものがある。しかし、あえて自分のレベルまで引き下ろしてみよう。

『あるいはこうも伝わる。比叡山東麓の日吉(ひえ)神社に巫(カンナギ)装束で仮装した未だうら若い女官が入り込み、深夜、人も寝静まった後、十禅師社の僧形~童形像を前にして、姿勢を整え気息を正して鼓(つづみ)を打ち、清澄な声に心を託して「どうせいずれにしてもそうなのですよ。ねえねえ…」と歌った。場違いな性的表現をも疑った目撃者に歌の意図を強く問われ、こう答えたそうだ。「生き死にする哀れで果かない人の有様を思えば、この世のことはどうせいずれにしても、他の生き物と変わらぬことを繰り返すよりほかないじゃありませんか。だから、ねえねえ、どうか、女の穢れは成仏の妨げなどと結界に閉じこもらないで、死んで後の世にまこと人間に成っていく過程を私にも与え、助けてくださいなと歌ったのです」…』

 

女人禁制の神域へ侵入し、何事か表現せざるを得ない「なま女房」の仮装性の根拠(悲しみ~祈り~愛?)、さりげない記録者の耳目の透明度、神域をも舞台に巻き込みながら宗教政治権力や様々な欲望が織り成す史実の溢れ、散策する意識に交差した解釈を超絶する迫真のドラマ鎌倉絵巻)は、小林秀雄という稀有な個性の存在領域を根底から揺り動かし「人間の相の動じない美しい形」~「歴史において常なるもの」の予感を、むしろ自らの内に眠っていた<記憶>の像へと変換する。

源平盛衰記」さえ読んだことのない粗雑な素養にとっては「過去生」でも妄信しなければ到底訪れようのない経験には違いない。しかし、文献的こだわりのない位置であえて独自な口語に言い換えようと試みることで重なってくる気配もある。「なま女房」が歌い掛けた対象は、物語の樹下の深い闇の中、神域を支配する人智を超えた存在であったのだろうか、はたまたそこに潜むもう一人の具体的他者であったのか?歌は本来的に対象の人称区分を透過していく方向軸を持つ。もしも彼女が何らかの共同意志から派遣されたコマンドであったなら、いや、そもそも記録者の背景が一篇の絵空事であったとしたら…。様々な成立理由の可能性を斟酌しても、なお無視できない劇の形式(→本質)が歴史の根に存在する。

生きることが「どうせいずれにしても」一種の動物状態に過ぎないのなら、この世はどこまでも無常である。生きている人間の側は未だ人間歴史に参入していない。死者だけが「常なるもの」に連なる本当の歴史に参入している。そう小林は言い切りたいのだと思う。言葉のもどかしさに耐えながら比叡山での経験を彼は次のように記す。

「僕は、たヾ或る充ち足りた時間があった事を思ひ出してゐるだけだ。自分が生きてゐる証拠だけが充満し、その一つ一つがはっきりとわかってゐる様な時間が。」そして、さらに記す。「上手に思ひ出すことは非常に難しい」と。

そうなのだ。あまりの径庭を一気に飛び越えながら意を決して言えば、~刊行委の存在根拠は上手に<思い出す>ことにかかっているにちがいない。目にできる< >的な言葉の集合は「自分が生きている証拠だけが充満し、その一つ一つがはっきりとわかっている様な時間」の<記憶>に繋がっている。個々のテーマ歴史の根源的テーマと避けようもなく響きあっている時間、はるかな過去から問われ、はてな未来にわたって発生するであろう全テーマは、前世紀後半の時代性において不可視の表現行為に芽吹いている。交差している個々の私たちがその時間を思い出せないだけなのだ。

過剰な言葉たちの奔流に沈んでいる<記憶>の形をそっとすくい上げ、物語の樹下の深い闇の中、~私~に向かって「なうなう」と歌い掛ける「なま女房」に応ずる一行を<思い出す>ために、かつてもこれからも~刊行委は存在するだろう…。

2006.7.20  eili252

2006-04-29

<5月>

 桜が散った後の黄砂や冷気の揺り戻しにさらされながら、植物が再び力をこめて新緑を燃え立たせる風景の中へ松下は立ち去った。

 5月6日、10年が巡る。

 <私>には、松下に「微笑みの貴公子」ならぬ「微笑の人」のイメージがある。激しい攻防や葛藤のさ中でも頬のゆるやかな線がかすかに笑みをたたえているように見え、半眼空ろの夢中で微笑む仏像のようなまろやかな残像がある。ここに繋がる印象は体形や顔の雰囲気のみならず<私>自身の関係認識に関わってもおり、主体の数だけ別の様々な印象があり得よう。殊に憎悪や忌避感を持たざるをえなかった人にとっては噴飯ものだろうか?

