瞬間



 瞬間という概念を、これまでどのような瞬間に意識したかを考えてみると、私の場合には、自己の表現や情念の領域における試みに没頭している間は、この概念を意識することはなく、試みが次の段階へ移行した後で、試みにとって決定的であった瞬間がみえてくることが多い。また、この二十年の共同的な体験、とくに裁判過程においては、刑事事件は瞬間の身体水準の行為を、民事事件は持続する生活水準の行為を審理するのだ、ということに次第に気がついてきた。ここから次の考察が導かれる。

 瞬間は自己了解の極小の時間性の単位(α)であるという規定だけでは充分ではなく、   他者への対的な感覚の生ずる最初の時間性の切断面(β)や   共同の規範が個別の身体を審理~拘束する場合の時間性の方向(γ)との関連で包括的に把握する必要があるだろう。

 αやβに関しては、それぞれの人の体験から分析しやすいところがあるから、それぞれの人に作業を託し、私も独立した作業として実践していくとして、ここではγの視点から具体例にふれつつ、総体に迫りたい。

 一九八六年三月二四日の法廷で私が「裁判官席に向かって酒パックを投げつけた」とされる瞬間(1)に、私の後にいた二名の警備員が私を羽交い締めにし、傍聴席からN氏が駆け寄ろうとし、気付いた警備員の一人が振り返りざま、N氏の顔面を殴り、その後も他の警備員らが退廷させる過程で無抵抗のかれを何回も殴ったり蹴ったりした。その後、法廷の横の証人控室に座っていた私とN氏の所へ警備員数人がやってきて、全身の苦痛に耐えつつ机にうつ伏せて動かないN氏を「公妨(公務執行妨害)じゃ」といって引き立てようとした。その瞬間(2)に、私は、この声は、対抗させないための脅しか、約一時間前の法廷内の行動に関するものであると了解した。ところが、監置二十日の制裁決定を受けて拘置所に入っていた私は、面会人からNしが「控室内で松下を拘束しようとする警備員の腕を掴み、股を蹴って」公務の執行を妨害した罪で逮捕されている、と聞いて驚き、時空間の操作により、被害者を加害者に仕立てて自らの暴力性を隠す策動に怒りを感じた。  しかし、私が感じたのは権力への怒りだけではなかった。実は、私は自分が拘束されるのは覚悟の上で、私たちのシンポジウム(ギリシャ語源では「酒宴しながらの討論」)を含む活動の場である大学内の占拠空間に対する国の明渡請求を実質審議なしに認めつつ去ろうとする裁判官らを法廷のシンポジウム化に引き込み実質審理の素材を提出し(γに対応)、法廷の各参加者を対的テーマに関する討論に幻想的に拘束し(βに対応)、〈 〉闘争のいくつかの方法を表現論として総括する(αに対応)というような意図をこめて、(1)の瞬間に〈酒を注いだ〉のだから。私にとって、(1)の瞬間にN氏が私の前期の

意図を知らないまま、私以上にα~β~γ領域を駆け抜けようとし、暴行を受け、職場で処分され、絶えざる身体的拘束の可能性にさらされつつ、新たな法廷で被告人として審理を受けねばならない、という事態は予測を越えるものであり、権力への怒りと共に、あるいはそれ以上に自分の責任を感じたのであった。

 (2)の瞬間をふりかえるたびに、私は、だれよりも深く権力の策謀や、(2)の瞬間からの反撃の責任を感じるが、それは私が(1)の瞬間を原罪的に引き寄せ、創り出しているからこそである。これを審理しうる場や条件が未成立であることは自明であるとしても、法的な被告人がテーマ群の重さに対する絶望のために不出頭を持続している一九八九年七月現在、テーマ群の重さを共に担う、というより担い始める原初感覚から、これまで三年以上あえて非存在してきた法廷においても、私は、あらゆる関係性に対する存在的被告人としての証言を開始しようとしている。〈瞬間〉の(1)~(2)~…(n)の構造を把握することができ、私のために苦しんできた人々や、私が出会うことのない所で苦しんでいる人々を一瞬間でも解放していく契機になればいいのだが…。