六甲あるいは〈 〉空間の方法

 
〈六甲〉からはみだそうとする油コブシで、こんなことをかいた記憶がある……
〈 〉が生まれてくる契機は、ほぼ次の三種類に分けられる。
 αー〈 〉の変移を徹底化しようとするとき。
 βーαの運動に対する表現内からの不安を放置するとき。
 γーα、βの運動に対する表現外からの不安を放置するとき。

 α、β、γというのは、この湾曲した世界における何ものかを区分しようとする力(ピラミッドをつくっていく力といってもよい)が、〈六甲〉におとしている影のような境界線ではないだろうか。

 もし、そうであるとすれば、いや、必ず、そうであるようにさせなければならないのだが… …切迫した時間から、安らかなまどろみの空間へ、という変移は、激しければ激しいほどよいのだ。また、このかたちとα・ β・γ系のかたちを比較できる領域が、広ければ広いほどよいのだ。

 〈六甲〉から、すべての不安の占拠がはじまる。いまは、一点でのみ時間の構造と接しているにすぎない空間としての〈六甲〉から。

 不安をこの世界に深化拡大することによって告発し、占拠する、関係としての原告団をつくろう。

 はるかな時間・空間から、〈六甲〉へのささやきがやってくる。これから占拠される不安たちのささやきが。


註ー前記の全文は、六十年代のまどろみの季節に書いた〈六甲〉の 最後に近い部分からの引用である。いま読み返して、書いた段階には予測しなかった具体性をたどりつつも、この方法どおりに生きてきていると考えている。そ して、いま、この部分を書き終えたばかりという感触が私を訪れているのは、これまでの方法が世界の核心の少くとも一つに迫り、浮遊させ、変移させてきてい ることを示しているであろう。これらの具体性の把握は刊行してきたパンフ群でおこないつつあるが、これから更に、前記の表現の根拠を次のサイクルへ応用し ていく作業を展開していく段階にある。序の位相としては概念集で開始されているけれども、〈六甲〉第六章で出会っている私たちで、より充実させていきた い。
 

−− 『概念集・2』  〜1989・9〜  p29 より。  

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