 しかし、<大学>闘争とも呼ばれる情況下、映像等に固定された街頭や構内での衝突風景には決して還元できない、むしろ本質的な差異こそを意識に明滅させながら、誰もが、自身思いがけない表情で生きていた(る)のであり、松下の闘争現場でのたたずまいに交差させている<私>のイメージは、<私>によって予感されながら未だ明確にとらえられていない、未来へ(から)広がって行く或る豊かさの表象なのだと思う。

 笑いは、その個体の内面が外界の対象に関係付けられる時の無意識表象のひとつである。良くも悪しくも優位性に連なる慈しみから蔑み、劣性を繕う自嘲から追従、また対等性における共感から驚嘆などなど、笑いの告げる意味は多彩だ。怒りのあまり笑っていることがある。

 突出する情緒が顔の筋肉を中心に身体の部位を運動させるが、物理的な動きとしては近似的な泣く・怒るといった表象よりも、その内包している情緒の構造が複雑で、しかも日々圧倒的に頻度が高い。笑いの頻度と質によって<人>という種や類の生命活動の水準が示されるほどに…。

 松下の微笑には、(今、ここで<演技>している~<演技>させられていることの自覚を解き放ち、名づけがたい<作品>の登場者~創造者として、新たな情況のシーンを構想し関係付けている予感の)<たのしさ>が表象されていたのかもしれない。

2006.4.29  eili252

2006-01-13

<参加>について

私たちは、肉体的にか、幻想的にか、生存に不可分な恒常的飢えを満たすために飯~を食い、システムに従い、仕事をし、様々な関係に出会い、ある時は争い、あるいは和合し、さらなる飢えを作り出しながら生きており、発し難い言葉の絡まりをこの生活過程に内在させ増幅させている。そんな言葉たちが飢えの位相を転換しうるほどに自覚化されることはまれであり、多くは個々の<無>意識の層に沈んでいる。

しかし、時として情況が<無>を突き破ることがある。生活過程の引き寄せた或る言葉が世界に拮抗し衝突せざるを得ない瞬間を自覚することがある。言葉の指し示すヴィジョンは潜在していた思いがけない生存の構造を開示し、未知の関係性に照らし出される<彼>は生活と思想の根源から押し出されるように出撃して闘い、言葉を先鋭化して表現域に浮上する。<彼>にとって表現とは、お互いに逃げることのできない現実の追求過程であり、桎梏としての世界を虚構し返す永続性である。その闘いの本質から来る表現論の原則によって~格闘~発掘~作成~公開~全ての作業において身体性を厳しく測定しながら…。

<普遍性に向かうどのような言葉も関係の現実的な場面においてしか甦らない>

松下昇の表現の一部がネット上に掲載される<現在>とは、~刊行委の<不>在のみならず、表現過程に関わった個々の緩慢な<自死>を写し出している<現在>であるのかもしれない。インターネット人類史の臨界点を超えた制御不能な幻想性爆発~崩壊のプロセスであるのかもしれない。このように絡まり合う疑問と不安の向こう側から「大学闘争とは、また仮装被告団とは、日々刻々を生きている己自身の姿でもあったのかと、ふと気付く」他者性のヴィジョンを<参加>に交差させうるかどうか、言葉というものの根拠から問われ続けるのは確かであろう。

2006.1.13 eili252

noharranoharra2006/01/13 20:46eili252さん
〈参加〉ありがとう!!
「生活過程の引き寄せた或る言葉が世界に拮抗し衝突せざるを得ない瞬間」eiliさんの言葉は厳しく美しく、惰弱なわたしを打ちます。「関係の現実的な場面」という問題意識が、特に私には欠けている気もします。
転載の不可能性を告げられたとして、なおそれを突破する〈 〉を生み出していくつもりです。

noharranoharra2006/01/14 05:54http://from1969.g.hatena.ne.jp/bbs/3/1
こちらにも続きを書きました。