余事記載



 裁判用語で、当事者の提出した文書の中で、裁判所にとって不要であり、審理の対象にしないと宣言する場合に用いられる。私の体験した例でいうと、刑事公判の法廷で他の被告人と共に拘束され、それぞれ制裁決定を受けたので、連名で抗告を申し立てたところ、別個に却下決定が出され、それぞれの冒頭に「…(本人)以外の連名の氏名は余事記載とみなす。」と記載されていた。再び連名で、相互に分離決定を出す論理を批判しつつ特別抗告したが、同様に「~は余事記載とみなす。」却下決定が出された。また、検察官が、私の提出した文書にある「~を含む仮装被告団」の表現を余事記載であるとして私に削除を要求したので拒否すると、裁判官が決定で削除したこともある。

 これらの決定こそが〈余事記載〉的論理の象徴であることは明白であろう。しかし、この論理が裁判官や検察官による直接性ではなく、弁護人によって用いられたこともある。最初は併合して起訴され、統一公判に参加していた被告人が、分離して別の弁護士を選任し、分離公判が始まったが、検察官が冒頭陳述書で私と分離被告人の共同の計画と行動を非離した次の公判で、弁護人は冒頭陳述書に頻出する松下の名前は余事記載であるから削除を求める、という申し立て書を提出したのである。後でこの申し立て書を入手して読んだ時には、存在消滅処分の要請だという以上に、ここまで前共同被告人を苦しめた自分の責任を直観して、息をのまざるをえなかった。弁護人による、この申し立ては、確認はしてはいないけれども多分しりぞけられたであろう。そうであるとすれば、私の存在は、少なくとも書面の上では権力によって保護されたのである。たとえ、その後で私の方をより重く罰するための論理からであったとしても。

 このような七〇年代の体験を通じて、私は、権力が自らの秩序維持に役立つ記述以外は余事記載と(明言しないまでも)みなしていることや、権力には同じ発想~行動をしているとみなされている者の間に対権力以上の距離もありうることを学び、これら総体の転倒の試みの困難さから多くのテーマを獲得してきた。これらのテーマの中で今取り組んでいるものを一つだけ開示しておく。

 概念集1の〈瞬間〉の項目や{3・24}証言集に関連する事件の一審判決公判が被告人の不出頭により数回の延期の後、九〇年一〇月八日におこなわれたが、被告人Nは誰とも話をしたくないためか、開廷後に入り、閉廷前に出て行った。かれが二週間以内に〈懲役八月、執行猶予二年〉の判決に対して控訴を申し立てないと、この非法な有罪判決が確定してしまい、{3・24}と全参加者の~性が圧殺される危険があったが、申し立て期限が切れる直前に、Nを含む仮装被告団の署名・捺印のある控訴申立書が提出され、受理されて、高裁が国選弁護人をつけつつあることが判明している。控訴審は被告人の出廷は義務づけられていないから、〈余事記載〉の方法を転倒的に応用した仮装被告団さえ参加すれば成立し、猶予されている全てのテーマ群の追求が可能になっている。(希望者に資料配布可能)

 ここでのべていることは、〈当事者〉の項目の最後でのべているa、bに続くcに相当するともいえる。すなわち、a、bは民事裁判を媒介して審理や会議や発想~存在様式の変換を試みる方法の提起であるが、cは刑事裁判を媒介して同じテーマに対極から迫る方法の提起である。というのも、a、bは提起主体の選ぶ時間や方法がある程度は自由であるけれども、cは極めて制約される。法的に認められる当事者(とくに刑事被告人)よりも本質的な被告人の位置があるのだ、と主張しても、裁判所は決して認めないで自らのペースで処理していくであろう、ということからも、それは明らかである。同時に、cの試みは、a、bの試みを必然とするのと同じ情況の関係性から出てきており、それらの展開を充分におこなう度合でのみ成果を、より広く深い領域で共有しうるのであることも強調しておきたい。